74話:ついに手に入れた、ホロウグラフ
リリが去った後、ヒメリがもともと工房ギルドから依頼されていた『鉱石の採掘』を行っているあいだ、僕とロイさん、それからユメリアは休みながら待っていた。
「お父様」
「ん?」
同じぐらいの歳の女の子に『お父様』と呼ばれ、なんだかむず痒い気持ちだった。
「わたくし、これから行かなければならないところがあるのですが、ホロウグラフが修理できるまでの間、少しそちらに行ってきてもよろしいですか?」
「あぁ、僕は構わないけど。ロイさんはいいんです?」
視線を彼に向けると、複雑そうな感情を浮かべていた。
「また会えるのか?」
「もちろんですわ。ホロウグラフを取りに来なければならないですし」
「その事なんだが、まだお前に返すと決まったわけではないぞ」
「でしたら、今度こそリリと1対1で戦って、あの金髪を泣かせる頃合いですわね。
お父様たちがいるから今回は遅れを取りましたが、1対1で戦えば、わたくしがあんな女に負けるはずがありません」
ユメリアはそう言うが、リリもかなり洗練された戦闘技術を誇る。
どちらが勝つのかは、少し興味があった。
「ともあれ、そういう事ですので。わたくしはちょっと行ってきます」
「あ、おい」
言うが早いか、ユメリアの体は空間跳躍によって消失した。
「行ったか……。まったく……あいつら跳躍スキル勢はポンポン消えるよな」
「はは。便利なスキルですね。欲しいぐらいだ」
ロイさんと苦笑を交わし合っていると、そこにヒメリが戻ってくる。
「おまたせしましたー! やっと終わりました。あれ、ユメリアちゃんは?」
「いなくなったよ。用があるってさ」
「へぇー。いいんです? 放っておいたら、また何か悪さをするんじゃ」
「ユメリアも、そんな悪い子には思えないしなぁ。どうも、リリとは思想の対立で敵対状態にあるみたいだけど。
それより、ヒメリの案件が終わったのなら、デミウス鉱山を出ようか」
「はい。あたしの仕事はバッチリ終わりました」
仕事を終えた僕らは、研究所の最奥部にあった魔物が転移されてきている魔方陣を念のために破壊し、デミウス鉱山を後にすることにした。
坑道を戻る道のりで、ヒメリが何か嫌なことを思い出したのか、不機嫌そうな表情を作って僕に言った。
「……ルークさん」
「はい。なんでしょう?」
なんだか異様なプレッシャーがあったから、思わず敬語を使ってしまった。
「さっきの戦いの時に乱入してきたあの金髪の女が、ルークさんが言ってたリリって子なんですね」
「そうだよ。幼馴染のリリ。いい子だったでしょ?」
「ふぅーん……」
ヒメリは面白くなさそうな顔で、つぶやいた。
「まぁ、かろうじて、可愛いと言えなくもない子でしたね」
「え、そう? リリって世界で一番可愛いと思わない?」
きょとん、とした感じで、僕は言う。
「そういう事、ふつう言います!? 惚気はやめてくださいよ、ルークさん!」
「いやぁ……、久しぶりに会ったけど、リリってやっぱ可愛いよなぁ……と」
しみじみと、過去を振り返るように僕は思った。
ロロナ村時代から、彼女の美しさは変わっていない。それどころか、より磨きがかかったって感じだった。
思い出補正もあるのだろうか?
「くっ……まぁ、かなりレベル高い子でしたけど! でしたけど! そういう事をあたしに言うのはやめてください!」
「なんで?」
僕が素直に疑問をぶつけると、ヒメリは「うっ……」とたじろいだ。
「な、なんでって……そりゃ、傷つくからですよ」
「乙女だね、ヒメリ」
「うううー!」
ヒメリは真っ赤な顔で、地団駄を踏んだ。
◇
そんな会話もありながら、僕らはデミウス鉱山を出て、皇都の冒険者ギルドに立ち寄る。
「では、今回の事件を解決してくださったということで。大変お疲れ様でした。
こちら、皇帝陛下から『渡しておけ』と言付かっていたものです」
ギルドの受付嬢が差し出してくる革袋の中を見ると、大量の金貨が詰まっていた。
「いいんですか、こんなにもらって」
「もちろんです。皇帝陛下が『ルーク殿をこの国につなぎ留めておく必要経費』だ、とおっしゃっていましたよ」
受付嬢は楽しそうにクスクスと笑う。
「まぁ……そういう事なら、もらっておきましょうか」
「ルーク様たちは、もうシリルカの街にお帰りになられるのです?」
「そのつもりですけど。何か?」
「いえ。できれば皇宮に立ち寄って欲しい、と陛下がおっしゃっていました」
僕はロイさんの方を振り向いた。
「どうします、ロイさん?」
「そうだな……研究所で作ってた魔導具の件も含めて、一度レティスと話しておいてもいいかもしれないな」
「そうしましょうか。皇宮まで行きます」
受付嬢にそう伝える。
「承知しました。先に使い鴉を送っておきますね」
「ありがとう」
受付嬢に礼を述べて、僕らは冒険者ギルドを出て、丘の頂上にある皇宮まで赴いた。
◇
「お待ちしておりました、ルーク様、ロイ様、ヒメリ様!」
門兵にはすでに僕らが来ることは伝わっていたらしい。
ピシッと言う音がしそうなほど、折り目正しい敬礼で迎えてくれた。
「ヒメリ様、ですって。なんだかお姫様になった気分ですね」
「ヒメリもたぶん、これからエジンバラ皇国の中で重要位置を占めることになるだろうから、慣れておいたほうがいいかもな」
皇宮の回廊を、先導する兵士について歩きながら、僕は言った。
ヒメリはきょとん、と首をかしげる。
「あたしが、重要位置? なんでですか?」
「きみは近い将来、神の魔導具・ホロウグラフを作る職人になるんだろ」
「あぁ……そう言われれば。なんだか、未来を知っているって変な気分ですね」
もっともだ、と頷いた。
「つきました。この部屋で陛下がお待ちしております。
どうか、ご無礼のないように、お願い致します」
扉が開けられ、中に入る。
レティス皇帝陛下がニコニコ顔で立っていて、以前来た時と同じように、テーブルにはたくさんの豪華な料理と高級酒が並んでいた。
「悪いね。個人的な頼みごとも聞いてもらったし、本来は俺から冒険者ギルドまで出向いて歓待するつもりだったんだが、ここのところ公務が忙しくてな。なかなか時間が取れなかったんだ」
開口一番、レティス皇帝はそう言った。
「いえ……皇帝陛下とあろう御方が、僕らの事情なんて気にする必要はありませんよ」
「そう言ってくれると、ありがたいね、ルーク殿」
レティス皇帝はそう言って、僕のところまで歩み寄ってきて、手を握った。
「この度は、うちの大事な魔導具製造所を取り戻していただき、誠にありがとう。感謝するよ」
「レティス。その件で話がある」
ロイさんがそう切り出す。
「聞かなくても何の話か分かるが、一応聞こう。なんだ?」
「あそこで作っていた魔導具で、ウェルリア王国と戦うつもりなのか?」
「そうだな」
レティス皇帝は、あっさりと認めた。
「あんなものを使えば、ウェルリアの騎兵は一網打尽だろう。
いつからウェルリアを本気で潰すつもりでいたんだ」
「計画自体はここ数年だよ。本格的に内政面や外交で準備を始めたのが、去年の冬あたりかな」
「ということは、一年ぐらいかけて準備してきたわけか」
「この度の戦争は、絶対に勝つ。これは負けられないし、負けるはずもない戦いだからな」
「ふーん……。ウェルリアとエジンバラが、ね……」
ロイさんはなにかつまらなそうな様子で、そう呟いた。
「ルーク。どう思う?」
「どうとは、何がですか」
「ここで俺たちが選択する行動が、未来世界に何か重大な影響を及ぼすんじゃないかって、思わないか?」
「それは考えましたけど……、ユメリアやリリは戦争については何も言わなかったですし、ウェルリアとエジンバラが戦争をすることは、もう織り込み済みなんじゃないですか」
「ふむ」
僕が言うと、ロイさんは腕組みして考え込む。
「なんだなんだ。何やら難しい話をしているな」
「こっちの話だ、お前には関係ない」
興味津々のレティス皇帝に、ロイさんがピシャリと告げた。
「ひどいじゃないか、ロイ……」
「しかし、これからあたしたちがどうするかっていうのは、大切なことですよね。
あたしはまず、このホロウグラフを直せないか試してみますけど」
そう言って、ヒメリは羅針盤のような魔導具をバッグから取り出し、光にかざしてみた。
「直せるのかなぁ……これ……」
「それについてはヒメリに一任するよ。ただ、直ったとしても、ヒメリの一存でユメリアあるいはリリのどちらかに渡すことはやめてほしいかな」
僕の言葉に、ヒメリは素直に頷く。
「それはもちろんです。どちらを選ぶのか、よく考えて渡したほうがいいでしょうし、そもそも『あらゆる願いが叶う』とされている魔導具なら、あたしで使うのもアリですし」
「あぁ、それはいいな。とっておきの切り札になる」
ヒメリの案に、ロイさんが同意する。
「いずれにせよ、ホロウグラフが直らないとなにも始まらないね。ヒメリ、頼んだよ」
「やれるだけはやってみます」
ヒメリは手にしたホロウグラフを、自分のバッグの中にしまい直した。
「なにやら俺が知らないところで、物凄いことが起こっていそうだな」
「多忙な皇帝陛下様には関係ないことだ。それより、レティス。そろそろメシを食っていいか? デミウス鉱山に入ったときから何も食ってないんだ」
「あぁ、いいよ。好きなだけ食ってくれ。ルーク殿も、ヒメリ嬢もどうぞ」
「ありがとうございます」
レティス皇帝にお礼を言って、僕らは豪華な宮廷の食事に手をつけた。
羊の肉をローストしたものにかぶりつき、それを高級なワインで喉に流し込んだ。
「やっぱ宮廷料理って美味い……」
「ですね」
ヒメリもヒメリで、砂糖とソースをまぶした肉団子を、口に運んでは相好をほころばせている。
しばらく僕らは、レティス皇帝と談笑しながら立食を楽しんでいたが、食事の途中で甲冑に身を包んだ兵士が部屋に飛び込んできた。
「皇帝陛下! 大事が起こりました!」
「おい。客人の前だぞ」
「はっ、す、すみませんっ。しかし、国の一大事が……!」
「申してみるがいい」
レティス皇帝の言葉に、飛び込んできた兵士はごくりとつばを飲み込んで、言った。
「ウェルリア王国の兵団が、レスティケイブの国境線を越えて、我が領土内に侵犯してきました。
奴らは我が国に宣戦布告を行い、戦争を仕掛けるようです!」
兵士の言葉に、僕とロイさん、ヒメリに、衝撃が走る。
予想できていたこととはいえ、本当に……。
その言葉に、レティス皇帝は凄絶な笑みを浮かべて言った。
「遅かったぐらいだな。もう少し早く挙兵するかと思っていたが。
近隣のイオニス共和国の協力はすでに取り付けてあったよな」
「はっ。イオニスは此度の戦争で、完全中立を唱えております。
どちらの軍勢にも手出しはしないかと」
「それで結構。では、我がエジンバラ皇国も、ウェルリア王国の熱烈なラブコールに応えることにしよう。
将兵を集めろ! ウェルリアを潰すぞ!」
「はっ!! 陛下、大陸の覇者になるという、悲願をご成就くださいませ!」
「無論、そのつもりだ」
そうして、ウェルリア王国 vs エジンバラ皇国 の。
大陸2強国家が覇権を争う、この世界の趨勢を揺るがす戦争が行われることになった。




