84話:森林道の戦い 4
「ルーク……!」
「やぁ、リリ。久しぶりだね」
互いに騎乗したまま僕とリリは見つめ合った。
言葉にしなくたって、言いたいことが分かるような気がする。
僕ら互いの吐く息が、驚きと、嬉しさと。
それから再び生きて巡り会えた感動に震えていた。
「ルーク……本当に生きてた……!」
リリの眦に、透明な雫が溜まっていく。
「色々募る話はあると思うが、ここは戦場だ。
ここから先へきみたちを行かせるわけにはいかない」
森林道の背後からはエジンバラ軍の騎兵の迂回奇襲が成立し。
今頃は積荷の破壊行為を行っているところだろう。
当然、ウェルリア軍はそれに対応するだろうと、僕は読んでいた。
だからこそ、最高指揮官が単独で森林道の出口に現れ、奇襲をかける。
そして単独で彼らを相手取り、ウェルリア軍行く手を塞ぐ。
当たり前の話だが敵軍の最高指揮官が単騎で目の前に現れて、放っておける軍隊はいない。
これで彼らは、僕へ攻撃せざるを得なくなる。
森林道の出口は僕による単騎のみの包囲だが、これでこの森林道内において、ウェルリア軍に対して前後包囲の完成となった。
前にも後ろにも引けないウェルリア軍は、この森林道の戦いで挟撃されたまま、戦力を少しずつ削られていく。
寡兵のエジンバラ軍で大軍のウェルリアグンを打ち破るために、森林道という地形を有効に使って、挟撃する。
これが、僕の考案した戦術だった。
リリは、震える吐息を吐き出して、僕に問いかける。
「焦土作戦から始まる一連の作戦は、ルークが考えたの……?」
「そうだよ。きみを苦しませることになると分かっていながら、僕がやった」
「すごいね。私じゃ思いつかなかったよ。
まさか、シリルカの街を焼くなんて」
「賞賛は戦いの決着がついてから聞こうか。
きみらの部隊は、ここを通りたいんだろ、リリ」
「うん。通してくれるかな。
ルークがそこをどきさえすれば、包囲は崩れるの」
「残念だが、無理な話だ」
「だよね。なら――私があなたを叩く」
僕の言葉に、リリは銀の小手を外し、手袋でそっと自分の目を拭う。
それが、彼女なりの決意の表明だったのだと思う。
「全軍、傾聴!!!」
リリの腹の底から出た声に、周囲にいたウェルリア兵士たちはリリに注視した。
「これより、私と敵の総大将の一騎打ちを行います!
私とルークの戦いに手出しは無用! 全軍、そこで制止!」
リリの破天荒な指示に、ウェルリア軍は動揺の色を見せた。
「し、しかしリリ様……! あいつは単騎ですよ!?
全員で取り囲んで、あの魔導師の指揮官さえ潰せば、エジンバラ軍なんて烏合の集でしょう!?」
「そうです。このチャンスを逃すことはありませんよ!」
「それでも、騎士の誇りにかけて、私は彼と一騎打ちをすると言っているのです!」
部下の言葉に、リリは叱りつけるように叫んだ。
「いいですね! 全軍、その場に制止!! 復唱!」
「「「はっ! リリ様、我々は、この場に制止します!!!」」」
「よろしい」
そう言って、リリは馬から降りて、騎士剣を鞘から抜いて、こちらに一歩ずつ歩いてくる。
僕も彼女の真摯な態度に敬意を表して、馬から降りた。
僕らが邂逅する場所で、近くにいた女騎士がリリに気遣わしそうな声をかける。
「リリ……。相手はあのルークなんでしょ。
実力差はともかく、心理的に戦える相手じゃ……」
「大丈夫、ビーチェ。これは私の戦いだから。
この戦いだけは、きっと避けられないんだろうなって、分かってた。
お願い。親友のあなたに、私がどうなるのか。見守っていてもらえる?」
「……分かった。ご武運を、リリ」
「ありがとう」
そうして、僕ら2人は再会を果たした。
◆
森林道の終わりにて、ルークとリリが向かい合う。
ウェルリア軍の隊列の最後尾では、いまだに戦いが続いている最中だというのに。
この場所だけは、神聖な儀式が行われているかのように、彼ら2人を見守る人垣ができていた。
少年と少女が別離したあの日から、幾ヶ月。
永遠にすら思える時が経った気がする。
「カッコよくなったね、ルーク」
「リリも。綺麗になった」
お互いに過ごしてきた時を省み。
離れて経った月日を想う。
万感の思いを込めて、ルークとリリは微笑みを交わしあった。
「ルークが相手だからって、手加減はしないからね。全力で行くよ」
「きみが築き上げてきたその時間と、その思いを。受けて立とう、リリ」
かつて幼馴染だった2人。
そして今や袂を分かった2人。
ロロナ村の面影を引きずる、いつかの少年少女が。
聖なる誓いを、ここに刻む。
「ウェルリア王国が、聖十字騎士団、リリ」
「エジンバラ皇国、皇帝軍中将、ルーク」
戦争の趨勢を賭けた、世紀の対決の火蓋が切られる。
「いざ、尋常に参ります――!」
「お手合わせ、よろしくお願い致します」
大陸戦争の初戦にして最高決戦。
ルーク vs リリ が開幕した。