80話:策の読みあい
エジンバラ軍は森林道の出口付近に息を潜め、ここを通るウェルリア軍に対し、最後の伏撃を与えようとしていた。
魔導弓兵と魔導師たちが茂みに身を隠し、ウェルリア軍を待ち構えている。
そして騎兵部隊はすでに森林道の抜け道を通り、ウェルリア軍の後背についている手はずだった。
魔導師たちが身を隠す森の中の、さらに奥に作られた簡易指揮所に、僕は身をおいていた
簡易指揮所の周囲は慌ただしい。
魔導師たちのアウトレンジ部隊と、僕ら本隊、それから迂回奇襲する騎兵部隊の、三つのあいだの情報を伝達する伝令が忙しなく走り回っている。
バタバタとした指揮所で戦況を見守る僕に、副官が飛び込んできてこう言った。
「ルーク閣下!」
「どうした」
「さきほど、アウトレンジ部隊の伝令から通達があったのですが、ウェルリア軍の斥候の数が数倍に増えている模様です。
おそらく、これを叩けば後続のウェルリア軍本隊に知らせが行くようになっているかと」
副官の言葉に、僕はふむ、と頷く。
「なるほど。僕らに散々殴られて、さすがにあちらさんも学習したか」
伏撃が予想される戦場で、斥候を放たない馬鹿な将官はいない。
これまでにもウェルリア軍はたびたび斥候を放ってきていたが、すべてこちらのアウトレンジ部隊が彼らの本隊に通達がいく前に処理してきた。
斥候を処理するたびに、こちらも伏兵の位置を変えたりしていたのだが、今回はもう森林道も終わりに近い。
伏兵の位置を移動させる余地がない。
「どういたしましょう。これまでは閣下の意向どおり、斥候を速やかに殺してまいりましたが」
「今回の斥候も倒していいよ」
僕の言葉に、副官は目を瞬かせた。
「よろしいのですか? 伏兵の位置が知られることになるのではないかと」
「知られても構わない。今回のアウトレンジ部隊の目標は、ウェルリア騎兵を釣り出すことだからな。
むしろ、迂回しているエジンバラ騎兵が彼らの気取られないように、少し派手に暴れるぐらいでいい」
「はっ。承知しました!」
副官が敬礼し、伝令に僕の指示を伝えに走った。
それからしばらくして、エジンバラのアウトレンジ部隊がウェルリアの斥候と戦闘に入った。
こちらの魔導師たちが放つ、斥候を攻撃する魔法音が戦場に鳴り響く。
火系統魔法の爆撃と轟音が、ウェルリア軍の斥候を襲い、悲鳴が上がった。
◆
「エジンバラ軍の伏兵の位置が分かったですって?」
斥候の部隊長を務めていた男が、私に言った。
「イエス、ユア・ハイネス。
向こうがこちらの斥候に手を出してきたので、森林道の出口付近に伏兵を置いていることが判明しました。
おそらく、もう10分ほどでかち合わせるでしょう。いかがなされますか、リリ様」
「ふーむ……」
今、私たちは森林道を進む隊列の、真ん中あたりに位置している。
ウェルリア軍は2個師団、2万の兵を抱える大軍だ。
行軍するだけでも、相当の労苦を払う。
「ついにあいつらの尻尾を掴んだな。全軍を上げてここで叩くしかない!」
「ユース騎士……」
私は自分の上長となるユースを見て、つぶやく。
隣には騎士団の友達、ベアトリーチェが疲労した顔でユースを見ていた。
騎士隊の隊長を務めるユースが、鼻息荒くこう口にする。
「エジンバラ軍には散々馬鹿にされ、弄ばれてきたんだ。
機動力のある騎兵を前に出せ! アウトレンジから叩かれる前に、こちらが叩きのめしてやる!」
私はユースの策を聞いて、首を振った。
「おやめになったほうがいいでしょう」
「なぜだ? リリ。まさか貴様、戦場で臆病風に吹かれたか」
ため息を隠しながら、私は説明する。
「そうではなく。位置が知られた伏兵ほど使い物にならないものはありません。
攻撃してくる地点が分かっているのだから、こちらがどうにでもできます。
だからこそ、これまでにルークは伏兵の位置が私たちに知られると、すぐに移動させていました。
あれほどの策謀家が、位置を知られた伏兵を動かさないのは不自然です」
「俺たちが被害を被りながらも、前進を続けたおかげではないのか?
森林道も終わりに近い。動かしたくても動かせないのだろう」
私はユースの発言に、淡い微笑を浮かべて首を横に振る。
「私がルークであれば、位置を知られた伏撃は取りやめますね。
彼がなおも伏兵を置いているということは、他に狙いがあるということです」
ユースは馬鹿にしたように、鼻を鳴らした。
「これまでチマチマと遠距離から攻撃しては、慌てて逃げるしか能がなかったルーク大将軍様とやらに、そこまでの考えがあるとでも思うのか?」
私は舌打ちをこらえるのが精一杯だった。
「お忘れですか、ユース騎士。
ルークはこちらの兵站を崩壊させるためだけに、街一つをまるごと潰すような男ですよ。
必ず狙いがある。断言します。これは罠です」
「どんな罠があると言うんだ?」
「真意までは私には分かりかねますが。
たとえば、伏兵の位置をわざと知らせて、それが陽動であるとか」
「何の陽動をするというんだ?」
「私はルークではないので、そこまでは……」
言葉を詰まらせる私に、ユースは嘲笑を飛ばして言った。
「話にならんな。具体的な策を持ってして、反論してこい。
敵を目前にして逃げ帰るわけにはいかん。
あいつらにはさんざん遊ばれてきたんだぞ!
ここで叩きのめす。これは決定事項だ!」
「叩くと言っても、ウェルリアの2個師団が丸々森に入ってエジンバラ軍を追撃するのは非常に危険です。
これまでにもあった木を倒してくるトラップもそうですが、森に入れば相互の連携も難しくなる。
各個撃破される恐れがあります」
「リリは俺の策に文句をつける天才だな。
だったら貴様はどうしたいのだ」
「こうしましょう。ウェルリア軍は2個師団を保有しているので、それぞれ分けて運用します。
師団1は、エジンバラ軍のアウトレンジ隊を追撃する師団。
師団2は、そのまま森林道を最後まで突破し、こちらの退路を確保する部隊です。
出口に部隊を敷きエジンバラ軍が何か動きをみせれば、師団2をいつでも動かせるようにしておくのです。
仮にエジンバラ軍を追う師団1がなんらかのトラップで危機に陥ったとしても、師団2を遊撃・援軍として活用できる。
全軍を上げてエジンバラ軍を追うのは、効率的にも戦術的にも最悪の、愚の骨頂かと思われます」
私の進言に、ユースは顔に手を当てて考え込んだ。
「ふむ……。まぁ一理あるな。もともとエジンバラの数はそう大したものじゃない。
ウェルリア騎兵があのわずらわしい逃げ足を捕まえこそすれば、勝機はある」
そうつぶやきながら、ユースは作戦を決定した。
「よし、ではエジンバラを追撃する師団1は、俺が指揮する。
出口に位置し、遊撃・援軍を担う師団2は、リリ。貴様が指揮しろ」
「はっ。御心のままに」
私は上官の指揮に、敬礼で応える。
そこで今まで蚊帳の外だったビーチェが、心苦しそうにこう言った。
「あのー……あたしも一応、騎士団のメンバーなんですけど。あたしはどこで働けばいいんですかね」
「グズの貴様はリリの指揮下にでも入っていろ。俺の師団には貴様はいらん」
そう言われたビーチェは、笑顔を凍らせたまま、「…………こいつ、いつか殺す」とつぶやいていた。