9話:処刑
ガタゴトと揺れる馬車の中、僕は手足を縛られて運ばれていた。
荷台には僕のことを見張っている、王国正規軍の兵士がいる。
騎士団の資金を違法に着服した無実の罪で、僕の刑罰が確定した。
僕の処刑方法は、ウェルリア王国の最西部にある、レスティケイブに突き落とされて終わることになっていた。
レスティケイブはこの大陸を二分する大峡谷で、底が見えないほど深く暗い。
その地の果てから無限に魔物が湧き出てくるとされていて、たまにレスティケイブ攻略部隊が派遣されているのだが、たいていは全滅かそれに近い結果に終わる。
だから、この魔物の巣窟に落とされるということは、生きては帰れないということだ。
事実上の死刑である。
馬車の振動がふいに止まった。
「さ、ついたぜ」
兵士の中年男性は荷台から立ち上がると、両手両足を縛られたままの僕を優しく降ろしてくれた。
「運が、なかったな」
兵士のおじさんにぽつりと声をかけられ、僕は苦笑する。
「まったくです。どこで下手うちましたかね」
「あれだろ。女を守ってユース様に歯向かったところだろう。ま、俺はそういう身を挺して女を守るバカ、嫌いじゃないぜ」
兵士のおじさんはにやりと笑って言った。
そうか。
今回の件が仕組まれた罠だと気づいてくれる人も、王国にはいたのか。
「最後におじさんのような人と話せて嬉しかったです」
「こういうことを日常的にやってるようじゃ、ウェルリア王国も近い将来終わりだろうな。上が好き勝手して下を虐げるような国は、いずれ滅びる」
「それは経験談ですか?」
「バカ。歴史の法則だよ。俺はこう見えても読書家なんだ」
僕は淡い微笑を浮かべたまま、兵士のおじさんに連れられて大峡谷の目の前まで来た。
大地が途中で途切れて崖となり、下は谷底が見えずに無限の暗闇に包まれている。
この底が見えない渓谷のずっと下に、魔物が生まれる巣窟があるとされている。
「こうして見ると、ここが世界の最果てなんじゃないかって思うよな」
隣に立つおじさんが、はるか先まで見渡して言った。
永遠に続くと思われる大峡谷には、岩山と岩山のあいだをつなぐ長い橋がかけられている。
この橋をずっとずっと行った先に、エジンバラ皇国という皇帝制の国がある。
「個人的な心情としては、このまま坊主には橋を渡らせてエジンバラに逃してやりたいんだがな」
「無理ですよ。馬車からユース公子の手先が見張っています」
「だな。あの貴族は考えることやることはバカだが、根回しと詰めだけは甘くないからな」
ふー、とおじさんが息を吐くと、葉巻の白い煙が空中を舞う。
「坊主も最後の一服、やっておくか?」
「いえ、僕は葉巻は吸わないので」
「なんだ、もったいねぇ。人生の七割は損してるぞ」
どんな計算なんだか。
しかし最後に話す人が、いい人でよかった。
この人に処刑されるのなら、僕は本望だった。
「じゃ、感傷的な会話も終わりましたし、そろそろおとなしく処刑されましょうか」
「…………。あの騎士団の嬢ちゃんに、何か言い残しておくことはないのか?」
「いまさら何を言ったところで、彼女は僕を許してはくれませんよ」
「……お前、かっけぇよ。まだ15、16の子供だろ? そんな歳で女を守るために命を捨てるとか、誰にでもできることじゃない。同じ男として、素直に尊敬する」
「ありがとう、兵士のおじさん。あなたが僕の最後看取ってくれて、幸せでした」
「これ以上話してると、お前に情が移りそうだ。悪いが俺も家族を食わせてやらなきゃいけねえ。情けはかけられない」
「えぇ。命乞いするつもりはありません。一思いにやってください」
兵士のおじさんは僕の背後にまわり、あとひと突きすれば僕をレスティケイブに落とせる位置へ動かした。
「……じゃ、行くぞ」
「はい。いつでもどうぞ」
ぐっと目をつむり、突き落とされるのを覚悟したその瞬間。
少し離れたところにパッカパッカと馬が走ってきた音がした。
僕とおじさんはその方向へ目を向ける。
白銀の鎧に身を包み、美しい金髪のショートカットの、いつも凛々しく美しく、けれど家のなかではちょっとわがままな。
僕の大好きな女の子が、馬上からこちらを静かに見つめていた。
リリだ。
リリは一言も言葉を発しないまま、僕をただただ、見つめていた。
お互いの瞳と瞳が交錯する。
彼女の蒼い眼には、今、どんな景色が映り込んでいるのだろうか。
僕は、彼女にはどんなふうに見えているのだろう。
リリはじっとこちらを見つめて、微動だにしなかった。
「なんでぇ、あの子も見に来てくれたんじゃないか。少し、最後の話をしていくか?」
「いえ、いいんです。事実がどうであれ、彼女の信頼を裏切ったことには違いありません。このまま、僕を悪者のまま殺してください。そうすれば彼女は僕を憎み、怒り疲れ、やがて忘れることができる」
「……本当に、お前が俺と同じ歳だったら親友になれてたぜ、俺たち」
「ありがとう」
「生まれ変わったら、俺のところに来い。うちはドがつくほどの貧乏だが、美味い酒ぐらいは飲ませてやる」
「はい。いずれ、必ず」
「あの世でも達者でな、ルーク」
僕はそうして、レスティケイブへと突き落とされて行った。
あぁ――。
ずっと一緒だと約束したのに、最後の時まで一緒にいてあげられなくてごめんよ、リリ。
どうか、愚かな僕を許しておくれ。
空中から落下していくさなか、僕は彼女への謝罪の言葉ばかりを浮かべていた。