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78話:性格が悪いのは才能です

 リリたちウェルリア王国軍が、焼き払われたシリルカの街を悔しながらに素通りしていくのを、僕は小高い丘の上から眺めていた。


「予想通り、ウェルリア軍はエジンバラの皇都を目指すようですね」


 これからウェルリア軍は、かつて僕らが商人の馬車で通った森を突っ切って進むことになる。


「これからどうするんだ、ルーク? 俺たちはただ、スタイン城塞都市で待ち構えていればいいだけなのか?」


 隣で騎乗したロイさんが、僕に向かって問いかける。

 僕らの背後には、一師団を預かる僕の護衛と、そしてその監視に十数騎の兵士が付き従っていた。


「いえ。もちろん彼らに再三の攻撃を仕掛け、小競り合いのちょっかいは出しますよ」

「それで戦闘勝つため……、ではないんだろうな」


「です。主にはストレスを溜めていただくためですね」


 僕は部下の兵士たちを振り返り、こう宣言する。


「では、こちらも打って出ましょうか。準備はできているね?」

「「「イエス、マイ・ロード!」」」


 一兵卒の兵士たちがそう唱和した。


 今や僕は、皇帝軍の中将だ。

 皇帝陛下直属の部隊、禁軍の師団長にまでなった。


 1万の兵士たちは、僕が死ねと言えば、死地に飛び込まざるを得ない者たちである。

 だからこそ、有用な運用をしなければ、ただの馬鹿として歴史に名を刻むことになる。


「魔導師、弓兵だけを選抜し、騎乗させて独立の遠距離狙撃部隊を作る。

 乗馬スキルがない者は、騎士の後ろにでも乗せてもらえ」


「はっ!」


「独立した狙撃部隊は、ウェルリア王国軍が通るであろう森の中に伏兵として配置する。

 彼らが森林道を通った際に弓や魔法による攻撃を一撃放つと、速やかに戦場から離脱しろ。

 その時に、逃げやすいようにあらかじめ木を伐採しておき、ロープを引っ張れば倒れるように細工しておけ。

 ウェルリア軍が皇都へ続く森林道を通る最中、これを複数回繰り返す」


「相手を倒すことが目的ではないのですか……?」


 禁軍の、つまり僕の部下の中で最も格の高い男が、怪訝そうに尋ね返してきた。

 本来、軍は上意下達の組織なので、こういう質問は許されないのだが、僕はあいにくと職業軍人ではない。

 答えて欲しいことがあれば、答える。


「断じて違うね。これは肉体的な被害を与えるというより、物資と心理面への攻撃かな」

「と、言いますと……?」


「たとえば僕らがヒットアンドアウェイの弓矢で攻撃し、その矢がウェルリア兵士の致命傷ではない部位に刺さって怪我を与えたとしよう。

 その怪我を治癒するのに、ふつうなら魔法を使うだろうし、予後を安定させるために包帯も必要になるだろう。

 そして怪我で失った体力を回復させるために、食事や休息も重要となる。

 そうすると、ただでさえ少ない彼らの糧秣が、消費されていくだろう?」


「そういう事ですか……。要するに、ウェルリア軍は我が領土に侵犯していて、逃げ場がない上に地理にも疎い。

 その彼らに対して、焦土戦術を最も効果的に使えるよう、物資や疲労を蓄積させる意味合いで、嫌がらせを再三に渡って繰り返す、と。

 そういうわけですな?」


「そういうことだよ」


 僕は部下の答えに、満面の笑顔で頷いた。


「中将もお人が悪い……」

「性格が悪いのは、戦争においては才能だからね」


 と、僕はそう(うそぶ)いて、手綱を引き、馬首をめぐらせた。



 ◆


 

 慣れぬ異国の道を、私たちウェルリア兵が進んでいく。

 太陽の光を遮る薄暗い森の中、馬の(ひづめ)が大地を叩く音が響き渡っていた。


 私たち騎兵は当然のことながら馬に乗って進んでいるが、歩兵や後続する輜重(しちょう)部隊は足が遅いので、足並みを揃えるためにもそれほど行軍速度は出せなかった。


 仮に、騎兵だけを選抜して行軍速度を早めても、歩兵も補給もなしに城を攻略できるほどエジンバラ軍も甘くはないだろう。


 こちらの敵地略奪を前提にした、糧秣(りょうまつ)補充作戦を破るために、まさかシリルカの街を焼き払うとは思ってもいなかった。


 ルーク……。

 あなたはどこまで読んで、どこまで準備してきているの?


 私は、空恐ろしくも、そう思った。


「リーリさん」

「……はい、なんでしょう?」


 物思いに耽る私に、隣を行くベアトリーチェがそう言葉をかけてくる。


「なんか、この森。嫌な感じしない?」


 ビーチェの言葉に、私はハッとなって左右を振り返った。

 確かに……そう言われれば、先ほどから魔物はおろか、鳥の鳴き声すらしないではないか。


「もしかして、わ――」


 な、と言いかけたところで、その奇襲は突然として始まった。


「今だ、全軍一斉射撃――!」


 高らかに鳴り響く、敵将の声音。

 その声と同時に、森林道の左右――木々が立ち並ぶ森となっている場所から、一斉に攻撃が降り注いでくる。


 その攻撃は、魔法で創り上げられた炎の槍や、矢の先端に火薬を詰め込んで爆発する火箭(かせん)だった。

 これが森の中で燃え広がれば、ウェルリア軍にとって想像を絶する被害になる。


「敵襲――! 全軍、第一種戦闘態勢! 魔導師部隊、水系統の魔法で応戦防御して!」


 私はそれだけ言うのがやっとで、あっと言うよりも早く、炎槍や火箭(かせん)が降り注いできた。

 着弾と同時に、森林道で大きな爆発が起こる。


「くっ……!」


 私は爆発に巻き込まれるのを嫌がったのと、戦況をいち早く判断したかったので、馬を捨てて空間跳躍を使って森林の上空に飛んだ。

 遥か上空に飛んだ私は、空中を自由落下しながら、眼下に広がる森林を見た。


 森林の中央を突き進む森林道を中心として、轟々と炎が燃え広がっていっている。

 森林道の左右100ヤルドほど離れた場所に、エジンバラ軍らしき部隊が配置されていた。


「そうか……! 魔物や鳥の鳴き声が聞こえなかったのは、彼らが伏兵として潜んでいたからか……!」

 

 こうしてはいられなかった。

 あのエジンバラ軍を速やかに追撃し、一つでも戦果を上げなければ。

 このまま奴らを逃してしまえば、それこそ殴られ損である。


 地上へと落下していく私は、再び空間跳躍を使って森林道の中に戻る。

 森林道の中は地獄のような環境だった。


 木々に炎が燃え広がり、一部の兵士は鎧ごと体を焼かれて重度のやけどを負っている。

 煙がもくもくと広がって、呼吸も困難な状況だった。

 それでも、私は声を振り絞って発した。


「森林道の左右100ヤルド付近に、伏兵がいる! 動ける兵は私についてきて! 追撃するよ!」


 そう言って、愛馬に再びまたがって森林の中に踏み入ろうとした時――


「今だ、ロープを引け!」


 どこかで、慣れ親しんだはずの、聞き覚えのある声が、そう叫んだ。

 あれは、もしかして、ルーク……?


 その一瞬の思考によって、足を止めたことが命取りになったのか、次の瞬間。

 森林道から森の内部へとつながる部分の木々が、私の目の前で大音を立てながら倒れ込んでいく。


「リリっ!」


 ビーチェの声が背後からした。

 ハッと馬の手綱を勢い良く引いて、後ろに下がる。


 それと同時に、まるで積み木倒しにように、森林の内部へとつながっていた木々が、次々に倒れていくではないか。


「これは……!」


 大木が丸太のように森林の中に倒れ込んでいき、道を塞ぐ。

 これでは騎兵が追撃することは不可能だ。


「リリ! 大丈夫!?」

「私は平気。……でも、この木々は。……あ、それより我が軍の被害は?」


 駆け寄ってきたビーチェに、私は呆然とする思いで言った。


「幸いにして、ウェルリア軍にそれほどの被害はないよ。炎の槍の魔法『フレイムランス』を直撃した兵士が十数名かいるぐらいで、あとは軽いやけどとか、煙を吸って呼吸器に軽い問題が出た兵士がいるぐらい。今、魔導師たちが水系統の魔法で鎮火(ちんか)作業をやってる」

「そう。それは不幸中の幸いだね」


「それより、リリ。これやったの、間違いなくエジンバラ軍だよね?」

「あのトラップまで用意してるんだから、そうとしか考えられないね」


 そして、ビーチェも私と同じ視線にあるものをたどる。


「これはどうもご丁寧に……。あらかじめ大木を切り倒しておいて、ロープかなにかで引っ張れば積み木倒しみたいに倒れるようなトラップを作っていたわけだ」

「追撃の足が速い、騎兵を潰すにはいい戦術だよ。あんな木々がゴロゴロある場所では、騎兵はまともに走れない。こちらの優位である、機動速度が活かせないからね」


 私の言葉に、ビーチェは頭をガシガシとかいた。


「トラップを作った上での、一撃離脱。見事なまでに徹底されたヒットアンドアウェイだね。

 これさぁ……、一度で終わるわけないよね。こういうのが」


 こういうの、とは、今回の伏撃(ふくげき)のような、嫌がらせあるいは待ち伏せトラップの事を指すのだろう。

 こんな伏兵が今後、どこに潜んでいるかも分からない状況で、神経をすり減らして進撃しなければならないのだ。


 満足に落ち着いて食事も取れない。

 眠れない。


 寝ても、いつ襲われるのかという不安が、心理的疲労が覆いかぶさって、疲れが癒されない。

 そうすると常に神経が張り巡らされるようになって、段々と判断力や思考力が低下していく。


 そしてそれが積み重なっていけば、確実にウェルリア軍の士気の激減に影響する。

 おそらく、この嫌がらせ戦術を指揮する立場にいるであろうルークは、それを熟知した上で行っている。


「間違いなくそうだろうね。狙ってやる男だよ、ルークは」

「もしかしてあたしたちってさー、必敗の戦いを突き進んでるんじゃない、これ?」


「かもしれないね……」


 私は、乾いた笑いしか出てこなかった。

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【クリックで先行連載のアルファポリス様に飛びます】使えないと馬鹿にされてた俺が、実は転生者の古代魔法で最強だった
あらすじ
冒険者の主人公・ウェイドは、せっかく苦心して入ったSランクパーティーを解雇され、失意の日々を送っていた。
しかし、あることがきっかけで彼は自分が古代からの転生者である記憶を思い出す。

前世の記憶と古代魔法・古代スキルを取り戻したウェイドは、現代の魔法やスキルは劣化したもので、古代魔法には到底敵わないものであることを悟る。

ウェイドは現代では最強の力である、古代魔法を手にした。
この力で、ウェイドは冒険者の頂点の道を歩み始める……。
+注意+

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