53話:出発
シャーレさんと服を買いに行ったデートの翌日。
皇都へ出発する日となった。
朝早くにシリルカの街を出発する予定で、西門に集合することになっていた。
冒険者ギルドが皇都に行くまでの馬車を用意してくれるらしい。
なんとも豪勢な。
僕とロイさんはあくびを噛み殺しながら宿を出て、街の西門へやって来る。
「まだ誰も来てませんね」
「あぁ。……ところでルーク。その一張羅はどうしたんだ?」
今日の服装は、先日シャーレさんと買いに行った服だ。
黒のジャケットに白のシャツを着て、空色のパンツと、ブラウンのバックルベルト。
これに旅の最中は魔導ローブをかぶりできるだけ服が汚れないようにするつもりだったが、せっかくお洒落した服をロイさんやヒメリにも見てもらいたかったので、魔導ローブは今だけバックパックの中にしまいこんでいた。
「昨日、装備店の店主と一緒に服を買いに行ったんですが、似合いませんか?」
「馬子にも衣装とはよく言ったものだな。どこの王侯貴族の御曹司なんだ?」
「僕はロイさんほど顔が良くないので、服でごまかすんですよ」
「たかが皇都に行くだけというのに……。大体、皇都まで4日ほどは旅するんだぞ。そのあいだに一張羅がボロになったらどうするんだ」
「そのときは黙って魔導ローブをかぶったままですよ」
彼の軽口を受け流す。
呆れ返るロイさんを放っといて、僕はそのままシリルカの街を眺め、待ち人を待った。
太陽が遥か向こうの山々からようやく顔をのぞかせる時間帯の街は、静かだった。
時折、桶を担いで近くの川に水を汲みに行く女性がちらほら見られる。
会釈をして、西門から出ていく彼女たちを見送る。
少しのあいだぼーっと突っ立っていると、寝静まる街から工房ギルドの職人見習い・ヒメリがぱたぱたとやって来た。
「ヒメリ。こっちだ!」
街の中からやってくる彼女に笑って手を振ると、ヒメリも気づいたようだ。
笑顔に栗鼠のような雰囲気をまとわせ、駆け込んで来た。
「お待たせしましたっ」
「おはよう、ヒメリ」
「おはようございま……」
ヒメリが僕の服装を見て、驚いたように目を丸くさせ硬直した。
「ど、どうされたんですか、ルークさん」
「ん?」
「その服装。こないだとだいぶ違いますね」
「皇都に行くことになるって話を知り合いの女性にしたら、服を買いに行ってね。似合ってないかな?」
「いえ……、とてもよくお似合いだと思います」
期待どおりの反応だと、ちょっと嬉しい。
ヒメリはわずかに後ずさりして、自分の服装を見つめた。
「あたしも……、せっかくの皇都行きなんだし、お洒落してくればよかったかな」
ぽつりと、ヒメリはそう漏らした。
彼女の服装は、使い古した白の長袖シャツと黒のミディアムワンピースだった。
ところどころ、紐や生地がほつれているところをみれば、日常的によく着ているのだろう。
その上に、フード付きの旅のマントを羽織っている。
足は旅でも動きやすいようにか、ボロボロになるまで履きつぶした革靴を履いていた。
「それでも十分可愛いと思うけど」
「そんな……。こんなボロな服で、恥ずかしいです」
彼女は顔を赤くさせて、身体をもじもじさせる。
西門でそんな会話する僕らに、朝早く起きて近くの川へと水を汲みに行く女性たち数人が、じろじろと遠慮ない視線をぶつけてきた。
僕は衣装で育ちが良く見えるようにだいぶごまかしているからともかく、ロイさんはまごうことなき美男子だ。
良家の子息ともとれる男2人に囲まれた、ヒメリ。
水汲みに行く女性たちは、僕らとヒメリのあいだを、不満そうに視線を行き交わせた。
彼女たちの顔には、ハッキリとこう書いてある。
――なんであんな女が。
「…………」
その女性特有の無言の重圧を感じて、ヒメリは恥じ入るように黙ってうつむいている。
「ヒメリ。外野は気にするな」
「あ、はい……。ありがとうございます」
僕が言うと、ヒメリはほんのわずか救われたように、面をあげた。
それからもう少し待っていると、冒険者ギルドを通して工房ギルドの人たちが用意してくれたという馬車がやってきた。
先頭の御者台には馬を操るおじさんが乗っていて、その後ろに荷台がある。
荷台には果物や野菜、絹が山のように積まれていた。
「これ……馬車は馬車でも、行商のための荷馬車ですよね」
「あぁ……まさかとは思うが……」
仕事を押し付けられるんじゃないだろうな。
嫌な顔をする僕とロイさんの前に、荷台から恰幅の良い女性が降りてくる。
「おはよう! うちと亭主があんたらを皇都まで乗せてってあげるよ! その代わり、皇都までの街道の護衛は、よろしくね!」
にかっと笑って、女性は僕とロイさんの手を握った。
「予想通りでしたね。街道の護衛を無償でやらせようってわけですか……」
「これは……冒険者ギルドに一杯食わされたな」
「あははは……」
ヒメリも苦笑している。
「いいじゃないか! 多少お尻が痛くなるかもだけど、道中の飯は出すよ!」
「まぁ……歩いて行くよりはマシですかね」
「そういうこと! じゃ、早速荷台に乗りな。時間がもったいないんだ、キリキリ行くよ!」
おばさんの声に頷き、僕らは荷馬車へ乗り移った。
シリルカの西門から出た馬車は、街道をゆっくりとした速度で進んでいく。