64話:何か大きなものに
「どっ、どういうことなんですかっ!? なんで、あたしの名前が、この子の日記に……!」
ヒメリは驚愕に声音を震わせて日記の続きをめくるが、
「あっ、ダメだ……。この日記、ここで終わりですね……」
突如として訳の分からない日記に自分が登場して、ヒメリは困惑する。
「ヒメリ。日記を僕らにも見せてくれ」
「あっ、はい。もちろんです」
ヒメリから受け取った日記を全部読んでみたが、ヒメリが読み上げた最後の日を境に途切れてしまっていた。
僕とロイさんが顔を見合わせる。
「また、この一連の事件ですね」
「だな」
「ど、どういうことなんです?」
怪訝そうな顔で、ヒメリが首を傾げる。
「どこから説明するべきか……」
僕が沈黙し、鉱山の休憩所に静寂がおとずれた。
やがて時間を置いて、口を開く。
「考えられるのは、僕とロイさんが追っている案件に、ヒメリも巻き込まれたということだな」
「いったい何が起こって……?」
ヒメリは眉根を寄せて、そう尋ねてきた。
「ロイさん。ヒメリも当事者になってきました。今までの件、ヒメリにも話していいですよね」
「そうした方がいいだろうな」
ロイさんの言葉に頷き、僕はヒメリに語りだす。
1、レスティケイブの迷宮攻略をし始めてから、『ノアの箱船計画』、『ユメリア』、『ホロウグラフ』という三つのキーワードが、時折見え隠れするようになったこと。
2、ホロウグラフを追うユメリアは、どうも未来からこの時代に飛んできているらしきこと。
3、そして、今は離れ離れになったウェルリア王国騎士団に在籍するリリと僕の絆が、将来に結びつくらしきこと。
4、未来の世界では、僕とリリ、ユメリアが家族である可能性が濃厚なこと。
一連の案件を語る僕に、ヒメリは顔を蒼白にして傾聴していた。
「かいつまんで話すと、ざっとこんなところかな」
「裏でそんな事が起こってたんですね……。つまりユメリアちゃんは『ノアの箱舟計画』とやらを完成させるために、この時代に飛んできて『ホロウグラフ』という魔道具を探していると」
「そういうこと」
僕がしかりと頷き、ロイさんがこう補足する。
「日記から読み取れることは、ユメリアは“一度”ホロウグラフを手にしていた。しかし、それは壊れている状態で、正常な動作が行えなかった。だから、『おじさん』という人物が手を貸して、ヒメリに修理を依頼した」
ロイさんのあとを僕が継ぐ。
「しかし、ホロウグラフは未来では修理できなかったか、あるいはユメリアはホロウグラフを失った。だから、ユメリアはこの時代に時間跳躍してきて、ホロウグラフを探している……ですかね。最初にユメリアに会った時、彼女はこう言っていた」
――この時代のどこかに、ホロウグラフが存在することが確定しているのです
僕の推論に、ロイさんは頷いて続ける。
「おそらく、ホロウグラフの初出はこの時代なんだろうな」
ロイさんと僕が推論をぶつけあう。
「ま、待ってください。じゃあ、なんでホロウグラフと全然関係ないあたしが日記に出てくるんです? ホロウグラフなんて魔道具、今まで知りもしなかったですよ」
「本当に? もしかして、ヒメリがホロウグラフの作成者という線もあるんじゃないか? この日記で修理を担当しているということは、ヒメリが近い将来に作るとか」
「それはありえそうだな」
僕の推理に、ロイさんが頷いた。
「ホロウグラフって、すべての願いを一度だけ叶えるとされていて、それが『ノアの箱船計画』とやらに必要なんですよね? あたしにそんな大層な魔道具作れるとは思えないんですけど……」
ヒメリが戸惑いの色を表情に浮かべる。
「そこは分からないね、まだ。ただ、ヒメリも間違いなくこの件に絡んでいる。そしてヒメリと僕らが出会うそもそもの原因になったのは、レスティケイブの地下迷宮の5階層に通じる階段が封じられていたからだ。それは確実に人為的なアクシデントで、裏で誰かが僕らが出会うように仕組んでいた可能性が高い」
「うー……なんだか、訳が分からなすぎて、頭が痛くなってきました……」
ヒメリが頭を抱えて唸る。
「僕とロイさんも、同じ気持ちだよ。ここ最近は、ずっとこの案件に頭を悩まされている気がする」
一度言葉を切って、それから続ける。
「推測を重ねるのなら、この日記に出てくる『おじさん』と呼ばれている人は、ロイさんっぽいですね」
「あぁ、そして『おとうさん』はお前だろうな、ルーク。やはり、『ノアの箱舟計画』の発案者は、未来のルークらしい」
「さらに、『おかあさん』はリリで、未来リリは『ノアの箱船計画』に反対している」
少しずつ、未来の人間関係と世界のあらましが明らかになっていく気がする。
ロイさんは表情に苦い様子を滲ませて、こう口を開いた。
「……ルーク。これは、お前に言うべきかどうか、散々悩んだんだけどな」
「はい? なんですか、改まって」
僕がロイさんに向かって首をかしげる。
「お前がウェルリア王国から追放され、レスティケイブに落ちてきた時、俺が助けてやったよな」
「そうですね。死んでもおかしくない高度から突き落とされたのに、不思議と助かりました。そしてそれ以降、僕とロイさんは行動をともにするようになった」
「あれな、お前を助けて育ててやってくれって、ある人物に頼まれたんだよ」
「誰にですか?」
「リリ。お前が大好きな、幼馴染に」
「へぇ……」
今まで散々驚かされてきたから、そう言われても「あぁ、そうなんですか」と軽い気持ちで受け止めることができた。
というか、新事実のショックにも、もう慣れてきている。
「そのリリっていうのは、今、ウェルリア王国の騎士団にいるリリとは、別のリリなんですよね?」
「おそらく、そう思う。顔の作りは変わらなかったが、今のルークの同い年の女には見えない諦観を浮かべていた。何か人生に疲れたような、そんな顔をしていた。あれが未来から飛んできたリリなんだろうな」
「ふーむ…………」
僕が考え込んだので、再び場に沈黙が訪れた。
「な、なんだか、あたし怖くなってきましたよ……。自分が裏で操られてて、未来が決められているんじゃないかって……」
ヒメリが身体をぶるっと震わせた。
「そうだね。詳しいことは分からないけど……。でも、僕とロイさんとリリ、それから最近になってヒメリを含めた僕ら4人が、何か大きな《運命》のようなものに導かれている。そんな気がする」
この未来の終着点には、破滅が待ち受けている。
だからリリは未来から跳んできて、僕らを正しい道に誘導しようとしている?
詳しいことは断定できないが、なぜかそんな予感がした。