47話:続、湿地帯
ロイさんと合流し、迷宮探索へと乗り出した僕たち。
無系統を育てるために、杖の探知アビリティがあって必要ないところでも『小範囲探知』のパッシブを入れている。
今やサクサクと進めるようになった第3階層までを足早に抜けながら、僕は新規に取得した魔法の情報を、彼とすり合わせた。
僕が覚えた魔法と効果を述べると、彼は目を開く。
「サイレントクライか。いい魔法を覚えたな」
「えぇ。湿地帯は毒や麻痺を持ったスキル攻撃を使う魔物が多いですからね。使えると思って取りました」
「あぁ。4~5層の状態異常攻撃はなかなかに厄介だから、十分戦力になるな」
「今まで先制攻撃は火力支援を行っていましたが、次からは初手でサイレントクライを打ち、沈黙をばら撒きます」
「頼む」
「了解!」
ロイさんの言葉に力強く頷いて、そのまま迷宮を進行していく。
第3階層の終わりで半刻ほどの小休止を取り、現在攻略中の第4階層までやってきた。
ここは足元がズブズブと地中に沈んでいく、ぬかるんだ地面の階層だ。
足場が特に悪いため、ここでヘイストの支援魔法を僕ら2人にかける。
そして状態異常をもらわないように、『ウンディーネの加護』をオン。『小範囲探知』をオフ。
攻略最前線で無系統を育てている余裕はない。
支援とパッシブの準備が整うと、僕はロイさんに頷いて言った。
「よし、行きましょう」
「行くぞ」
そうして、第4階層の攻略が始まった。
前衛にロイさん、後衛に僕。
2人で縦の陣形を取って、湿地帯を歩いて行く。
しばらく行くと、杖の探知アビリティに魔物がひっかかる。
「敵襲! 数は5。10秒後に接敵します」
「了解」
ロイさんが剣を鞘から抜き、構える。
魔物は前衛に紫色のサソリ型が3体いて、
後衛に真紅のコウモリ型が2体、空を飛んでいた。
「ポイズンスコーピオンとクリムゾンバットだ! 新しい魔法を放て、ルーク!」
僕は首肯する。
接敵と同時に、僕はサイレントクライを放った。
「―――ッッ!!」
声にならない悲鳴が戦場に響き、サソリ型のポイズンスコーピオンと、コウモリ型のクリムゾンバットがわずかに後ずさった。
サイレントクライによって沈黙の状態異常を与えたのは、ポイズンスコーピオン2体、クリムゾンバット1体だった。
初めてにしては、なかなかに収穫あったのではなかろうか。
「俺がサソリを受け持つ。お前はコウモリを殺れ」
「分かりました!」
短く意思疎通すると、魔物との戦闘に突入する。
僕は魔力消費を抑えるべく、自軍後衛から雷系統のサンダーランスを放って魔法弾幕を張った。
次々に放たれる雷の槍によって、近接戦闘空域に出てこようとしたクリムゾンバットを空域後方に張り付けにする。
その間に、ロイさんはポイズンスコーピオンと向かい合っていた。
紫色のサソリは、鋭い尾でロイさんに襲いかかっているが、彼は悠然とした構えでそれを迎え撃つ。
両肩をリラックスさせて力を抜き、剣を地面にだらりと向けて構えている。
これは剣術における五行の構えのうち、下段の構えと呼ばれるものだ。
さらに左半身を前方に向けて、迎撃能力を高める半身の姿勢を取っていた。
この構えを取る利点は、相手のいかなる動きにも反応でき、自在にカウンターを放つことができる点だ。
最も防御に適した守りの構え。地の構えとも呼ばれているものだった。
おそらくサソリの尾には毒の効果があるのだろう。
刺々しい尾を使ってサソリはロイさんを攻撃するが、彼はステップを前後に踏んで華麗にかわす。
時にはポイズンスコーピオンの尾を剣で迎え撃ち、互角に思える攻防を繰り広げる。
そんな中、敵が強襲を仕掛けてきたところに、1つステップバックを挟んで後方へ身体を逃した。
そうすればスペースができる。
突如として前方に攻撃相手がいなくなったポイズンスコーピオンは、尾による攻撃が空振りとなって、身体が泳いだ。
そのスキを逃さず、ロイさんはステップを踏んで再び前に出て、カウンターを合わせる。
サソリの胴体に剣が突き刺さり、魔物の体液がドバッと流れた。
「上手いな……」
僕はクリムゾンバットをサンダーランスで迎撃しながら、思わずつぶやいた。
ロイさんは全体的にトップクラスの戦闘技術を持っているんだけど、僕が彼の戦い方でなにより上手いと思うのは、ギャップの作り方だと思う。
剣術は直線運動が基本なのだが、ロイさんのステップは驚くほど滑らかだ。
前後左右に巧みなステップを踏んで、遠心力と相手の動きを利用して迎え撃つ。
魔物と剣で打ち合っていたところも、最初はわざと互角と見せかけて、相手に『もう一息で倒せる』という気を持たせる。
そして魔物が勢いに乗って追撃してきたところ――決定打となる大振りの一撃を魔物が放ったところで、ロイさんはステップバックで華麗に回避。
ここでスペースが空き、魔物とのあいだにギャップが生まれる。
渾身の一撃を外した魔物は思わず前のめりになり、態勢を崩す。
そこへ、ロイさんは全体重を乗せたカウンターの一撃を放つ。
剣の理合――合理的な動きを極限まで追及した動作。
芸術性すら感じる。
剣神の称号を得ているのは、伊達ではなかった。
1体のポイズンスコーピオンをロイさんが葬ったところで、クリムゾンバットに動きが見られた。
サイレントクライの沈黙にかかっていない方の魔物が、「ピギィ――!」と高らかに鳴いたのだ。
なんだ、と思って身構えていれば、なんと湿地帯の先から次々にクリムゾンバットがやってくるではないか。
「援軍……! 仲間呼びのスキルか!」
クリムゾンバットはスキルで仲間を呼び、敵の後衛には新たなクリムゾンバットが3体現れた。
これはまずいことになったぞ、と僕は思った。
戦闘を行うにあたって、大切なことは戦闘全体の戦術計画。
魔物は何を一番の弱点としていて、どこを叩けば魔物に致命的な打撃を与えられるか。
敵の戦闘計画を崩壊させるには、何をすればいいのか。
それを、後衛かつ司令塔である僕が考えて、先回りしてこなしておかなければならない。
それが戦闘指揮官の役目なのだが、今回にいたっては後手に回ることになった。
まぁそうは言っても、僕はこの魔物とは初見戦闘なのだから、情報が足りなかった。
しょうがないと言えばそうなのだけれど。
ともかく。
どう考えてもクリムゾンバットの仲間呼びのスキルを放置しておく訳にはいかない。
このまま放置すれば、仲間呼びで援軍をどんどんと呼ばれて、クリムゾンバットが大量生産される羽目になる。
そうなれば、いかなロイさんと僕と言えど、数的劣勢でピンチに陥る。
ならば、叩くべきはまず、クリムゾンバットのあのスキル。
サイレントクライを複数回撃って、魔物のすべてを沈黙状態に陥らせる。
「――ッッ! ――ッッ!」
二度、三度と、サイレントクライを打った。
結果として、すべてのクリムゾンバットは沈黙状態に陥り、これで仲間呼びのスキルは封じることになった。
しかし、合計で5体に増えたクリムゾンバットは、残り2体のポイズンスコーピオンと連携し、僕らを包囲する形で戦列を組み始めた。
一般的に、魔物の戦型は横一列に並び、それが前衛、中衛、後衛と構成される、横陣である。
横陣は、正面に対しての攻撃に、最大の戦闘能力を発揮する。
火力の集中と連携攻撃による、『包囲的集中』にその真価があるからだ。
一方、僕とロイさんが前後に並んで戦う縦陣は、『機動速度』に戦いの勝機を見出す。
横に伸びた敵陣が、やがて僕らを囲い込む――包囲し始めるその時。
横一列の陣形から円形の包囲網に至るその時、魔物の陣形をぶち破ることのできる『屈折点』が生まれる。
「ロイさん! 魔物が包囲機動を行い始めました! 屈折点に火力を集中させましょう!」
「了解した」
短くやり取りし、僕らは魔物の屈折点を狙う。
それはわかりやすく言うのなら、陣形の曲がり角、という意味だ。
横から丸に包囲機動していくには、どうしてもそれまで重層的だった陣形が薄く伸びる。
包囲しつつあるときにできるスキ、陣形の曲がり角を狙われれば、いかな屈強な戦陣であろうとその一点においては脆く崩れ去る。
戦術の本質は、攻撃目標の選択と、火力の集中。
横陣が円形に機動し始めた時にできる屈折点に、僕らは火力を集中させた。
ロイさんのフロントステップからの振り下ろしに、僕が最大火力魔法のスリヴァーシュトロームを合わせる。
雷の雷蛇が、包囲して半円に伸びつつあった魔物の陣形の一点を襲う。
「グギィィ!」
曲がり角の一点にいたクリムゾンバットは、雷蛇に飲み込まれロイさんのトドメの一撃で消滅し、魔石へと変わっていった。
屈折点にいたクリムゾンバットが消滅し、僕とロイさんはその地点を駆け抜けて、包囲機動を行う魔物の群れから素早く抜け出した。
包囲に失敗した横陣など、機動性に優れた縦陣の敵ではない。
クリムゾンバットの仲間呼びスキルも封じた。
ポイズンスコーピオンの毒尾攻撃も沈黙によって使えない。
こうなれば、あとは魔物など烏合の衆である。
僕らはそのまま各個撃破に移行し、火力を集中させて1体ずつ魔物を葬り去っていった。