61話:なんとなくを、昇華させる
坑道内でも安全に使える単体火力魔法を覚えるために、坑道の探索をいったん切り上げて鉱山街へと戻ってきた。
デミウス鉱山が魔物の巣窟となってから鉱山街は活気を失ったのか、すっかりと寂れている。
ロイさんとヒメリが宿泊宿の手配に向かい、僕は二人と別れて聖教会の扉を叩いた。
聖教会の造りはどこの街の教会でも同じだった。
採光窓から光が差し込み、採光窓に取り付けられたステンドグラスが七色の光を教会内を照らす。
神父と信者たちが、無言で神に祈祷を捧げている。
邪魔するのも悪いかと思ったが、こちらも寄付を払って魔法を覚えさせてもらうのだ。
定期的に銀貨を落としてくれる冒険者の存在は、聖教会にとってもありがたいと思われる。
僕は静寂を破って、神父の人に声をかけた。
「こんにちは、神父さん。成長の儀をお願いできますか」
「冒険者か、珍しいな」
「デミウス鉱山の魔物退治にやってきました」
「あぁ……それは助かるね。鉱山街の皆も採掘できなくて、収入が途絶えて困っていたところなんだ」
信者たちの中には、デミウス鉱山が封鎖され収益が出なくなった鉱夫の妻もいる。
そういう人は一刻も早く鉱山を元通りにして、普通の生活に戻りたいと、神に祈りを捧げているのだそうな。
「僕らにできる、全力を尽くします」
「そうだね。そうしてくれると、鉱山街の皆が喜ぶ。それにしても君のような歳の冒険者が、皇国の頭を悩ませていた問題を解決にしに来るとはなぁ……」
神父は僕をまじまじと見ると、呆れまじりに言った。
「僕では経験が足りなくて、不安ですか?」
「いや、その逆だ。君のような歳で冒険者としていっぱしに生きていて、大したものだと思っていたんだよ」
「運に恵まれたんですよ」
僕は自嘲するように笑ったが、彼は真剣な顔で首を振った。
「冒険者で食べていくと決めて、どれほどの人がそこまでたどり着けることか。
運や才能ももちろんあったと思うけど、君の努力と工夫があったからだよ」
その言葉に、心臓を射抜かれる思いだった。
思わず照れくさくなり、苦笑して僕は言った。
「成長の儀を、始めてもらえますか」
「承知した」
神父が水晶を祭壇の下から取り出し、成長の儀を行う。
水晶に、新しく覚えていける魔法が浮かび上がる。
◇ ◆
【ルーク 取得可能魔法・スキル一覧】
<新規取得可能魔法>
無系統上級魔法 リンクアドバンスド
威力B 攻撃速度C 消費魔力B
(※常時発動型魔法 リンク系の魔法性能を全体的に向上させます)
<新規取得可能スキル>
上級魔導師固有スキル 魔法三重発動
<前回までに取得可能な魔法>
ファイアバレット
ファイアランス
フレア
ウォーターバレット
ヒール
キュア
アイスカーテン
ウォーターデコイ
サンドボール
サンダースネーク
ライゼスホーン
ウィンドボール
ウィンドショット
レイ
スタンプショット
取得可能数 1
◇ ◆
さすがにゴブリンのような低級の魔物しか相手にしていなかったから、まだレベルは上がっていないようだ。
新規取得魔法は以前『リンクアタック』を取った時に残していた、1つしかない。
「リンクアドバンスドを取って、ロイさんの支援を強化するってのもありだけど……、まぁここはデミウス鉱山探索に効果のある光系統の『レイ』を取得しようかな」
「決まったかね?」
「はい。レイをお願いします」
レイは以前から取得できる魔法だったが、取らずにいた。
この魔法の性能は、こうだ。
◇ ◆
光系統中級魔法 レイ
威力A 攻撃速度A 消費魔力S
(※範囲攻撃魔法:速度と火力を両立させた、鋭い閃光を放つ魔法。横一列の敵を同時に攻撃できます)
◇ ◆
消費魔力はさすがに最高クラスだが、火力と速度を両立できる光系統を覚えられることは大きい。
これからの主力となってくれるだろう。
レイを覚えた僕は、神父さんにお礼を述べて、聖教会を後にした。
◆
聖教会で魔法を覚えてから宿に戻った僕を見ると、ロイさんが横たわっていたベッドから身体を起こした。
「戻りました」
「おぉ。いいところに帰ってきた、お前にこれをやろうと思ってな」
ロイさんが僕に差し出してきたのは、羊皮紙の本だった。
「なんですか、これ? ……戦術書?」
羊皮紙の書籍の表紙には、『戦術の研究 ――戦場における戦型の指揮と実践』という言葉が書かれていた。
僕の疑問にこくりと頷き、ロイさんは続ける。
「さっき小娘と古魔導書店や雑貨店を巡っていた時に見つけたんだがな、良さそうだったから買っておいた。ルークは読んでおいたほうがいい」
「はぁ」
パラパラとめくると、古い羊皮紙の本は経年劣化して端が破れていたりした。
内容は、いかに戦闘で効率的に勝利を上げるかという、戦術の知識が羅列してあった。
「でも、なんで今さら僕に本を読め、と?」
「お前、最近の戦闘は、『なんとなく』でやってるだろ」
ロイさんの言葉に、胸がドキッとする思いだった。
戦闘経験を積むにつれ、新しい強力な魔法を覚えるにつれて、確かに戦闘時の思考や創意工夫が減っていた事は事実だった。
「坑道内のゴブリン戦でも初手に『サイレントクライ』を撃っておけば、敵の魔法やスキルを封じて、もっとスムーズに倒せただろうにな」
「すみません……。失念していました」
理にかなった指摘をされて、意気消沈する。
ロイさんは苦笑して首を振った。
「別に批判してるわけじゃない。ただ、調子の良い時に感じる『なんとなく』に頼っていると、いざ調子を崩した時、どう立て直していいのかが分からなくなる。『なんとなく』で戦うタイプは、感覚や感性を頼りにしているからな」
「理解できます」
僕が言うと、彼は頷いて続けた。
「そうではなく、調子の良い時に感じる『閃き』を、戦闘経験や戦術理論の研究によって、より精度の高い『戦闘判断力』へと昇華させていく。才能や自分の頭で考えるだけでなく、ルークはきちんとした戦闘史の前例を学ぶべき時に来ていると、俺は思う」
「たしかに……独学では限界が来ていますね」
火力でゴリ押しの戦いだけはやめようと思っていたが、実際に高火力魔法があるとそれに頼ってしまうことが多い。
もう少し、戦闘における攻めパターンを増やしたほうがいい。
ロイさんの言うことはもっともだと思った。
だから素直にアドバイスとして実践してみることにする。
とにかく、魔物のエンカウントと同時に、『サイレントクライ』を打つ。
これは徹底しようと思った。そうすれば、無駄な被弾がだいぶ減るだろう。
「この本はありがたく読ませてもらいます」
「礼はいいぞ。小娘のポケットマネーから出したからな」
「えっ、そうなんですか? これ、ヒメリが買ってくれたんです?」
「工房ギルドにこの任務中の軍資金を持たされているらしい。今頃、宿屋の隣の部屋で財布の中身を数えて泣いてるんじゃないか? 本を買う時に『これはルークが強くなるための必要経費』だと言ったら、泣きそうになりながら払っていた」
「鬼畜ですかあなたは……。彼女をいじめてあげないでくださいよ……。言ってくれれば僕が自分で買ったのに」
「あいつも、自分なりに何ができるか。考え始めているんだよ、お前の姿を見てな」
ロイさんは笑い飛ばしながらベッドから立ち上がって、部屋から出ていった。




