97話:ピオネー攻略
僕らは目の前に、雲海を突き抜けてそびえる急峻な霊峰を迎えていた。
大陸の北部に屹立する、部隊行動困難とまで言われている険しい山脈だ。
山頂は雲を突き抜け、雪による白化粧が目立つ。
高度数千メートルの世界は、登るのが大変だとか寒いとかだけでなく、通常の呼吸すらも困難になる。
ただそこにいるだけで疲弊していく世界。
それがこれまで幾度もの攻略部隊を阻んできたピオネー山脈だった。
「この険しい山脈が大陸の北部を二分しているから、ウェルリアとエジンバラを行き来しようと思えば、レスティケイブのつり橋を通るしかないんだよね」
僕の隣で、黄金の髪を持つ少女騎士リリが言った。
「そうだ。そしてレスティケイブからのルートは向こうも厳重に警戒しているはず。
あちらを通れば、必ず罠か待ち伏せがあった」
「だからこそ、ここを突破できれば、って話かぁ」
「そういうこと」
ピオネー山脈を越えて敵国に侵攻する発想は、この時代この世界の軍人にはない。
みんな、この山岳を軍事部隊が越えることは不可能だと思っている。
しかし、不可能を可能にしたとき、戦略的に圧倒的に優位に立てる。
戦略・戦術的に言えば、敵部隊が予期せぬ方向からの打撃を与えることが、一番効果的に働くからだ。
「そんじゃま、ピオネーちゃんをいっちょ攻略していきますかねー。
あたしらは何をやればいいわけ?」
リリの親友、ベアトリーチェが馬の手綱を操りながら言う。
「まず僕とロイさん、リリ、ビーチェで少数精鋭の部隊を構成し、ルートの策定に乗り出そう。
前も言ったけれど、先住民に金品を贈って交渉し、彼らしか使えないルートが見つかるといい」
「世俗嫌いのピオネー先住民が、そんな簡単に折れてくれるものかねぇ」
ビーチェが首をかしげる。
「ま、そこは指揮官の腕の見せ所かな。リリ」
「はい」
最愛の恋人が、折り目正しく応えた。
「リリのショートジャンプを使って、先住民がいるであろう集落まで僕らを運んで欲しいんだけど。
できるかな?」
「いいよ。とりあえず私が先行して周囲の動きを探りながら、みんなを運んで飛ぶね」
「うん、頼む」
僕の要請にリリは破顔で答えると、すぐにその場から消失した。
空間跳躍によって、ピオネー山岳の登攀に向かったのだ。
「しかし、いつ見てもあのスキルは反則だな……」
後に残された僕たちの中、ロイさんがしみじみと呟く。
「弱点があるとは言え、こと戦闘や部隊行動に関しては、空間跳躍は最強に近いスキルですね」
「あれが俺にあれば、1人で大国を落とせる」
「いや、ロイさんなら今でも1人でウェルリアを落とせるんじゃないですかね」
「無理に決まってるだろ」
僕の苦笑に、彼は首をすくめて呆れた素ぶりを見せる。
そんな会話をしていると、リリが空間跳躍で戻ってきた。
「ルーク、先住民の住処か確定したわけじゃないけど、山岳の中に洞窟道あながあって、そこに何者かが生活していた痕跡を見つけたよ」
「お、さすがリリ。そこまで連れてってもらえるかな」
「もちろん。じゃ、みんな円になって私の手を握って」
「わかった」
僕ら4人が小さな円陣になって、リリの手を握る。
「行くよ」
そう言うが否や、目の前の景色が明滅し、閃光が炸裂した。
視界にパッ、と光が瞬いたかと思えば、 次の瞬間には僕らの身体は山岳の斜面へと移っていた。
「おぉ……」
「これが空間跳躍の感覚か」
「珍しいものを体験したよね」
僕、ロイさん、ビーチェの順に感想を述べる。
「洞窟は離れたところにあるから、もういくつかポイントを経由して飛ぶね」
「了解」
また次の瞬間、僕らの視界に極光が満ちて、リリが空間跳躍を繰り返す。
3〜4度の空間転移を行なった後、僕らは山岳の中腹に開かれた洞窟の中にいた。
「ここ。この洞窟の先に、寝台やたき火の跡などの、人間の生活臭がする痕跡があったの」
「よし、行こう」
足を踏み出そうとする僕に、ロイさんが手で静止する。
「こんな場でも、一応隊列は組んでおいた方がいい。
近接職の俺とリリが先頭。ルークが中衛魔法職。ベアトリーチェは後衛で弓兵をやれ」
「あ、そうですね。分かりました」
「了解です」
「あい」
ビーチェだけが気の抜けた返事をして、僕ら4人は戦陣を組んで洞窟の中を探索して行く。