90話:結果を出さなければ、示しがつかない
「皇帝陛下は、そこまでウェルリア籍のルーク中将がお気に入りなのですか」
嫌味ったらしく、腹の出た閣僚がそう言った。
「口だけのお前らエジンバラ籍の人間と違って、ルーク殿は結果を出せるからな」
これにはロイさんやリリ、ベアトリーチェも失笑していた。
「く、口だけとは侮辱が過ぎますぞ、陛下! 我々も、これまで陛下のために働いてきたではないですか!」
「分かってるよ。だから閣僚としておいてるんだろう。お前らも優秀だと思うよ。
だが、今のエジンバラに必要なのは、ただの優秀な人間じゃない。歴史を変えられる天才なんだ」
そしてレティス皇帝は両手を広げ、歌うようにこう宣言した。
「俺はずば抜けた結果を出せる生き物ならゴブリンやオークであろうが重用する。
だからお前らも俺に気に入られたければ、成果を出せ。簡単な話だろう」
極端な成果主義思想を持っている人だ。
感情論や人間の好き嫌いで物事を進めない。
とにかく結果が欲しい。
友達としてはどうかと思うが、為政者はこうでなければいけないと、僕は思う。
「し、しかし……、本来ルーク殿が指揮している禁軍は、皇帝陛下をお守りする、軍隊の中でも特権的な部隊のはず。
それが今ではウェルリア籍の男が指揮官を務め、剣神ロイと言えど生まれはウェルリア、挙げ句の果てには指揮官の女であるウェルリア騎士も引き込んで。
これでは我々はどこの国と戦争しているのか分かりませんな!」
軍務相がリリたちを当てこする発言をして、僕を激しく睨んだ。
レティス皇帝は微笑を浮かべて見守っているだけだ。
このぐらい、自分で切り抜けろと言うことか。
仕方がない。
「あなた方、生粋のエジンバラ人が、僕らウェルリア人を信用できないのは分かります。
では、こうしましょう。僕らウェルリア人が率いる禁軍、1師団1万人だけで、ウェルリア王国を落としてご覧に入れます。
それを手土産に、公爵位を始めとして僕らのことを認めていただければ」
「「「なっ……!」」」
シーダ軍務相だけでなく、広間の全員が息を飲んだ。
「た、大言壮語にもほどがある! 落ちぶれてきているとはいえ、未だ総兵力10万を数える、あの騎士大国・ウェルリア王国だぞ!?」
「陛下、こいつに英雄の資格はありません。英雄なんかではない、こいつはただの、夢想家だ!」
閣僚や官僚たちが次々に僕を批判するのを、レティス皇帝はニヤニヤと見守っていた。
「落日の王国とは言え、あの騎士大国を1師団ごときで落とせるものか!」
「調子のいいことを言うのもいい加減にしろ、外様!」
彼らの矢継ぎ早の批判に、レティス皇帝はくつくつと笑ってこう言った。
「いや、いいよ。いいね。
俺はそういうのが欲しかったんだ。
具体的には、ルークの師団だけでウェルリア王国をどう攻める?」
「僕らの師団はロイさんに加え、ウェルリア騎士団から下って来たリリやベアトリーチェもいます。
同条件での白兵戦では絶対に負けない自信がある。
その土俵に、ウェルリア王国を引きずり込みます」
「分かった。必要な物資や補給経路はどう確保するんだ」
「他の師団には、後方連絡線の維持だけお願いしていいですか」
軍務相のシーダが、これに過敏に反応した。
「わっ、我々に、貴様の尻拭いをさせると言うのか!?」
「お願いできますか、シーダ閣下」
「ふざけるのもいい加減にしろ! どこまで貴様はのぼせ上がっているのだ!」
シーダは顔を真っ赤にして、ハゲ頭を怒らせる。
「シーダ。輜重部隊と後方連絡線の護衛部隊を、ルーク殿の師団につけてやれ」
「陛下……本気でこの夢想家の言葉を信じるおつもりですか……?」
「現実的な話を言えば」
そう言って、レティス皇帝は言葉を区切る。
「ルーク殿たちが1師団を率いてウェルリア王国で物の見事に戦死しようが、我々にはそこまで大きな被害ではない。もちろん、第1から第8まである師団の1つを失うのは痛いがな。
しかし、これは分の良い賭けだ。
上手くいけば師団1つを犠牲にするだけで、ウェルリア王国が手に入れられる。
しかもルーク殿の師団の最優等戦力は皆、ウェルリア人。
この師団を失っても、俺たちエジンバラ人に痛手はそれほどない」
だとするならば、とレティス皇帝は続けた。
「リターンは大きく、リスクは少ないこの賭けに乗ってみるべきだと俺は思う。
ルーク殿が祖国で戦死しようが、お前ら閣僚や官僚には関係ないだろう。
ならばルーク殿にやらせてみれば良いじゃないか。
賭け事に勝つ鉄則は、勝つまで続けることだ。
お前らこそなんで反対するんだ?
貴族社会で成り上がるライバルが消えるチャンスかもしれないだろうが」
「む……それは、そうかもしれませんが……」
軍議を行なっている広間にどよめきが流れた。
面白いじゃないか、やらせるだけやってみたらいい、あぁどうせ失敗する、無様な姿を見るのが楽しみだ。
などと、僕らへの嘲笑の言葉が広がっていった。
「では、ルーク殿の師団がウェルリア王国に攻め入ることを決定事項とする。
未だエジンバラ皇国内にいる残党狩りは他の部隊に任せる。
ウェルリアに侵攻する部隊は、ルーク殿の師団を本隊とし、その他は援護に回れ。
ウェルリア王国に売られた喧嘩を買ってやろう」
「信頼いただき、ありがとうございます陛下。
必ず、御身のためにあの王国を手に入れて来ます」
「あぁ、期待しているぞ、ルーク殿」
僕とリリとロイさん、ベアトリーチェは、再びウェルリア王国の土を踏むことになる。