第九話「変化」
シロとライザーは城の廊下を歩き、苦笑した。
通りかかる者すべてが信じられない、だれあれ? という目で見てきて、実際に聞いた者すらいる。
「シロ、本当に一部からは男だと思われていたようだな」
「軟弱な男だとか、ミーティアにじゃれ付く男色家とか、まあ色々言われたわ。女だと知られたら、一部の連中は手のひら返してきて気持ち悪かったし」
明らかに興味やからかい、悪意があるものもあった。
「ねえライザー」
「ん?」
「ミーティアにね、マガルトの騒ぎが終わったら、ガルトフリートに戻ろうって言われているの。ライザーはどうする?」
「シロについて行く」
迷うことなんて無い。
「私は元々流れ者だし、シロの隣が私の居場所ではダメか?」
「ありがとう」
村に出て、二人がゆったりした足取りで歩いていると、ふとシロが派出所に目を向けた。
「ライザー、派出所に露店が出てる」
「すぐに行くぞ」
行った先では、露店というよりグリフォンと一人の黒服があくび交じりに店番するひっそりとした無人販売所に近く、人はほとんどいなかった。
というのも、彼らは積極的に呼び込みをするわけでもなく広告を出すわけでもないからだ。ガルトフリートの製品は質が良く性能が高い……性能が高過ぎる上に値段が安いので地元の店に睨まれるため、このようなひっそりとした形になる。
いるのはガルトフリートに縁のある者や耳が早く目敏い者、運の良い者ばかりだ。
「お、シロちゃん! よく見つけたな」
黒い制服を着た店主がガキ大将のように笑う。
「でしょ? ちょっと見せて!」
「おう、じっくり見てけ」
他の者が小物などに目を向ける中、シロは大物を見ていた。
その中で隠れていた物に目を向ける。
「……見つけたね?」
「あの隠れている剣、あれは?」
店主がニヤリと笑う。
「アドラム・エバーハルトの作品だ」
「ライザー、使える?」
ライザーは許可を得て剣を手に軽く振ってみた。
「とても良い剣だ」
「おじさま、これお願い!」
彼女はさっさと会計を済ませ、別の物に目を向ける。
布地や医薬品、化粧品を買う。
「まいど。家に送っておくよ」
「ありがとう!」
その間、ライザーは珊瑚のブローチに目が行った。
「これは?」
「ゼフィリウス・エル・エルジアスの作品だ。そっちの緑のペンダントはガルベリア・エル・エルジアスの作品」
「兄弟や姉妹でやっているのか?」
店主はなぜか考えた。
「……ありゃ姉妹だな。もう一人デルベリウスっていうのがいるんだが、これが恐ろしく不器用というか器用というか……」
店主の目が根元に母岩が着いたままの宝石に向けられた。
「知っての通り、あれは硬い宝石だ。加工にはダイヤがいる」
あまりの硬さに加工できる工具が無く、それ自体が工具として使われるくらいだ。
だが、どういうわけなのか母岩も宝石もすっぱり切断され、丸い何かでくりぬかれたかのように綺麗な断面を曝している。
「デルベリウスは、これ以上は砕いちゃいますぅ! と泣いたらしい。ぶっちゃけ材料だな」
何をどうしたらこうなるのか。
「店主、この三つを頼む」
「二つはシロちゃんにかい?」
見る間に朱が差した。
「渡して着けてやりな。おまけしてやる。がんばれよ」
「ありがとう……そっちの黒塗りのナイフセットも」
「はいよ。シロちゃんのと一緒に配達するよ」
店主は手際よくペンダントとブローチ以外を包み、配達籠に入れるとグリフォンを送り出した。
「年寄りからの忠告だ。シロちゃんみたいなのは正面から『結婚を前提におつきあいしてください』とか言って、正面から攻めないと絶対に落ちないぞ。奇策じゃ落ちない難攻不落の要塞だ。早くしないと持って行かれるぞ」
彼は考えた。
シロが他の男のものになる? 何だろう、とても……こう……あれだ、殺意のようなものが込み上げてくる。
「とられたくないって顔してるぞ。兵は拙速を貴ぶ……がんばりな」
「が、がんばる……」
「なに、相手は人間だ。グリフォンや飛竜よりマシだぞ。あいつら袖にするときホント容赦ってものがねえ」
ほら行きな、と小声で促され、ライザーはシロを探し表通りに出た。
彼女は楽しそうに人通りを眺めて待っていた。
村の男たちが何人か声をかけようとするが、彼女の傍に強面の飛竜が寝そべり男たちを一瞥するだけで逃げて行く。
その飛竜はシロになでられゴロゴロと気持ち良さそうだ。
「シロちゃんになでられるとこいつご機嫌なんだよ」
「え、そうなんですか? あ、クッキー食べます? 飛竜のエルジアも気に入ってくれたみたいなので、もしよろしければどうぞ」
「ありがとう。ほら、おまえさんも食べな」
飛竜の口にクッキーが入れられ、咀嚼される。
余程おいしかったのか、もっとくれと飛竜が主人にねだるが、これは自分の分、と騎士は確保に走る。
瞬時に飛竜がゴーレムを纏い、強面の男となって騎士を追い始めた。
そのまま砂浜で鬼ごっこだ。
「シロ、すまない。遅くなった」
「ううん。待っているのも楽しかったよ」
そう言って笑う彼女は、とても美しく見え、目が奪われた。
「ライザー?」
「あ、いや、なんでもない。これを、シロに」
ペンダントとブローチを渡し、着けてやる。
「珊瑚のブローチ? これって……」
それは偶然の事だった。
ミノシヤ城内で働くヒノモトのおばちゃんに「買い出しに行ってきて」と蹴り出されるように村に買い出しに出たら、ジンライの目に楽しげに飛竜の傍で待つ美しい女性が目に着いた。
飛竜がいきなり男になり騎士と鬼ごっこを始めたが、それすらも楽しそうに見て、そこにライザーがやってきたらそれは幸せそうに笑った。
「兄さん?」
よくよく見れば、ブローチには珊瑚がついており、ヒノモトの古い習わしでは求婚を意味している。
もし、あの女性が求婚を受けたら……そうか、義姉ができるのか。
彼はうなずいた。
二人とも幸せそうに笑って歩き出した。
「あ、買い出し……ん?」
変な気配に目を向ければ、ごてごてとした男がライザーを睨み、女性をねっとりとした目で見つめてはハンカチを噛んでいた。
「だ、だれだ……あの男は……けしからん」
ジンライは眉間に谷を作り、荷物をグリフォンに預けると背後に回り込んだ。
「この世の美女は私のものだというのに」
買い出しを手伝ってくれている赤毛のグリフォンも気持ち悪そうな顔をして荷物を置いた。そういえば、こいつはミーティアが貸してくれたんだったか、とジンライは思い出す。
「ああ、麗しい姫よ、眠りを与える私を……プギャッ」
魔法の術式が構築されると同時に、グラジオラスが男を踏み潰し、ジンライが衣服を切り裂いて縛り上げた。
「黙れ変質者」
派出所へと運び込む。
「すいません、不審者がいて物騒な魔法を撃とうとしていたので確保しました」
黒い制服の男はおや? という顔をして台帳をめくり、満面の笑みを浮かべて愛想よく応じた。
「ご協力ありがとうございます!」
この時点では、ジンライはまだ目の前で仕事をしている男たちについて何も知らなかった。
買い出しを思い出したジンライとグラジオラスは急いでミノシヤ城に戻り、品物を渡した。
「ずいぶん遅かったね。どこで油売ってたんだい?」
「不審者を捕まえて派出所に渡していました」
へえ、と女性は軽く目を瞠った。
「というと、黒服さんだね」
「黒服?」
「ああ。ガルトフリートの派出所には青服と黒服と騎士、兵士、医者が数人ずつ詰めているだろう? その中の黒服さんはもうかっこ良くってね。強盗殺人や火付けなんかを防いでくれたり、強姦なんかをやらかした凶賊をその場で斬り捨てたりしてくれているんだ。ありがたいったらないよ」
御上よりもずっと頼りになると彼女はからからと笑った。
シロとライザーは人気のない海辺にいた。
寄せては返す白波を見つつ、彼女は静かに言う。
「ヒノモトでは、男性が女性に珊瑚の贈り物をするのは、お嫁さんになってくださいという意味だっけ」
やや間を置いて、彼はうなずいた。
「私と、添い遂げてください」
硬い蕾がほころぶように、彼女の頬に朱が差し、やがて……。
「ありがとう、大切にしてくださいね」
この時の彼女の笑顔をライザーは終生忘れなかったという。
やり遂げた、という気配を漂わせて戻って来たライザーと、幸せそうなシロの姿にミーティアはついに来たか、と思う。
シロがライザーを選んだのなら自分はそれを受け入れて見送ろう。
子離れは少々、いやかなり辛いものがあるが、これも親の宿命だ。
「ライザーもシロも良い顔して帰って来たわね」
うなずくもミーティアの顔は暗い。
「子離れはさすがに堪えるのかしら、それともライザーの職業?」
「ええ……子離れは致し方ありません。問題はライザーの職業です。できれば、兵士ではない、安全な職業の者と一緒になってほしかった」
ディアルガは笑った。
「死なないように私たちが鍛えるのよ」
「ライザー殿は、シロ殿と結婚なさるので?」
「そのつもりだ」
「式は?」
「シロと話し合った結果、魔獣の大本を叩き潰してから行うつもりだ。まだいつ、どのような形かは決めていない。手は出すなよ」
はい、とうなずいたジンライは夜、伝書飛竜に手紙を持たせた。
「ライガによろしく」
「きゅぅい」
眠い目を擦り伝書飛竜は飛び立ち、程なくして手紙を受け取ったライガは微笑んだ。
長年悲惨な目に遭っていたあのかつての主が、ようやく自分の幸せを手にした。長生きはするものだ。
「きゅう?」
彼は不思議そうに見てくる伝書飛竜をなでて干し柿を出した。
「行方不明になっていた息子が良い娘と婚約したそうだ。嬉しい報せをありがとう。ほら、こっちに干し柿があるから、おあがりなさい」
「きゅう!」
伝書飛竜はとても嬉しそうに干し柿を食べ始め、ライガは手紙を読み進める。
今までの奴隷の扱いについてシロに殴られこれでもかと怒られたこと、人を使い潰して甘えるような性根と体制を直して謝罪しない限りライザーを兄とは呼べないこと、ヒノモトの民が御上よりもガルトフリートの派出所を頼りにしていたことなどが書かれていた。
ずず、と茶を飲む。
国内の立て直しは終わり、経済も順調に回り始めている。
ミノシヤに避難させた民も順次戻り家を建て直して生活を始め、この際だからと始めた戸籍と区画の整理も順調だ。
このまましばらくジンライをミノシヤに置き、シロとライザーの監視下で民の中で揉まれれば、民草とは血の通った人であると嫌でも知るだろう……知ってもらわなければ困る。
無理だったらそれこそ、ジンライを排斥してライザーをシデンとして呼び戻して立てるか、自分が国王にならねばならなくなる。
二代続けて馬鹿殿を据えるわけにはいかない。
先代の馬鹿のおかげで財政は傾くし、村長の娘を手籠めにして孕ませ、星眼の村と戦争状態になりかけて散々だった。
幸いにも星眼の娘は堅物と煙たがられていた自分を信頼してくれ、産んだシデンを大切に育ててくれ、母親の血や教育が良かったのかシデンも自分が教えることをよく理解して飲み込んでくれた。
くりくりとしたかわいらしい青い星眼を思い出す。
『ライガ、またジンライにイタズラされたのか?』
ジンライにぐちゃぐちゃにされた部屋を一人で片付けていると、シデンがやって来て言った。そろそろ彼に座学を教えなければならないのに、この部屋の惨状では遅れてしまう。
『申し訳ありません』
『ライガは悪くない。それより、部屋の片づけを手伝う。一人でやるより二人の方が速い』
二人で片づけをして、ようやく片付け終えた頃にはすっかり日が傾いてしまっていた。
途中ジンライが遊びに行くのが見え、傍に仕えている男が勝ち誇ったように部屋を覗き込んで行った。
『シデン様、今日の座学は……』
『やるぞ』
『は』
『この後はジンライの勉強だろう? あいつは私から座学の時間を取ったんだ。その分をきっちり返してもらう』
母親の薫陶厚き彼はしっかりと言い、行燈に火を灯した。
いくら待っても来ないライガに業を煮やしたジンライがぷりぷりと怒りながら部屋にやって来たが、鬼の形相をしたシデンに邪魔をするなと追い返されて泣いていた。
では、と彼に座学を教えるが、彼は知識と技術に貪欲だった。
商人の移動や流通に関して教えれば、じゃあ道路は国家戦略上における重要な兵器になりうるわけだな、と彼は理解を示した。
『その通りです。たくさんの商人が安全に行き交うことができれば経済は安定して発達し、我々も物資を調達しやすくなります』
『ライガ、この関税というのは?』
『自国内の産業を守るための物です。例えば、ミノシヤと我が国で米の質が違ったとしましょう。ミノシヤの方の質が良い場合、我が国ではミノシヤから入る米に税金……関税をかけます』
星眼が煌めいた。
『同じ値段で品質に違いがあったら良い方を求める。その結果、ミノシヤの方が豊かになり、長く続けばヒノモトの産業が衰退する』
『ええ……人は安くて良い物を求めます。ですが、我々為政者は国内を守らなければなりません。そのために適正な税をかけるのです。税金をかけてやれば商人は利益を出すために売値にその税金分を加算せざるを得ませんから』
『税金をかけて、高くて良い物を買うか、安くて悪い物を買うかという状況を作るんだな』
『はい。ですが、企業努力や企業戦略の中には一時的に赤字にして商品の良さを知ってもらい、値段を戻すということもあります。悪さでは密輸があります』
赤毛の子は生真面目にうなずく。
とても賢い、優しくて良い子だった。
下級武士出身の成り上がりとジンライが己を馬鹿にすれば、あいつがライガに謝るまで絶対にあいつと口を利かないと宣言し、徹底して三日以上が過ぎることもあった。
『兄さんごめんなさい!』
黙ってそっぽを向き続ける。
『シデン様、それくらいで……』
『私はジンライに謝られるようなことはされていない』
つん、と彼が言うと、ジンライは泣きじゃくりながらライガに謝る。
『ジンライ』
『う?』
『生まれる所なんてどうにもならないんだ。二度と言うな』
『ひっく……はい……ぐすっ』
凄まじく頑固なところもあったが、いつの間にか実の息子のように思えてきて、それこそ実の親以上に愛情を注いだつもりだ。
悪さをすればこれでもかと叱ったし、武術の稽古は手加減なしで打ちのめしたし、母親と殿の許可を取りこっそりと城下に連れ出して市中を回ったこともある。
下級武士である武骨者の自分を実の父親のように慕ってくれ、父の日というものを知った時はこっそりと木彫りのウサギをくれたりもした。
『あまり大きな声じゃ言えないが、ライガは……その……お父さん、みたいだから……』
その時の顔のかわいらしさと心の温かさ……貧乏くじばかりの国王になんてならなくても良い、ただ元気に幸せに健やかに育ってほしかった。
それをあの馬鹿は台無しにしてくれやがった。
魔獣の被害で星眼の村が滅んだとほぼ同時にあの馬鹿殿はシデンとその母親を抹殺しようとし、母親は死亡、能力の高さからシデンは表向き死亡とされ奴隷にされた。
また、奴隷に叩き落として悲惨な目に遭わせ、泣きが入った所で優しくして手懐ける計画もあったらしいが、打算はすべて見抜かれ潰されたという。
ヒノモト城陥落とリーリアの乱のどさくさに紛れて首謀者共を切り、魔獣に対しての撒き餌……足止めになってもらったが後悔はない。
唯一悔やまれるのがガルトフリートへと運ばれたあの男だ。
あの男は身分と金があったため尻尾が見えてもつかめないという、腹立たしい日々を過ごしていたため是が非でも自分の手で始末してやりたかった。
あの場にジンライがいなければ公文書の保管場所の鍵を開けさせ、その場で切り殺してやったものを。
干し柿に手を伸ばし、空を切った。
「ん?」
目を向けると、伝書飛竜が気まずそうにちら、と干し柿をかじりながら上目づかいで見てくる。
結局自分の口には一つも入らなかった。
思わず苦笑する。
「きゅう……」
や、やばい……といったところだろうか。本当にこいつらは表情が豊かで己の心に素直だと思う。
「構わん、それはおまえの物だ」
「きゅ!」
嬉しそうに食べる伝書飛竜を見て、彼は思う。
昔なら腹の一つも立てただろうに、自分も年をとった、と。
後日、伝書飛竜はシロにもらったカステラを丸々とライガに渡したという。
* * *
数日後、アドラムはどこか疲れた様子で言った。
「ジンライが捕まえた奴、マガルトの幹部だったんだが、シロに一目惚れしたとかなんとかで話にならん」
「私をエサにすれば話してくれますかね?」
じっとアドラムはシロを見て、珊瑚のブローチに目が留まった。
「……無理だな。やって何かあったら最後、オレがライザーに刺される」
ふと、彼は冷気を感じて顔を上げた。
「ミーティア、おまえさんか?」
「いや違う、外だ!」
凍る前に脱出路を確保しようとミーティアとライザーがドアや窓を開け放つが、外は銀世界だった。
「寒い……何これ!?」
シロはヒルド王国に行った時の防寒具を着込みライザーにくっつくがそれでも寒い。
「アドラムさん、その襟巻貸して!」
「いいぞ、ほれ!」
「きゅぅう!」
投げられたエルジアも寒かったのか、すぐに毛を逆立ててシロの首に巻き付いた。
「いかがでしょう、私の姫。私のこの芸術は」
いつの間にかそこに立っていた男はねっとりと言い、シロの肌に鳥肌が立った。
「派出所の人たちはどうしたの?」
目を向ければ、なるほど自分に酔いたくなる程度の美男子であったが、服装と香水はいただけない。歩く公害級だ。
「申し遅れました、私はマガルトの人材担当をしておりますナルシアと申します。派出所の方々は私の芸術の材料になっていただきました」
ふうん、とアドラムは窓の外を見た。
「ナルシアさんよ、お姫様のどこに惚れたのさ」
「揺れる黒髪、淡く色づいた頬、儚げな立ち姿、口付けを求めるかのように薄く開いた唇……」
「ご苦労さん」
彼は最後まで言えなかった。
シロの首に巻き付いていたエルジアが「黙れ小僧!」と雷撃を纏った火球を吐いて顔面に命中させ、ミーティアが窓から投げ捨て、「ゴミは外に」とアドラムが魔力弾を撃って遠く離れた場所……黒服たちが待機している場所のすぐ傍へと叩き落とした。
窓とドアを閉め、部屋を暖めるとアドラムが言った。
「つい先日犯罪者が言っていたな。黒服は身内をやられるといつも以上にしつこいし執念深いって」
今頃はお楽しみだろう。
お茶を飲み、シロは聞いた。
「外に捨てちゃいましたが、大丈夫ですか?」
「大丈夫。ゴミ捨て場に黒服が待機していたから。村も無事だよ」
首からエルジアを下ろしてやれば、エルジアは自分からアドラムによじ登って巻き付いた。
「でもホント、シロをエサにしなくて良かったよ」
あの分だと、ナルシアの言う芸術は氷漬けだ。美しさを永遠に保つとか言って冷凍保存で自己陶酔の流れだろう。
そのような事になったら、世の中に狂戦士を二人も放つことになりかねない。
アドラムに言われた二人は何食わぬ顔で茶菓子と新しく入れ直したお茶に手を伸ばした。
「狂戦士だそうだ。ミーティア、心当たりは?」
言われた彼はお茶にジャムを落とした。
「無いな。おまえじゃないか?」
返された彼も自分専用の甘さ控えめのカップケーキを食べる。
「失礼な。仇討は世の常だろうに」
「常じゃないわ。権力と法の後ろ盾が無い殺人は犯罪よ」
「ふむ、では事故で奴の作品が全損することもありうるな」
ミーティアはくす、と笑んだ。
「凍った死体が動き出して奴に復讐するかもしれんぞ」
ライザーの目が輝いた。
「それは楽しいな」
二人は笑い合い、シロとアドラムはそっぽを向いて聞かぬふりだ。
「シロ、おまえさんのお父さんと未来の夫はこんなことを言っているが?」
「ええと……私が生きている間なら、危ないから一撃で片付けちゃいなさいくらいは言えると思うけど、死んじゃった後は言えないからどうしようもありません」
でも、と彼女は照れたように笑う。
「女性としては、嬉しいです」
アドラムは底意地の悪そうな笑みを浮かべる。
きっと彼に今尻尾があったなら揺れていただろう。
「ミーティアとライザーがそんな目に遭ったら、シロはどう動く?」
「場所を選ばずマガルトを撃墜して滅ぼした後、動力損傷により自滅したと歴史家が書かざるを得ないようにしてやります」
「生き残りがいたら?」
彼女は微笑んだが、それは先程の銀世界以上の寒さだった。
「文化芸術でもこきおろすし、マガルトこそが魔獣の大本であり、民草に襲い掛かるすべての災いの元凶であると触れ回るのも楽しそうですね」
そんなことをされたら、マガルトの国民がいるかどうかはわからないが地上には百年と住めないだろう。
「為政者としてはそれくらいで、個人としては、切り刻んで魔獣のエサにしてやりたく思います」
「やっぱおまえさんミーティアの娘だわ」
あら嬉しいことを。
彼女は何食わぬ顔で笑ってのけた。
パタパタと伝書飛竜が飛んできて、ジンライの前に降り、手紙を差し出した。
「ライガからか?」
「きゅう!」
どれどれ、と彼が手紙を見ると……。
『シロ殿とライザー殿が婚約され、幸せそうとの報せをこの爺はとても嬉しく思います。
さて、そのシロ殿がライザー殿を始めとする奴隷の処遇と扱いに激怒されたとのことですが、この爺がその場に居合わせなかったのが心底悔やまれます。
ジンライ様におかれましては、もうしばらくの間ミノシヤ王国にて勉学に励み、為政者として恥ずべきことの無いよう研鑽を積まれますよう。
ミノシヤ王国は国土面積こそ我が国に劣りますが、ガルトフリート王国との繋がりが深いため、国力は侮れませぬ。学ぶべき事柄も多いでしょう。
ジンライ様のご成長を、この爺は願い、首を長くしてお待ち申し上げております。
失礼ながら別件になりますが、もう少し字の練習をされた方がよろしいかと恐れながら申し上げます。
ライガ』
あの場にライガがいたらどうなっていたのか。まさかとは思うが、この年になってまで幼子のように尻を引っ叩かれたのだろうか。
ジンライが手紙を手に震えている時、中庭の隅ではミーティアがシロとライザーを相手に鬼ごっこに興じていた。
それを見てジンライが言う。
「あれは?」
ああ、とベルンが笑った。
「親子のふれあいです。楽しそうですね。私もいつかああいうふうに子供や孫と戯れたいものです」
クランツもうなずいた。
「ええ。あの子たちの成竜の儀ももう少しですから。その時は思い切り触れ合いましょう」
ベルンがうなずいた横でジンライが首を傾げる。
「成竜の儀?」
「竜族の成人式です。親竜が致命傷を負わない程度に攻撃して、子竜は親竜の攻撃をかいくぐって親竜に接触あるいは撃墜。これを成さない限り一人前の竜族ではありません」
「しかし、クランツ殿もベルン殿も人間では?」
ベルンとクランツは笑みを深めてそれを否定した。
「私たちは竜族の夫婦ですよ。飛竜の時はクランツがオスで、私がメスです。ガルトフリートの老飛竜クランツ……聞いたことは?」
「まさか、大陸で唯一、単騎で大規模殲滅魔法が放てるという?」
彼女はうなずいた。
「見た目に騙されてはいけませんよ。これからはもっと多くの人があなたを騙し、自分に良いように操ろうとしてくるでしょうから」
ジンライははっとした。
そうだ、兄のシデンは操れない、邪魔だと思われたから消されたのではなかったか。
ライガの手紙では、奴隷で酷い扱いをした後に救いの手を伸べれば簡単に懐柔できると思った者もいたらしいが、その策はどうしてか見破られて失敗したという。
ではなぜシロには心を許したのか。
その疑問をベルンにぶつけてみると、彼はにこやかに言った。
「きっかけは何であれ、ほとんど何の打算もなく、ありったけの善意で接して、彼に自由を与えたからでしょう。ジンライ殿」
「む?」
「ジンライ殿は、どんな王になりたいんですか?」
にこやかに聞く彼からは他に何も読み取れない。
だが、答えは決まっている。
「民草をよく守り、導く、良き王だ」
クランツが静かに聞いた。
「物事はある程度の等価交換によって成立していると私は見ますが、王であるあなたは民草に何を求め、何を差し出しますか?」
何を? そも、求める物など……。
「無い」
ジンライははっきり言った。
「民草に求める物など無い。全部、集まっている。……集まってくる」
思い出すのは足りないのなら下から吸い上げればいいと笑う大人たち。自分に媚びへつらい、その裏では馬鹿にする大人たち。
母親は妾腹の子よりも賢くなれ強くなれ、王になってより贅沢をさせろと耳にタコができる程言ってきた。
女は自分の身分を知るや否や媚び股を開いた……吐き気がした。
真正面から自分を叱り飛ばし、ダメな物はダメだと教えてくれたのはライガとシデンだけだった。
ぽつりと彼は零す。
「しいて言うなら……ライザー殿がシロ殿を愛するように、何の打算もなく私を愛してくれ、国を、民を思ってくれる伴侶が欲しい」
ベルンとクランツは苦笑した。
――道のりは、果てしなく遠い。
「ライザー殿は、どうしてシロ殿を主に選んだのですか?」
魚を焼いている彼に問えば、彼は目を丸くした。
「藪から棒に何を?」
「今日、ベルン殿とクランツ殿と少し話しまして」
ふむ、と彼は少々考えると言った。
「彼女は、私の体や奴隷の焼印を見ても人間として扱ったのだ。彼女は私を拾った時に、どうするか聞いた。ミノシヤで装備を整えて旅を続けるのか、ここに残るのかと」
決して主の所に送り返してやるとは言わなかった。
「次に、私に仕事を依頼するとき、彼女は私に拒否権と選択権を与え、働きに対価を出した。完全に自由人の扱いだろう?」
彼女が依頼するとき、どんな無茶を言われるのかと思ったら……。
美容液を買ってこい、自然を可能な限り調査し保存してこい、警報機の押し逃げ、ヘソクリの在処を調べてこい……ああ、ミーティアの捕獲を手伝ってというのもあったがこれは拒否した。
残念そうにしていたが、彼女が失敗した時に横で笑っていても何の罰も無かった。
彼は思い出し静かに笑う。
「ああ、彼女は私に何も求めず、ただ与え続けた。清潔な住まいに衣類、温かな食事に寝床、金銭や権利……温かな手……何度も望みながら手に入らなかった物すべてだ。酷い風邪を引いたときはそのまま見捨てられて死ぬのかとも思ったが、きちんと医者に診てもらえ、薬までもらえた」
「どれも、手に……入らなかった?」
青い顔で言う彼にライザーは魚を見つつ静かにうなずいた。
「ええ、手に入りませんでした。死体は毎日のように運び出され、新しい奴隷がやって来て……病気に罹った者はそのまま外に叩き出され殺されました。同朋の手によって」
「そんな……」
信じられないだろう? だが真実だと彼は言う。
自分まで病気になって、外でこれでもかと殴られ蹴られ犯され、死にたくはない。見世物のようにして殺された者だっていた。任務中、魔獣に襲われて手当てを拒み、これで死ねると喜んだ者すらいた。
「ジンライ殿、私はそのような中彼女に会って、初めて奴隷であることが恥ずかしくなり、恐れたんですよ」
「ライザー殿?」
「まず、彼女を疑ってしまった己の卑しさが恥ずかしくなった。一度手にした物が、また叩き落とされ壊されるのではないかと恐れる自分の弱さがすっかり嫌になり不安になった。それほどに彼女は温かく、ミーティア殿も優しかった。……与えられるばかりで、何も返せない自分が不甲斐なく思えてきて……いつか、いや、すぐにでも対等の立場になり恩を返したいと思った」
焼き上がった魚を皿に乗せ、彼は炭火を灰が入った壺に入れる。
「奴隷と言っても、愛玩用や戦闘用など種類は様々。私のようなのは戦闘用奴隷。扱いは五段階中下から数えて二番目。適当に痛めつけて反抗できないようにして任務に放り出し、極限状態に追い込み、死にたくないから奴隷は必死にあがき任務を達成する……地獄だった」
運良く証明書を破棄して自由になれても、そこから、その国から逃げ出せなければ意味は無い。別の罪状で捕えられまた奴隷に落とされる。
「私と違い、良い主人に買われた奴隷は幸せだ。少なくとも虐待されることは無いだろう。だがある点では私は間違いなくどの奴隷よりも幸せ者だ」
戸惑うジンライを置き去りに彼は語る。
「私は最初こそ最低な主だったが、最後にシロという最高の主に巡り会えた。逆ならまったく笑えないが……本当に、夢のようだった」
立ち上がり、彼は儚げに笑った。
「ジンライよ、私はこう思う。王とは、民草に守られることなく、民草を守り、与えるものだと。だがおまえは……民草に必要とされ親しまれる、民と王と、互いに支え合えるような良き王になれるといいな、ジンライ」
「兄さん!?」
「亡霊の独り言だ」
焼き魚を一本渡し、彼はいつものように去って行く。
* * *
ジンライがライガの手紙によってヒノモトへと民と共に帰ってしばらく経ったある日、北方にあるリアトリス王国とランタナ王国が攻めてくる動きがあるとの報せが入った。
「ライガ、すぐにヒルド王国に行くぞ」
「御意。銃後の守りはライデンに任せます」
二人はすぐに飛竜を駆り、西方ヒルド王国のハマギクへ面会を求めた。
「ハマギク様はもう引退を発表された」
「後任は?」
兵士は渋い顔をした。
「決まっていないんだな? ならここでやらせてもらう」
ジンライは足を軽く開き、大きく息を吸い込むと声を張り上げた。
「我はヒノモト王ジンライ、ハマギク殿に火急の用件があり即時面会を求める。今から三分以内に応えが無いのであれば帰る!」
包囲されつつ、彼は三分待ち、やがてハマギクがやって来た。
「ヒノモト王がこのようなおいぼれに何用ですかな」
「リーリアの乱に関する我が国への賠償とリアトリス、ランタナの動きに関しての事だ」
ハマギクの眼光がわずかに鋭くなった。
「中へどうぞ」
応接間へ通されたジンライとライガは会談に臨んだ。
「リアトリスとランタナが……実は、ルドベキアの方もきな臭くなっておりまして。申し訳ないが賠償金に関しては現時点で払えません」
「そんなことはわかっている。ハマギク殿、その借金、踏み倒したくはないか?」
「なんですと?」
ライガとハマギクの目が揃って丸くなった。
「現在私は借金王でな、これを返済王に変えたい。その一環として、まずはヒルド王国の借金を消してやろうかと」
「何がお望みです?」
「ヒルド王国が丸々我がヒノモトの傘下に入り、融和すること。溶け合い、混ざり合い、二つの国を合わせた新しい国家を作り北方の三国の脅威に対抗する」
「無理です」
ジンライはこれにうなずいた。
「今すぐには不可能だ。我々はあまりに互いを知らなさすぎる。だがまず当面の脅威を排除しなければならない。ヒノモト一国では不可能でも、ヒルド王国の力を合わせれば可能だと考えている。なんなら、今回の協力の手間賃を賠償金の金額から差っ引いても構わない」
そんなの民が納得するはずがない。
ハマギクは渋い顔をしている。
「ヒルド王国の文化芸術は最大限保護して取り入れるよう民には周知徹底を図る。その上で税金も段階を踏んで調整していく」
ジンライは据わった目でずいと身を乗り出し低く言った。
「名前だけでもヒノモトになれば、北方から賠償金を取ったら山分けできるぞ」
ハマギクはうなずいた。
「わかりました」
文官とライガに書面を作らせて調印を済ませ、ヒノモトはヒルド王国を吸収合併した。
「これで私も完全に引退ができます」
涙交じりに言うハマギクにジンライは言った。
「何をおっしゃいますか。これからは私の下で馬車馬のごとく働いてもらうから覚悟してください」
「な、なんと……どのような理由で」
「リーリアの乱の際、私はルドベキア、ランタナ、リアトリス、ガルトフリート、ミノシヤと駆けずり回った。その手間賃くらいは利子付きで払ってもらう」
あの時に小娘の息の根を止めておくんだった、とハマギクは何度目かわからぬ胃痛を覚え、少し前の自分を切り殺してやりたくなった。
「わかりました。ライガ殿、ご教授くださりますようお願いします」
「精一杯務めさせていただきます」
急激な動きに両国の反発と混乱は大きいと予想されたが、リアトリスとランタナ連合軍が攻めてくるとそれどころではなくなった。
全員が生き残るのに必死になり、何とかそれを退けたもののその次にやって来たのは助け合わなければ生活できないという現状であった。
自分たちの生活が一向に良くならないのは御上のせいだと一部の若者がジンライの所へ向かったが、そこで見た物は……。
「無い所から取ってどうする、有る所から取れ」
「しかしジンライ様、我々の生活は」
臣下の言葉にジンライのこめかみに青筋が立ち、ライガは身構えつつ筆を走らせている。
「おまえの家、ここ最近の食事は何だった?」
臣下は戸惑いつつもつらつらと並べて行き、そうか、とジンライはやけに優しくうなずいて言った。
「私の食事を教えてやろう。重湯を茶碗一杯と塩ひと匙、ほとんど白湯に近い出汁の無いみそ汁を少しだ。……で、生活が何だって?」
あんまりな、とてもじゃないが王の食事とは思えない食事を自棄になっているのか自慢げに言うジンライにライガは目頭を押さえ、臣下は黙って去って行った。
よく見れば着ている服もリーリアの乱の際に来ていた服で、その当時よりもかなりくたびれている。借金王の名は伊達ではない。
「それで、そっちのおまえたちは何の用だ? 私に言いたいことがあったんだろう?」
若者たちはオロオロと顔を見合わせた。
「いえ、失礼しました」
「まあ待て。ライガ、送ってやれ」
「はい」
ライガは立ち上がり、若者たちを連れて城外へと出た。
「あの、お侍様。陛下の先程のお話しは……」
「事実だ。すまない、今はまだ苦しいだろうが、そなたたちにがんばってもらわねば我々も食うに困るのだ。ジンライ様も、暇を見つけては野菜に水やりをしておられる。近々ガルトフリートの援助を受けられるようになる故、もうしばらくの辛抱だ」
数か月後、ガルトフリートからの援助を得たヒノモトは国を挙げての復興作業を行い、驚異的な速さで借金を返済し黒字に変えたという。
ガルトフリート王ブルノルフは苦笑してこう語ったという。
「まさか水や食料を黄金に変えるとはな。ヒノモトの王は錬金術師であったか。なかなか侮れん若者だ」
それというのもヒノモトはガルトフリートから水や食料、技術などの援助を受け、金細工や銀細工などの美術工芸品を作り他国の貴族に高値で売却し返済と復興に充てたのだった。
借金に借金を重ねるジンライを一部は嘲笑うが、ガルトフリートの金庫番ことコンラートとミノシヤのシロ、アドラムとベルンが私財を投資しているのを知りブルノルフは金銭の援助も決めたのだった。
何より、アドラムとエルジアの口添えが大きかった。
「ヒルド王国は昔からデザインが優れているし、ヒノモトはまじめで器用な人が多いから細工物を作ったら売れる」
「あの辺りには大昔に宝探しごっこでかなりの金塊を埋めたから、もしかしたら人間が掘り出すかもしれない」
そしてそれは現実となった。
大失敗をして恥をかき、穴があったら入りたいがその穴も無く、ならば自分で掘ってしまえとジンライは無駄と知りつつひたすらに穴を掘っていた。
するとスコップを突き入れた感触が異なり、彼が掘り出すと、黄金の輝きが。
穴から上がった彼の歓声に、ライガとハマギクはとうとう栄養失調で幻覚でも見たのだろうか、または気でも狂ってしまったのかと青くなったのだった。
* * *
後世の史料には、彼は最も民草に愛された良き王であったと記され、奴隷たちを手元に集め教育を与え、職をも与えてからその身分を解放した後に奴隷制を廃止する。また率先してヒルド王国の文化芸術を取り入れて見せ、苦境にあっては自分の食事を飢えている子供らにこっそりと分け与えたりしてみせた。
それらの行いは高く評価される一方、ミノシヤのシロやガルトフリートの二番煎じとの声もあったが、開き直りか自棄になったのかジンライは一笑に伏して言ったという。
「それがどうした」
彼の口癖となった一言を聞いた者は二の句が継げなかった、とライガの日記に記されていた。
また、ジンライの日記にはこう書かれていた。
お腹が空いたが、布団と風雨を凌げる建物があるだけマシだ。
だがライガやハマギクたちにはすまないことをしていると思う。
この間侍女が空腹で動けなくなっていたから、こっそりと自分の食事を与えていたがばれてしまった。それから二人も始めてしまった。
臣下たちも貧乏競争を始めているという。
民が豊かになって生活が安定したら、自分は無理をしてでもゆったりと暮らさなければなるまい。そうでなければ臣下が休めない。
ライガたちが痩せていくのを見るのは辛い。兄さんに手紙でそう言ったら、今は辛くても民が飢えている間は絶対にライガたちに食料を持たせるな、民を豊かにするのを最優先にしろと言われた。
どうしてと思ったら、腹が減っていると気が立つし嗅覚を始めとする感覚が鋭敏になり、食料を巡っての争いが起きる。おにぎり一つのために百人の人命が失われることもあり得る、と。
確かに、自分の嗅覚は鋭敏になったし、少し怒りっぽくなってしまったように思える。
でも、兄さんたちがヒノモトの民への支援を約束してくれた。本当にありがたい。会談でミノシヤに行った時も、兄さんたちが言ってくれたのか向こうの料理人は胃に優しい物をたくさん出してくれた。
ライガの伝手なのか、伝書飛竜もたまに木の実をくれ、思わず涙が出た。
この日記は当時の生活を示す史料として扱われ、またヒノモトの民は長く語り継ぎ恩を忘れなかった。




