お京さんと、うみこさんと、逢坂さんは、
『あの子ってほんとムカつく! 男に媚びまくってるよね!』
宇治橋 京香こと、“お京さん” はとても可愛らしい京都人である。
艶やかなストレートロングの黒髪を、少し渋めの紅海老茶のリボン付きバレッタで留めて、白い編み込みの入ったセーターと大人しいロングスカートは地味ながらも柔らかで可愛らしい印象を与える見るからに男に人気のあるタイプの女子大生だ。
はんなり、おっとり。おしとやかな大和撫子は聞こえてきた嫌味に対して決して声を荒らげて怒ったりはしない。
「な、なによ?」
とろんとした垂れ目を細く笑ませ、薄く開いた唇から転がるのは鈴のような可愛い声だ。
「えろぉ(すごく)おおきに(ありがとうございます)」
「え?」
「褒めてくれはったんやろ? いやぁ嬉しいわぁ。媚びればチヤホヤされるくらい可愛ええってことやろ?」
「はぁあ?!」
にっこりと愛らしい笑顔の裏で真っ黒で恐ろしい般若の面が見える。それに気圧されてか、お京さんに聞こえるように嫌味を言った彼女の声は、二度とお京さんの前で聞こえることは無かった。
『あの子さぁ、ほんとちょっと可愛いからって調子に乗ってるよね! 京都弁とかあざと過ぎ! 男に媚びてて気持ち悪いったら!』
大津山 湖子こと“うみこさん” は生まれた時から琵琶湖と共に育った生粋の滋賀県民である。
別段美人でも可愛いわけでもないが、一緒にいると何となく落ち着く系の地味系女子で、よく愚痴り相手として大して仲の良いわけでもない人に愚痴を聞かされることがある女子大生だ。
「ふぅん」
「ね! 大津山さんもそう思うでしょ?」
しかし元来真面目で誠実、そして合理的主義者であるうみこさんは自分が違うと思ったことには同意しない頑固者でもあった。
「媚びて何が悪いん?」
「え?」
「いや、媚びて迷惑がかかってんならあんたが怒っても不思議やないけど、媚びんのも大変とちゃうの? それで人に気に入られてええ思いしてんなら、それはあの子が媚びる努力した結果なんやろ」
「う、お、おう」
こいつ、めんどくせー。
うみこさんに愚痴った彼女は同意が欲しかっただけでマジレスされるとは思わず、急に面倒臭くなってうみこさんから離れていった。
うみこさんは見た目も性格も普通ではあるが、それなりに独特な感性の持ち主でもあるが故、友達があまりいないのである。
『ねえねえ、あの子知ってる? ちょー男に媚び媚びの天然ぶりっ子! 京都弁とかあざといよねー。男ウケ狙いすぎじゃない? 服とかさー、いかにも男好きそうだもんねー』
「ああっ? なんやそれ?」
逢坂 五十鈴こと“逢坂さん” は茶髪に巻き髪のゴージャスな顔立ちをした大阪人である。
「あ」に濁点を置いた、何だか強めのアクセントを用いた返しは陰口を叩いた友人達に少なからず恐怖を与えていた。
何で怒ってるの? と彼女達の目が訴えているのを、怒ってないよ! と弁解するのは大阪弁がきつく聞こえる時だけであって、本当に怒っている時は言い方のきつさなどに気を遣ったりはしない。
「あんなぁ、自分ら(あなた達)の知り合いでもなんでもない子にようそんな悪口叩けんな? 気ぃ悪ないの? 影でコソコソうっとぉ(鬱陶)しい。文句あんなら本人の目の前で言ってこいや!」
美人が怒ると恐い。更に大阪人が怒るともっと恐い。
迫力のある啖呵にビビる友人達をよそに逢坂さんは深い溜息をこれみよがしに吐き出した。
「自分、宇治橋さんやろ?」
「そうやけど?」
「うっわ! めっちゃめちゃ可愛いやん! そら妬まれもするわなぁ。あ、うちは逢坂 五十鈴。同じ大学の同学年やで! とってる教科はちゃうけど、お宅はかなり有名やからいっちょ見たろかな思てなっ」
逢坂さんの息をつかせぬマシンガントークにもお京さんは怯みもしなかった。しかしながら、講義室で席に座る彼女の周りを取り囲んでいた男達はポカンと呆気に取られて固まっている。
「そら(それは)……おおきに」
「同じ関西のよしみやん。仲良うしよや」
「ふふ。ほんま突拍子もないなぁ。けど、まぁ、ええよ」
「お! ほんまに? おおきに!
ほんならさっそくご飯でも食いに行かん? もうすぐ昼やしええやろ?」
「……」
ちらりと取り巻きの男達を一瞥した後、お京さんは小さく笑って肩を竦めた。この様子では誰も自分を引き止めはしないだろうと判断して、ゆったりと鞄を肩にかける。
「大津山さんもどうやろか?」
「は?」
その席の後ろ。突然、突拍子もなく話しかけるのは関西人特有なのだろうか、一人ぼっちで携帯電話を弄っていたうみこさんにお京さんは声をかけた。
「お隣のよしみやし。な?」
「……あー」
京都と滋賀はお隣同士だ。それを誼みと言うのなら、まぁ否定するものでも無い。
お京さんの言い分に納得したうみこさんは、構内では有名人だが今まで絡んだこともない二人とお昼ご飯を食べに行くことにした。
「ええやん、いこや。この先にな、うまいラーメン屋があるらしいんやけど」
「ラーメンかぁ。うち、濃いのあんまり好きやないのよ」
「そういやパスタ屋のチェーン店が駅前にあったやろ? そこは?」
「「ええやん」」
声を合わせ二人が頷く。
そうして彼女達はしんと静まった教室を後にして、関西色丸出しの会話をしながら堂々と関東人の群れの中を歩いて行くのだった。
この物語は、のんびりはんなり京都人のお京さん。地味で誠実で合理主義者な滋賀県民のうみこさん。そして派手で底ぬけに明るい
大阪人の逢坂さんによって繰り広げられる騒がしくも楽しい日常を綴るものである。