魅惑の糸
サルスベリの幹を毛虫が懸命によじ登っている
おいおいそれはサルスベリだぞ
サザンカのほうが住み心地がよくないか?
どこからともなく声が聞こえた
盆すぎの朝、アスファルトの上に敷き詰めたような桃色の花
掃いてもはいてもはらはらとアスファルトを覆っていた
桃色のソフトクリームみたいな花を支えていた枝が
今はピンと立って風に揺れている
仲間に先立たれた小さな葉っぱが、薄茶に色を変えて必死でしがみついていた
そんな葉っぱのどこがいいのか、毛虫が何匹も集まっている
きっと幹をよじ登っている毛虫も、そこを目指しているのだろう
一匹の毛虫が、幹にとりついている後輩に薀蓄をたれている
足のはこびかた、からだの丸め方、昇るコース
いかにも知ったような言い方だ
マイペースを崩さない仲間をあざ笑うかのように、近道はこっちだと囃し立てていた
要領の良い虫は、仲間が吐いた糸の助けをかりて、易々と葉の近くに座を占めた。
しかし要領の悪い虫は、あくまでマイペース。
休みながら、ずり落ちながら
一本下がった糸に要領かましが取り付いた
ところが、誰も糸をたぐってはくれない
そればかりか、上がるも下がるもできなくなって困り果てるばかり
それもそのはず、その糸は蓑虫のハンモックだった。
別の要領かましが、更に上から垂れている糸をみつけた。
真っ先に上って自慢してやろう
要領かましが糸にぶらさがり、お調子者も後に続く
成長途上の者は鵜の目鷹の目で様子を見守った。
都合のいいことに糸はネバネバとして登りやすい
しかし順番を待ちきれない毛虫が糸を揺らしたものだから、
要領かましはズルズルとずり落ちていった。
どうせ蓑虫のベッドがあるのだろうと下を見ると
大きなクモがおいでおいでと手招きしている。
こういうことにならぬよう、地道な努力を望みたいですね。