75話:開幕、大陸戦争!
皇宮の客室にて、レティス皇帝に接待されていた僕たちは、いきなり部屋に飛び込んできた兵士から情報を知る。
それは、レスティケイブを通り、ウェルリア王国の将兵がエジンバラ皇国に攻め込んできたというニュースだった。
そのニュースを知るや否や、レティス皇帝は部屋の隅に控えていた侍女に命令を出した。
「そこのメイド! 至急、皇宮の最奥部の間に、軍部と政治の上級閣僚を招請しろ! 馬鹿なウェルリア王国が攻めてきた。その対策会議をするとな」
「かしこまりました、ユア・マジェスティ」
侍女は黒地のエプロンドレスを、さっ、とつまむと、優雅に一礼して部屋を駆け出していった。
「……さて。と、言うわけだ、ルーク殿。この前約束して頂いた、貴殿の力をここで借りたい」
「構いませんが、具体的には僕に何をして欲しいんです?」
僕の問いに、彼はわずかに首を傾げながら言った。
「そうだな……、たった1万の師団だけを率いて、食料や武器の援護もなしに、ウェルリア王国を叩き潰してこいと言っても、さて、ルーク殿なら簡単にやってのけそうではあるが」
レティス皇帝は苦笑しながら、続ける。
「まずは会議の席にて伝令兵の話を詳細に伺い、俺の側近と話を詰めながら戦略を練っていこう」
「分かりました。付き合いましょう」
僕が言うと、レティス皇帝はしっかりと頷いた。
「ロイはどうする? お前は戦争の上流の話には興味ないだろう」
「俺はパスだ。俺はルークの指揮下に入り、ルークの決めた戦場で一人でも多くのウェルリア兵を叩き潰す。それで文句ないだろう?」
ロイさんがぶっきらぼうに言って、皇帝は微笑む。
「そう言ってくれると百人力だね。正直、ウェルリアの一般兵はともかく、練度の高さで知られる騎士団を相手取るにはお前の力を借りたい」
「そんなに大したものじゃないがな、聖十字騎士団も」
かつては自分もその地位を得ていたロイさんは、吐き捨てるように言った。
レティス皇帝はヒメリを向いてこう口にする。
「すまないが、ここからは戦争や外交政治の機密に深く関わることだ。ヒメリ嬢には皇宮の一室を用意させ、侍女もつけて生活には何不自由させないので、しばらくはこの皇宮に逗留していただきたい」
「あ……はい。そうですよね。今、あたしがシリルカの街に帰るなんて、できないですよね」
「初戦の戦場が、そこになるだろうからな」
「分かりました。しばらくおとなしくしておきます」
「すまないね、皇宮生活で何か不都合があれば、遠慮なく俺に言ってくれ」
「いえいえいえ! 皇帝陛下にそんなことを言ってもらうなんて、罰が当たりますので!」
ヒメリは両手を前に突き出し、冷や汗を流しながらブンブンと振る。
その様子をロイさんがため息混じりで見ていた。
「そういえば、お前。一応、この国の最高権力者なんだよな」
「今、思い出したのか? これでも名君と名高いんだがな」
レティス皇帝は呆れ顔でロイさんを見る。
「ともあれ、ルーク殿。最奥部の間に行こう。閣僚たちと会議を開きたい」
「分かりました」
僕はレティス皇帝に連れられて客室を出て、皇宮の一番奥にある部屋へと向かった。
◇ ◆
「まずは皆のものに紹介しよう。こちらが俺の友人かつ、エジンバラ皇国を戦争の勝利に導いてくれ軍師、ルーク殿だ」
「ルークです。よろしくお願いします」
ぺこり、と頭を下げると。
ぱちぱちぱち、とおざなりな拍手が会議室に響いた。
「ルーク殿には軍において重要な地位を任せ、戦争で勝ち抜いてもらうことになる。さしあたっては、俺の意思で自由に動かせる禁軍の師団長兼少将あたりの任命かな」
昨日まで一介の冒険者だったのに、皇帝軍の少将とはえらい出世だ。
童話のお姫様のように、急速な勢いで皇帝軍を成り上がっていく僕に、会議室のメンツが胡乱な目を向ける。
「皇帝陛下の推挙なら何も申し上げませんが……果たして、本当にそこらの冒険者上がりが軍の指揮など行えるのですか」
「ルーク殿は結果を出した。それがすべてだろう」
レティス皇帝の言葉に、彼らはうっと言葉を詰まらせる。
「それより、実益のある、緊急性の高い対ウェルリア対策を練ろうじゃないか。軍務相、始めてくれ」
レティス皇帝が言って、眼鏡をかけたハゲ頭の男が恭しく一礼した。
「では、これより緊急会議を開きたいと思います。
皆さんも御存知のとおり、議題はウェルリア王国がエジンバラ皇国の領土を侵犯し、我が国の豊富な資源を略奪に来たということです。
まぁ、ありていにいって、戦争ですな」
手元の羊皮紙の資料をめくりながら、軍務相がそう言った。
「ウェルリア王国の侵攻現状は? どこまでうちの領土に入ってきている? 防波堤となるシリルカの街の状況は」
「ウェルリア王国の兵団は、1万の師団を2つ、つまり2個師団で我が領土に侵犯してきております。
現在はまだシリルカの街まで到達しておらず、レスティケイブを越えている最中です」
「2個師団か……。シリルカの街の冒険者は300ほどしかいなかったよな。さすがに、2万 対 300 は負ける。
一番近い城塞都市あるいは砦から、至急に援軍をやってくれ」
「かしこまりました。ただちに手配します」
そう言って、ハゲ頭の軍務相が手元の羊皮紙にメモをし、高級な会議室の隅に控えていた副官に伝令に走らせた。
レティス皇帝は、テーブルの上に広げられた、この大陸の大きな地図を見渡して考え込んでみせる。
「さてさて、どこからウェルリア王国に反撃をしていくかね」
レティス皇帝がペンを指で回しながら言った。
まず、大まかに大陸の地理を述べれば、大陸西部の広い湿潤地帯に、エジンバラ皇国がででんと存在する。
そして大陸の中央にレスティケイブとその地下迷宮が広がっており、西部と東部を中央で遮断している。
レスティケイブを挟んだ大陸の東側にウェルリア王国がある。
このレスティケイブは巨大な峡谷のようになっていて、その上にかけられている吊り橋しか進行経路がないため、ウェルリアの2個師団が渡りきるにはまだ余裕があるはずだった。
あとはエジンバラとウェルリアの近接する領土に、宗教国家や海洋国家などが点在しているという状況だった。
基本的には、西がエジンバラ、東がウェルリアという、二強国家で大陸は構成されている。
「ユア・マジェスティ。恐れながら進言致します」
「いいぞ、言ってみろ」
「まずは先制打撃です。エジンバラに侵入してきたウェルリア軍が、シリルカを潰し橋頭堡を築く前に、完膚なきまでに叩きのめしましょう。そのためには、シリルカの平原に万全の陣を敷き、かの軍を迎え撃つのです」
軍務相の男がそう言う。
かつて魔物の大侵攻を、包囲殲滅陣で僕が戦った場所だ。
「まぁ、それが常道だよな。ルーク殿」
「はい」
会議室に高級閣僚が居並ぶ中、僕は邪魔しないほうがいいかと思って沈黙を貫いていたが、レティス皇帝に話を振られた。
「きみの意見を拝聴しよう。ルーク殿はどうするべきだと思う?」
皇国の最高権力者に気に入られている、僕へのその嫉妬が。
会議の面々から感じられるようだった。
「向こうの総戦力と、こちらの総戦力は、詳細としてどれぐらいあるんですか」
戦争の基本だ。
敵を知り、己を知らば、百戦危うからず。
まずは戦力を知らなければ、話にならない。
「シーダ。ルーク殿にお答えして差し上げろ」
「は……。では、ルーク様。お答えさせていただきます」
頭頂部が光っている軍務相さんは、どうやらシーダという名前らしい。
「まずはエジンバラ。我が国家の戦力としては、重装歩兵がメインですね。
重い武装に身を包み、集団陣形を取って突撃する戦術が好まれて使われます。
もちろん、大陸のスタンダード戦力である騎兵も我が国家には存在しますが、練度や質、戦力としては大陸最強と名高いウェルリア騎兵には遥かに劣るでしょう。
また、魔法が使える魔導師部隊や、風の加護による遠距離から狙撃する魔法弓兵などの特殊部隊も存在します。
だいたい、1師団の戦力構成として、重装歩兵が7000、騎兵が2000、魔導師や魔法弓兵が1000という構成です。
そこに非戦闘要員の輜重部隊が1000~2000と、後続する感じですね。
これが第1師団から第8師団まで常備軍としてあるのが、現在の我が国家の基本戦力です」
流れるような説明を聞いて、僕は感嘆とする思いだった。
「話を聞く限りだと、かなりバランスよく構成しているんですね」
「そうですね。基本的に師団ごとの運用になると思いますので、1師団で戦場を補給なしでも1週間は戦い抜けるだけの構成になっています。また、常に動員できるのがこれだけの数ということで、近隣諸国から金で傭兵を雇えば、歩兵戦力は倍増することが見込めます。もちろん、質は下がりますがね」
「分かりました。対するウェルリアはどうなっていますか?」
僕の質問に、シーダはこくりと頷いて言った。
「ウェルリア王国は、とにかく騎兵戦力。騎士団が有名ですね。
かの剣神ロイも所属していた聖十字騎士団は、大陸最強の戦闘集団と名高いです。
聖十字騎士団に所属する騎士たちはそれぞれが一騎当千のスキルや魔法を有しているので、聖十字騎士団の投入だけで戦場の勝敗を覆す能力のある、まぁありていに言って反則集団ですよ」
それは僕も分かっている。リリが所属し、騎士団の事務員をやっていたから、彼らの凄さはなおのこと分かっている。
「ウェルリアの基本的な師団構成は、騎兵をメインに5000ほど、あとは歩兵3000、弓兵1000、魔導師1000ほど。
これに、エース級の聖十字騎士団のメンバーが適宜加入し、戦場を荒らします。
とにかく、ウェルリアで気をつけるべき点は、騎兵の機動力の高さと、エース・オブ・エース――聖十字騎士団の存在でしょうな」
「なるほど」
「ただ、聖十字騎士団のメンバー構成は、やはり量より質を取っているのか、数が多くないですね。
最大でも100人前後ですので、こいつらをどう我が国家が攻略できるかが、この大陸戦争の勝敗を分けるところだと思っています」
「わかりました。レティス皇帝」
「ん?」
「デミウス鉱山の研究所で作っていた対戦争用の魔導具、アレは実用段階にあるんですか」
「魔導銃か、いけるよ。現在、弓兵たちに訓練させて命中精度を上げている状況だ」
「ふむ……」
僕は考え込んで、もう一度問うた。
「シーダ軍務相、もうひとつ聞きたいことが」
「なんなりと、ユア・グレイス」
軍務相のその敬称には、若干の嘲りも感じられる。
「シリルカ周辺の詳細な地形情報を教えていただきたい。どこにどういう街があり、どういう要塞があり、どういう天然の障害があるのか」
「では、テーブルの上に広げられている地図をご覧になってください。
まずはここに街道があり――」
そうして、地理情報を最後まで聞いた僕は、ゆっくりと頷いた。
気づけば、会議室の全員の視線が僕に集まっている。
テーブルの上に広がる地形図を、じっと眺めていた。
「さて……では、軍師ルーク殿の戦略を聞かせてもらおうか。また大侵攻にした時と同じように、シリルカの外れで包囲殲滅陣を使い、聖十字騎士団を囲い込むのか?」
冗談交じりに語るレティス皇帝に、僕はいたって真面目にこう答えた。
「そうですね。初戦のシリルカは――捨てましょう」
その発言が、会議室に、波紋を呼んだ。