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93話:ホロウグラフの真価

 僕とリリがデートした日から次の日。

 またルーク師団を率いてウェルリア王国に攻め入るには日程の余裕がある。


 ということで、僕はヒメリのもとを訪れることにした。

 リリと付き合いはじめて早々浮気とかでは決してなく。


 現在ヒメリは、皇都の工房ギルドを間借りさせてもらっているらしく、手に入れたホロウグラフの修理に勤しんでいると言っていたからだ。

 ホロウグラフの修理状況を聞きに、僕は皇宮を出て城下町へと降りた。


 皇都の工房ギルドはシリルカの街のものより大きく、ギルドの中は大きな精錬場となっている。

 その精錬場では剣や鎧、槍、弓なんかが製造されており、白いタンクトップにツナギ姿の職人たちが忙しなく働いていた。


 カーン! コーン! と、職人たちは(つち)を振るう音が鳴り響いている。


「そっちの鉄はもう()から出せ! あまり高温で熱しすぎると、戻っちまうぞ!」


「すいません親方! あとハンマー壊れました!」


「あぁ!? お前あれだけ仕事道具は大切に扱えって言ってるだろ!」


 炉の熱だけではなく、職人たちの熱気も合わさって、皇都の工房ギルドの中は熱苦しい。


「あの、すみません。ルークと申しますが」


 僕は意を決して近くの職人に話しかけたが、


「てめぇ、精錬(せいれん)は高熱の管理と打つ速度が大事だっていつも言ってるだろうが! なんだこの低温の炉は!」

「すみません! すぐにやり直します!」


「親方ー! こっちに来てください。ふいごが壊れました!」

「待ってろ! すぐ行く!」


 無視されていた。

 目の前では職人たちがてんやわんやの忙しさで走り回っている。


「あの……ルークと申しますが……」


 僕の声は、熱気にあてられた工房ギルドの中では、誰にも届くことはない。

 所在なげに立ち尽くすしかなかった。


「あの…………」


 誰も僕の言葉に反応せず、職人たちは各々が作業に没頭している。


 これだから人見知りは困る。

 僕みたいな人間が都会に出てくると、誰にも相手にされず本来はこうなるんだ……。


 しばらく工房ギルドの中で、僕は寂しい顔でぽつねんとしてた。

 すると、見知った声がかけられる。


「あれ。ルークさんじゃないですか

 こんなところで何してるんですか?」


 バッと声のしたほうを向けば、そこには作業着姿のヒメリが立っていた。

 手には羅針盤のような魔導具、ホロウグラフを持っている。


「ヒメリ!」

「あ、はい。ヒメリですけど……」


「あぁ、良かった……! ヒメリを探して工房ギルドに来たはいいものの、職員に声をかけても誰も僕の言うことなんて聞いてくれなくて」


「ふーん。そうなんですか」


 心なしか、ヒメリの態度がそっけない気がする。


「……ヒメリ、なんか怒ってる?」


「怒ってないですよ。

 あたしじゃなくてリリさんを選んでデートしたことなんて、全然、これっぽっちも怒ってないですよ」


 口をほころばせて笑う彼女だったが、目元だけは笑っていない。


「やっぱり怒ってる……」


「別にいいんですけどね。

 惚れた腫れただけは、自分の意志どおりにならないですし」


「ごめんね、ヒメリ」


「つーん。ルークさんなんて嫌いです」


 つーん、と自分で言ってそっぽを向いてみせるヒメリ。

 彼女は続けて言った。


「……で、捨てた女に何か用ですか?」


「言葉にトゲがある気がするけど、まぁいいか。

 ヒメリにはホロウグラフの修理を頼んでたはずだけど、あれってどうなったかなと思って」


「あぁ、ちょうどその件で報告しようと思っていたところです。

 ここで立ち話もなんですので、近くのカフェに移動してお話しましょう。

 いったん着替えてきます。ギルドの表で待っててもらえますか?」


「うん。分かった」


 ヒメリが工房ギルドの更衣室に消えていくのを見守って、僕はギルドから出て、正面で彼女を待った。



 ◇ ◆



「お待たせしました」

 

 ギルドの中から出てきたヒメリは、私服に着替えていた。

 白のカットソーに、黒のスカートだ。


 似合っていると思ったが、それを言うとリリへの裏切りになる気がしてやめておいた。


「…………」


 そう思っていたら、ヒメリがその場で一回転してみせた。

 スカートがふわっと風に揺れて、それからこちらを物欲しげに見つめてきている。


「なんだろうか、いきなり」


「どうでしょうか、あたしの私服姿は」

「いいんじゃないかな」


「可愛いですか?」

「うん……まぁそう思うよ」


「リリさんより?」

「いや、それはないかな」


「チッ……可愛いって言ったらリリさんにチクって、喧嘩にさせてあげようと思ったんですけどね……」


 誘導尋問に引っかからなかった僕へ、ヒメリは舌打ちしていた。

 怖い女の子だと、心から思う。


「なんで人の幸せを壊すようなことを企むんだ。悪い子だね、ヒメリ」


「いいですよ、もうっ。リリさんのことしか頭にないルークさんなんて忘れます!

 あーあ! あたしも彼氏欲しいなー!」


 ちぇー! と、ヒメリは路傍の石を蹴り転がした。

 コロコロと転がっていく小石を見つめながら、僕は嘆息して彼女に微笑む。

 

「そんなに無理しなくても、ずっと僕と友達でいればいいじゃないか。

 もし素敵な男性が僕の友達になったらヒメリに紹介するよ」


「別に男性なら誰でもいいってわけじゃないんですけど……。

 っていうかルークさんがいいんですけど……」


「いやー、僕はダメだよ。リリがいるから。

 まぁこんな話よりさ、ホロウグラフに関して話があるってヒメリは言ってたけど、何か食べたいものでもある? 

 食べながら話そう。なんでもおごるよ」


「んー、それじゃあアップルパイが食べられるお店がいいです」


「了解。近くに美味しいスイーツを出すお店があるんだ。そこへ行こう」

「はいっ」

 

 ヒメリはスイーツに釣られたのか、弾けたように笑った。


 ◆

 

 皇都の街並みをヒメリを連れて歩き、メイドに紹介されたカフェの中へと入る。


 シックな木色でまとめられた店内はオシャレで、観葉植物が置いてあったり、天井には4つの木板からなるゆっくりと回る天井扇が取り付けられている。


 店員もメイド服と執事服を完全に着こなしており、美男美女揃いのスタッフで垢抜けていた。

 メニューを見ても、ブラックボードに白チョークでスイーツの絵と値段描かれていて、瀟洒(しょうしゃ)な感じがする。


「へぇー、ルークさんこういうお店知ってたんですか

 デートにこういう店を選択できるのは女子的にポイント高いですよ」


「残念ながら僕とヒメリのこれはデートではないんだけど。

 皇宮のメイドたちに『女の子と遊ぶなら事前情報とリサーチが必須です』と、色々仕込まれて」


「そうですか。

 むぅ……色々美味しそうなものがあって悩みますねぇ」


 僕の軽口を流して、ヒメリはメニューとにらめっこしている。


 やがて執事服の店員がオーダーを取りに来たので、僕はレモンティーとチョコレートケーキ。ヒメリはアップルパイとダージリンティーを頼んだ。


 スイーツとお茶が運ばれてくるまでの間、僕らは本題に入ることにした。


「……で、ホロウグラフの件だけど」

「あぁ、そうでした。えっと、これがそうなんですけど」


 ヒメリはサイドバッグの中から、羅針盤のような魔導具を取り出して、テーブルの上に置く。

 中央に青白く光る鉱石・デレストグラムが埋め込まれている。

 

 これがホロウグラフだ。


「一応、あたしが修理できるところまでは直しました」

「……と言うと、もうこれは使える状態になっているのか?」


「工房ギルドの先輩にも手伝ってもらったんですけど、完全な状態までは直せていません。

 ちょっとここ見てもらっていいですか?」


「ん、あぁ」


 そう言って、ヒメリは羅針盤のような胴体をカパッと開けて、内部の構造を僕に見せた。

 ホロウグラフの内部は、大小様々な歯車が回っており、無数の歯車が他の部分に連鎖している構造だった。


 ヒメリが修理したことによって、大体の部分の歯車は連鎖して回っているが、いくつかの歯車は止まったままだ。

 ここが完全な修理ができなかったという要因だろう。


「この羅針盤の内部なんですが、ここにオーバー・テクノロジーが使われています。

 現状では、この内部は完全には直せませんでした」


「となると……この国ではもはやこれ以上の修理できない?」


 僕の言葉に、ヒメリはこくんと頷く。


「エジンバラ皇国ではというより、たぶんウェルリア王国だってどこだって、無理だと思います」

「じゃあ、これからホロウグラフの完全な修理をしようと思えば、これが作られた時代に行って、オーバー・テクノロジーの穴を埋めないと無理ということか」


「そうなりますかね」

 

 そこでスイーツと紅茶が運ばれてきたので、ヒメリはダージリンに口をつける。

 僕はチョコレートケーキをフォークで切り分け、口に運んだ。

 甘い味が口内いっぱいに広がる。


「ルークさん。あたしにも質問させてもらっていいですか?」

「ん。あぁ、どうぞ」


「これ、ユメリアちゃんや未来リリが、何のために直そうとしているんです?」


「ユメリアの目的は、おそらくノアの箱船計画の完遂。

 未来リリの目的は、その妨害なのではないかと、僕は踏んでいる」


「悪いことは言いません。これはこの場で壊すか、厳重に封印すべきものです。

 こんな魔導具、世に出したら、世界が滅亡しますよ」


 チョコレートケーキを運ぶ手が止まった。


「世界が……滅亡する……?」


「はい。ホロウグラフは、ありえないほど高い技術で構造設計されています。

 その効果は、『なんでも一つだけあらゆる願いを叶える』


 そう言われれば、夢のような魔導具ですよね。

 たしかに表面はそうなんですが、これはそんな可愛らしい乙女の夢を叶えてくれるアイテムじゃありません。


 この魔導具は、ある犠牲をもとに、神級魔法を超えた魔法性能を引き出す悪魔の魔導具です。

 その必要な代償って、ルークさん。なんだか分かります?」


 神妙な顔つきになって言うヒメリに、僕は首を横に振った。


「いや……分からないな」

「人間の、命ですよ」


 唖然(あぜん)とした。

 ヒメリの口から語られる、ホロウグラフの真実に。


 そんなものを……ユメリアやリリは使おうとしているのか……?


「おかしいとは思ってたんですよね。ユメリアちゃんや未来リリがこの世界に存在するのって。

 時間を超える魔法なんて、そうホイホイ使えるものじゃありませんよ。

 世界線が壊れてしまいますし、実際、現在のリリさんは時間跳躍は使えないんですよね?」


 そう言われれば、そうだ。

 リリは僕との戦いの中で、時間跳躍を使おうとして失敗し、スキルの暴走を招いていた。


 空間を超える聖女リリですら、時間を跳ぶことに失敗するのだ。


「じゃあ……未来世界の彼女たちは『ホロウグラフ』の補助があって、この時代に来たということか……?」


「その可能性が高いと思います」


 彼女は真剣な顔つきで言った。


 神の魔導具と呼ばれたホロウグラフ。

 その実態は、人間の命を代償として願いを叶える、悪魔の魔導具……。


 信じられない話だった。

 でも、よくよく思い返してみればそうではなかったか?


 ノアの箱船計画の全貌。


 未来世界では大地が荒廃し、地上には人が住めなくなっている。

 だから天空に人工の浮遊大陸を創り上げ、そこに優秀な人間だけを選別して移住する。


 ユメリアが追うノアの箱船計画は、馬鹿げた選民思想に染まっていた。

 その彼女が、下民と判断した命を使い捨てるのに、なんらためらいがないであろうことも容易に想像がつく。


「ルークさん、これを直してて思いましたけど。

 ホロウグラフは危険すぎる魔導具ですよ。

 ユメリアちゃんはおろか、未来リリにだって渡さないほうがいいです」


「……分かった。忠告ありがとうヒメリ。

 そして、部分的に直ったということは、これはまだ使える状態ではないんだな?」


「ですね。ただ、パーセンテージにして90%ほどはもう直っているので、オーバー・テクノロジーの部分が埋められればすぐにでも起動しますよ」


「そうか……。これは僕が厳重に管理するよ。

 直してくれたことに感謝する、ありがとうヒメリ」


「いえ。興味深かったし勉強になったのでいいんですけれども。

 それよりアップルパイ食べましょう。美味しいですよ」


 そう言って、ヒメリはアップルパイを切り分け、口に運んでいた。


「あぁ……そうだね……」


 幸せそうにスイーツを食べるヒメリからホロウグラフを譲り受けた僕は、これを誰も使うことができないように決意を固めた。



 僕はこの魔導具を、必要となる機会が来るまで誰にも奪われないよう、皇帝陛下に協力を仰ぐことにした。


 皇帝陛下は二つ返事でホロウグラフの厳重管理を受け入れてくれ、皇宮の中でも限られた人物しか入ることのできない、魔法空間で守られた宝物庫の中にこれを収めた。

 


 そしてその後。

 ホロウグラフは何者かによって皇宮の宝物庫の中から強奪された。

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【クリックで先行連載のアルファポリス様に飛びます】使えないと馬鹿にされてた俺が、実は転生者の古代魔法で最強だった
あらすじ
冒険者の主人公・ウェイドは、せっかく苦心して入ったSランクパーティーを解雇され、失意の日々を送っていた。
しかし、あることがきっかけで彼は自分が古代からの転生者である記憶を思い出す。

前世の記憶と古代魔法・古代スキルを取り戻したウェイドは、現代の魔法やスキルは劣化したもので、古代魔法には到底敵わないものであることを悟る。

ウェイドは現代では最強の力である、古代魔法を手にした。
この力で、ウェイドは冒険者の頂点の道を歩み始める……。
+注意+

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