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58話:その選択に、正義はあるか

 丘の上にある皇宮へ赴くと、すでに警備兵に話が伝わっていたようで、僕たちは皇宮の中へと案内された。

 皇宮の通路には高そうな絵画がかけられ、天井からは数々の模型が吊り下がっている。


「あの模型、すごいですね……ルークさん!」

「だなぁ」


 ヒメリが頭上を見上げて感嘆の吐息を漏らしたので、同意した。

 それはとても美しい、星座を模した銀細工の模型だった。


「天井を見上げながら歩いて、通路に置いてある壺にぶつかって割らないようにしろよ。小娘の給料じゃ、弁償するのに一生かかるぞ」

「あ、は、はいっ」


 ロイさんの注意を受けて、ヒメリが冷や汗をたらしながら応えた。

 それから僕らは、皇宮の一番奥にある、レティス皇帝陛下の私室へと通された。


 部屋の中に入ると、広々とした一室に接客用のテーブルが置いてある。

 その上に様々な料理が並んでいた。


 テーブルの向こうに、レティス皇帝がにこにこ顔で立って、手を広げている。

 そして彼は、言った。


「やぁ、悪いね! こんなところまで呼び出してしまって。

 食事と酒を用意した。まぁまぁ、まずは一杯、やろうじゃないか」


 手に持ったボトルとワイングラスを掲げ、30歳ぐらいに思える男性がそう言った。

 浅黒い地肌に緋色のローブを着て、シンプルな王冠をつけた美男だ。


 この御方が、エジンバラ皇国の頂点に君臨するお人である。

 僕は息を呑み、隣のヒメリもあまりの急展開に呆然とする中、ロイさんは皇帝陛下に親しげに挨拶した。


「よう。久しぶりだな、レティス」

「あぁ、お互い壮健なようで、何よりじゃないか、ロイ?」

「こっちはお前の顔など見たくもないんだが……」

 

 ロイさんが吐き捨てるように言いながら、テーブルに山のように用意されている酒のボトルを見た。


「お。最高級銘柄の葡萄酒(ぶどうしゅ)があるな。レティス、分かってるじゃないか」


 彼は嬉しそうに頷くと、ワイングラスを手にとってボトルから注ぎ、微量を口に含んだ。


「美味い……。相変わらず皇都の葡萄酒(ぶどうしゅ)はいいブドウを使ってる」

「乾杯がまだじゃないか……。まぁいい。いつもどおり、うちで作った最高級の葡萄酒を用意した。気軽に飲んでくれ」

「言われなくともな」


 そう言って、ロイさんは勝手に酒を飲み始めてしまった。

 僕とヒメリはいきなりの最高権力者の対面に緊張して置いてけぼりになっていたが、レティス皇帝は気さくにも歩み寄ってきて僕らにも声をかけてくれた。


「ルーク殿やマイ・レディ(ヒメリ)も、酒はイケる口だろ?」


「あ、はい……。(たしな)む程度なら」

「あたしも……じゃなくて! わ、(わたくし)も嗜むだけならっ」


「嗜む。うん、嗜むのは大切なことだ。おい、ルーク殿とヒメリ嬢にも葡萄酒を」

「かしこまりました、ユア・マジェスティ」


 部屋の隅に控えていたメイドが厳かに一礼して、僕とヒメリにグラスを用意し、酒を注いだ。


 葡萄酒は紫色の透き通った液体だった。

 シリルカの冒険者ギルドで先輩冒険者たちが飲んでいるのをよく見かけるが、あれとは透明度が雲泥の差だ。


 手渡されたワイングラスの中身を口に含んでみると、ブドウ果汁の甘みと酸っぱさ、苦さが入り混じった味がする。

 けれど決して嫌味はなくて、酒に強くない僕でも飲むことができる。


 見た目通り、どこまでも透き通るような味わいの葡萄酒だった。


「ヒメリ、これ美味しいね」

「はい」


 ヒメリはそんなに葡萄酒が美味しかったのか、小さな喉をこきゅこきゅと鳴らして、一心不乱に飲んでいた。

 レティス皇帝はその光景を微笑みながら見守っている。


「料理も用意した。

 お気に召すかどうか分からないが、葡萄酒とともに存分に楽しんでくれ」


 テーブルの上には山のようにご馳走が盛られていた。

 ロイさんはすでに仔牛のステーキをガッツキながら食べている。


 僕とヒメリは顔を見合わせ、皇宮料理をありがたくいただくことにした。

 白うさぎのシチュー、豚肉のソーセージ、最高牛のステーキ、鹿肉の香草焼き、ウナギのソテー、それからデザートにアップルパイとアーモンドケーキ。


 たくさんの食事を楽しみながら、しばらくは4人で当たり障りのない歓談を行っていた。

 冒険者の近況やら政治経済の話やら、デミウス鉱山の話題などを。


 やがて豪華な料理でお腹いっぱいになった僕は、テラスに用意されている椅子で身体を休めることにした。


 皇都の一番高い場所から街の風景を見下ろす。

 高台に吹き付けてくる風が気持ちよかった。


 ロイさんとヒメリはいまだに室内で、


「おい、小娘。これ美味いぞ」

「あ、ホントですね! これなんですか?」

「牛の舌を油で丸揚げしたものらしい」

「へぇー……えっ、これ舌なんですか!?」


 などと、料理に舌鼓を打っている。


 彼らの笑い声を遠くに聞きながらテラスの椅子に座り、皇都の風景を眺めながら風に当たっていた。

 すると、レティス皇帝がワイングラスを片手にテラス出てくる。


「陛下」

「あぁ、いい。そのままで」


 椅子から立ち上がろうとする僕に、彼は手で制止して言った。


「楽しんでいただけたかな?」

「えぇ。普段食べられないものがたくさん食べれて、美味しかったです」


「なら良かった」

「……1国の最高権力者に接待されるほど、何か特別な事を成し遂げたつもりはないんですが」


 僕がそう切り出した。


 一体何が目的なんだ。

 言外に、そういう意味を込めたつもりだった。


 彼は曖昧な笑みを浮かべてこう口にする。


「ルーク殿は、皆の幸せのために、誰か一人が犠牲になることについて、どう思う?」

「どう、と言われましても。個別具体的な例がなければ、急には答えられません」


 彼は「それもそうだな」と納得し、こう言った。


「よし、例え話をしよう」


 ワインを手に持ち語り出す皇帝陛下を、僕は静かに頷いて話の先を待った。


「100人の人々が生きる村があり、その村の近くにはドラゴンが住んでいる。

 ドラゴンは凶暴で、凶悪だ。気まぐれに人間を1人襲って食い殺す。

 そのドラゴンが100人が住む村の村人を襲う時、誰が標的になるかは分からない。

 もしかしたら村の意思決定をしている頭の良い村長かもしれないし、村一番の美しく皆に愛されている女性かもしれない」


 童話か何かだろうか。

 首を傾げながら、彼の話に傾聴していた。


「しかし、ここで問題が発生した。

 ドラゴンに村の中から選んだ生贄(いけにえ)を1人差し出すことによって、ドラゴンの怒りを鎮め、他の村の人間が助かることができると発覚した。

 生贄に選ばれた人物は、金もなく、性格も悪く、村の仕事もサボり、しょっちゅう嘘やでまかせを言う、村の皆から嫌われている1人の男性だった。

 彼がいなくなって困る人は、村には誰一人いない。


 この時、嫌われ者の彼をドラゴンへ生贄に差し出すという行為に、ルーク殿は『正義』が存在すると思うか?」


 そういう話か。

 レティス皇帝の例え話は、繊細(せんさい)な感性を要求される質問だった。


「非常に難しい質問ですね。村社会の利益を最大化させるために、嫌われ者の彼の幸福よりも、多数者の幸福を増大させることが許されるかどうか。

 個人的には僕と同じ弱者である彼を切り捨てる思想は嫌悪感を抱きますが、これはいわゆるところの、功利主義(こうりしゅぎ)の道徳的問題点ですね」


「そうだ」


 皇帝陛下は、力強く頷いた。


 功利主義とは、レティス皇帝の例え話で言うのなら、100人中99人の幸せのために、残りの1人の弱者を切り捨てる思想のことを言う。


 最大多数の最大幸福を求める、政治思想。

 それが、功利主義。


 レティス皇帝は続けて言った。


「国政とは、こういう思想に基いて行われる。多数者の幸せを作り上げるために、常に弱者となる誰かを切り捨てなければならない。

 さっきは問題を単純化させたが、エジンバラ皇国は、乞食や盗賊、犯罪者などの社会に悪影響を与える存在を憲兵が捕まえ、救貧院に入れて強制労働させる制度を取り入れている。


 彼らを、社会インフラの整備事業や鉱山や製塩所などの国家的事業……それもキツイ仕事に従事させることにより富を生み出させると同時に、善良な市民は犯罪や暴力の恐怖に怯える必要がなく生きていける。


 ルーク殿は、こういう政治思想についてどう思う?」


「政治を議論したいなら、別の人の方が適任だと思いますが……」

「きみの意見が聞きたいんだ、ルーク殿」


 彼があまりに真面目な顔でそう言うので、僕は肩をすくめながら言う。


「それは、とても効率的で善良な政治であるとは思います。……が、極少数の弱者の人格を無視した、非道徳的な政治思想だとも感じます」

 

「ルーク殿の言うとおり、これは形を変えた奴隷制とも取れるからな」


 僕の諫言(かんげん)に、レティス陛下は一切顔色を悪くしなかった。

 彼自身、提唱する理論に、いくらかの瑕疵(かし)があることを知っていて言っているのだろう。


 学のある人だ。そう思った。


 けれど、現実の政治は机上の空論じゃない。政治に犠牲はつきものだ。

 僕もそうして、ウェルリア王国から弱者として追放されてきたのだから。


 だから僕は続ける。


「しかし現実には、政治資源は無限ではなく有限です。

 レティス皇帝陛下は、限られた富の中で、限られた幸福資源を、なるべく多くの皇国民に分配しなければならない矛盾を抱えている。

 どこかで冷徹冷酷になる必要はでてくると思います。

 たとえ弱者を切り捨てる思想になろうとも、それが為政者という人種が背負う原罪だと、僕は思います」


 僕の言葉に、レティス皇帝は「ほう……」と目を見開いた。


「ルーク殿は分かってくれるのか。すべての人間を幸せにしなければならない罪を背負いながらも、常に誰かを切り捨てていかなければならない、君主ゆえの心が摩耗(まもう)していく苦悩を」


 彼がほっと救われた顔をするので、僕は微笑して肯定した。


「皇帝陛下は非常に優秀な為政者でしょう。少なくとも、富を王族や上級貴族が独占しているウェルリア王国の馬鹿どもと比べれば、飛び抜けて優れている。この国に来てよかった、そう思いますよ」


「ありがとう、ルーク殿。貴殿も噂に違わず、頭が非常に切れる、聡明(そうめい)な冒険者だな。

 ルーク殿に政治思想を共感してもらえて、俺も心の荷が下りる思いだよ」


「僕なんて……そんな大した人間じゃありませんよ。ただロイさんにくっついて生きてるようなものですから」


 苦笑する僕に、彼は料理が並ぶテーブルを挟んで、手を広げた。


「で、物は相談なんだが……。これからの国家の行く末を見据えて、貴殿のような優秀な人材がぜひとも手元に欲しい」


 来たか。


「薄々感づいてはいましたが。と言うと、僕に何かをさせたいがために、わざわざ皇宮まで招いたのですね?」


 僕の言葉に、彼は力強く頷き、言った。


「ウェルリア王国を、潰したいと思っている」

「それはまた……壮大な国家事業ですね」


 呆れた笑いが出たが、現実問題としてそれは不可能ではないように思えた。

 ウェルリア騎士団の強さは大陸中に名を轟かせているが、この皇国には白兵戦最強の男・ロイがいる。


 彼が戦争に参加すれば、並の騎兵では歯が立たない。

 本気になった剣神ロイを止められる騎士が、ウェルリア王国にいるとは思えない。

 加えて、大規模戦の指揮統率なら、僕が迷宮で培ってきた戦術・戦略がそこそこ通用するだろう。


「ルーク殿もウェルリア王国には並々ならぬ感情がおありだと察する。

 この国を潰すことに、異論はあるまい」


「なくもないですが……」


 遠くに望む皇都の景色を眺めながら、僕は曖昧に答えた。


「いずれにせよ、ウェルリア王国はもう限界だ。

 あの国の財務体質は、放蕩を続ける王族と上級貴族によって、すでに破綻寸前になっている。

 おそらく近いうちに、こちらが撒いたエサに飛びついてくると思われる」


「撒き餌?」


 と、聞き返した。


「年々、国庫の中身が悪化していくウェルリアが、優良財務体質の我がエジンバラ皇国へ攻め入り、うちを植民地にしたくなる甘い罠だよ」

「そんなにウェルリアと戦争し、この大陸の覇者になりたいのなら、すぐにでも戦を始めればいいではありませんか」


「今は戦争で絶対に勝てる布陣を整えている最中だ。

 戦争になった時に他国がウェルリアについたりしないように、周辺諸国への支援協力の密約も取り付けているし、常備軍の増強も行っている。

 そして、一個師団を率いて戦ってくれる、有能な将軍をこちらに引き入れることも、その計画の一つに含まれている。

 それは、きみのことだ。ルーク殿」


 一体どこまで裏で開戦への準備が済んでいるのだろう。

 彼の話しぶりからすると、戦争の用意はすでにかなりの段階まで進んでいるはずだ。


 おそらく、僕やロイさんを獲りに来るのは、最終段階付近だろう。

 今さら何を言ったところで、戦争が止まるとも思えない。


「レティス皇帝はあなたなりの外交感覚でウェルリアを潰すと仰っていることはよく分かります。

 ただ、その戦争に、正義はあるんですか?」


 僕は、彼を射抜くような瞳で、尋ねた。


「戦争というのは、駒取りゲームじゃない。

 現実の戦いともなれば、多くの人間が死ぬ。

 それを背負うだけの、大義名分があるんですか」


 僕の真っ向から挑む質問に、彼は逃げなかった。


「王族や上級貴族だけが美味い思いをする悪政を敷くウェルリアは、すでに体制疲労を起こしている。

 聖教会の神に誓おう。俺がウェルリアとの戦争に勝っても、かの国の富を略奪し皇帝として個人財産にしたりはしない。

 得られた資源や財貨は、救われてしかるべき平民や農民たちに、公平に分配する。

 それが結果として、戦争で失う命よりも、多くの大陸の民を救うと俺は考えている」


 ウェルリアの貧村の悲惨な現状は、ロロナ村にいた僕自身がよく知っている。

 本当にエジンバラが戦争で勝って、大陸の二大国家が統一され、虐げられていたウェルリア国民が豊かな生活を送れるようになるのなら。

 

 それはどんな理想の物語だろうか。


「だからこそ。エジンバラ兵の犠牲を少しでも少なく抑えるために、

 戦略の天才である、貴殿の力が必要なんだ、ルーク殿。

 頼む! 俺に力を貸してくれないか、後生だ!」


 僕は、頭を下げ続ける最高権力者の姿を、長い間見つめていた。

 僕が同意の言葉を発しないかぎり、その頭はずっと下げられたままだ。


 彼の熱意に根負けし、僕はやがて決意を固めて、口を開く。


「……その戦争が、エジンバラ皇国の趨勢(すうせい)を賭して行われることならば。

 この大陸すべての民に、明るい未来をもたらすものであるのなら。

 微力ながら、一皇国民として、お手伝いさせていただきます」


「ありがとう、ルーク殿! そう言ってくれると、非常に助かる!

 きみのような動きの中の戦術に秀でた将は、なかなか現場でも育たない。

 非常に力強い援軍を得ることができたよ!」


 彼は浅黒い顔に、向日葵が咲いたかのような笑みを浮かべた。


「ただ1つ。以前ルーン皇女殿下とお話した時に、条件を申し出ました」

「あぁ、ウェルリア王国の聖十字騎士団にいるリリという少女の安否だろう?」


「そうです。彼女を戦争で戦死させたくないし、また僕も彼女とは戦いたくない」

「そこについては、早期に捕虜(ほりょ)にさせるか、こちらに寝返ってもらうように裏で工作しよう」


「お願いします。その条件が守られるのであれば、僕はエジンバラ皇国への助力を惜しみません。

 この個人の身で、出来る限りのことをします」


 僕の返答に、彼は満足したように大きく頷いた。


「今日はルーク殿と有意義な会談ができてよかった。

 遅くなったが、この国に来られたことを我が国を代表して歓待する。

 我がエジンバラ皇国へようこそ、ルーク殿!」


 レティス皇帝が差し出してきたその手を、僕は苦笑とともに握り返した。

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【クリックで先行連載のアルファポリス様に飛びます】使えないと馬鹿にされてた俺が、実は転生者の古代魔法で最強だった
あらすじ
冒険者の主人公・ウェイドは、せっかく苦心して入ったSランクパーティーを解雇され、失意の日々を送っていた。
しかし、あることがきっかけで彼は自分が古代からの転生者である記憶を思い出す。

前世の記憶と古代魔法・古代スキルを取り戻したウェイドは、現代の魔法やスキルは劣化したもので、古代魔法には到底敵わないものであることを悟る。

ウェイドは現代では最強の力である、古代魔法を手にした。
この力で、ウェイドは冒険者の頂点の道を歩み始める……。
+注意+

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