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60話:褒められたいからじゃない

 デミウス鉱山の坑道に入り、松明の炎に照らされた坑道を杖によるマッピングをしながら歩いていく。

 すると、やがて魔物が出現した。

 等間隔で設置された松明の灯り向こうから、ゴブリンの軍勢が現れた。


「ギィィー!!」

「ひぃっ……!」


 魔物の登場に、僕の後ろでヒメリが恐怖に息を呑む音がした。


「来たぞ、ルーク!」

「分かっています。敵の戦力構成は……」


 僕が魔物のパーティー構成を確認すると、敵は緑色の子鬼・ゴブリンずくしのパーティーだった。


「これ全部ゴブリンですか!?」

「いや、前衛にノーマル、中衛に魔法職のキャストゴブリン、後衛に指揮官のリーダーゴブリンだな」


 敵前衛 ゴブリン×5

  中衛 キャストゴブリン×2

  後衛 リーダーゴブリン×1


 ロイさんが要点を教えてくれたので、僕はすぐさま戦闘の戦術計画を構築する。


 この中で脅威となる得るのは、キャストゴブリンとリーダーゴブリンだ。

 ノーマルは恐れるに足らない。


 戦術の鉄則だが、指揮官をまず倒す。


「では、まず指揮官のリーダーゴブリンを仕留めましょう! キャストゴブリンはともかく、ノーマルは僕らの敵じゃないです。僕が魔法による火力支援を行うので、突っ込んでください!」

「了解した」


 ロイさんがデレストグラムで作られているという、青白く光り輝く剣を抜き、突撃を仕掛ける。

 彼の背中を援護するために、無系統の中級魔法『リンクアタック』をかけた。


 『リンクアタック』は物理攻撃に連携して魔法の追加攻撃を与えるアシスト系の魔法で、その魔法ダメージ自体よりもロイさんの行動の隙を無くすことで有用な魔法だった。


 ロイさんに『リンクアタック』をかけると、彼は一度だけ頷いてみせた。


 そして続けて、彼の背中を援護するために、僕はしばらく使っていなかった火系統中級の範囲攻撃魔法『バーングラウンド』を、前衛のノーマルゴブリンの戦列に向けて放とうとした。


 ……が、その時、魔導ローブが引っ張られて、頭の中での魔法構築作業が中断させられた。

 何が起こったのかと思って驚き振り返ってみれば、ヒメリが不安そうな顔で僕の魔導ローブを掴んでいる。


 彼女に魔導ローブを引っ張られたことによって、結果としてロイさんの突撃を援護できなくなってしまった。

 ロイさんは前衛のゴブリンに突撃を阻まれ、矢のように降ってくる魔法攻撃と物理攻撃に、回避運動へ専念させられていた。


「なんだ、ヒメリ!?」


 戦闘を邪魔された思いで、少し苛立った声が出た。


「あ……あのっ、あ、あたしは、何をすれば……!」


「邪魔さえしなければ、何もしなくていい! 僕が魔物の射線を切るから、後衛でじっとしてろ!」

「あ……す、すみません……」


 しゅん……、と目に見える形でヒメリが落ち込んだが、戦闘中はそんな事に構っていられなかった。

 気を取り直してロイさんの援護をする。

 

 敵前衛と中衛を含めて、前線は混戦状態になっていた。

 ここでバーングラウンドを使ってしまうと、味方への誤射になりかねない。


 坑道内の戦闘の構想どおりに、僕はサンダーランスによる単体攻撃の援護に徹することにした。

 雷の槍を作り出し、ロイさんを囲い込もうとするゴブリンに投擲(とうてき)する。


 虚空を切り裂くようにして飛んでいく雷槍が、ゴブリンに届こうとした時。

 リーダーゴブリンが鈍い声音を発した。


「ギィッ!」


 リーダーゴブリンの発声によって、敵中衛のキャストゴブリンが連携を取る。

 キャストゴブリンは魔法を詠唱し、氷の壁を張り巡らせた。


 サンダーランスが氷の障壁にぶつかり、防がれる。


「本当にあいつが指揮統率しているのか……!」


 優秀な指揮官のいる部隊は、戦力が何倍にも向上する。

 ただのゴブリン集団だと侮るわけにはいかなかった。


 リーダーゴブリンは僕の魔法を脅威と判断したのか、続けてキャストゴブリン2体に指揮を飛ばし、僕に狙いを定めてくる。

 キャストゴブリンが火系統の初級魔法『ファイアボール』を僕に向けて放ってきた。


 前衛で戦うロイさんとゴブリン5体の頭上を、火球が飛んでくる。

 お互いの前衛を飛び越えて、火球が僕へと殺到してきた。


 それを、僕はとっさに『ウォーターウォール』で水の障壁を張ることによって被弾を防いだ。

 水の壁に火球がぶつかり、ジュワアッ……という音がして蒸気へ変わっていった。


 魔法職の戦いは、お互いの前衛を飛び越えて行われる、中距離の魔法戦の模様を(てい)していた。


 敵の前衛はロイさんに任せておけば問題ない。

 『リンクアタック』で魔物に後退硬直を起こさせる効果もあって、ロイさんは回避ステップを踏む回数が減って、雑魚敵の殲滅速度が上がっている。

 見れば、すでにゴブリンを残り2体にしていたところだった。


 ならば、僕の仕事は中距離の魔法戦を制することだ。

 中距離の領域は、魔法職の僕にとっての主戦場である。

 ここで負けるわけにはいかない。


 地形の制限によって、スリヴァーシュトロームは使えない。

 正確には使えるが、天井や壁に誤爆してどんな作用が起こるか分からない。


「チッ……サンダーランスで氷の障壁を突破するには、火力が不足しているな……」


 やはり自分でも、火力に優れた火系統の上級~聖級魔法か、それか火力と速度を両立できる光系統の上位魔法を覚えるべきかもしれない。


 ならばこの局面を打開するためにも、まずはロイさんと連携して敵の前衛を速やかに殲滅した上で、敵の中衛と後衛を突破すべきか。

 そう思っていたら、リーダーゴブリンは次の行動に出た。


「ピギィー!」


 魔物の鈍い声が戦場に響き、ゴブリンたちは機動を始める。

 こちらの後衛にいるヒメリが、パーティーの弱点になっているのを察したのか、リーダーゴブリンがキャストゴブリンへ指揮し、キャストゴブリンが両翼から自軍後衛に向かって突破してくる形で機動し始めた。


「えっ、えっ……!?」


 魔物に自分が狙われていることを悟ったヒメリは、恐怖に身体を震わせている。

 ゴブリンの圧力を間近で感じたからか、彼女は腰が砕けてその場にへたりこんだ。


「大丈夫だ、ヒメリは僕が守る! 僕の背後から出るなよ」

「はぃ……」


 前衛の戦いの横をすり抜けて、キャストゴブリンたちがヒメリめがけて襲いかかってきた。

 だが、僕が身体で彼女の盾にになり、それを許さなかった。


 こうなっては、地形を破壊しない程度に全力を出すしかない。


 使用したのは、雷系統の上級魔法。

 虚空に雷の球体が浮かび上がり、そこから雷鞭が叩き落される魔法――『ライジングスパーク』。


 『スリヴァーシュトローム』を取得して以来、長いこと使っていなかった魔法だが、上級魔法だけあって十分戦力になる。

 戦場の両翼から突破機動を図ってくるキャストゴブリンに、上空から雷の鞭が叩き落された。


「ギィッ!」

「ギュィィ!」


 魔法による障壁を張り巡らせる前に、雷鞭が魔物の身体を打った。

 醜い悲鳴を上げながら、キャストゴブリンたちが消滅していく。


『ライジングスパーク』で一気にキャストゴブリン2体を倒し、前衛を見ればノーマルゴブリンも殲滅し終わっていた。

 後に残されたのは、指揮する兵隊を失った裸の王様、リーダーゴブリンだけだった。


 指揮官らしく、自分の命の価値を分かっているのか、リーダーゴブリンは戦場から逃げようとしたが、ロイさんが神速のステップで踏み込むと、その首を一刀両断した。


「お疲れ。問題なく終わったな」

「お疲れ様です」


 全魔物を倒しきり、戦闘が終わって、ロイさんと労い合う。


「この戦闘で、課題が見つかりました」

「何だ?」


 僕が魔石を拾いながら言うと、ロイさんが首を傾げる。


「スリヴァーシュトロームのような範囲魔法が制限されて使えない時に、微範囲か単体攻撃魔法でもいいので、火力のある魔法を覚えなければ、魔法職の魔物との中距離の魔法戦では負けますね」

「ふむ……。一度、鉱山街の聖教会に戻って、態勢を立て直してもいいが?」


「うーん、致命的なまでに戦えないってわけじゃないので、デミウス鉱山の攻略速度を遅らせるのもなんだかなぁ……という気が」

「騙し騙しやっていると、いつか痛い目に遭うぞ。課題は今のうちに解決しておいたほうがいい」


「そうですね。一度、聖教会に行って、課題を解決する魔法を覚えるのもいいですね。ただ、戦闘一回しただけでそのまま引き上げるのも収穫が薄いですから、分岐路のマッピングをやりながら帰りましょうか」


「そうしよう」


 ロイさんが頷く。


「……ヒメリ、そういうわけで悪いんだけど、マッピングしながら一度鉱山街に戻ってもいいかな?」


 後衛を振り返ってヒメリに言うと、彼女は放心したように呆然としていた。


「ヒメリ?」

「えっ……あ、ひゃいっ!? なんですか!?」


「いや……何をボーっとしているんだろうと思って。話、聞いてた?」

「き、聞いてました! 後衛のあたしは、戦闘の邪魔にならないように、隅っこに丸まってろって。ルークさんが守ってくれるからって」


「いや、一部そんなこと言ってないし。そもそも戦闘が始まった直後のことだし、それ」


 僕は苦笑しながら、ヒメリに言った。


「ロイさん、ヒメリも初の実戦で、気が動転しているようです。一度、態勢を立て直すために引き上げましょう」

「了解した」


 迷宮やダンジョンの探索の鉄則は、決して無理をしないことだ。

 僕らは一度、鉱山の探索を一度切り上げることにした。



 ◇ ◆


 デミウス鉱山でゴブリンの群れと出会って、始めて前線で戦うとはどういうことなのか、あたしは理解した。


 怖い。

 魔物と戦うのって、すごく怖い。


 荷馬車で街道を走り、安全な荷台の上から魔物との戦いを見ていた時では、分からなかった恐怖。


 魔物が身近に迫り、襲い掛かってくるんだという圧迫感が、たまらなく怖かった。

 だから、思わず戦闘が始まった時、ルークさんのローブを引っ張って邪魔してしまった。


 ――あ……あのっ、あ、あたしは、何をすれば……!

 ――邪魔さえしなければ、何もしなくていい! 僕が魔物の射線を切るから、後衛でじっとしてろ!

 

 普段は温厚なルークさんが、厳しく冷徹に叫ぶその言葉も、言われた直後はショックだった。

 けど、一瞬の油断が命取りになる戦闘では、それが当たり前のことなんだと今は理解した。


 冒険者って……こんなに怖い仕事なんだ……。

 ダンジョンと呼ばれるところに初めて入って、あたしはそれを理解した。


 初戦の帰り道。しょぼんとした様子で後衛を歩くあたしに、ルークさんは再々優しい言葉をかけてくれた。


 ――ヒメリ、大丈夫か? 後衛を歩いていて後ろから襲われるのが怖かったら、僕とロイさんに挟まれて歩くか? と。


 厳しい一面を見た後に、その優しさを見ると、彼の長所が際立って見えた。


 冒険者という仕事は、魔法を駆使して魔物と戦って、稼いだお金で豪遊して。

 どれだけ派手できらびやかな仕事なんだろう。


 浅はかな自分は、今までそう思っていた。


 でも、実態は違う。

 魔物と戦う恐怖があるし、命を賭けて、神経をすり減らす仕事だ。


 好きなことをしていて、楽しい。

 そんなレベルの仕事じゃなかった。


 命を対価に、ほんのわずかな栄誉を手に入れる。


 常人じゃない。

 並の神経じゃ、こんなことはできない。


 あたしがはたらしている工房ギルドの仕事はいつもキツイと思っていて、不満たらたらだったけど、冒険者はその倍の労苦がある。

 だから思わず、デミウス鉱山から引き上げる帰り道に、無神経な言葉で聞いてしまった。

 

「あ、あの……ルークさん」

「ん?」


 優しい声音が、振り返る。


「こんな……こんな薄暗いところに潜って、醜い魔物に襲われて、二人だけで命の危険を犯して戦って。

 たとえ魔物との戦いに勝っても、誰からも褒めてもらえないのに、それなのに、どうしてルークさんたちは毎回こんなことができるんですか?」


 彼は、柔和な笑顔とともに言った。


「誰かに褒めてもらいたくて、戦っているわけじゃない」


 それは、透徹(とうてつ)した輝きを放つ言葉だった。

 優しげな表情から語られる言葉が、坑道の大気に震えて消えていく。


「冒険者の世界は、実力だけがすべてだ。

 頼れるものは、自分の腕っ節しかない。

 甘えは許されない。

 だから、他人がどうこうじゃない。

 冒険者は、己との戦いだ」


 結果がすべてなのだ、と。彼は言った。

 それは、なんて孤独な道なんだろう。


 実力で仕事をこなして、成果を出すしかない。

 結果を出せなければ、冒険者はそれが死に直結する。


 だからこそ、冒険者という人種は、己の強さを探求しつづける。

 最強を目指して、果てしない階段を駆け上がる。


 迷宮に潜り、実力だけで食べていくと決めて、一体何人の人がその領域までたどり着けるのだろう。

 才能や運もそうだけど、努力と工夫があったからに違いない。


 すごすぎる。

 工房ギルドで先輩の女性技師に嫌われて落ち込んでいるあたしなんかでは、到底真似できない。


 そう思った。


 あたしは……なんなんだろう……。

 冒険者に憧れ、才能がないと諦めて、工房ギルドの見習いになって。


 必死で頑張っているつもりだった。

 懸命に生きているつもりだった。


 でも、あたしはただ、誰かにこう言ってほしかっただけなのかもしれない。


 ――ヒメリも頑張ってるんだね。すごいね、偉いよ。ヒメリは間違ってない。


 そう、褒めてほしかった。

 自分の存在を、認めてほしかった。


 それは年端もいかぬ少女が抱きがちな、甘えた価値観だったのかもしれない。


 でも、ルークさんやロイ様は違う。

 そんなに年齢も変わらないのに、誰に強制されたわけでもないのに、孤独なダンジョンに潜って命と神経をすり減らす。


 冒険者は己との戦いだ、ルークさんはそう言った。

 求道者のように自分を追い込んで、ひたすら高みを目指す。


 ただ、自分がそうしたいから。

 そうすることでしか、自分を表現できないから。


 そんな彼らの精神性を、美しいと思った。


 今、この時、はっきりと知覚した。

 あたしは、冒険者という人種を尊敬している。


「ルークさん……」

「ん?」


「あの……あたしなんかがこういう事、おこがましいっていうか、言うべきではないと思っているんですけど……」

「なんだい、あらたまって」


「冒険者って、すごいんだなって思いました。

 あなたと出会えたことを、誇りに思います。

 ……それだけです」


 きょとんとした彼の顔が、愛おしく思えた。

本作が書籍化されます。


作品名:最下位職から最強まで成り上がる~地道な努力はチートでした~

著者:上谷圭

イラストレーター:桑島黎音 様

レーベル:ガガガブックス(『ガガガ文庫』の小学館が創刊する四六判の新レーベルです)

発売日:5月18日


書籍版では何回も書き直して、新イベント、新展開、新キャラなど、新しい要素盛りだくさんです。

新レーベルの創刊ラインナップということですので、なにとぞ読者の皆様の応援を賜わりたく思います。

発売された日には、ぜひともよろしくお願い致します。

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【クリックで先行連載のアルファポリス様に飛びます】使えないと馬鹿にされてた俺が、実は転生者の古代魔法で最強だった
あらすじ
冒険者の主人公・ウェイドは、せっかく苦心して入ったSランクパーティーを解雇され、失意の日々を送っていた。
しかし、あることがきっかけで彼は自分が古代からの転生者である記憶を思い出す。

前世の記憶と古代魔法・古代スキルを取り戻したウェイドは、現代の魔法やスキルは劣化したもので、古代魔法には到底敵わないものであることを悟る。

ウェイドは現代では最強の力である、古代魔法を手にした。
この力で、ウェイドは冒険者の頂点の道を歩み始める……。
+注意+

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