92話:デートしよう、リリ!
ウェルリア王国へ本格的に侵攻をかけることになった僕らルーク師団だったが、大決戦の前にひとときの休息を得ていた。
現在、僕らは皇都の皇宮の中にある、高級将校用の豪華な部屋を、皇帝陛下から与えられていた。
身の回りの世話すべてを行ってくれる専属侍女が3人もついている。
着替えるときも寝るときも、彼女たちはいつも部屋の隅に無表情で立っているから、逆に落ち着かない。
「あの……」
「お目覚めですね。いかがなさいましたか、閣下」
早朝。
ベッドから起きた直後の僕は、黙って隅に控える侍女に辟易とする思いだった。
「そんなに黙って立っていられると、気が散るんだけど……」
「これが仕事ですので。私どものことは家具か置物とでも思っていただければ」
「そう言われても……」
常に監視されているようで落ち着かない。
このままベッドでゴロゴロしていても気が休まらないので、僕はベッドから起き上がり、みんなと一緒にご飯を食べるために食堂へ行くことにした。
「お出かけでしょうか、閣下」
「あぁ。リリたちを誘って一緒にご飯を食べに、食堂に行くよ」
「では、お召し物を」
そう言われて、僕は侍女たち三人に強制的に着替えさせられる。
上は絹の上等な素材の白シャツ。
デザインがシンプルなだけに、素材の高級感がより全面に出る。
下は黒のスキニーパンツだ。
こちらもシンプルながら、ドレス感があって上品な作りをしている。
シャツの上からは、爽やかな水色と白のボーダーニットカーディガンを羽織らされた。
皇宮の侍女は、オシャレにも強いのか。
「お似合いですよ、閣下」
シャツの襟を直され、僕の顔を水を含ませたタオルで拭きながら、侍女は言った。
「食堂に行くだけなのに、何もこんなめかしこまなくても……」
「きっと、このお服でよかったと思いますよ」
「どういうこと?」
「すぐに分かります」
「そうかい。それはありがとう。では行ってくる」
「お気をつけて行ってらっしゃいませ。
侍女一同、ご武運をお祈り申し上げます」
「武運?」
クスリと笑って頭を下げる侍女たちを怪訝に思いながら、僕は部屋の扉を開けて廊下に出た。
「だからっ、そう言うのはまた後日、日を改めてって言ってるじゃん!」
「なんでそうヘタれるかなー。決める時に決めとかないと、あのヒメリって子が何してくるかわかんないよ?」
するとそこには、リリとベアトリーチェが立って「あーでもない、こーでもない」と言い争っていた。
「2人ともどうしたの?」
僕の姿を見て、2人がハッとこちらを振り向く。
リリはドギマギした表情を浮かべて、言った。
「あ……ルーク。お、おはよう」
「おはよう、リリ。何かあったの?」
「え、いや……、なんでもないんだけど」
リリは視線をさまよわせながら、「あはは」と笑って頬をかく。
彼女の服装は白のブラウスにブラウンのフレアスカートという、お嬢様めいた格好だ。
ワンポイントアクセントとして手に革のブレスレットをしていて、それがとてもオシャレなデザインだと思った。
頬がほんの少しピンク色に染まっているところを見ると、化粧もしているのだろう。
「なんでもなくないでしょ、リリ。
えっーと、あなたのことはルーク……でいいのかな?」
ベアトリーチェがそう言った。
「どうぞ、ミス・ベアトリーチェ」
「んじゃ、あたしのこともビーチェでいいよ」
「ではビーチェと」
「うむうむ」
互いに微笑を交わし合い、本題に入る。
「で、僕の部屋の前で何を言い争っていたの?」
「いやね。このリリお嬢さんがめかしこんでルークの部屋の前まで来たはいいものの、怖気付いて引き返そうとするから」
「ちょ、ちょっとビーチェ! ルークに余計なことは言わなくていいって!」
「だってあんた、意外なところでヘタレだし……。せっかくヒメリとかいうお邪魔虫を片付けて来たのに」
不穏な単語が飛び出しているが、気にしないことにした。
「こういうのは順序が必要なの! 心の準備運動が! 段階踏まないと!」
「あんたらもう恋人なんだろ。なんの準備が必要なの? 意味わかんない」
リリの言葉に、ビーチェは苦笑している。
ビーチェは僕の方を向いて、こう続けた。
「で、つまりだよ、ルーク」
「うん」
「私たちの大切なリリお嬢さんをもらって行くと宣言したんだからさ。
大決戦の前のささやかな休日に、デートぐらいしてあげてくれという話なのだよ」
なるほど、と思い至る。
「そういうこと。あ、ごめんねリリ。
男性の僕からリリのところに赴いて、デートに誘うべきだったよね」
「いいの! 全然! 気にしてないから!」
リリはブンブンと勢いよく首を振って、単語会話で否定する。
が、その顔は真っ赤に染まっていて、恥ずかしいのか僕を正面から見ようとしなかった。
「今、ちょうど食堂で朝ごはんでも一緒にどうかなって思ってたんだけど……。
食堂じゃ雰囲気出ないよね、皇都の街に出ようか」
「あ……わ、私と……?」
「あんたしかいねーだろ。他に誰がいるんだよ」
顔を林檎のように真っ赤にさせ、口をパクパクさせるリリの隣で、ビーチェが失笑して突っ込む。
そのベアトリーチェに対してリリは、肘鉄で脇をつき、ゴスッ! と言う無言の攻撃を行なっていた。
「いたいっつーの……」
「ふんっ」
その光景に、僕は思わず苦笑を浮かべる。
「えっと……たしか街の方にホットケーキと珈琲が美味しいカフェがあったはず。
そこで朝ごはんでも食べて、それから街をぶらぶらしてデートしようか、リリ」
「あ、は、はいっ!」
リリは顔いっぱいに輝きを貯め込んで、笑った。
「ではお手を。エスコートさせてくれるかな、マイレディ」
「レディだなんて……」
僕はカッコつけて、お姫様に誓いを結ぶ騎士のように、リリの前に跪いてお手を彼女の手を拝借した。
リリは僕に手を取られて、ポケーッとしたままこちらを見つめている。
熱に浮かされた瞳のまま、リリは僕に言った。
「ルーク……。なんだか、素敵な紳士になったみたい」
「はは。男子三日会わざれば刮目してみよ、ってやつかな。
じゃ、デートに参りましょう、お嬢様」
「うん……」
手を取って歩き出す僕らを、ビーチェがニヤニヤ笑いで見送った。
「いてらし~~。どうぞごゆっくり。
リリ、今晩は帰ってこなくていいからね」
その問題発言に、リリはものすごい勢いで振り返る。
「ビーチェ何言ってるの!?」
「きっちり決めてくるんだよ。
大人になっておいでなされ」
「待って。そういうんじゃないから!」
「いいのいいの。あたしは嬉しいよー。
あの聖女リリが、ついに大人の階段を登るのかと思うと……」
「帰ったら覚えてなさいよビーチェ!」
およよと泣き真似をしながら言うビーチェに、リリは憤慨する。
だが、僕の手前というのもあるのか、リリはあまり強く反撃に出られないようだった。
ビーチェを恨めしがるように見るリリをなだめ、僕らは皇都の街中へと出かけた。
◇ ◆
街のオープンテラスのカフェにやって来た僕とリリ。
テーブルの上には、バターとシロップが目一杯かかったホットケーキと、飲み物(僕は珈琲、リリはオレンジジュース)が並んでいる。
「…………」
リリは一生懸命、ホットケーキをナイフで切り分けて口に運んでいる。
というかそればっかりしているから、さっきからリリの頬がパンパンだった。
栗鼠みたいな食べ方をする彼女を、僕は優しい笑みで見守る。
「ははっ」
「にゃ、にゃに?(な、なに?)」
「そんなに急いでいっぱい食べなくても。
頬がすごいことになってるよ」
「もぐもぐもぐ……、……ごくん。
だって、恥ずかしくて……」
「なんで?」
僕は珈琲を飲みながら、たどたどしく語るリリの話を促した。
「久しぶりに会って、やっと味方同士になったと思ったら、なんかすごい告白されて。
後になって思い直してみれば、私、あの時すごく恥ずかしいこと言ったんじゃないかって」
「僕は気にしてないよ。可愛いよ、リリ」
「あ、あう……」
リリは消え入りそうな声を上げて、食器の上にナイフとフォークをかちゃんと置いた。
「……なんかルーク、余裕って感じ。
私、馬鹿みたいじゃない? ルークの部屋の前に行くだけでも、すっごいテンパって苦労したのに。
ルーク、なんかさらっとそういうこと言うし。大人って感じする。
ねぇ、エジンバラ皇国で女遊びとかしてないよね?」
「リリのことがずっと好きだったのに、するわけないじゃないか」
思わず苦笑で返した。
シリルカの街でロイさんに娼館に誘われたあの時、ついて行かなくてよかったと本当に思う。
「なんなんだろ。なんなのかなぁ。
私ばかりなのかな? これだけ長い間会わなくて、ずっと想いを募らせてて、心がパンパンになってるの。
目を見ることですら、恥ずかしいって思うの、私だけ?」
「そんなこともないよ。僕だってリリのことずっと大切に思って来たよ」
「その割にルークが余裕そうで紳士なのがムカつくの!
昔のルークは、どちらかと言うと奥手なタイプだったのに。
ねぇ、昔の女の子にモテなかった頃のルークに戻ってくれない?」
「はは。むちゃくちゃ言うね、リリ」
彼女のある意味面白い話を聞きながら、僕は一口大に切ったホットケーキをフォークで突き刺して口に運ぶ。
シロップの甘い香りが口中に広がった。
しばらくの間、僕は言葉を語らずリリのことを見つめていた。
彼女は大きくため息をついて内情を吐露する。
「はぁ……。
今日、ここに着てきた服だって、昨日の夜からビーチェとあーでもない、こーでもないってずっと悩んで。
今朝、起きたら起きたで、一刻かけて化粧して身だしなみ整えて。
ルークに少しでも可愛いって思われたくて、一生懸命で。
なんか、気合い入ってますって、私だけじゃない? 疲れちゃう」
はぁ、と。
リリはもう一度大きなため息をついて、言った。
「再会したばかりだから、そうなのかもしれないね。
お互い、いろいろ話したいこともあるだろうし。
国を隔てて経験してきたことも違うし。
きっと、これから一緒の時間を過ごしていけば、またロロナ村みたいな関係に戻れると思うよ」
「うん……分かってる。
分かってるけどさぁ……」
「でも、僕は今日リリがオシャレして来てくれて、嬉しかった。
とても可愛いよ。今日のきみは、輝いて見える」
「……えへへ。
ルークに褒められると、やっぱり嬉しい」
リリははにかんで、美しい金髪を指ですいた。
やっぱり、リリの微笑む姿は世界で一番可愛いと思う。
「じゃ、朝ごはん食べ終えたら、大通りの店をウィンドウショッピングでもしようか。
多少なら服とか小物を買ってあげられるよ」
「いいよ。自分で出そう……にも、私、エジンバラのお金持ってないんだった……。
ごめん……ルーク。後でちゃんと返すから」
「気にしなくていいよ。今日はデートを楽しもうか、リリ」
「うんっ!」
ひまわりのような笑顔で、リリは頷いた。
その日の僕らは、リパンダール城塞都市に出ていた色々な店に立ち寄って、服や小物を見た。
僕は主にリリの選ぶ服を批評する役割だったけれど、似合うよ、と言えばリリは楽しそうに笑ったので、彼女の笑顔を見るのが幸せだった。
屋台で串焼きを食べたり、リンゴの蜂蜜漬けに一緒に舌鼓を打ち、通りで大道芸をやっている芸人に拍手喝采を送り、夜はオシャレなレストランでコース料理と高級葡萄酒を味わった。
そしてそのいいムードな流れで、僕とリリは街中で経営されている宿屋に泊まって、男女の関係になった。