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81話:森林道の戦い 1

 森林道の静謐(せいひつ)な空気を突き破るようにして、馬の(ひづめ)と大軍が進撃する音が鳴り響く。

 現在、ウェルリア王国軍はエジンバラ皇国の領土内に侵犯し、皇都に向かって突き進んでいた。


 しかし皇都に続く森林道の中で、僕らエジンバラ軍が再三に渡って奇襲を仕掛け、ウェルリア軍の兵士は憔悴(しょうすい)していた。

 ウェルリア王国軍にはリリもいるが、僕たちエジンバラ軍の焦土戦とアウトレンジ戦術によって、苦境に立たされている。


 僕は森の奥深く、兵士たちが即席で作り上げた簡易指揮所にて。

 周りを直立不動の屈強な兵士たちに囲まれながら、僕だけは椅子に座って戦況を確認していた。


「閣下」

「……なんだ?」


 そばで控えていた兵士が、僕の目の前にかしづきながら言った。


「なにかお飲み物でもお持ちいたしましょうか」

「いや、結構」


「では、お肩でもおもみ致しましょうか」

「ここは戦場だぞ? 僕はマッサージ屋に来たつもりはない」


「大変失礼致しました」


 僕が断ると、彼はそつがない動作でまた周りの護衛へと戻っていく。


「どうも慣れない……。上級将校になった気分だ……。いや、実際にそうなのか」


 大軍を指揮するのは、かつて魔物との戦いを繰り広げたシリルカの会戦以来だ。

 どうにもこうにも、人にかしづかれるのは慣れない。


 周りになんでも命令を聞く兵士に囲まれて、逆に落ち着かない僕だった。

 そうこうしていると、簡易指揮所のテントの中に、副官の男が飛び込んでくる。


 僕におもねることなく、あけすけな発言をする、なかなか見どころのある副官だった。


「ルーク閣下!」

「どうした」


「ウェルリア軍が、迎撃地点にまもなく到達します」


「では、予定どおりアウトレンジから攻撃を開始しろ。

 手はずは伝えたとおりだ」


「はっ!」


 飛び込んできた副官の男に、そう指示を出した。

 彼は短く敬礼すると、伝令を飛ばすためにさらに下の階級の者に指示を出す。


 そうして、最前線に伏兵しているエジンバラ兵士たちに命令が伝わる。

 ウェルリア軍が行軍する森林道に、伏せている伏兵たちに攻撃をさせるためだった。


 1師団の魔導師や魔導弓兵だけを選抜して作り上げたアウトレンジ部隊で、これまでウェルリア軍に対して幾度ものヒットアンドアウェイを成功させて、士気は高い。


 そのアウトレンジ部隊を利用して、ウェルリア騎兵をおびき出す陽動行為を行い、今回の真の狙いは孤立させた輜重部隊に迂回奇襲をかける予定なのだが――


「果たして、そう簡単に上手くいくものかな」

「は? なんでしょうか、ルーク閣下」


 指揮所のテントの中で、一人ポツリとつぶやく僕を、部下に指示を出していた副官が怪訝な顔で振り返る。

 彼に向かって、僕は苦笑した。


「あちらは腐っても戦争のプロフェッショナル。ウェルリア騎士団がついている。

 そう思うようにことが進むのかなと思ってさ」


「ルーク閣下が立てられた策を、あちらがすでに露見しているとおっしゃるのですか?」


「露見まではいかなくとも、ある程度は読まれることは仕方がないと思ってる。

 少なくとも、陽動行為を行ったところで、そう簡単に騎兵による迂回奇襲は通用しないだろう」


「……そ、そんな。頼みますよ、閣下。

 私どもは閣下を信じて従っているのですから、もう少しご自身の立案した作戦に自信を持ってください」


「僕はどうやら、心配性でね。

 二手三手先を読んで準備していなければ、不安なんだ」


「それは心強い。して、騎兵の迂回奇襲の次はどんな策を?」

「たぶん、それを言うと、きみがもっと不安になるだろうから言わない」

「閣下ぁ……」


 副官が親に見捨てられた子猫のような表情をするので、僕は微笑を浮かべて言った。


「まぁ、見ていればいいよ。

 ウェルリア軍は、必ずハマる。そうなるように仕向け、ここまで伏線を引いてきた。

 いざ、解決の時を迎えようじゃないか」


 森の奥で、そう口にする僕の横顔を、副官は物珍し気にじいっと見つめていた。



 やがて副官が放った伝令が、馬を駆って最前線の伏兵に命令を下賜(げし)し、しばらく時を待てば。

 森林道でけたたましい爆発音と破砕音が鳴り響き始めた。


 人の怒声を、大地を踏み荒す馬の蹄の音が響く。


 木々に視界を遮られた戦場の上空を見れば、煙がモクモクと上がり始めている。


「始まったな」

「ですな」


 二人の視線が、黒煙が上がる森林の中央部を見つめていた。


「では、アウトレンジ部隊の陽動行為は副官のきみと、殿のロイさんに任せるよ。

 森のいたるところに張った罠を利用しながら、なるべく被害なく後退し、敵を引きつけておいてくれ」


「了解であります! で、閣下はどうなさるのですか?」

「僕はこのまま馬を駆けて、別行動だ」


 そう言いながら、僕は指揮所のテントから出て、部下に用意させていた馬の手綱を受け取る。


「森林道の後背に位置している、騎兵部隊と合流するのでありますか?」

「いや、違うよ」


 僕が即答して否定すると、副官はポカーンとした顔をする。


「で、では、どこに。

 我々の戦場はここアウトレンジ部隊と、迂回奇襲の騎兵部隊しかないのですぞ」


 彼の疑問に、僕は満面の笑みで応えた。


「指揮官が命を賭けた働きを成し遂げる時。軍隊の士気というものは最高潮に高まる。

 まぁ見ているがいい。指揮官の僕が、最高の奇襲をきみたちに見せてあげよう。

 では、急ぐのでこれで。健闘を祈る」


 そう言って僕は馬を駆り、放心したような副官の元を去った。

 アウトレンジ部隊でも騎兵部隊でもない場所へと駆けて言った。



 ◆ 


 私たちウェルリア王国軍は、森林道の中を進撃していた。

 あらかじめ伏兵が潜んでいると想定される地点を目指して、二万の大軍が森の中を突き進む。


 当然、規律ある行軍を行うだけでも一苦労のうえ、今は度重なるエジンバラ軍のアウトレンジ攻撃によって、全軍が肉体的にも心理的にも疲弊していた。


 よって、行軍も乱れがちになっていて、ユースやベアトリーチェ、私のような指揮官が度々激を飛ばしている。


「頑張って! エジンバラ軍を捕捉すれば、必ず勝てる戦いだから!」

「はぁ……しかし、サー・リリ……。こんな敵国の中で、補給もままならないのに、本当にやっていけるのでしょうか……」


 兵士の不安そうな、焦燥(しょうすい)にかられた顔を見ると、こちらまで不安になる。


 ――なに言ってるの? あのルークに、勝てるわけないじゃない。


 そう本音を漏らしそうになって、言葉をグッと詰まらせる。

 ユース騎士はエジンバラ軍に報復を行う気概で満ちていたが、補給の手段を閉ざされた時点で、この戦いの勝ち目が薄いことはもう私には分かっていた。



 ルーク……。

 あなたには、勝てないよ。


 だからせめて、一矢を報いてみせる。

 ここまで鍛錬してきた騎士団の腕で戦って。


 リリもやるじゃないかって。

 見直したよって。


 あなたにそう、思わせてみせる。

 それだけが、最後に残った私の心のともしび。



 私のその悲壮の決意は。

 言葉にすることなく、飲み込まれた。


 そのまま疲労や怪我による脱落者を幾人か出しながらも、ウェルリア軍は行軍を続けてエジンバラ軍が潜んでいる地点。

 森林道の出口付近の手前までたどり着いた。


 2万弱の大軍の先頭に、私とユース騎士、それからビーチェが騎乗して、森林の奥深くを睨みつけている。


「エジンバラ軍の伏兵は、このあたりのはずだが……」

「ですね。迂闊に行動して奇襲を受けないよう、まずは少数精鋭を選抜して森の中を索敵したほうがよろしいでしょう」

 

 私の言葉に、ユースは重々しく頷いた。


「分かった。エジンバラを叩く兵は、俺が率いる。

 リリ、お前は事前の策どおりに師団2を率いて、森林道を直進して出口を目指せ。退路を確保しろ」

「了解であります、サー!」


「よし、では行動開始だ」


 そう言って、私とユースはそれぞれ1万の師団を率いて、別行動をとることにした。



 ◆


 エジンバラ侵攻軍の師団長を任されるユースは、苛立たしい思いだった。


 忘れもしない。

 敵将のルークは、かつて自分がリリに言い寄った時に邪魔をした男だ。


 結局、ルークを()めて国家から追放することができたが、こうしてまたあの冴えない男が自分に牙を剥くことになるとは、あの時には思いもよらなかった。


 そして今、ウェルリア軍はルーク率いるエジンバラ軍の、ゲリラ攻撃に頭を悩まされている。

 こんなに屈辱的なことはなかった。


 たかが平民に、この俺が二度も手を(わずら)わらされるなんて。


「今度こそ……俺の手で、貴様を葬り去ってやる……!」


 ユースは醜い憎悪を浮かべて、エジンバラ軍を追って森の中へ進撃する。

 騎兵を先行させ、森の中へと突き進むと、やがてウェルリア軍の伏兵による攻撃が起こった。


「弓兵、魔導師、放て――ッ!」


 森の奥深くから、エジンバラの将校の号令が響く。

 それと同時に、森の中を索敵していたウェルリア騎兵に、火炎の槍と業火の矢が一斉に降り注いできた。


「きたぞ! エジンバラ軍の伏撃だ!」


 ユースは叫び、警戒を促す。


 騎乗して森の中を進むウェルリア軍に、エジンバラ軍のアウトレンジ攻撃が突き刺さる。

 木々を焼き尽くすような火系統一色の攻撃に、ウェルリア軍はたたらを踏んだ。


「これまで散々コケにしてくれたエジンバラ軍を殺せ! 騎兵は俺に続け、前に出るぞ!」


 師団長を任されるユースが、手駒の騎士を率いて気炎を上げて突撃していく。


 しかし今回のエジンバラ軍は、これまで同様の木の伐採による崩落トラップだけでなく、幾重(いくえ)もの防御陣地を作り上げていた。


 馬の突撃力をいなす、先端が尖った木の防御柵。

 いたるところに仕掛けられた落とし穴。

 木々の上に潜んだ弓兵の、頭上からの攻撃。

 

 これらの罠が、ウェルリア騎兵の突撃の勢いを()ぐ。


「チッ……野戦築城していたか……!」


 そうして、ユースたち騎兵部隊がエジンバラ軍の防御陣地気を取られているあいだに。


「第二射、放て――ッ!」


 本命の、エジンバラ軍のアウトレンジ部隊が、再びウェルリア軍に火炎の攻撃を降り注がせる。


「くっ……、こうも一方的に攻撃されると……」

「ぐぅっ……!」

「くそっ、馬がやられた!」


 ウェルリア軍はこれまで散々同じパターンで攻撃されては、エジンバラ軍の尻尾を掴めず逃げられてきたのだ。

 疲労も積み重なって、ウェルリア軍の士気は最低だった。


 ウェルリア軍の悲鳴が響く中、ユースは盛大に舌打ちした。


「クッ――、よくもまぁ、ここまで小癪(こしゃく)な嫌がらせに特化することができるものだ!」


 ユースは侮蔑(ぶべつ)混じりにそう吐き捨てたが、ウェルリア軍の騎兵たちはエジンバラ軍の最高指揮官――ルークの策に感嘆とする思いだった。

 この時代、この世界において、集団戦における騎兵戦力は絶対的ものとして知られている。


 騎兵の特徴は、圧倒的な機動力と、集団で突撃した時の破壊力。

 練度の高い騎兵を有するウェルリア王国だからこそ、これまで大陸の覇者として君臨することができていたのだ。


 しかし、今回の森林道による戦いはどうであるか。

 平地や草原なら騎兵の破壊力は遺憾(いかん)なく発揮されるが、森林という複雑な地形の中では騎兵は相互連携による突撃を行うことが難しい。


 それを見抜いた上で、おそらく敵将のルークはこの地を戦場に選んだ。


「ユース騎士! いったん騎兵を下げましょう! このままではまた、敵将に消耗させられるだけです!」

「こんなちゃちな防御陣地など、突破しさえすればどうとでもなる! 突撃あるのみだ!」


 部下の進言を、ユースは一蹴した。

 しかし、森の中を進撃するユースの突撃部隊は、何重にも続くエジンバラの防御陣地の突破に手間取る。


 それを見過ごすエジンバラのアウトレンジ部隊ではなかった。

 

「第三射、放て――!」


 柵の前に馬がもたついている間に、まだエジンバラ軍による無数の火炎の槍と火矢が降り注ぐ。


「うぐぅっ!」

「くぅぅぅ……!」

「があっ……!


 エジンバラ軍の放つ火炎の魔法攻撃は、ウェルリア軍に命中するだけでなく、あたり一帯の森林や草木に火が飛び移り、高熱と煙を撒き散らす。


 森林道はさながら地獄のような戦場へと変貌(へんぼう)していく。


「チッ、このままではまた一方的に攻撃されて嬲りものされるだけだ! 

 クソ、分かった。魔導師を前に出せ! 遠距離攻撃には、遠距離攻撃で対応するぞ!」


 部下の進言を前向きに考え直し、ユースの指示が、戦場に高らかに響き渡る。

 ウェルリア騎兵がいったん下がり、魔導師部隊が前に出ると、エジンバラ軍の陣地からラッパが鳴り響く。


 その音を聞いて、エジンバラ軍のアウトレンジ攻撃部隊は後退を始めた。


「見ろ! あいつら、また尻尾を巻いて逃げるぞ! 勝機だ、追え!」

「おおっ!」


 ユース率いるウェルリア軍は、後退していくエジンバラ軍を追い始めた。

 そうして、彼らはルークの張った悪魔の罠の中へと落ちていく……。

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【クリックで先行連載のアルファポリス様に飛びます】使えないと馬鹿にされてた俺が、実は転生者の古代魔法で最強だった
あらすじ
冒険者の主人公・ウェイドは、せっかく苦心して入ったSランクパーティーを解雇され、失意の日々を送っていた。
しかし、あることがきっかけで彼は自分が古代からの転生者である記憶を思い出す。

前世の記憶と古代魔法・古代スキルを取り戻したウェイドは、現代の魔法やスキルは劣化したもので、古代魔法には到底敵わないものであることを悟る。

ウェイドは現代では最強の力である、古代魔法を手にした。
この力で、ウェイドは冒険者の頂点の道を歩み始める……。
+注意+

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