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94話:消えたホロウグラフ

 ヒメリからホロウグラフを受け取った僕は、危険すぎる魔導具を皇帝陛下に厳重に保管しておいてもらうことに決めた。

 皇帝陛下に直々にお願いをする。


「陛下、これがホロウグラフという魔導具なんですが……。

 ご迷惑でなければこれを皇宮で預かっていてもらえないでしょうか?」


「これが『願いがなんでも叶う』という魔導具か」


「おおよそ、そんな甘い夢物語を叶える魔導具ではないらしいですけど。

 これが悪用されるとマズイことになるので、僕が持ち歩くよりここで保管しておいてもらったほうがよいかと思って」


「そうだな、分かった。皇宮で保管しておけば、いざという時の切り札になるかもしれんしな。

 皇帝家に代々伝わる秘宝や魔導具を保管している、宝物庫の中に入れておこう。

 あそこなら、1日中警備が立っているから、そうそう盗まれたりしない」


「はい。それでお願いします」

「あぁ、任せておいてくれ」


 そう言ってレティス皇帝はサイドテーブルで羊皮紙の書類にさらさらとサインする。

 書き上げた書類を、僕に手渡してきた。


「これを宝物庫の警備員に見せれば分かってくれるはずだ。

 俺が届けてもいいんだが、ちょっとこれからまた地下水路が壊れた苦情を聞かなくてはならんのでな」


「いえ。助かります」

 

 僕の懇願(こんがん)を快く受け入れてくれた皇帝陛下にぺこりと頭を下げる。

 僕は陛下がおわす玉座の間から平身低頭して退去した。


「宝物庫の場所まではわたくしが案内いたします、ルーク閣下。参りましょう」

「ありがとう……たしか、文官のサージェス……さんだったよね?」


「閣下にお名前を覚えて頂けていたなど、恐縮にございます」

「いえいえ、こちらこそ」


 如才ない受け答えをする文官に先導されて、僕は皇宮の奥深くにある宝物庫を目指した。


 文官のサージェスとともに、皇宮の廊下を歩く。

 床には足が沈むかのようなふかふかの赤絨毯が敷かれ、左右には壷や彫像といった著名な作家が作った調度品が並べられていた。


 これを誤って壊すだけで、僕の全財産が飛びそうだな……と震え上がる。


「閣下は、立場や権力のわりに、気さくな方ですね」


 そう思って歩いていると、サージェスがふと声をかけてきた。


「そうかな。まぁ外様があまり偉そうにしても、顰蹙(ひんしゅく)買うだけだしね」

「今だから申し上げますが……皇帝陛下のお気に入りということで、官僚のあいだでもずいぶん話題になっておられましたよ」


「あぁ……まぁそりゃそうだろうなぁ」


 どんな流言飛語が流れていようが、不思議ではなかった。


「ですが、この国は皇帝陛下の思想からして成果主義ですゆえ。

 結果を出せる人間が偉い。それは間違いありません」


「結果、ね……。

 僕の師団のウェルリア侵攻が失敗に終われば、散々に叩かれそうだな」


「そうならないよう、ご期待しております」


 文官のサージェスが微笑して言うあいだに、僕らは皇宮の奥にある宝物庫へとたどり着いた。


 荘厳な扉の前に、厳しい警備兵が2人、直立不動の姿勢で警備している。

 

「ルーク閣下のご用命です。宝物庫に入りたいそうで」

「皇帝陛下の証書はお持ちでしょうか」

「うん。ここに」


 僕が差し出した陛下の書類を見せると、警備兵は「たしかに」と言って宝物庫のロックを開けてくれた。

 どうやら生身の警備だけでなく、魔法による結界も張られていたらしい。


「ここには皇帝家代々に伝わる由緒正しき宝物や、希少な魔導具がたくさん貯蔵されております。

 中に入ってもくれぐれも、良からぬ気は起こされぬよう、閣下」


「大丈夫。金やそこらの魔導具には興味ないから」


 僕はへらりと笑って、宝物庫の中を見渡す。


 中はひんやりとしていて、窓1つない。

 設置された松明がわずかな灯りをともしている。


 見渡せば、たしかに金になりそうな宝石や宝具、魔導具がうなるほど貯蔵されていた。


 出入りのためには屈強な警備兵2人が守る正面扉をくぐるしかなく、さらに宝物庫の内部にも異物の侵入を防ぐ厳重な結界魔法が張ってある。


 ここならねずみ一匹潜り込めやしない。

 安心してホロウグラフを預けられそうだと思い、僕は近くの棚の空いている場所にいわくつきのそれを安置する。


 たしかに宝物庫の中に収納したことを確認すると、僕はそこから外に出た。


「ありがとう。もう用は済んだよ」

「左様でございますか。また入られます時は、陛下の証書をお持ちいただければ幸いです」

「うん。分かった」


 そうして僕は文官のサージェスとともに宝物庫を後にした。


 ◆


 途中でまだ仕事があるからと、サージェスは官僚たちの詰め所へ戻り、僕はリリたちが集まる談話室に足を運ぶことにした。

 その道中で、皇宮の廊下の曲がり角で女性とぶつかりそうになった。


「おっと」

「あっ……ルーク……」


 その女性をよく見れば、リリではないか。

 彼女は僕を見て驚きの様子で固まっていた。


「リリ。ちょうどよかった。きみたちがいる談話室に行こうとしてたところなんだ。

 どうしたの、こんなところで?」


「うん。ちょっとね……」


 リリは困ったように、視線を虚空にさまよわせる。

 清潔好きな彼女に珍しく、リリがいつも好んで着る服装は少しホコリで汚れていた。

 それにどことなく、リリの表情からは拭いきれない疲労感を感じた。


「そっ、それよりルーク! ホロウグラフが直ったんだってね。おめでとう」

「あぁ、そうだけど……。なんで知ってるの?」

「風のうわさで」


 どんなうわさなんだと思ったが、どうせヒメリあたりがこう言ったに違いない。


『あっ、リリさん。実はですねー、ルークさんが、ルークさんが、ルークさんがあたしに直々に! この魔導具を直してくださいって、土下座する勢いで頼み込んできたんですよねー! あー! 困っちゃいますねー! これだからモテる女は困っちゃいますよねー!』


 ……無駄にリリに対抗心を燃やすヒメリの光景が、ありありと予想できた。


 僕は想像で苦笑しながら、左手で頬をかく。

 僕の左手首には、ずっと前にユメリアにはめられた、腕輪の魔導具が光り輝いていた。


 リリは目ざとく腕輪型の魔導具を見咎め、言った。


「あっ、これ……ユメリアの魔導具……」

「あ、そうそう。よく知ってるね。あれ? リリってユメリアと会ったことあったっけ?」


「えっと、その……。それ、よければ外してあげようか?」

「え。できるの、リリに」


「うん。解除用の魔法陣はよく知ってるタイプのものだし。

 いつまでも彼女の監視がついてちゃ、居心地悪いよね」


 そうなのか。

 シャーレさんの店でつけられたときは、早々外れることはない魔法で組まれていると言われたものだったが。


「ちょっとお手を拝借」


 リリは僕の左手首を手に取ると、魔法の光をきらめかせた。

 すると、今まで僕の手にはまっていた腕輪型の魔導具が、「ガシャン!」という音を立てて外れた。


「おー! ありがとうリリ!」


 身軽になった左手首をぷらんぷらんさせて、僕はリリに微笑んだ。


「ううん、たいしたことじゃないから。じゃ、私これで」

「うん。また後で」


 リリは僕が来た方向へ戻るようにして、廊下の先を進んでいった。

 

「あれ? あの先って、宝物庫以外になんかあったっけ……?」


 僕は首をひねるも、大した問題じゃないかと思って看過した。


 ◆


 談話室に戻ると、リリとベアトリーチェが楽しそうにチェスを行っていた。


「きゃー! リリ、その一手はなしだって!」

「勝負になしも待ったもありませーん。さぁさぁ、クイーンでチェックだよー!」


 そんなことを言いながら、2人は盤面を挟んで向かい合ってはしゃいでいる。


「リリ」

「あ、ルーク。お帰り」


 彼女は僕を見ると、パッと表情を華やかせた。


「いつの間に談話室に戻ってきてたんだ?」

「え? 私はずっとここで、ビーチェとチェスをやってたけど? ねぇ、ビーチェ」


「だねー。ずっとあたし、リリにいじめられてた」

「失礼な……。ビーチェがチェス弱いだけでしょ」


 …………。

 …………?


 じゃあ、あのリリは……?


「……リリ。僕の左手にはめられていた魔導具が何か、知っていた?」

「ううん。知らない。なんか腕輪つけてるなとは思ってたけど」


「じゃあ、ユメリアという女は?」

「全然知らない。誰? 浮気相手?」


 冗談めかして言うリリの言葉が、頭に入ってこない。

 もしかして、あのリリは……。


 その瞬間、ぞわっと背筋から這い上がってくるような恐怖を感じた。


「マズい!!!!」


 僕は慌てて談話室から駆け出して、今戻ってきた宝物庫へ向かってダッシュする。


「ちょ、ちょっと! ルークどうしたの!?」


 背後からはリリが驚いた様子で追ってくる。


「説明は後で!」


 皇宮の中を、マナーも宮廷礼儀もへったくれもなく走り抜ける僕に、侍女たちは目を丸くさせて、礼儀にうるさい閣僚や官僚たちは無礼な人間を見る目つきで眺めた。


 そんな驚きや侮蔑の視線を気にしている暇もなく、僕は息をぜえぜえと切らしながら、宝物庫の前まで戻ってきた。


「警備兵さん! 今ここに、金髪の女性が来なかったですか!?」

「はぁ? いえ、来なかったと思いますが……」


「宝物庫の中に、誰も入れてないですか!?」


「そもそもここは、そんなに頻繁に入れる方もおりませんので……。

 確かな身分と陛下の証書がなければ」


「すみません。なら宝物庫の中を、もう一度開けて僕に見せてくれますか」

「でしたら、もう一度陛下の証書を……」


「戻っている暇はないんだ!!」


 珍しく声を荒げる僕に、警備兵の2人はぎょっと驚く。


「は、はぁ……。ルーク閣下なら間違いはないと思いますゆえ、そこまで仰るのでしたら……」


 渋々と言った感じで警備兵は宝物庫の扉と魔法ロックを解除した。

 僕はそれをもどかしい思いで待ちながら、すべてのロックや空間魔法が解除されると中へ入った。


 あるべき物があるはずの棚を見て、

 

「ちくしょう、やられたっ……!」


 僕は壁を握りこぶしで叩いた。


 僕がたしかにそこに置いたはずの棚には、神の魔導具と呼ばれるホロウグラフが、夢か幻のように消え去っていた。

話が面白かったら、なにとぞ書籍版も応援のほどよろしくお願いいたします!!

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【クリックで先行連載のアルファポリス様に飛びます】使えないと馬鹿にされてた俺が、実は転生者の古代魔法で最強だった
あらすじ
冒険者の主人公・ウェイドは、せっかく苦心して入ったSランクパーティーを解雇され、失意の日々を送っていた。
しかし、あることがきっかけで彼は自分が古代からの転生者である記憶を思い出す。

前世の記憶と古代魔法・古代スキルを取り戻したウェイドは、現代の魔法やスキルは劣化したもので、古代魔法には到底敵わないものであることを悟る。

ウェイドは現代では最強の力である、古代魔法を手にした。
この力で、ウェイドは冒険者の頂点の道を歩み始める……。
+注意+

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