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48話:騎士団の任務

 レスティケイブの地下迷宮、第4階層での攻略も大方が終わろうとしていた。

 この階層で出現する魔物はたいてい状態異常攻撃を使うので、先制攻撃でのサイレントクライがよく刺さる。


 4階層で出現する魔物との戦闘をこなしつつ、この階層をくまなく探索する。

 この階層での戦闘もおおよそ問題ないレベルで勝てるようになり、マッピングもほとんどが終了した。


 ダンジョン探索で重要となるマッピングも、杖の探知アビリティが、頭の中に自動でイメージを描いてくれるから、僕はただ歩き回っていればいいだけだ。


 そうしてしばらく探索すれば、4階層の攻略が終了した。

 僕らは5階層に挑戦するかどうかの話し合いを行った結果、ゴー、ということになる。


 5階層へつながる階段を目前にして、大休止を取ることにした。

 2人で交互に見張りをしながら、食事を摂って、半刻(1時間)ほどの仮眠を取るのだ。

 これがあるのとないのでは、疲労回復にだいぶ違う。


 5階層につながる階段付近は地面もしっかりと乾いたものになっていて、寝転ぶことができる。

 ロイさんは階段の壁に身体を預けて眠っていた。

 僕はそんな彼を尻目に、邪魔にならないように湿地帯の地面の上でステップを踏んでいた。


「よっ、ほっ」


 魔物との近接戦闘を想定した戦い方だ。

 自分が剣を持ってサソリの尾と激しく打ち合っているところを脳裏に描いて、ステップを挟んで仮想敵とのあいだに空間を作る。


 理想とするのは、ロイさんのステップバック。


 ただ戦いの中で、漫然と後ろにステップするだけじゃダメなのだ。

 魔物が渾身の一撃を放ってきたところを、


「ふっ」


 下がる。

 そうして、僕が後退したことによって魔物が攻撃を外した瞬間、逆に全体重を乗せて前に踏み込み、


「はっ!」


 カウンターを放つ。

 理想は、そうだった。


 しかし、普段あまり鍛えてない僕の足腰は前後の急激な切り替えに耐えられず、湿地帯という地表の悪さもあって思わずすっ転んでしまう。


「うえ……」


 べしゃり、と地面に尻もちをついてしまい、魔導ローブが汚れてしまった。


「失敗した……」


 ロイさんのような、前後に軽やかに舞う絶技のステップワークを真似してみたが、やはり即席では上手くいかない。

 湿地帯という足場が悪い中で、彼はよくぞあれだけ身軽に動けるものだ。


「うーん、どこが違うんだろう……?」

「……ルーク。さっきから黙って見ていたが、お前は何をやっているんだ?」


 迷宮探索での小休止中、僕がステップワークの練習をやっていると、ロイさんが怪訝そうな顔で尋ねてきた。

 どうやら起きていたらしい。


「いえ。さっきの戦闘でロイさんがやっていたステップバックカウンターを練習していまして」

「何のために?」


 彼は呆気にとられた様子で、僕に尋ねる。


「強いて言えば、カッコよかったからです」

「はははは!」


 僕がいたって真面目にそう応えると、ロイさんは爆笑した。

 しばらく彼は笑い転げた後、言った。


「あのな。ステップバックからのジョルトカウンターは、筋力も敏捷性もないお前には、100年早い。軸足の切り替えに、重心の制御、前後に踏み込むタイミング、魔物の動きの管理。簡単にやってるように見えても、案外難しいんだぞ」

「今、それを理解しました」


 実際やってみて、これはかなり難しい。


「大体、後衛の魔法職がそんなもの練習したところで無駄になるだけだろう」

「まぁ……僕も近接戦闘は無理だって理解はしてるんですけど……。それでも、剣士の華麗なステップワークをああまで見せつけられると、男子として憧れるものがあるじゃないですか」


 4階層での戦闘で、僕はロイさんのステップワークの巧みさを散々見せつけられている。


「憧れるのはどうぞご勝手に、という感じだが、基礎ができていないままいきなりステップバックの練習をやると、足首を捻挫するぞ。やめておけ」

「あ、はい。もうやめます」


 素直に練習を止めることにした。

 実際、軸足だけを使って後方に跳躍するステップバックは、足首に多大な負担がかかる。

 これを戦闘の中で何回も繰り返すのだから、前衛職というのは大変な職業だ。


 この戦闘技術を本腰を入れて習得しようとするなら、年単位の訓練時間が必要だろう。

 僕も本気で手に入れたかったわけじゃない。

 ただカッコよかったから、ちょっと真似してみただけだ。


 遊び心があったっていいじゃないか。

 いつも魔法で中距離戦をやっていると、身体と空間の扱い方が上手い前衛職に憧れる。


 

 ◇ ◆



「きゃーっ!」


 少女のつんざくような悲鳴が、森林のあいだにこだました。

 辺りの哨戒任務をやっていた私とベアトリーチェが、一瞬で顔を見合わせた。


「リリ!」

「うん、行くよ!」

「了解」


 馬の腹を足で蹴って、少女の悲鳴のもとに急行する。


 私もビーチェも、白銀の騎士甲冑に身を包み、騎士団から与えられた愛馬にまたがっている。

 腰には騎士刀が吊るされており、馬が走るリズムに揺られて、カチャカチャと鳴った。


 現在、私とベアトリーチェは4人1組の小隊でもって、ウェルリア王国の北部にある大きな森林で、魔物の哨戒と討伐任務を行っていた。


 森林の中、しげみを突っ切って、私とビーチェの馬が駆ける。

 鬱陶しい木々の小枝をかきわけるようにして前に進むと、視界が開けた場所で少女が尻もちをついていた。


 オークが群れを成して少女を取り囲んでいた。

 少女は腰が砕けた様子で、「いや……いや……」と涙ぐんであとずさっている。


 オークたちはそんな少女をなぶるかのように、一歩ずつ包囲を進める。

 少女は恐怖のあまりか、救援にかけつけた私たちに気がついていない。


「やだぁ……! 誰かおにいちゃんを助けてっ……!」


 少女は涙を流しながら、傍らの少年を揺さぶっていた。

 死んでいるのか気絶しているのか、少女の兄は、彼女に揺さぶられても一向に起きる気配を見せない。

 

 兄を担ぎ上げ、少女は立って逃げようとするも、兄の体重を支えきれずにその場で転んだ。

 

「あっ……!」


 少女の顔に絶望が浮かぶ。

 オークたちは生物としての優越感に浸ったまま、彼女とその兄の身体に手を伸ばす。


 少女は、死地にあっても懸命に、兄をその身でかばっていた。

 震える身体を、意志の力で抑え込んで。


 剣しか持っていない私とビーチェでは、ここからではオークたちに攻撃が届かない。

 少女と少年を救うには、距離が離れすぎている。

 しかし、私には切り札があった。


「リリ、出番だよ!」

「分かってる!」


 ビーチェの言葉を聞いて、私は馬にまたがったままスキルを使った。

 馬上にあった私の姿が一瞬にして消え、次の瞬間には兄を守る少女とそれを襲おうとしているオークのあいだに飛んでいた。


 次元系統の神級スキル。

 空間跳躍。


「え……?」


 突如として目の前に現れた私に、恐怖を浮かべて兄の身体を抱いていた少女が呆気にとられる。

 身体はオークたちに向けたまま、顔をわずかに少女の方に振り向けて、私は微笑した。


「おまたせしました。ウェルリア王国聖十字騎士団です。あなたを助けに参りました」


 私の言葉に、少女の顔が一気に希望の色に輝いた。


「おねえちゃんっ! たっ、助けて! オークに襲われそうだったの!」

「分かってる。もう大丈夫だからね。ビーチェ、挟撃するよ!」

「アイアイサー」


 私は腰の騎士刀を抜き、オークに剣を向けた。

 身体をオークたちと正対するように向けて、両足を肩幅より小さく開く。


 重心をやや前に傾けて、ひざをわずかに曲げる。

 剣は身体の正中線に置いた。


 攻防のどちらにも対応できる、中段の構えだ。


 目の前の獲物(少女)の狩りを邪魔されたオークたちは怒り、手に持った棍棒で私に殴りかかってくる。

 しかし、その大振りの一撃は技巧的には稚拙とも呼べるもので、私は左足で地を蹴って、身体を右にスライドさせる。


 オークの一撃が空を切った。

 私はわずかに退き、攻め急がずに、確かな反撃の機会を待つ。


 オークは続けて棍棒を横に凪ぐ。

 身体の上腹に叩きつけられるような棍棒の一撃を、私は下段に滑り込むようにして回避した。

 

 オークの下方に潜り込んだ私は、そのまま剣を担ぎ上げるようにしてオークの腹部から顔めがけて斬り上げる。

 燕返し(つばめがえし)


 攻防の一瞬の死角となった下段から攻撃されたオークは、私の斬り上げに対応できず一撃をまともに受けた。

 オークの身体を切り裂かれて大量の血を流す。


 私の燕返しでオーク1体を倒したと同時に、ベアトリーチェが馬にのって駆けつけてきて、もう1体のオークを背後から突き刺した。

 悲鳴を上げながら、醜い魔物が倒れていった。


 仲間が死んでいくオークの驚愕につけこんで、最後の一体のオークを私が斬って捨てる。

 3体のオークは、こうしてあっけなく倒されたのだった。


 オークとの戦いが終わり、剣についた血を払って、鞘の中に収める。

 私はガタガタ震えていた少女を向いて、努めて笑顔で言った。


「ごめんね。怖かったよね。もう終わったから」

「あ、ありがとう! ありがとう、おねえちゃん!」


 まるで向日葵が咲いたかのように、心底安堵した様子で笑う少女に、仕事でやっているとはいえ私の心は暖かくなる。


「うん。ところで、そっちのお兄ちゃんはどうしたのかな。気を失ってるだけ?」

「あ、えっと……わたしをかばって、オークが持ってた太い棒で殴られちゃったの」


 見れば頭には血がにじんでいる。

 妹を守った、名誉の負傷か。

 10歳そこそこだろうに、見上げた男子である。


「あぁ……それは手当てが必要だね。近くの村に、治癒魔法が使える私の上長がいるから、そこまで行こう。ビーチェ、女の子の方はそっちの馬に乗せて。私は少年を運ぶから」

「あいよー」


 そう言って、私とビーチェは少年と少女を馬に乗せて近くの村まで運んだ。



 ◇ ◆


 私とベアトリーチェが近くの貧しい村まで行くと、同じ騎士団隊員のユーリくんが村民に対して炊き出しを行っていた。

 村の中央で大きな鍋を使って、スープを炊いている。


 貧しい村に遠征した際、魔物を討伐するついでに、騎士団の人員で炊き出しを行う。

 これは、私が提案したことだった。


 少しのご飯を食べさせてあげられたところで、大きな流れの中では何も変わらないかもしれない。

 でも、明日を生きる糧にはなる。

 一杯のスープが、希望の光になる。


 それを続けていれば、きっといつかは。

 貧しい農奴たちも幸せになれるんじゃないのか。


 そう信じている。

 

 私たちは馬に乗ったまま村の中を進み、ユーリくんの前へと戻った。


「よう。遅かったな、リリ、ベアトリーチェ」


 上品に切り揃えられた金髪をすくいあげて、ユーリくんが哨戒任務に出ていた私たちを出迎えてくれた。

 現在、私たちのチームでは騎士団員が4人1組で行動しているが、そのうちのメンバーの1人がこのユーリくんであった。


 ビーチェが馬から降り、前に乗せていた少女を下ろした。

 私もそれに習って、気絶した少年を地上に下ろす。


「村に居残りの炊事係ごくろうであったな、ユーリくん。騎士団専属家政婦としての仕事が板についてきたのではないかね?」

「ベアトリーチェ……。お前、殺されたいのか?」


 邪悪な笑いを浮かべて『ぽん』、とユーリくんの肩を叩くベアトリーチェに、彼がお玉を手に持って青筋を立てた。


「可愛い冗談じゃないかね。ところでそのエプロン姿、似合ってるよユーリくん」

「……殺す!」

「きゃー!」

 

 銀色のおたまを振りかざして、ユーリくんがベアトリーチェに襲いかかった。

 それを笑いながら、ベアトリーチェが逃げ回っている。


「こらこら、2人とも遊ばないの!」

「チッ……この性悪女がさきに喧嘩売ってきたんだろ……」

「べー。性格が悪いのはユーリくんですよーだ」


 どうも2人は一緒にいれば、ふざけすぎる傾向がある。

 仲がいいのは結構だが、仕事は真面目にやってもらいたい。

 それにユーリくんは女性には情愛を感じないゲイである。


「で、なんでこんなに遅くなったんだ。もうお前ら分のスープは残っていないぜ?」


「あっちの森で兄妹がオークに襲われてたの。それを助けてたんだ」

「もうリリ大将に散々こき使われて疲れましたよ、あたしゃあ」


 ビーチェがまた何か言っているが、スルーするのが大人というものだ。


「へぇ。ご苦労さん」


 さして興味なさそうに、ユーリくんは言った。

 言葉からは冷淡な印象を受けるが、彼も決して性悪な男というわけではない。


 彼は炊き出しという施しを与えるような仕事でもちゃんとこなすし、任務中に階級で差別をしたりもしないのだけれど、基本的に貴族という生まれに強い自負を抱いているので、自分の担当業務外では農民や村民がどうなろうと知ったことではないという姿勢を貫いている。


「相変わらず淡白だね」

「農民はもとより、女のお前らにすら興味ないからな」


 それでも、騎士としての仕事は真面目にやる分、悪い人ではなかった。

 ただ、ゲイであることを除けば、だが。


 いや、ヘタに襲われたり好きになられたりする心配がない分、ゲイはいいことなのだろうか?

 ともあれ。


「兄妹のお兄ちゃんが負傷してるんだけど、アリン公は?」


 私たちの小隊を統率しているのが、アリン公と呼ばれる上長だった。

 齢50近く、銀色の髭を持つ、ナイスミドルだ。

 経験も豊富で実戦にも強く、農民や村民という立場の人間を見下したりしないので、市民にも人気の騎士だった。


「あっちでガキどもの面倒見てるぜ」


 くい、とユーリくんは顎で指して言った。


「ありがと。ちょっと行ってくるね……よいしょ」


 私は少年を背負い直すと、アリン公の下まで歩いていく。

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【クリックで先行連載のアルファポリス様に飛びます】使えないと馬鹿にされてた俺が、実は転生者の古代魔法で最強だった
あらすじ
冒険者の主人公・ウェイドは、せっかく苦心して入ったSランクパーティーを解雇され、失意の日々を送っていた。
しかし、あることがきっかけで彼は自分が古代からの転生者である記憶を思い出す。

前世の記憶と古代魔法・古代スキルを取り戻したウェイドは、現代の魔法やスキルは劣化したもので、古代魔法には到底敵わないものであることを悟る。

ウェイドは現代では最強の力である、古代魔法を手にした。
この力で、ウェイドは冒険者の頂点の道を歩み始める……。
+注意+

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