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第十一話「胎動」

 マガルトの王、クロベルは遅々として進まぬ復旧作業に苛立ちを隠さなかった。

 今日も作業を行っていた奴隷の数人が落ちて死んだ。

 また奴隷を補充せねば。

「カルセオ、まだ魔道砲は新造できんのか」

 肥えた男は這いつくばるようにして言った。

「申し訳ございません。人員も資材も不足しておりまして……」

「もうよい。ラリア、魔獣区画はどうだ」

 細身の女は優雅に一礼した。

「カフィールによって破壊された所は直りましたが、高位魔獣と低位魔獣が全滅。中位魔獣が一五体しか残っておりません」

 クロベルは渋面を作った。

「クロユリ、新しい魔獣化魔法は?」

 白髪に、黒い鳥のような翼を持つ怜悧な女性は言った。

「完成しておりますが、それ以前の問題です。こちらをご覧ください」

 彼女が示した先では、魔獣化魔法を封じたカプセルを投下あるいは発射しようとすると、必ず砲撃されるというデータが表示されていた。

 雲に紛れても、必ず砲撃される。

「ガルトフリート王国からは砲撃不可能な地点に移動しても空の彼方から砲撃され、陛下が命じられた現在の方法では不可能です」

 ですが、と彼女は頬を歪めた。

「不思議な事に、落ちていく作業員は撃たれません」

 クロベルは黙って、つい先程まで使っていた少女を蹴とばした。

「奴隷に払い下げようと思っていたところだが気が変わった」

「ありがたき幸せ」

 少女はなす術もなく引きずられ、解剖台に縛り付けられた。

 体の至る所についた鞭の痕と体にこびり付いた生乾きの体液に彼女は目を細める。

「最後は私に使われてちょうだい」

 少女は嫌だと弱々しく首を振るが、クロユリは手袋をはめメスを手にした。


 ガルベリアの内部では黒い服を着た男たちが数人、身を寄せ合って震えていた。

「女って、女ってこえぇ……」

「やっぱ二次元が一番すよ!」

 そんな男たちを冷めた目で女たちは見た。

「馬鹿ねえ、リアルギャルゲーに熱くなるなっての。だいたい、主人公がいたいけな少女であんなサディストに挑む?」

「あ、あの、アマギさん、そんなことより次は人も撃たないと……」

「そうね。……テロリストって、なんでもありね。全部自分に返ればいいのに」

 彼女は冷めた口調で言った。

 その横ではアキノが首を傾げ、ヘルメットを被り端子をコンソールに挿すと座席を倒して横になった。

 コンソールに開かれたいくつかのウィンドウには、シンクロ率九八パーセントと「ディープシンクロ中。起こさないでください」と書かれたメモ帳が開かれていた。


   * * *


 ゴーレムを娼婦や飼育係として動かし、情報は集め終えた。

 クロベルはエルジアを崇める狂信者だ。人間をゴミくらいにしか思っていない。だが戦闘能力は低いので暗殺可能だ。

 カルセオは太ってはいるが間抜けな外見からは油断できない。

 あのエンジンや装置を物理的に起動させたのはクロベルだが、それを魔法的エネルギーに変換して制御装置やコンソールを作り、壊れた魔道砲を発掘して修理したのはこいつだ。

 紛れなく天才だが速やかに退場してもらおう。

 ラリアはそのまま調教師だ。飼育係として動いている時何度鞭で叩かれたことか。

 こいつは人を殴り慣れているが、殴られ慣れてはいない。簡単に攻略できる。

 だが、問題はクロユリだ。

 こいつだけは情報がほとんど集められなかった。

 何人かの同僚がゴーレムを介して接触したが、片端から解剖されたり肉便器にされたり魔獣のエサにされたり……まるでこちらがゴーレムとばれているかのようだ。

 最も恐ろしい相手だが、最も話さなければならない相手だ。


 休憩中の男性型奴隷ゴーレムに接続し、目を開ける。

 接続した時にゴーレムの状態は自分の身体能力と限りなく近くなる。

 手足を軽く解すようにして動きを確認してそのままそこを抜け出し、クロユリの所へと向かう。

 果たして彼女はそこにいた。

「あら、何か用?」

 顔の右半分が焼け爛れた痕のある彼女は頬を歪める。

 後ろ手に鍵をかけるが、彼女はまだ余裕を崩さない。

 むしろ楽しそうだ。

「仮の姿で失礼します。私は神造騎士団の一人で、アキノと申します」

「それで?」

「あなたのお時間を少々いただけませんか」

「いいけど、どうして私に?」

 アキノは言った。

「あなたの目的が読めないからです」

「ふぅん……続けてちょうだい」

「クロベルはエルジア様と対等の立場になりたがっている。カルセオは自分の事を認めて欲しい、褒めて欲しいという欲望。ラリアは支配欲。私はそう見ております。ですが、あなたがわからない」

 クロベルに従順なようで、全員、いやマガルトというものを冷めた目で見て一線を引いている。

 たまに下に降りては何かを抱えて戻ってくるが、それが何なのかわからない。

「あなたの目的を教えていただきたい。場合によっては、私たちは手を組めるかと」

 彼女はその藤色の眼を鋭くした。

「そうね……それじゃあ、下にいる翼を持つ連中の風習などを片端から調べてきて。村が隠しているような事柄まですべて」

 そうしたら手を組むことを考える。

「期間は?」

「一週間。神造騎士団ならできるでしょう? それ以上は待てないわ」

「わかりました、ただちにかかります。このゴーレムはしばらく別の者が操作します。私に連絡を取りたい時は声をかけてください」

 クロユリはうなずき、彼にゴミ箱を渡した。

「ご苦労様、捨ててきてちょうだい」

「かしこまりました」

 言われた通りにゴミを捨て、彼は奴隷小屋に戻ると接続を切り、端子を抜いてヘルメットを外した。

「ハルオミ、こいつの操作を頼む。クロユリが接触してきた時はオレに回してくれ。ちょっと出てくる。メル、手伝ってくれ」

「はい!」

 すぐにアキノはメルを伴いガルトフリートを出て大陸中を駆け回った。

 デルベリウスにクロユリと同じ種族……有翼の一族の村を探して訪問し、村を精査して回った。

 アキノのコンソールにはその記録が詳細につけられ、それを見たツキシロは悲鳴を上げた。

「ツッキー、どうしたの? って、なんっじゃこりゃあっ!?」

 どこのエログロサイトだ! とミカサは青筋を立て、アキノに通信を入れた。

『アキノ、コンソールのあれどういうつもり?』

『悪い、時間が無い。だが、有翼の一族がクソだってことはわかった』

 遊びの欠片も無い、冷たい声にミカサはわかったと返す。

『……ツッキーは私が誤魔化しておくし、ディスプレイにはハンカチをかけておくから、帰ったらちゃんと説明なさい』

『すまない』

 通信を切り、彼女はため息を吐いた。

「みーちゃん?」

「アキノのやつ、悪夢を見てうっかり記録したらしいのよ。恥ずかしいから見なかったことにしてくれ、グロイ物見せて悪かった、しばらくはコンソールを見ないでくれだって」

 調査開始から六日目、アキノは転移魔法でガルベリアに戻り接続し、クロユリに報告する。

「あなたが見せたかったのは、これらですか?」

 立体映像を表示し、アキノは調査結果を示した。

「そうよ。私は白い連中が許せない」

「同族を、助けているので?」

「ええ。手を組むとしたらその一点だけど?」

 アキノはうなずいた。

「わかりました。できる限り救助します。ですがその前に、あなたが保護した者たちをガルトフリートの中へと移していただきたい」

「人質のつもり?」

「いえ、一時的な避難所です。お気づきでしょうが、このマガルトはもうすぐ飛べなくなります」

 彼女の目が鋭さを増した。

「……わかったわ。その代り、ちゃんと面倒を看てちょうだい」

「我が名と主人に誓います」

 クロユリはさっと立ち上がり隠し通路への扉を開いた。

 薄暗い通路を通り、彼は思い出す。ここはたしか、脱出艇の格納庫へと繋がる通路だったはずだ。

 格納庫の扉を開けると、そこは病院や監獄のようであった

「リリィ」

 呼べば、黒い翼の少女が軽い足音でやってくる。

「はい。そちらの方は?」

「ガルトフリートの神造騎士、アキノ。全員でガルトフリートに引っ越すわよ」

 少女はついに来たか、という顔をしてうなずいた。

 情報共有を行っていたガルベリア内部では大急ぎで受け入れ準備が整えられた。

 シロクマは医者の手配に追われ、ライゾウは食材の確保、ミカサはシーツやリネン、医薬品の調達に追われた。

 やるだけはやった、とアキノはシャワー室に向かい、全身の溜まりに溜まった汚れを落とすとブリッジに戻り、再びゴーレムの操作に戻る。

「アキノ、よくやったな」

 食材の確保を終えたライゾウが言う。

「まだまだこれからですよ。カルセオを片付けないと」

 言って彼は女性型のゴーレムを操作し、カルセオに押し倒される。

「さて、全力全開で行きましょうか」

 本望だろうよ、とライゾウは苦く笑い、翌日アキノはコンソールに突っ伏してくすくすと笑っていた。

 マガルトは現在カルセオの件で騒然としている。

「アキノ、大丈夫か?」

 ハルオミが気遣わしげに見るが、アキノの画面を覗き見ると、シンクロ率がかなり低く設定されており、触覚がほとんどカットされていた。

「大丈夫。今、やり遂げた感でいっぱいなんだわ」

 彼の画面には布をかけられたカルセオの遺体が運び出されていくところが映っていた。

 昨日から今日にかけて、彼が本気かつ全力で搾り取った結果だった。

 また、今回の件に関してはガルトフリート王国内の娼婦たちの協力を仰ぎ、数人がかりで昼夜を問わず攻め立てたのもある。

「黒アキノだ、暗黒アキノが降臨した……」

「カルセオ……そこそこ良い奴だったのに……」

 震え上がる仲間をアキノが心にも無い事をと笑い端子を引き抜く。

「ねちっこいばかりであいつ下手だったんだと。あんまりにも下手で思わず手が滑っちまったそうだ」

 その甲斐あって大型魔道砲の建造は中断。これからは生き残っている小型の魔道砲が使われるとのことだ。

「ライゾウさん、次の行動も手に入れました。ラリアはミノシヤを支配下に置きたいと言ってクロユリと共に降下しました」

「シロクマ、まともに残っている国は?」

 大柄な男が答えた。

「ガルトフリート、ミノシヤ、ルドベキア、リアトリスとランタナくらいだ。ヒノモトはヒルド王国を吸収合併したが、国内がまだ混乱中でまともに動けん」

 その時、トウヤが戻り言った。

「戻りました。リアトリスとランタナがヒノモトに攻め入った件ですが、ヒノモトがこれを退けました」

 だろうな、とシロクマはうなずき地図を睨んだ。

「そうなると食うのはミノシヤ、リアトリスだな」

「ランタナは?」

「あそこは香水や紅茶、コーヒーの産地だ。そういう所は狙ってない」

 ライゾウは額を押さえた。

「……シロクマ、視野の拡張方法を教えてくれ」

「いいんじゃねえの? オレが面でおまえが点、釣り合いが取れてる」

 それより招待の方は任せた。

 ライゾウはうなずき、黒い服を着た部下たちを集めた。


   * * *


 それは本当に偶然だった。

「あーもう、北の方で汚職とかマジやめて欲しいんですけど」

 まったくあのジーサンは……。

 割と本気で腹を立ててぼやいている彼女を横目にライザーは脳内で地図を広げた。

「北……シュロチク村か。あそこはたしか、有翼の一族の村だったな」

 そう、と彼女は力強くうなずく。

「白い羽至上主義で、私たちのことを羽無しって蔑むのが大好きな連中ですよ……カトンボのくせにいっ」

 余程腹が立つ扱いを過去に受けたのか、今日は頭に来ることが多かったのか、とかく彼女は荒れている。

「まあまあ、そう荒れるな。ほら、煮干しでもどうだ」

「いただきます」

 煮干しを食べて落ち着いたのか、彼女は大人しくなった。

「いつも揉んでもらっているからな、今日は私が肩を揉もう」

「え? ありがとう」

 ライザーがシロの髪をどかすが、彼は不審そうに背中を見た。

「シロ、首の下あたりから背中にかけて、酷くぶつけたり石壁に投げ飛ばされたりでもしたのか?」

「ああ、それ? 昔からなの。ミーティアに聞いたら拾った時からあったって」

「ちょっと見せてくれないか」

 シロは悩んだが、結局うなずいて背中を見せた。

 ライザーはペンを走らせ、彼女の痣をスケッチした。

「どんな形なの?」

 シャツを着て彼女が問い、ライザーはスケッチを見せた。

「幾何学的というか……何かの術式みたいだね」

「そちらの方はほとんどわからないが、有翼の一族の娼婦が昔言っていた。翼を持たないで生まれてくる子供は必ず、背中に大きな幾何学模様のような痣があると」

 奇形やキメラのようなものだろうか、とシロが首を傾げる横で、彼は続けた。

「ただ、連中は白い羽が基本色のようだが、稀に違う色の羽が生まれたり、極稀にだが持たずに生まれたりすると、その村の風習によって天国か地獄に分かれるという」

 二人は立ち上がりミーティアとアドラムの所に行った。

「シロを拾った時? そうだな、大切そうに包まれて、隠されていた。布もかなり上質で貴族が使うような布だったな。場所は……この辺り。もう滅んだがクレオメという国だ」

 聞いていたアドラムはどこからか分厚いファイルを取り出し開いた。

「クレオメの有翼っていったら、最盛を誇っていたウスユキだな。黒い翼が忌避されていたが、翼を持たない子が神の子と扱われていたとある。シロ、羽が無くて良かったな」

「どういう意味?」

 アドラムはニヤリと笑う。

「グリフォンの手入れを考えてみろ」

「ああ、それもそうね……って、あのね!」

 ぷりぷりと怒る彼女をミーティアはホットミルクで誘導して黙らせる。

「ライザー、シロはカルシウム不足なのか?」

「圧力鍋を買ってからは煮魚はすべて骨ごとだが……気をつける」

 そうしてくれ、とアドラムはシロに向き直った。

「冗談はさておき、大事な話だ。シロは羽を持たなかった代わりに多くの常時発動型の特殊能力とそれを支える魔力を持って生まれた」

 呪い、幻惑を無効とし、男でも音を上げるような作業も可能にする肉体強化、虚言が通じない、未来予知かと思える直感力、運の良さ。

「それらも大したものだが、一番重要なのは、おまえさんの白い手と呼ばれる力だ」

 彼女は己の手を見た。

「白い手の他に癒しの手とも呼ばれて、その手が触れればどんな傷も病も癒えると言われその手が万能薬として切り落とされ狩られ、薬品にされたこともあった。オレの魔法殺しより希少価値が高い」

 彼女はじいと己の手を疑わしそうに見た。

 そんなに? それだったらライザーの風邪なんてイチコロだったし、自分が怪我をして涙目になることもほとんど無かったのでは……。

 アドラムは苦笑した。

「ミーティアやライザーを見てみろ。いつも絶好調だろうが。更に、オレのご主人サマのせいで飛竜を太らせる程度には魔力を分け与えられるようになっている。もうちょいがんばって魔力量増やして質を上げれば錬金だって可能だ」

 錬金……魔力で物質を変換し、例えば鉛を黄金に変えたりする魔法。

 術者の能力によっては、魔力をそのまま物質にすることも可能だ。

「……ということは、お菓子に金粉かけ放題!」

「やるのは良いがほどほどにしてくれ。腹を下したくない」

 すかさずライザーが言い、シロはわかったと返す。

「オレは板切れに貼って遊んだがな……とにかく、シロは自分を大事にしろよ。レア者なんだから」

 はい、とうなずきシロは性懲りもなくエルジアにクッキーをあげる。

 さすがに今では手を食べられることはない。

「あ、そうだ。アドラムさん、シュロチク村の風習に関して何か情報はありませんか?」

 アドラムは嫌な名前を、と顔を歪める。

「あそこは種族至上主義者の巣窟でな……調査で黒い羽を始めとする色違いが忌子として扱われていることがわかっているんだが、その事の興りまではわからない」

 シロは眼を鋭くし、声を低めた。

「騎士アドラム、ここにいる全員もこれからの事は内密に」

「了解」

「今日、この村で人数のごまかしによる税金の滞納と置き薬の窃盗が発覚しました。そちらの偵察で、人が不自然に出入りするような建物はありませんでしたか?」

「ガルトフリートの名の下に動く」

 彼は航空写真を取り出し、村はずれの倉庫を指差した。

「ここが不自然な出入りが多い。倉庫なら女も入っていいだろうに、入るのは男ばかりだ。通常なら賭博や売春の可能性も考えられるが……風習を考えると……わかるな?」

「支援を求めます。あなた方の経験から必要と思われる者や事を」

「確約する」

 そこで彼は子供のように笑った。

「シロには若いのを付けた方が良かったな。未だにオレが手柄もお金も稼ぎ頭だ」

「あら? 私はアドラムさんじゃなきゃ無理だと思いますよ。一人で大勢の黒服さんや青服さんを動かして、かなり大事な約束をほいほいできて、重要な情報まで持ち歩けると言ったら、残るのはベルンさんやディアルガさんくらいじゃないですか」

「どうだろうな? オレたち騎士や兵士は国を出た時点で国の看板を背負っていますし、一応は国の代表になるわけですし。仲間と連れ立っての保養旅行の際にあの村で酷い扱いを受けたなんてことは忘れましたよ、はっはっは……」

 言ってわざとらしく笑う彼の目はまるで笑っていない。

 シュロチクでの扱いを全部覚えていて記録して、恨んでいるだろうことがまるわかりだ。エルジアに至っては親の敵のように荒っぽく骨に噛みついている。

 シロはにっこり笑って聞いた。

「どのような事をされたのか思い出して聞かせてくださいな」

「まず馬小屋どころか汚い道路で寝ろだろ、糞尿交じりどころかそのものを食事と言って出されるだろ、石を投げられてこれは挨拶と吐かしてくれやがったな。他には……」

 シロはにこにこしながらメモを取り、最後に復唱し確認を取り言った。

「罪状にたくさん加わりましたね。もう国家反逆罪クラスです」

 おや? とライザーは首を傾げた。

「各種違法行為などが積み重なり国家反逆?」

 司法の独立と公平性はどこに? と問う彼にミーティアは言った。

「ライザー、シュロチクは終わったぞ。ガルトフリートとミノシヤの関係を思い出してみろ。もちろん法の独立が保たれるのかという問題があるが、これは非常に悪質で外交問題になる。厳罰になるのは避けられん」

 絶対的な戦力差があるにもかかわらず、ミノシヤがガルトフリートに飲まれず存在できているのは彼らが寛容で領土拡張の野心を持っていないからだ。

 ガルトフリートが言わなかったから発覚しなかっただけで、他の旅人なども同様の扱いを受けたかもしれない。

「……なるほど、シュロチクは国の玄関口で国際関係の破壊工作をやってくれたのか」

「そういうこと。法の天秤を守ることも重要だと思うけど、これは国民や国家全体に大打撃を与える事よ。ミノシヤという国に守られておきながらこの行い、反逆と言わずして何と言うのかしら。ちょっと王様の所に行ってくるね」

「オレも行かなきゃな。ほらデブジア、おまえもだ」

「きゅ……」

 ミーティアとライザーが見送る中、ぱたんと扉が閉まった。

「……太ったんだな」

 ミーティアがぽつりと言った。

「私たちはもちろん、シロも太ってはいないのに……何でだろうな。飛竜は太りにくいはずだが」

「飛竜は、食べる物のほとんどを魔力に変換するのだそうだ。肉体を維持成長させるための魔力と、戦闘や日常生活で使う魔力に分けられているから、彼らが満腹になったと言ったら、それらが満ちたことになる」

「じゃあ、太るのは、シロのお菓子や料理に直接魔力が含まれていた?」

「そうとしか思えん。全力で魔法を使う機会でもあればいいのだろうが、アドラム殿が傍にいるままでは望み薄だな」

 二人が話しをしている間、リチアは爆発していた。

「アドラムさん、そういう事は遠慮なんてしないで、じゃんじゃん言ってちょうだい!」

「いや、あの時我々は休みでして……」

 あまりの勢いに彼は押され気味だ。

「関係ないわ! むしろそれによって無言のクレームが増えていって、ミノシヤは旅人をもてなせない国だっていう風評の方が痛いのよ!」

 この国はほとんど観光で成り立っているのに、風評で大打撃だわ、本当にありえないし許せない!

「リチア、そのくらいに……」

「兄さん。兄さんは、地方のちっぽけな村ごときにミノシヤ全土が泥をかけられて黙っていられるの。いていいの!? アドラムさんを始めとするガルトフリートのお客さんや、その他の国のお客さんが何も言わなかったっていう事は、私たちに対処能力をまったく期待してないって事ですからね!」

「良くないです、はい」

 ヘリオはシロに救いを求めた。

「シロ、シロは何かないか?」

 彼女は火にガソリンを注ぐことにした。

「私もリチアの言う通りだと思うわ。あと、少し昔話をしましょうか。無関係ではないので、黙って聞いていただきたく存じます」



 今から十年程前の事、シロ君が実はシロちゃんだったとわかった頃の事であります。

 シュロチク村の次期代表が挨拶に来るというので、当時まだ純情多感なお年頃だったシロちゃんは「仕事とはいえ、遠くからやって来てくれるんだから、こっちもちゃんとおもてなししなくちゃ」と使用人の姿ではありましたが、きちんとお化粧をして所作のおさらいをしました。

 当日、ミノシヤの王城の人たちに恥をかかせまいと、シロちゃんは一生懸命におもてなしのお仕事をしましたが……次期代表の青年バーンは言いました。

「娘、気が利くな。オレの相手をしろ」と。

 服を破られたシロちゃんは必死に抵抗し、バーンの金玉を一つだけ蹴り潰して逃げ、上司に報告しました。

 その上司はハナクソをほじりそうな面をして言いやがりました。

「そのまま抱かれていれば良かったのに」と。

 ブチ切れたシロちゃんは靴の踵を折り、その上司の竿を破壊しました。

 すっきりしたシロちゃんでありましたが、王様にばれてしまい罰としてお城中を掃除することになりました。

 幸いにも心優しい飛竜さんやグリフォンさんたちのおかげで罰はすぐに終わりましたが、シロちゃんは誓いました。

「……いついかなる時でも性犯罪者には容赦せず、自分は身を守るために男物の服を着ていよう、と。ご清聴ありがとうございました」

 語り終えたシロと聞き終えたリチアは冷気すら纏っていた。

「シロ、ダメよ。全然ダメ。これからは全損で良いわ」

「ありがたき幸せ。私もあの時の自分に言ってやりたく思います。蹴る時は安全靴で、鋭く、速く、蹴り上げ、恥骨や骨盤ごと迅速に踏み砕くのだと。これからは安全靴に合う女物の服が増えると嬉しいですね」

 アドラムは縮こまって震えるエルジアを抱いて、空気でできた新種の虫を探し始めた。

 ヘリオはここにミーティアとライザーがいなくて本当に良かったと思った。

 幼くても憶えている。

 魔獣討伐から戻って、返り血を浴びたミーティアがやけににこにこして男の部屋に入り、言ったのを。

『先日私に股を開けと言って殴られたのに懲りず、我が娘をよくも売春婦扱いしようとしてくれましたね』

 邪神か大魔王のような声も、その後の所業も何もかも……。

 ココはそれでミーティアが鬼になったのかと理解した。

 上司に対し暴力を振るったシロに罰として城内の清掃を言い渡したのだが、体が小さめのグリフォンと飛竜がそれを手伝ったのだ。

 それとほぼ同時に当時の使用人の中頭ことシロの上司が、数日の間城内から消えたのだ。

 疑いの目はシロに向いたが、彼女を手伝っていたグリフォンと飛竜たちが「馬鹿じゃねえの?」と冷め切った眼差しと鳴き声を向け、実際に汚れきった雑巾が顔面に向けて飛んだこともあった。

 そして城内の隅っこで発見された上司は見るも無残な姿だった。

 木に裸で縛り付けられて頭から蜂蜜をかけられ、性器は丁寧に漆が塗られて腫れ上がり根元から縛られ、尻にはグリフォンに寄生する虫を入れられていた。

 しかもご丁寧に猿轡を噛ませてロウソクで照らすようにされており、虫がみっちり張りついている。

 当然だれがそれを片付けるのかという事になったが、ミーティアはグリフォンたちに水を運ばせると荒っぽく丸洗いして拘束を解いた。

 痒い痒いと泣き叫びながら性器を血みどろになるまで弄る異様な光景にだれもが、あのシラーですら絶句していたが、ミーティアは違った。

 あの時の彼の愉悦に満ちた笑みと妖艶に輝く星眼ときたら……思わず寒気がした。

 また、中頭も方々から恨みを買っていたのか、余罪がたんまり出てきて、ミーティアが投獄された際は助命や減刑の嘆願書が山を成した。

 あれを更に強化したような事をされてはかなわん。

 それに今度は二人だ。

「……シロよ、シュロチクの件だが、他の者を……」

 シロは、あの時のミーティアを思わせるような笑みを浮かべ、ココたちは言葉を飲んだ。

「ありがとうございます。ですが陛下、これは私のツケでもあるのです。もし、私があの時全損させていたなら、もっとマシな人が着任したかもしれません」

 それに、と彼女はまったく、これっぽっちも笑っていない眼で告げた。

「娘らしい姿で、奴の前に再び現れるのも一興かと」

 そっとアドラムが挙手した。

「どうされた?」

「陛下、諦めてください。野熊猫は、一度敵対した者の臭いや特徴を決して忘れません」

 こうして、シロのシュロチク出張が決まり、上機嫌に笑いライザーに言った。

「ライザー、勝負服選ぶの手伝って」

「勝負服? いつもの服じゃダメなのか?」

「ダメ。女物で、オシャレさんの戦技格闘部門に出場できるくらいのが欲しい!」

 横では、ミーティアが感動に震えていた。が……。

「わかった、全力で手伝う。時と場所、場合を教えてくれ」

「シュロチクの出張で着るの」

 意図を理解したミーティアは言った。

「エルジア様、神造騎士を一人お借りしたいのですが」

「きゅう? きゅうきゅう」

 エルジアは緑の眼を丸くし、アドラムに何かをねだるように鳴いた。

「……そっちの方が安全だな」

 うなずいたエルジアは祈るように目を閉じ、両前足を組むとそこから青白い光が零れた。

 久しくなかった同朋の誕生に神造騎士団の円卓は期待にざわついた。

『どんな子ができるんだろう?』

『シロを守るためだって』

『じゃあ、しばらくは会えないのかな?』

『え? でも、円卓には接続できるみたいだよ』

 デルベリウスは夢を見るように言った。

『宇宙に遊びに来てくれないかなぁ』

『それは……当分無理でしょ』

『あうぅ……』

 無数の声が飛び交う中、それはやって来た。

『わあ、繋がった! かわいいなぁ』

『えっと、今度、お仕事終わったら一緒に海の底をお散歩しようね!』

『宇宙にも遊びに来てね!』

 はしゃぐ三姉妹を黙らせ、アルやライゾウたちが教育を行う。

 彼らは知識や教養、経験、技術を与えた。

『ありがとう……わたしは、わたしたちは、たたかうためだけにつくられたの?』

 彼らはそれを否定した。

『最初はそうだったが、今は違う。新兵の教導を行ったり、腰を痛めた老人に代わり田畑を耕したりしている』

『お仕事をちゃんとしていれば、おいしい物を食べたり作ったりしてもいいし、きらきらした物を掘って売ったり集めたりしてもいいんだよ』

『ツキシロはそういうの大好きだもんな』

『シロクマさんだって、山登りとか釣りとか大好きじゃないですか』

 新しい命は笑った。

『みんなと、はやく、あそびたいなぁ』

『シロにお願いしてごらん。きっと、楽しいこといっぱいあるよ』

『我々も、そちらに旅行に行くことがあるから顔を見せる』

『うん、やくそく!』

 それは歓喜の中に生まれたのだった。

 エルジアが前足を開けると、小さな青白い宝石が浮いて大きく成長していた。

 青白い水晶が金色の球体を包むようにしている、不思議な石だ。

「きゅうきゅう!」

「シロ、この子に名前を、だって」

 シロはそれ程悩まなかった。

「エラン。この子の名前は、エランティスのエラン」

「シロ、良いのか?」

「うん。ミーティアがいなかったら私は死んでいたし、ミーティアのお母さん……お祖母ちゃんが悩んで付けた名前を忘れちゃうのももったいないかなって」

 エルジアは一声鳴き、核を起動させた。

 核は光り輝き、一度散って粒になると再び集まり人の形を成した。

 女性の姿を持ったエランの背には見事な純白の羽があり、白金の髪、作り物めいて整った顔には紫の宝石が一対あった。

 彼女はぎこちなく、それでも精一杯微笑んだ。

「エラン、です。すてきな、おなまえ、ありがとう。よろしく、おねがい、します……シロ……おねえちゃん?」

 おや、とエルジアとアドラムは目を丸くし、シロは満面の笑みでうなずいた。

「よろしく、エラン!」

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