表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/100

77話:えげつなくない、これ?

 東のウェルリア王国と、西のエジンバラ皇国のあいだにレスティケイブという大峡谷(だいきょうこく)がある。

 そのレスティケイブの地下には魔物が無限に這い出てくる迷宮があり、大峡谷のあいだを縫うようにして吊り橋がかけられている。


 私たちウェルリア軍は、その吊り橋の上を整然と進んでいるところだった。

 多くの兵が馬に乗り、ギシギシと揺れる吊り橋の上を行軍している。


「リリ様……。此度(こたび)の戦争、勝てますよね?」


 ふと、私の隣を行く兵が、不安そうな顔で尋ねてきた。


「勝てる、と信じて戦うしかないだろうね」


 言葉尻が、ため息に溶けて行けていく。

 本当は、ルークがいるエジンバラ皇国となんて戦いたくなかった。


 彼は今、エジンバラの最東部にある、シリルカの街で冒険者をやっているという噂だ。

 もし、ルークがシリルカにいるのなら、初戦でいきなり彼と戦わざるを得なくなる。


「私だって、本当はこんな戦争したくなかったよ……どうなっちゃうんだろうね……」


 騎士であり、聖女とも言われている私が堂々と弱音を吐くわけにはいかないけれど。

 せめて、不安そうな兵に聞こえないよう、誰にも聞き取れない声量でそうつぶやいた。


 天を見上げる。

 頭上の太陽は、燦々(さんさん)と陽光を地上に向かって降り注いでいた。


 暑い日だった。

 白銀の甲冑(かっちゅう)を身にまとう体に、じわりという汗が流れていく。


「もう、夏真っ盛りだね」


 ルークと別れた時は、冬の終わりの日、春が訪れようとしていた頃だった。

 あれから半年。


 再び相まみえるのが、戦争だなんて。


 憂鬱(ゆううつ)な気持ちになりながら、レスティケイブの吊り橋をゆっくりと進んでいると、前方からざわめきのようなものが流れてくる。


「おい、一体これはどういうことだ!」

「私に分かるわけないだろう!?」


 指揮官たちの怒声が響いてくる。


「……?」


 何か起こったのだろうか。

 みだりな私語やざわめきは、軍隊に動揺をもたらすので禁止されているはずだが。


「ごめん、ちょっと通して。騎士団のリリです、前に行きます」

「あっ、はい。すみません、リリ様」


 馬から降り、隣の兵に預けて、軍隊の列をかき分けて前に進む。

 なんとかして先頭に進むと、そこには先遣隊(せんけんたい)と口論している騎士団の先輩、それからベアトリーチェが困り顔でいた。


「ビーチェ」

「あ、リリ」


 彼女は私の顔を見ると、わずかに安堵(あんど)した表情になる。


「どうしたの?」

「それが……」


 ベアトリーチェは言いづらそうに、視線を先輩騎士のユースに向ける。

 ユースは真っ赤な表情で、偵察部隊の斥候(せっこう)の男を怒鳴り散らしていた。


「だからっ、どういうことなのだ! シリルカの街がないなんて、そんな事があるわけないだろうが!」

「いえ……ですから、本当に跡形もなくなっておりまして……」


 斥候(せっこう)の男は、タジタジになって答えている。


「街が消えるとでも言うのか!? 貴様は面白いことを言うのだな。そんな天変地異が起こるとしたら、ぜひともこの目で確かめたいものだ」


「ユースさん。何が起こったんですか?」


 私が声をかけると、ユースがこちらを視界に入れた。


「リリか……」


 以前、トラブルがあった私と彼の関係は、どこかギクシャクしている。


「ふん……。先に偵察を送らせていた部隊が、シリルカの街が消え去っていると世迷い言をぬかすのでな」

「シリルカの街が、消えている……? そんな、神級魔法でも、そんな事は不可能なんじゃ」


 呆然(ぼうぜん)とした思いで、私は言った。


「だから俺がさっきからそう言っているのだ。おい、貴様。本当にシリルカの街が消え去っていると言うんだな? 嘘やデタラメだったら、貴様のチンケな首が飛ぶぞ」


「はっ……、ユ、ユース様。恐れながら申し上げます。正確には、シリルカの街の設備が、すべて焼き払われ、跡形もなくなっている状況です」


 偵察部隊の男の発言に、私とユースは顔を見合わせた。


「焼き払われている……? それは、偵察部隊が独断で放火したということ?」

「いえ、違いますリリ様。私たち斥候(せっこう)がシリルカの街を視認したときには、すでにシリルカの街は跡形もなくなっていました」


「ま、待って。それじゃあ、エジンバラがシリルカの街を焼き払ったって言うの?」

「私たちウェルリア兵が何も手出しをしていない現状、僭越(せんえつ)ながらそうとしか言えないでしょうね」


「エジンバラが、味方の街を焼き払うなんて……そんなことをする必要がどこに……」


 信じられない思いだった。

 シリルカの街にはルークがいる。


 あの男なら、きっと我がウェルリア軍と対等以上に渡り合えるはずなのに。

 だから、初戦から激しい戦いになると想定していた。


「とにかく、この目で見ないことには信じられん。おい、リリ。馬を拾って来い。俺たちで確認しに行くぞ」

「はっ、承知」


 私は自分の馬を拾ってくると、レスティケイブの吊り橋の上をユースとビーチェとともに駆け抜けた。



 ◇ ◆



 その惨状(さんじょう)は、信じられない思いだった。

 明らかにエジンバラ皇国軍が自分たちでやったのだろう。

 シリルカの街全体が燃え尽きた炭のようになっていて、まともに使える設備や食料は残されていなかった。


 もちろん、人っ子一人残されていない。

 金貨や重要な貴金属はすべて運び出された後だ。


「リリ、何これ……? エジンバラが、自分で自分たちの街を焼いたってこと?」

「そうとしか考えられないよね」


 燃え尽きて灰のようになったシリルカの街を、騎乗したまま私たちがゆく。

 ルークがよく使っていたと思われる冒険者ギルドも、おそらくこの街で泊まっていた宿屋も、武器屋も屋台も。


 すべてが燃えてしまった後だった。


「これは……もしかすると……」


 途方もない恐怖が、体の底からこみ上げてくる。

 こんな戦い方をするなんて、想像の範疇外(はんちゅうがい)だった。


 私は、ビーチェと顔を見合わせて言った。


「「焦土戦を仕掛けられている……?」」


 女子騎士2人の意見が一致する。


「これマジで自分たちで燃やしたの? 普通、そこまでやる? 相当にえげつなくない、これ……?」

 

 私もベアトリーチェの言葉に同意する思いだった。

 ルーク……あなたはここまでやるのか……。


 ユースも苦々しい顔で首肯する。


「間違いないだろうな。エジンバラも相当に思い切ったことをする」


「どうするんですか、ユースさん。あたしたちは、長期の戦闘に耐えられるだけの補給は望めないんですよ! 糧秣(りょうまつ)も、ギリギリの量しか持たされていない。エジンバラの豊富な資源を略奪できないとしたら、この先、どうやって戦っていけば……」

 

 ビーチェが泣き声のような悲鳴を上げた。


「おそらく、周辺の村や街、田畑は全て焼かれているだろうな。考えうる限りの最悪の事態が訪れる……。リリ」

「はい、なんでしょうか」


「我軍の食料事情で、どれだけの期間、戦える?」

「そうですね……兵に分配するパンやスープを半分に減らしたとして、あと2週間というところでしょうか」


「かなりギリギリだな……」

「ユース騎士に、私から提案申し上げます」


 ユースの瞳が、私の蒼色の眼を捉えて頷いた。


「言ってみろ」

「ウェルリアの政治事情により補給および撤退が認められないのであれば、早急に皇都を目指すべきです。まさか政治の中枢である皇都すら焼いているはずはないでしょう。ならば、余力があるうちに皇都を落とすべきです」


「道理ではある。ベアトリーチェ、貴様はどう思う?」

「あ、あたしの意見ですかぁ……? いやぁ、政治や戦略はとんと疎いものでして。リリと同じでいいんじゃないですかね?」


「グズか、貴様は」

「かちーん……」


 ベアトリーチェは静かにキレていた。


「ともかく、戦闘資源が略奪による回復が望めないのであれば、我軍の破滅は秒読みに入っている。リリの言ったように、早急に皇都を到達し、落とすしか活路はない。軍に通告しろ、強行軍を敷くぞ!」


「はっ、了解であります!」

「了解でーす」


 ユースの命令に、私とベアトリーチェが敬礼で応える。


 しかし……と私は思う。


 皇都に至るまでの道に、あのルークがトラップを仕掛けていないはずがない。

 焦土戦は必ずどこかで反転攻勢がある。


 その時を迎えるのが、怖くて怖くてしょうがなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【クリックで先行連載のアルファポリス様に飛びます】使えないと馬鹿にされてた俺が、実は転生者の古代魔法で最強だった
あらすじ
冒険者の主人公・ウェイドは、せっかく苦心して入ったSランクパーティーを解雇され、失意の日々を送っていた。
しかし、あることがきっかけで彼は自分が古代からの転生者である記憶を思い出す。

前世の記憶と古代魔法・古代スキルを取り戻したウェイドは、現代の魔法やスキルは劣化したもので、古代魔法には到底敵わないものであることを悟る。

ウェイドは現代では最強の力である、古代魔法を手にした。
この力で、ウェイドは冒険者の頂点の道を歩み始める……。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ