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63話:日記

 鉱山の攻略は、順調に進行していた。

 最終的には最奥部の採掘場を目指し、そこで特殊な鉱石を採掘することなのだが、物はついでなのでデミウス鉱山に巣食う魔物の根源を退治するのがひとまずの目標になっていた。


 坑道の分岐している一つ一つのルートを探索していき、その道中に出てくる魔物を倒しながら、デミウス鉱山の中にいくつかある採掘場を見て回る。

 だいぶ魔物を倒したので、また聖教会に行けば新しい魔法が覚えられそうだった。


「ふぅーん……ここって、コランダムまで採れるんですかぁ。いい採掘場ですね」


 攻略3ルート目の終着にあった採掘場で、ヒメリがしゃがみこんで鉱石を調べている。

 僕は彼女の護衛に付き従っていて、ロイさんは採掘場周辺の小部屋を調べている最中だった。


「コランダムってなんだ、ヒメリ?」

「ルビーやサファイアの鉱物名(こうぶつめい)って言ったら分かりやすいですかね」

「あぁ」


 手を打ち鳴らす。

 貴族たちがいつもジャラジャラさせている、あの有名で綺麗な宝石のことか。


「コランダムはダイヤモンドよりも硬度が下がりますし、ロイ様の剣のデレストグラムには遥か及ばないので、武器の素材とかには向いてないですが、見た目が美しいので贈答用として人気がありますね」


 ヒメリがバッグから採掘道具を取り出し、その場でサファイアの原石を採掘してみせた。

 彼女が手に掲げるそれは、薄紫色に光り輝く、美しい鉱石だった。


「綺麗だなぁ……」

「もしよかったら、あたしが加工して、ルークさんにあげますよ」


「ありがたい申し出ではあるけど、僕が宝石をもらってもしょうがないな」

「そうですか? 男性が指輪をつけるのは重いかもしれませんが、さりげなくサファイアのブレスレットなんか身につけていると、カッコよくないです?」


「うーん……あんまりオシャレに興味がないから」

「もったいないですねぇ。ルークさんがオシャレすれば最強だと思うんですけど」

「何が最強なんだか」


 ヒメリの話を笑い飛ばす。

 そんなやりとりを繰り返しながら、採掘場をくまなく見て回った。


 鉱石を掘り出す場所は、鉱夫たちが仕事で使っていたのだろう。

 ツルハシやトロッコが打ち捨てられたままで、放置された採掘場は荒廃した有り様だった。


「話が逸れたけど、この採掘場でもないみたいだね、魔物の発生源は」


 座って鉱脈を調査するヒメリに、僕が言った。


「ですね。採掘場へ通じるルートはもう3ルートほどありますけど、やっぱり最奥部の採掘場が一番怪しいですね。……それよりここ、なんだか空気が悪くないですか?」


 彼女が言うので、僕はすんすんと鼻をかいでみた。

 確かに、どこからともなく、刺激臭のような匂いが漂っている。


「魔物が出ていることもあって、人体に有毒なガスかもしれません。ルークさん、一応マスクしておいたほうがいいですよ」


 ヒメリがカバンの中から魔道具製のマスクを2個取り出し、1つは自分でつけて、もう1つをこちらに差し出してくる。


「あぁ、いや。僕は大丈夫。常時発動型魔法(パッシブスペル)で『ウンディーネの加護』という魔法をつければ、全ステータス異常を防いでくれるから」

「便利ですね」


 ヒメリが驚きに目を見開いた。

 

「いろんなことができるのが、魔法職の強みだね。さて……、このルートも空振りのようだし、周辺の探索に出ているロイさんと合流して、次のルートの探索に行こうか」

「そうですね……。けど、なんでこんな鉱山の中に魔物が突然出現しはじめたのか、あたしは未だに腑に落ちないんですよね」


 地面に転がる光り輝く鉱石を手で拾って、ヒメリが首をかしげる。


「それは、デミウス鉱山が優秀な鉱石が採掘できる場所だったから、魔物の縄張りになったんじゃないの? 実際、ここで出てくる魔物も岩石系の個体が多いし」


「えぇ、まぁ。鉱石を食べる魔物のエサ場として繁殖した。それはそうなんですけど。もともと皇国のお役所の方々がきちんと管理していた鉱山に、魔物が現れた根本の原因ってなんだったのかなーって思って」


 ヒメリは持って回った言い方をした。


「何が言いたい?」


「知ってます、ルークさん? このデミウス鉱山、1ヶ月ほど前に原因不明の大きな爆破事故があって、作業中だった鉱夫さんたちが、結構な数死んでるんですよ」

「おいおい……こんなところで怖い話はやめてくれよ」


 あたりが闇に包まれた暗い採掘場の中、僕が手に灯すライトの光だけが頼りのこんなところで言われれば、なお怖い。

 亡霊でも出るんじゃなかろうか。


 さいわいにして、周囲に死体が転がっているようなことはなかった。

 僕の心境をよそに、ヒメリは続ける。


「その爆破事故をきっかけに、魔物が鉱山に巣食うようになり、採掘活動ができなくなった。これ、明らかになんらかの意図があって爆破事故が起こり、それが魔物の繁殖と結びついていると思いません?」


「……優秀な探偵嬢ヒメリは、その爆破事故が人為的なものだったと?」


 それが、迷宮の5階層へ通じる道を封鎖した人物ど同一なのだろうか?


「それはまだ分からないです……。一応、あたしも事件の真相を調べようと思ってこの任務に臨んだんですけど、鉱山の実態は魔物が闊歩しているだけで、全然爆破事件の影とかないですし」


 採掘道具などが捨てられている他は、爆発事故の痕跡は、今のところ坑道に残されていなかった。

 撤去できる範囲での遺体や瓦礫の処理は、すでに優秀な皇国の役人たちがやっていたのだろう。


 ここまでの鉱山の道中は不気味な闇を抱えるだけで、ため息すら漆黒の向こうに吸い込まれていきそうなほど、虚無しかない。


「もしかして、まだ誰かこの鉱山にいたりして……?」


 ヒメリが自分で言って自分で体を震わせていた。


「ヒメリ。真相を探ろうとするのはいいけど、気にしすぎると、枯れ尾花すらも幽霊に思えるぞ」

「まぁそうなんですけど」


 ヒメリはよっこいしょ、と立ち上がる。


「このルートも空振りでしたし、ロイ様と合流してこのルートの分岐ポイントまで戻りましょうか」

「そうしよう」


 僕とヒメリは何もなかった採掘場を後にした。


 

 ◆ ◆



 坑道の壁や天井を戦闘時に壊さないように、使用魔法の選択に気をつけながら探索を進めていく。


 雷系統聖級魔法の『スリヴァーシュトローム』は僕の主力だし強力な魔法であるのだけど、間違って壁や天井にぶつかった時に被害が大きいので、使うにしても狙いを定め、いざという時以外は使用を控えた。


 そして土系統の妨害魔法である『アースシェイク』も、使用時に天井や側壁にヒビが入っていたので、多用は厳禁と自分に戒める。


 できるだけ坑道に被害の少ない魔法で戦闘を組み立てて、魔物を撃破していった。


 ここで主力になるのは、『速さよし、威力もそこそこ、いつも頼れる万能の攻撃魔法・サンダーランス』と、新しく覚えた光系統中級魔法の『レイ』だった。


 そうして新たな経路を探索し、二刻ほど経った頃合いだろうか。


「おや……ここは」


 坑道の先に進めば、開けた場所に出る。

 鉱山の中にぽっかりと空いた大きなドーム状の空間があった。


 そこには木のテーブルや椅子が備え付けられてあり、簡易ベッドもあって休める場所となっている。

 鉱石が山のように積まれた荷車もあった。


「これは鉱夫たちが仕事の合間に休む、休憩所ですね。いったん、ここで休みましょうか」

「うん、分かった」


 ヒメリがそう提案するので、僕は頷いた。

 休憩所にて、各々が体を休める。


 ロイさんはバックパックから携帯食を出して、それを頬張りエネルギーの補給を行っている。

 僕は足が疲れたので椅子に腰を下ろして、水筒から水を飲んで一息つく。


 ヒメリも僕の前の椅子に腰掛け、ホコリをかぶったテーブルの上に背嚢(はいのう)を置いて休んでいた。


「はぁー……疲れましたねぇ……」

「我らがプリンセス・ヒメリ嬢がお疲れのようですよ、ロイさん。今日はそろそろ帰還しますか?」


 冒険者でもないヒメリは、ここまでついてくるだけで疲労が溜まっているのだろう。

 僕がロイさんにそう提案した。


「ルークのマッピングでは、デミウス鉱山の未踏破部分は何割ほどある?」

「主線から枝分かれした経路は、これが最終ルートです。残るは大本命の、採掘場の最奥部につながるルートだけですね」


「今日はこのルートを最後まで探索し終えて、本命を前にして一度1日休養を挟んで、英気を十分に養ってから再アタックするか」

「そうしましょう。焦る必要はないです。ヒメリもそれでいいよな?」


 僕に話題を向けられ、机の上の背嚢(はいのう)に顔を預けていたヒメリが、ピクリと反応する。


「あ、はい。あたしもそろそろ最奥部まで行って、依頼されてる鉱石を採掘しておかないと、工房ギルドに怒られますし」

「じゃあ休憩のちに、このルートを最後まで探索し、それから戻って1日休みという形で」


「あぁ」

「了解でーす」


 ロイさんとヒメリが手を挙げて応える。

 しばらくそのまま休憩所で休んでいたが、やることがなくなったのか、ロイさんが周辺を探り出した。


 休憩所には鉄製のロッカーのようなものがあって、そこにツルハシやロープ、安全帽などの鉱夫たちの採掘道具が入っている。


 それらを一つ一つ確かめていたロイさんだったが、妙なものを見つけたらしい。

 声をあげた。


「なんだ、これ?」


 ロイさんが手に掲げるのは、羊皮紙が綴じられた本だった。

 彼が表紙をめくり、中を読む。


「書籍……? いや、これは日記だな」

「日記? こんなところに?」

「鉱夫の方が、採掘日記でもつけてたんですかねー?」


 僕が首をかしげ、ヒメリがロイさんに問うた。

 しかし、彼は首を振った。


「いや……これはまったく別の人物が書いた日記だな……。少し読み上げてみる」



『大陸歴××年 ××ノ月 第五日目』


 今日もお空はどんよりもようだった。

 灰色の雲におおわれて、死の雨がふりつづけているわ。

 もうずっとこう。とっくに人間いがいの生物は死にたえてしまった。

 人間も、魔法しょうへきの中いがいでは生きていけない。


 おとうさんが言ってたことを思い出す。


 ――この世界は、ほろんでいく運命にあるんだ。

 ――私たちが、この世界をすくうんだ、と。


 計画をはやく完成させなくては。

 終わりのときは、かくじつにちかづいていた。



「は……? なんなんです、その日記? 誰かの妄想小説ですか?」


 僕が表情にはてなマークを浮かべる。

 内容がいまいちよく分からない。

 小説か童話のメモ書きでもしていたのだろうか。


「いや、俺にも分からない。なんだこれ、異様に重苦しい雰囲気で綴られているな……」


 続けてロイさんはこう読み上げた。



『大陸歴××年 ××ノ月 第九日目』


 今日もあいつとケンカした。

 わたしの言うことに、いちいち口をだして、文句をつけてくる。

 

 ――そんなことをしては、皆が困るのよ。ねぇ、もう一度よく考えて。そんなものを追っても、あなたのお父さんは帰ってこないの。


 うるさい。うるさい。うるさい。

 何さまのつもりだ。

 ちょっと金髪のショートカットと蒼色の瞳が綺麗で、周りの男たちみんなから愛されてるからって。

 母親だからって、いい気になるな。


 わたしもお前の言うとおりになると思ったら、おおまちがいだ。

 わたしは、お父さんが残したあの計画を、ぜったいに完成させるんだ。


 

「……女の子の日記、ですか? 誰が書いているんです、それ?」

「いや、分からないな。表紙には名前も書いてないし、作中でも固有名詞が極力排除された構成になっている。文体から判断するに、知能の非常に高い少女ということは分かるが……。ともかく、訳の分からない文章を読むのも面倒だし、もう捨てる」


「あ。あたし、人の日記読むの好きなんですよー。ロイ様が読まないのなら、あたしに読ませてください」


 ヒメリがそう言ってロイさんに近づき、その手から羊皮紙の日記を譲り受けた。

 ヒメリはワクワク顔でその日記を読み始める。


「一部読み上げた俺が言うのもなんだが、他人の訳の分からない私情を覗いて何が面白いんだ? 悪趣味な女だな……」


 ロイさんが吐き捨てた。

 ヒメリは顔を真っ赤にして、ブンブンと頭を横に振った。


「ちっ、ちがっ! そういうんじゃなくて! え、だって日記ですよ? 人には言えない自分の心境がたくさん書かれてるんですよ? ルークさん、他人の日記読むの楽しいですよね!?」


「なんで僕に振るかな……。僕もそういうのはどっちでもいい派かな……」

「えぇー……」


 ヒメリはしょんぼりしながらも、目を爛々(らんらん)と光らせて知りもしない他人の日記を読み始めた。

 しばらく彼女は無言で文章を追っていて、僕とロイさんは呆れた様子でヒメリが読書に(ふけ)る光景を眺める。


「……なんだか日記内の状況がよく飲み込めないですけど、ロイ様の言ってたとおり、本当に重苦しい内容ですね」

「何が書いてあるんだい?」


「ルークさんは他人の日記が気にならない派じゃなかったですかねー? 教えてあげませーん」

「こいつ……」


 僕は若干イラッとしながらも、前言撤回するほど気にはならないので、ヒメリが「へー。ふーん。ほー」と日記を読み進めるのを黙って見ていた。


「あ。またでてきた。この『わたしのおとうさんは、世界最高の魔導師なのだ。とってもそんけーしていて、頼りになるおとうさん』って表現が。この日記を書いてた人は、よほどお父さんが好きだったんでしょうね」


 その時、落雷に打たれた気がした。

 世界、最高の、魔導師……?


 どこかで、誰かに。同じフレーズを言われなかったか……?


「でも、日記に出てくるこのお父さん。もう死んじゃってるみたいなんですよねー。たぶん日記を書いてる子は、まだ幼い女の子っぽいですね。かわいそうに……、パパをとても尊敬してたんですね」


 ヒメリが勝手に涙ぐみながら、ページをめくって続きを読む。


「ここにも『おとうさんが大好き』って表現が、へー、よっぽど好きだったんだなぁ……、

 …………――えっ!?」


 ヒメリはそう言ってから、日記のある一点を見つめたまま硬直し、悲鳴を上げた。


「どうした。何が書いてあったんだ、ヒメリ?」

「え、えっと……」


 僕がたずねると、ヒメリは声音を震えさせながら、日記のある一文を読み上げる。




『大陸歴××年 ××ノ月 第十四日目』


 おじさんが知らない女を連れてきた。わたしに会わせたいのだと言う。


 こっちはおとうさんのノアの箱舟計画を完成するためにそれどころではないのだけど、たくさんお世話になっているおじさんの紹介だからしょうがない。


 その女はわたしの研究室に入ってくるなり、笑顔をふりまいてこう言った。



『――こんにちは、ユメリアちゃん。私はヒメリです。貴女が持つ、ホロウグラフを修理しに来ました』



 僕とロイさんが息を呑み、ヒメリの持つ日記を凝視した。

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【クリックで先行連載のアルファポリス様に飛びます】使えないと馬鹿にされてた俺が、実は転生者の古代魔法で最強だった
あらすじ
冒険者の主人公・ウェイドは、せっかく苦心して入ったSランクパーティーを解雇され、失意の日々を送っていた。
しかし、あることがきっかけで彼は自分が古代からの転生者である記憶を思い出す。

前世の記憶と古代魔法・古代スキルを取り戻したウェイドは、現代の魔法やスキルは劣化したもので、古代魔法には到底敵わないものであることを悟る。

ウェイドは現代では最強の力である、古代魔法を手にした。
この力で、ウェイドは冒険者の頂点の道を歩み始める……。
+注意+

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