95話:なんのために?
ホロウグラフが消失した騒ぎを聞きつけてきたロイさんやレティス皇帝陛下と合流し、僕らは宝物庫の前で話し始めた。
「――つまり、今この時代のエジンバラ皇国には、ここにいるリリ嬢とは別の時間軸からやってきた未来のリリ嬢がいると。そしてその未来リリ嬢が空間跳躍かなにかを駆使し、宝物庫の警備と結界を突破してホロウグラフを持ち去った……と。そういう話なのか、ルーク殿」
陛下の言葉に頷き、僕は言った。
「そうですね。状況証拠から考えるに、ホロウグラフを持ち去ったのは未来リリでしょう」
「難儀なことになったな……。相当の魔導具らしいが」
僕らは暗い顔を見合わせる。
ホロウグラフが悪用されなければいいのだが。
しかし未来リリには一度ならず二度三度と危機を助けてもらった経歴がある。
思い出せるだけでも1つは、対ユメリア戦の空間跳躍攻略レクチャー。
2つは、対リリ戦の時間跳躍の暴走を抑制。
もし未来リリが僕らに危害を加えるつもりだったのなら、あの場面で僕らの味方になる必要もなかったように思える。
ユメリアとの敵対関係だけでなく、未来リリは明らかに僕らを助ける動きをしていた。
――そういう説明を、皇帝陛下やリリたちにもした。
すると、当事者のリリは難しい顔でうーんと唸る。
「なんか……未来の私がこの時代で色々と画策してるのが変な感じ。
何をそんなに秘密裏に動いてるんだろう?
私の前に出てきて、ホロウグラフちょうだい、じゃダメだったのかな?」
「いや、それは……どうなんだろう」
僕は苦笑したが、リリの説は一笑に付すには、真に迫っていた。
「たしかにそうだな。未来リリは僕らの前には姿を現したけど、リリの前には出てきてない。
「そうだよ。私、未来の私と会ってない」
「それにも何か、未来リリにとっては重大な理由があるのかな?」
「分かんないけど……。ねぇ、未来の私って何歳ぐらいだった?」
リリに聞かれて、僕は腕組みして考え込む。
先程出会った未来リリの容貌を思い出すが、ひどく疲れていた表情以外は、何歳も年を取ったようには思えなかった。
「うーん……歳はそんなに変わらないと思うんだ。
少なくとも、30歳とか40歳では絶対にない」
リリはぱちくりと目を瞬かせ、こう聞いてくる。
「じゃあ、今の私とそんなに変わらない年齢なの?」
「そうだね。未来リリも綺麗ではあったんだけど、なんだか……ひどく憔悴していた感じだったな」
「へぇ……。憔悴って、重い悩み事を抱えていたとかかな」
「そんな感じがしたね」
「うーん。私の悩み、今はもうほぼ解決されてるんだけどな。
ルークと一緒になれたし」
そう語るリリの言葉には色ボケした声音はなく、冷静に事実を述べている感じがした。
僕が照れる中、ロイさんが言葉をあげる。
「ルーク。仮説がある」
「あ、はい。なんでしょうか、ロイさん」
「未来リリやユメリアがこの世界にタイムリープしてきているのは、未来の世界でお前に関するなにか重大な出来事が起こるんじゃないか?」
「あっ……!
そう言えば、デミウス鉱山内で発見した日記にもありましたね!」
ユメリアの日記をあそこで読まされて、未来世界の人間模様が少し分かった出来事だった。
「そうだ。あの幼かった頃のユメリアが書いた日記内で、お父さん(ルーク)はすでに亡き人物だった。
未来の詳しい経緯が分からないからなんとも言えないが、未来リリはその最悪の状況を回避するために動いているのかもしれない。
現在のリリを見てるかぎり、どう考えてもお前のことが大好きじゃないか」
真面目な話の途中で僕への好意を褒められ、リリは「えへへ」と頬をぽりぽりとかいてはにかんだ。
それを横目に見ながら、僕は推察をロイさんにぶつける。
「となると……未来リリの思惑は、ホロウグラフを使って未来の僕を復活。
あるいは、僕の死亡を回避させること……?」
「そのあたりの線が濃い気が、俺はするな」
しかし、と僕は首を横に振る。
「それでも整理できないことがあります。
ノアの箱舟計画の企画者は僕らしいんですよ?
その計画推進者であるユメリアが僕の蘇生を試みるならともかく、なんで計画に反対している未来リリが……」
「そこまでは現段階では俺にも読めんよ。
実際に、なんらかの方法で未来世界に行って調べてみるしかないだろうな」
「未来に行ってみたくはありますし、なにかそういう運命に導かれてる気もしますが。
どうやったら行けるんですかね……」
「それこそリリの時間跳躍が完全に制御できるのを待つしかないが」
「できそうかな、リリ?」
僕に話を振られて、リリは小難しい顔で腕組みする。
「うーん……あれをもう一度やれって言われても、絶対にまた暴走する気がする……。
ホロウグラフって魔導具の補助があればできるのかもしれないけど」
「そうだよね。時間を超えるスキルなんて、早々成功するものでもないだろうし」
僕の言葉を受けて、ロイさんがパン! と手を叩いてまとめに入った。
「まぁルーク、ひとまずこの問題は置いておかないか?
俺たちの味方である可能性が高い未来リリがホロウグラフを持ち去ったのなら、早急にどうこうなる話でもないだろう。
それよりまずは、目先に迫ったウェルリア侵攻対策だろう」
「あ、はい。ごもっともです」
これからの将来で、僕らの身に何が起こるんだろう。
怖いような、知りたいような。
そんな複雑な気持ちがする中で、僕らはウェルリア侵攻のために動き始めた。