68話:最奥部へ
2日経った。
ヒメリが風邪から完全に復調したので、僕らはデミウス鉱山、最後に残されたルートの攻略を再開することにした。
「よし。準備はいいかな」
デミウス鉱山の坑道入口前で、装備や消耗品の最終点検を行いつつ言った。
僕の言葉に、ロイさんとヒメリの二人が頷く。
「じゃ、今日がデミウス鉱山最終日だ。最奥部で何が待ち受けているのか、どんな罠があってもいいように神経を研ぎすませてやっていこう」
「了解」
「分かりました」
「突入します。ゴー!」
掛け声をかけ、僕ら三人がデミウス鉱山の坑道内へと入っていく。
鬼が出るか蛇が出るか。
こうして鉱山の探索最終日が始まった。
突入と同時にロイさんとヒメリにもヘイストをかけ、行軍速度を上げる。
坑道内のルートは最終ルートを除いてすべてマッピングが終わっているので、杖の探知を頼って最短距離で最奥部目指して突き進む。
迷うことなく、ひたすらルートを進んでいった。
当然、道中は魔物による妨害があった。
「来ました。魔物の群れです。数は8」
「いつもどおり、速攻でやるぞ」
「了解!」
ロイさんに『リンクアタック』をかけ、エンカウントと同時に『サイレントクライ』を放ってスキルと魔法の妨害。
そして三つ同時に、『レイ』による敵前衛一列への火力斉射攻撃を行った。
虚空に浮かぶ光球から、物質を貫くような光線が幾重にも伸びていく。
魔物が閃光に貫かれて、何体かが深手を負った。
|魔法三重発動『トリプルスペル』のおかげあって、一度にこなせる処理量が抜群に向上していた。
魔物の群れは、
敵前衛:ミスリルゴーレム×3、
敵中衛:ラフレシア×2
敵後衛:ロックアーチャー×3
だった。
このうち『レイ』による前衛一列への先制攻撃によって、深手を負ったミスリルゴーレムは脅威から除外できる。
さすがに速度A、威力Aの高性能魔法。
非常に使い勝手がいい。
そこを『リンクアタック』がかかったロイさんが突撃し、ミスリルゴーレムの殲滅行為を行う。
ロイさんはミスリルゴーレムを羊皮紙紙かなにかの様にいとも容易く切り裂き、『リンクアタック』の追撃効果を利用して、一撃ずつ順番にターゲットを変えていくことで、防御に回る時間を減らしている。
その間にも、僕はラフレシアとロックアーチャーに向けて、『レイ』を放つ。
ラフレシアは人を喰う花の姿をした魔物で、猛毒にかかるスキル攻撃をするらしい。
が、あいにく『サイレントクライ』がよく刺さるし、『ウンディーネの加護』もつけておけばなにも怖いことなどない。
光系統中級魔法の『レイ』を使って、鋭い光線を放つ。
花の魔物の胴体に光線が突き刺さり、ラフレシアが悲鳴を上げながら消滅していった。
ただラフレシアだけに気を取られていてはよくない。
敵の後衛から、ロックアーチャーによる狙撃も放たれてくる。
岩石で作られた矢が戦場を滑空し、僕を狙って矢継ぎ早に飛んできた。
ふつうにステップを踏んで避けてもよかったが、新しく取得した魔法の動作確認も試したかったので、『水神の盾』を使うことにした。
『水神の盾』リアクトさせ、わざとロックアーチャーの弓矢を、自分の頭を貫かせる軌道で受ける。
弓矢が僕に突き刺さる瞬間、矢と僕のあいだに身体が水で作られた神が出現した。
その水神は大きな盾を手に持っていて、ロックアーチャーの致死性の攻撃を完全に防いだ。
弓矢を盾で受け切ると、水神はバシャン! という音を立てて崩れ落ちた。
「事前情報どおり、使えるな……」
致死性の攻撃を完全に防いだ、水神の盾が消え去る瞬間。
『レイ』を使ってロックアーチャーを攻撃した。
行動硬直を起こしていたロックアーチャーは、光線に身体を貫かれて倒れていく。
『水神の盾』の有用性は理解できた。
この魔法は日に使用制限が3回なので、そう頻繁には使えないし使いたくもないが、本当に致死性の攻撃を完全に防いでくれた。
これは、防御が薄い僕にとって、大きな進歩だった。
続けざまに『レイ』を放ち続け、敵後衛をなぎ払っていく。
後衛を一度に攻撃できるのは大きなメリットだった。
横一列への範囲攻撃魔法を取得して、僕もだいぶ殲滅力が上がった。
ロックアーチャーを『レイ』で殲滅し終える頃には、ロイさんが残ったラフレシアも片付ける。
戦闘は、いつもながら僕らの勝利で終わった。
「お疲れ様」
「です」
「はいっ。魔石拾ってきました」
「ありがとう、ヒメリ。問題ないようなら、サクサク行こうか」
「はい」
各自のねぎらいの言葉もそこそこに、僕らはダメージや疲労がない事を確認すると、デミウス鉱山の最奥部へと進んで行った。
◇ ◆
「それで皇都の工房ギルドで同期だったエミリーちゃんがこう言うんですよ! 『ヒメリって可哀想だね。何の才能もなくて、何をやらせてもダメ。あたし、ヒメリみたいにはなりたくない』って。ひどいと思いませんか!? なんでそんなこと言うんだろうって。あたし、その時、涙出そうになりましたもん」
デミウス鉱山の攻略道中。
最奥部目指して魔物を倒しながら、前に進むこと一刻。
攻略にも疲労を感じてきた僕らは、途中の作業部屋で休憩を挟み、僕はヒメリの過去の友人への愚痴を聞かされていた。
「で、あたしが『そんなことない。あたしだって頑張ってる』って反論したら、エミリーちゃんこう言うんですよ。『ヒメリみたいな子に、そんなこと言う資格ない』って! 傷つきますよ! もうあたしのメンタルはボロボロですよ!」
「そのエミリーちゃんって、本当に友達なの……?」
「うぅ……少なくとも、その時まではあたしは友達って信じていたんです……」
ヒメリは桜色に上気した頬を、落胆させながら言った。
彼女の交友関係に関しては、積年の恨みがあるのだろう。
掘れば掘るほど闇が深い。
「ルークさん。ルークさんは、あたしのこと、嫌いになったりしないですよね?」
「ならないけど……。なんだろうな、そういう好意の誓約を押し付けられると、男は引くかもな」
「えー。いいじゃないですかー。だってルークさん誰にでも優しいもん」
ヒメリは表情をコロコロ変える。
さっきまでは怒りや悲しみを表情に出していたのに、今では笑顔だ。
切り替えが早いというか、山の天気みたいというか。
「で、ルークさんの幼馴染のリリって子。どういう女なんです?」
コロコロと表情を変えるヒメリだったが、その発言をしたときは、視線でこちらを射抜くような鋭さを持っていた。
「どういう女って……。可愛い子だよ。真面目で、努力家で、性格が良くて。15歳の女の子が持てる輝きを、全部持ってるような子。たしかウェルリア王国では、いま騎士団に入っていて、聖女とか呼ばれてるんじゃなかったかな」
「うわ……なにその完璧超人。えー、ルークさんそんな女がいいんですかー?」
ヒメリが表情を引きつらせてそう言った。
「うん……、まぁそうだね」
「女って、なんでもできる完璧な女より、ちょっとダメで放っておけないぐらいが、可愛いと思いません?」
こないだの一件以来、ぐいぐい来るな。
心の中で苦笑しながら、答える。
「それでも、僕はリリが好きなんだよ。それにしても、だんだんヒメリの性格が分かるようになってきたね」
「どういうことですか」
眉をひそめて、ヒメリが僕に尋ねる。
「リリは、そういうこと言わないからね」
「はいはい、どーせあたしは性格悪いですよーだ」
「まぁそれも個性なんじゃないかな。いいと思うよ」
「出た、『いいと思うよ』。当たり障りのないセリフナンバーワン。あっ。きっとあれじゃないですか? あたしが劇団の主役女優級に可愛いから、みんなあたしに嫉妬してるんですよ!」
時が、凍った気がした。
「…………」
「…………」
なんとリアクションしていいか分からなかった。
「くっ……はははっ!」
そこへ、僕らの会話を隣のテーブルに腰掛けて聞いていたロイさんが、笑い声を漏らした。
「ロイ様? なんですか、その失笑は」
「いや……あまりに可笑しかったので、つい。失礼。へぇ、お前、劇団の主役女優を張れる女だったのか。初めて知ったな」
「いや……それは、物の弾みでというか、なんというか……」
「小娘。お前、ジョークのセンスあるんだな」
「ちょっとロイ様! それはいくらなんでもひどくないですか!?」
ヒメリの叫び声が、デミウス鉱山の中に響く。
なんだか、仲良くなったからだろうか。
彼女も丁寧で他人行儀な物腰の裏にある、ヒメリの本質的な部分が出てきているように思えた。
「さて。休憩も十分だし、出発しましょうか」
「そうしよう」
僕が提案し、ロイさんがさっと立ち上がりながら同意する。
「まだあたしの話は終わってません!」
「はいはい。遊びはこれで終わりで。探索中は注意散漫だと、死ぬからね」
「うー……絶対、二人ともあたしのことバカにしてる……!」
楽しい一時だった。
ずっと、こんな時が続けばいいのに。そう思う。




