88話:女の戦場
森林道の戦いで圧勝を終えた、僕らエジンバラ軍。
リリたちウェルリア軍の第2師団はほぼ僕らに投降し、無事にロイさんたちの部隊とも合流することができた。
「そちらの首尾はどうでしたか、ロイさん」
「思ったより、よほど弱かった。
チマチマした精神攻撃が効いていたんだろうな。
だいぶ向こうの戦力を削ったが、今頃は森の奥深くで逃げ迷っているんじゃないか」
「なるほど。副官! いるか」
「はっ、ここに。ルーク閣下」
僕のもとに、副官の男がひざまずく。
「ウェルリア軍の残党狩りに騎兵を出せ。
残りの歩兵、魔導師、弓兵はこれでリパンダール城塞に引き上げる」
「委細承知いたしました。
それと、ウェルリア軍が大事に抱えていた輜重の中に、おそらく現地で売って資金に変える予定だったのでしょう。
希少な貴金類が含まれていました。どうなさいますか」
「手柄を立てた兵に公平に分配しろ。
僕はそんな金属類は知らない」
僕の言葉に、周りで聞き耳を立てていた兵士たちが「うおおおーっ! 聞いたか!? 褒美として貰えるらしいぞ!」と叫び声を上げた。
まったく……皆、金が好きだな……。
まぁそれで士気が保てるのなら、安いものだ。
僕の懐はまったく痛まないのだし。
「では、残りの戦後処理はきみに任せていいな。
僕らは馬で一足先に城塞に戻る」
「かしこまりました。お疲れ様でした、閣下」
「ご苦労様」
そうして、僕らは戦場となっていた森林道から退却を始めた。
◇ ◆
「では、改めまして。ご挨拶を、リリ、ベアトリーチェ」
僕らはリパンダール城塞都市に戻ってきて、高官用の部屋で豪華な食卓を囲っていた。
「ウェルリア王国のロロナ村出身。元ウェルリア聖十字騎士団のリリです。
この度は、エジンバラ皇国に投降し、捕虜の身となりました。
浅ましいこの身を、強く恥じております。
どうか寛大な温情を賜りたく思います」
「同じく、ウェルリア騎士団のベアトリーチェでーす。
ご飯とお風呂があれば、文句ないです。
ただ、捕虜へのいじめとかはやめてください」
折り目正しく挨拶するリリに対し、ベアトリーチェは不遜にも思える挨拶をした。
「へぇー……」
僕がまじまじとリリの姿を見ると、彼女はこちらを見つめ返してきた。
「な、なに、ルーク」
「いや。リリもいつの間にそういう宮廷礼儀を身につけたのかと思って」
「一応、騎士ってウェルリア貴族だから」
「きみも苦労したんだね」
「レスティケイブに落とされたルークに比べれば、そうでもないと思うけど」
僕とリリがそう会話する中、皇都からスタイン城塞都市まで僕らについてきていたヒメリが、面白くなさそうに頬をふくらませる。
「へぇー……これがあの時、デミウス鉱山内であたしたちの前に現れた、リリさんの今の姿なんですねぇ」
「……?」
ヒメリの言葉に、状況をよくわかってないリリが首をかしげた。
が、きちんと挨拶することにしたようだ。
「あ、はい。レディ・ヒメリ。初めまして、リリと申します。
よろしくお願いいたします」
「あたしにとっては初めましてじゃないんですけど、初めまして。
ルークさんの恋人をやらせてもらっています」
にやり、と笑って、ヒメリは言った。
「は!?」
リリの表情が凍りつき、僕をものすごい速度で振り返り、そして修羅のような形相で睨む。
「どういうこと……ルーク……?」
「いやいや、冗談はそのぐらいにしてくれるかな、ヒメリ」
「えっ……あたしとのことは、遊びだったんですかぁー?
やだ、ルークさん、ひどい……」
神妙になって、およよと泣き崩れた素振りを見せているあたり、ヒメリがやらしい。
「遊びもなにも、僕ときみの間には何もなかったじゃないか」
「ルーク。どういうことか、説明してもらえる!」
額に青筋を浮かべて、リリが壮絶な笑みをした。
「あー。リリもリリで、ヒメリの冗談を真に受けないようにね。
僕とヒメリは一緒に旅をした仲であって、とても信頼してる子だけどただの友達だよ」
「良かった」
「チッ……」
リリがホッとする中、ヒメリが舌打ちしていた。
恐ろしい子だった。
「まぁでもアレなんですよねー。ルークさんと一緒に旅したときも思いましたけどー。
ルークさんって、あたしにだけ優しくしてくれるところってあるじゃないですかー?」
「なっ……!」
リリがヒメリの言葉を聞いて、金魚のように口をパクパクとさせる。
「ルーク! この子、性格悪い!」
「ヒメリ性格悪くないよ。いい子だよ」
「ですよねー」
リリは涙目になって、隣に座る僕の身体を掴んで、ぶんぶんと揺すった。
「騙されてる! ルーク騙されてるよ!
お願い正気に戻って!」
「ヒメリは、僕のこと騙してなんかないよ。
ただちょっと、性根がねじ曲がってる子なだけで」
「ですよ……違いますよね!?」
この際だからと。
僕はヒメリに、きちんと告げておくことにした。
「ヒメリ。言っておくが、僕はリリのことが好きなんだ。
申し訳ないが、僕に好意を抱いているんだとしたらその気持ちは忘れてくれ」
僕の言葉を聞くと、ヒメリはぐっと息を飲み込んだ。
覚悟していたのだろうか、泣かなかったことだけは、偉いと思う。
しかしながら懸命に、ヒメリは僕に抗議する。
「待ってください、よく考え直しましょう、ルークさん。
こんな時代遅れの女が本当にいいんですか?
リリなんてただのおばさんじゃないですか。数年も経てば、お肌は曲がり角ですよ」
「おばさんじゃないんですけど!? 10代! 私、まだ10代!」
涙目になって必死に抗議するリリがなんだかかわいくて、僕は思わず笑ってしまった。
「ははは! 面白い」
「ルーク、全然、面白くないよ」
「いや……そういう意味じゃなくて。
リリとこうして笑い話をしたのが、もうずっと昔のことだと思ってさ。
懐かしくない?」
「それは……そうなんだけど……」
リリはごにょごにょと言葉の末尾を濁しす。
僕らの痴態を見かねたロイさんが、話をまとめにかかった。
「で……? ガキどものじゃれ合いは非常にどうでもいいが。
これからこいつらをどうするつもりなんだ、ルーク」
この場で唯一の大人であるロイさんが、リリとベアトリーチェを指差して言った。
「投降してきたとは言え、ウェルリアの重役中の重役、聖十字騎士団の人間だぞ?
我らが総大将・レティス皇帝閣下に話が通れば、まず間違いなく渉外の道具に使われるぞ」
「そんなことは僕がさせません。リリは僕の手元に置いておく。
彼女たちは有用な戦力です。これからウェルリア王国を本格的に潰す戦いで、活躍してもらいます」
「まぁ……レティスの大のお気に入りであるお前が言えば、まかり通るかもしれんな……」
腕組みをしながら、ロイさんがそう言った。
僕は居住まいを正して、リリに向かい合う。
「リリ」
「は、はい」
「これから、僕の下で働いてもらえないか。
僕は今、皇帝軍の中将をやってる。
幸いにしてレティス皇帝陛下の寵愛も受けているしね。
軍の中でもある程度は無理が効くはずだ」
「私でよければ……。
でも、ウェルリア王国からエジンバラ皇国投降してきて、すぐに戦場に立つのは……。
さすがにこれまでずっと私を支えてきてくれたウェルリアの国民たちに顔向けできないよ」
「それはそうだね。
リリには、ロイさんと同じように最後の切り札として動いてもらう感じになるかな」
「たとえば?」
リリは僕の言葉に、首をこてんと傾けた。
「対騎士団戦とか」
「あぁ……それなら、大丈夫」
リリも僕の案に承諾する。
「ま、とりあえずリリとベアトリーチェの2人に関しては、僕の特権で僕の部隊で飼うことになると思う。
飼うってなんか、嫌な響きだけど、とりあえずきみら2人は僕のお気に入りだ。
誰にも文句は言わせない」
「いいよ、私は全然。ルークの側にいられるならどこでも」
「あたしも文句ないかな。ご飯が出てきて、お風呂に入れるなら」
「オッケー。それじゃ僕の部隊の副官たちが戻ってきたら、森林道の戦闘の詳細な事後報告を聞くことになる。
リリとベアトリーチェには、その作戦会議に列席して今後の方針を共有してもらうよ」
「はい。ルークのために身を粉にして、働かせていただきます」
「あいよー。以下同文」
僕は彼女たちの追従に、微笑で頷いた。