52話:シャーレとデート
皇都へ出発する前日に、聖教会によって新魔法を取得した。
以前から狙っていた、無系統上級魔法の『リンクアタック』。
これは前衛の物理火力の攻撃に反応して、魔法の追加攻撃が行われる反応型魔法だ。
リンクアタックの取得により、僕はより補助職という意味合いが強くなってきた。
他にもいくつか有益な魔法が出現して、取得できる魔法の枠もあと1あったけれど、とりあえずリンクアタックを使った新戦術を試すので、もう1つの新規取得は保留にしてある。
リンクアタックを実戦に組み込んでみて、それから自分に足りなかったところをすぐに補えるように。
そうして聖教会を辞去して、僕はしばらく街を離れるので挨拶にと、シャーレさんの魔導具店を訪れた。
カランカランというベルの音を聞きながら、彼女の店に入る。
「らっしゃーせー……。あ、ルークくん」
「お久しぶりです。お元気でしたか」
「まぁ、私はぼちぼちといった所だよ」
シャーレ女史は苦笑していった。
「それよりまた装備変えるの? ハイペースだね」
「あぁ、いや。違います。今日はしばらくギルドの依頼でシリルカの街を離れるので、お別れの挨拶に」
彼女は目をわずかに見開いた。
「へぇ。どこ行くの?」
「皇都付近のデミウス鉱山です」
僕が言うと、シャーレさんは目をパチクリさせたあと、やおらにカウンター越しに立ち上がった。
そしていきなりこう言い出すのであった。
「ルークくん、私とデートしよっか」
「は……?」
石のように固まる。
何を言っているんだ、この人は?
「私と服買いに行こう!」
「え……。なんでですか……?」
「皇都行くんでしょ? だったらオシャレしなきゃ! そんな泥被った魔導ローブ着てちゃ皇都民に鼻で笑われるよ。皇都に来ていく服を、お姉さんが一緒に選んだげよう」
そうするのが当たり前のように、シャーレさんはお姉さん風を吹かせて言う。
今の僕の服は、麻のシャツとズボンに、魔導ローブ、それから硬いブーツという出で立ちだった。
迷宮に入ったり冒険ギルドの依頼をこなすならオシャレなんてする必要ないし、そもそも実用性重視だから、これで問題ない。
「そんな、いいですよ服なんて。僕が何を着たところでそう変わるとも」
「それが変わるんだよねぇ。服のセンスってのはすごーく重要なんだよ。それにルークくんは緋龍褒章ぶらさげてるでしょ? そういう人物が薄汚い格好をしてると色々と舐められて大変だよ。ほら、センスに自信がないなら私が全部選んだげるから、ささ、行こう行こう!」
そう言うや否や、シャーレさんは店から素早く僕を追い出す。
木扉を鍵で戸締まりして、その取っ手に「closed」という看板をかけた。
「いいんですか、そんな簡単に臨時休業なんかして……」
「いいのいいの。どうせたいした客来ないし、この店の店主は私だよ? 私がルールだ」
豪胆だな……。
店を後にすると、僕は彼女に連れられて、シリルカの街を大通りを2人で並んで歩き、衣服店へと向かう。
この世界では基本的に新品の服を買う場合、着る人間の寸法を測って生地から仕立て上げてもらうことになる。
一度作った服は成長で合わなくなったとか、ビリビリに裂けてしまったとかのよほどのことでもないかぎり、ずっと着古すものだ。
「新品を今から作ってたら出発に間に合わないだろうから、やむをえず古着店の中でも質のいいところに行こうか」
そう言って、シャーレさんに連れられて古着店に入った。
その店の内部は、ガラスで作られたオープンラックが中央に何列か置かれていて、その上に服がキレイにたたんで展示されている。
そして店の外周をぐるっとハンガーラックが取り囲み、そこにも服が種類別にハンガーにかけられてつるされていた。
僕がよく行くシャーレさんの店やシリルカの街の雑貨店とは違って、店内は余裕をもったスペーシングで商品が置かれている。
壁の木材は白いペンキで塗装されていて、観葉植物なんかも置かれてあって、ゆったりした雰囲気の小洒落た店だった。
「いらっしゃいませ。あら、シャーレじゃない」
「おひさー」
どうやら店員とシャーレさんは顔なじみらしい。
店員の女性はちょうど、オープンラックに並べられた衣服をキレイにたたみ直している最中だった。
袖を裏側にたたみ込んで、服の胸が前に来るように、きちんとたたんでいる。
アレが。アレが噂の、ショップたたみか!
「おぉ……生まれて初めて見た……!」
「何がでしょう?」
店員の美女が、苦笑して首をかしげた。
「あぁ、いえ。なんでも」
「そうですか?」
店員の彼女は、パリッと糊の効いた白のブラウスに、ブラウン色のフレアスカートを穿いている。
腰には皮で作られた、丸バックルのメッシュベルトを巻いていた。
お洒落な店は、店員までお洒落である。
まぁそれもそうか。
こういう店は、センスや『雰囲気』を売るのも、商売のうちだ。
「それよりシャーレ、どうしたの? ボーイフレンドなんか連れてきちゃって」
「むふふ。羨ましいだろう。この子は私の自慢の彼氏なんだよ」
「はいはい。どうせシャーレの店のお客さんでしょ」
シャーレさんの見栄を、綺麗な店員さんは軽く受け流した。
「ち……。バレたか……」
「お客様。本日は当店の洋服をお買い求めに来てくださったんですか?」
店員の美女が僕に声をかけてきた。
「一応、その予定です」
「では、私が付き添いで洋服を選ぶお手伝いをさせていただきます。なんでも気軽に申し付けて下さいませ」
満面の笑みで、店員は僕の後ろへと回った。
あぁ……、これが例の、高級な洋服店では店員がずっとついて回るというやつか!
こうされると、何か買わなければ店から出られないムードになる。
それが店員の狙いなんだろうけど、嫌なんだよなぁ、こういうの……。
もっと自由に見て回りたい……。
「おいおい。今日は私がルークくんの服を見立てに来たの。ミランダは邪魔だからどっか行ってなさい」
「えー。シャーレに任せてたら、センス狂っちゃうじゃない」
「きみも大概失礼だね! 私だってこう見えて華の女子なんだよ!」
シャーレさんが憤慨するのを見て、店員のミランダはくすくす笑いながら、「それでは、何かありましたらお言いつけ下さい」と言って、店の奥へと引っ込んで言った。
「じゃ、ルークくんの服を選ぼうとしようではないか」
「それはいいですけど……。旅でも着るんですから、実用性重視でお願いしますよ」
「分かっているよ」
◇ ◆
そうしてシャーレさんに見立てられて、僕はいくつか服を試着しながら、買い物をした。
さすがに彼女も『お洒落をするために生きている人種』女性だけあって、自分で選ぶより遥かに良いセンスになったと思う。
上は黒のテーラードジャケットに、真っ白のシャツ。
浮かない程度の色合いをした、紺色のシルクタイ。
下は淡い空色のパンツ。
ベルトは革のバックルベルト。
ブーツはブラウン色の、『妖精の疾き靴』をそのまま履くことにした。
その上から、戦闘時や旅の行程時には、魔導ローブをかぶる。
今は街の中なので、魔導ローブはバックパックの中に収納している。
簡単なコーディネートだけど、ふだんは麻のシャツとパンツの上に、迷宮探索で薄汚れたローブという出で立ちしかしてこなかった僕からすれば、生まれ変わった感じのではなかろうか。
シャーレさんが言うには「男のお洒落はシンプルさが1番!」らしい。
衣服店の帰り道。
新しい服を着て街の大通りを歩けば、いつも以上に街の人々からの視線が突き刺さった。
なんだかいつもより、女性から好意的な目で見られている気がする。
「なんか……僕、見られてます?」
「うんうん。もともと素材はそんなに悪くないんだから、きちんとした清潔感のある服を着ればそうなるよ。お洒落はしないとダメだよ」
「服1つで、結構変わるもんなんですね」
「そりゃあね。冒険者の多くの男性は、清潔感のある服にまでお金を回す余裕がないから、そう言う意味でもきみは差別化できるしね」
シャーレ女史はそう言って、はたと思い至ったように口にした。
「ルークくんはふだん、友達と買い物とかしないのかい?」
彼女の言葉に、僕は「うっ」と言葉を詰まらせる。
「友達……。とても嫌な響きの言葉ですね」
「なんでだよ」
彼女は苦笑する。
「そういえば、今の僕には友だちと呼べる人がいないかもしれません」
ロロナ村時代はともかく、ロイさんは戦友だし、この街でできた知り合いはたいてい仕事の付き合いだ。
そうか……僕は友達がいなかったのか……。
「僕はダメ人間だった……」
友だちがいない事を自覚して、ずーんと暗く落ち込む。
「ルークくん、それは違うよ」
シャーレさんは明快に笑いながらも瞳に光を溜めて、やがて真面目な顔で言った。
「本当にダメな奴は、たくさんの仲間に囲まれながらも、何も成し遂げられずに終わっていく人のことだよ」
「……友達がいては、ダメなんですか?」
彼女の暴論に、僕は目を丸くさせた。
「ダメってわけじゃないよ。互いに高め合える友達ならいたほうがいい」
シャーレさんは、でもね、と言葉を継ぎ足す。
「友達といつも群れてるような人は、仲間内の同調圧力があって1人だけ上に行くことが難しい。
同じグループで1人だけずば抜けた成功者が出ると、みんな妬むから、足を引っ張り合う。
自然、仲間といつも群れているような人は、仲間と傷を慰め合うようになる。
自分より下の人間を見ては、安心するようになる。
だから、そういう人は一生成功できない」
そう語る彼女の横顔は、いつになく真剣だった。
それはおそらく、彼女の人生経験に基づいた発言のはずで。
僕の眼差しに気づくと、シャーレさんは柔らかく笑って、見つめ返してきた。
「逆に不遇な人生を送ってるけど、1人ぼっちの孤独に耐えて頑張れる人は、どこかできっかけさえつかめば大成功のチャンスがある。きみのようにね」
と、彼女は僕の胸に燦然と輝く緋龍褒章をつついて、言った。
まがりなりにも利益と損失という数字だけがすべての、峻烈な商人の世界を生き抜いてきた彼女独特の、洞察を思わせる言葉だった。
「へぇ……。シャーレさんって接客態度から見て、もっと適当に考えてるのかと思ってましたけど、その発言は含蓄に富んでますね」
「こらこら。私だって苦労して自分の店を持ったんだぞ」
僕の失礼な物言いに、彼女は苦笑して続けた。
事実、商人として自分の店を持って切り盛りしている人は、商業の世界でも上位層に入ると言われている。
それをシャーレさんはこの若さ、女性という性でやってのけているのだ。
伊達ではない。
「だから、上辺だけの友達なんて、適当にあしらっておけばいいよ。
そんなもの、いざという時には1つも役に立ちはしない。
本当に信頼できて、ピンチの時に頼れる人が1人でもいれば、それでいいんだ。
きみにとっては、その人物が剣神ロイであったり、この私、大天使シャーレ女神というわけだよ」
「たしかに。僕にそう言ってくれるシャーレさんは、女神かもしれませんね。優しい女性だと思います」
僕の言葉に、シャーレさんはふふっと笑うと、後ろ向きで歩き始めた。
太陽が登る空を見上げて、彼女は言う。
「とは言ったものの、人生観なんて人それぞれだけどね。たとえ貧乏でも、友達に囲まれる人生が幸せな人だっているだろうし。お金がいくらあったところで幸せになれないかもしれないし」
「……そうですね。何が幸福なのかは、その人にしか決められないことです。周りから評価を決められなければ幸せになれないというのなら、その人ほど不幸な人もいないでしょう」
「うんうん」
「今日は大天使さんとお話できてよかった。また、僕がシリルカの街に戻ってきたら、一緒に遊びましょう」
「ぐぬ……。今度きみがこの街に帰ってきた時には、武器や防具は定価の3倍で売りつけてやろう……」
「それはやめてください」
僕らは2人して、シリルカの街を並んで歩きながら、くすくすと笑い合った。