55話:お優しいんですね
森林道を、魔物を倒しながら進んでいく。
レスティケイブの地下迷宮1~2階層レベルの魔物がほとんどだったから、難なく倒すことができた。
そのまま進んでいると、僕の横を歩くヒメリが、なにやら辛そうに顔をしかめている。
「ヒメリ。どうした?」
「あ……いえ、大したことじゃないんですけど……その、靴が痛くて」
彼女が顔をしかめてそう言うので、僕は行商のおじさんに声をかけた。
「すみません! 少し、馬車を止めてもらっていいですか」
「何か問題があったのかい?」
「ヒメリが辛そうなんです」
「あい、分かった」
御者台の手綱をおじさんが引いて、荷馬車が森の中で止まる。
「あの、そんな大げさなことじゃなくて」
「いいから。ヒメリ、足を見せてくれ」
「はい……」
ヒメリが観念したように右足を差し出してくる。
僕は彼女の革靴をそっと脱がせると、靴下が真っ赤な血で染まっていた。
靴底がズレて、親指の付け根の皮が剥げ、そこから血が出ていた。
運動をしない者によくある怪我だ。
「これはひどいな……。どうして荷台に戻るとか、足が痛いってもっと早く言わなかったんだ」
僕の言葉に、ヒメリは申し訳なさそうに表情に翳りを落とす。
「……あたしがみんなの足引っ張るのが、悪いかなって」
「痛かっただろうに……。ちょっと待ってて」
背負ったバックパックの中から、治療薬のヒールポーションを取り出す。
「これ飲んで」
「いいんですか、これ。高いアイテムなんじゃ」
「いいから、飲んで」
半ば無理やり飲ませるように、ヒメリにヒールポーションを押し付けた。
彼女は渋々ガラス瓶に入っている液体を飲み下す。
すると彼女は少し楽になったのか、表情を和らげる。
すぐに傷口が塞がるわけでもないが、これで傷の治癒速度はだいぶ上がる。
「楽になった?」
「はい」
「じゃあ、荷台に戻るのと、僕に背負わされるの、どっちがいい」
「えっ。そ、それは、荷台に戻るほうが……」
ヒメリが顔を林檎のように赤くして言った。
「荷台はガタガタ揺れてお尻が痛いだろうけど、我慢できるかい」
「はい。あたしを背負うと、たぶん重いですし……」
「うん、まぁそれは冗談半分だったけど。でも辛いならすぐに言わなきゃダメだ。怪我や傷が悪化するじゃないか」
「…………」
僕が笑ってみせると、ヒメリがこちらをじっと見つめてきた。
透き通ったはしばみ色の瞳に、感情の光が溜まっている。
「どうした。まだ何か辛いことがあるの?」
「いえ……。ルークさんって……お優しいんですね」
彼女が感謝の言葉を述べるので、笑い飛ばす。
「そんな事、女の子が辛そうにしてたら、誰でも助けるよ。長い旅になるんだから、くれぐれも無理はしないこと。いいね、ヒメリ?」
「はい……。ありがとうございます……」
消え入るような声で、ヒメリが僕に頭を下げる。
気づけばロイさんと行商の夫婦がこちらをニヤニヤした笑みで見ていた。
「お仲がよろしいことで」
「いやぁ、若いっていいものだねぇ」
「女は若いのが何よりの財産だからさね」
三人に冷やかされヒメリは顔を真っ赤に染めてうつむきながら、荷台へと戻っていった。、
「はいはい。見世物じゃないんですよ! もう行きますよ!」
「もうちょっとで小娘が恋に落ちるんじゃないのか? もう少し続けても良いんだぞ、ルーク」
そんな事を言う悪い男には、黙ってサンダーランスを放り投げましょうね。
雷の槍が、ロイさんめがけて飛んでいくが、そこはさすがに剣神。
無駄のない動作で僕のサンダーランスをマジックパリィングした。
「っぶないな、オイ!」
「チ……外したか」
「お前との喧嘩はシャレにならん……」
パンパン、と手を叩いて、僕が言う。
「ほら。おじさんたちも、もう出発しましょう」
「あ、あぁ。分かった」
「いいねぇ、ヒメリ。騎士に守ってもらうお姫様だね」
「そんな……」
そんなことを言うおばさんに、ヒメリは恥ずかしそうに縮こまっていた。