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45話:それぞれのスタイル

 僕はルーン殿下に宿屋でお目にかかったあと、娼館街近くの食事処でロイさんと遅い夕食を済ませた。

 僕は夕食が終わるとそのまま宿屋に直帰して一泊したが、彼は僕が眠るまで帰ってこなかった。

 どうせお気に入りの娼婦とお楽しみだったのだろう。


「ふあ……」


 明くる朝、ベッドから起き上がり、宿屋の鎧戸(よろいど)を開ける。

 ガラガラと音を立てて木の鎧戸が上に持ち上がり、室内に爽やかな陽光が降り注いでくる。


 朝の光をいっぱいに浴びて、んーっ、と大きく伸びをして室内を振り返れば。

 並んだベッドの向こう側に、美青年・ロイがいつの間にか帰ってきて寝込んでいる。


 太陽の光を浴びた彼は、「うぁ……頭が痛い……」などと小さな唸り声をあげて寝込んでいるところから、間違いなくアルコールの過剰摂取による二日酔いだろう。

 僕は彼を起こさないほうが良いと判断し、スルーした。


「迷宮探索は、今日は休みかな……」


 アルコールで彼に死なれたらたまったものではない。

 僕は部屋の桶に張っていた水で、顔と口を洗って、彼を起こさないように静かに部屋の外に出た。


 宿屋の一階に降りて店主に「朝食はどうする。うちので良ければできているぞ」と聞かれたので、ありがたくご馳走にありつくことにした。

 宿屋の給仕係の女の子が、テーブルに運んできてくれる。


 メニューは主食のライ麦のパンに、白菜と玉葱と豚肉の切れ端を塩でじっくり煮込んだスープに、目玉焼きだった。


 宿屋の食堂テーブルに一人で腰掛け、パンをちぎってスープに浸しながら口へ運ぶ。

 スープの優しい味がパンに染み込んで、美味しくいただけた。


 周りは近隣の魔物を討伐して日銭を稼いでいる冒険者たちが、今日の予定を組み立てている。


「坊主。まだロイは起きてこないのか?」

「そうですね。二日酔いのようですよ」


 宿屋のカウンターで帳簿を整理している店主がこちらを振り返って言ったので、応える。


「ったく……あいつの女好きも困ったものだな」

「まぁ、男性ですし」


「まるでルークは男じゃないかのような口ぶりだな」

「品格のある人物は、清く、正しく、美しくですよ」


「お前は淑女なのか?」

「かもしれませんね」


 店主とくだらない応酬を交わし笑い合いながら、僕は朝食を食べ終えた。

 彼に礼を言って、シリルカの街へと繰り出す。


 さて、今日は何から手をつけるか。

 迷宮の攻略状況は、現在第4階層を踏破しているところだ。

 第四階層は、ぬかるんだ湿地帯の層であって、毒や麻痺のような状態異常攻撃を使う魔物が多くいる。


 あの階層を安全に攻略するには、状態異常の攻撃を完全に防ぐ『ウンディーネの加護』をずっとつけていなくてはならないため、魔力消費が半端では済まない。


「そうだな。まず装備をもう一度見直して、魔力不足の問題を解決しよう」


 困ったときは、まず装備を改善する。

 金で解決できるのだから、安いものだ。


 そうして僕は、シャーレさんの装備品店へ向かうことにした。

 シリルカの街を歩き、彼女の装備品店へとやってくる。


 幸いにして、朝だったがシャーレ女史の店はOPENの看板がかかっていた。

 木の扉を開けて、カランコロンとベルが鳴り響く装備品店の中へと入る。


「……んあ? いらっしゃーい……。おぉ、これはこれは。誰かと思えば、緋龍褒章を受勲(じゅくん)なさった大貴族のルーク様ではございませんか」


 まだ朝だというのに、カウンターで眠たげに船を漕いでいたシャーレさんが、僕を見るとそう言った。


「なんですか、それ」

「いやいや、シリルカの街ではそれなりに有名だよ。緋龍褒章をもらってルークくんが成り上がったって」


「高価そうだってことは分かりますけど。何の価値があるのかイマイチ分からないんですよね……」

「はは。それ私以外の皇国民に言ったらぶっ飛ばされるから言わないほうがいいよ」


 そんなものなのか、と心の中でため息をつく。

 ローブの胸にピン留めしている、赤い宝石で象られた龍のブローチを指でなぞる。


「私にもそれ見せてくれないかな」

「いいですよ」


 ローブにつけているピンを外して、緋龍の勲章(くんしょう)を彼女に渡す。

 するとシャーレさんは「うひょー」だの「うわ、本当にスカーレットルビーで作られてるんだ」などとしきりに感心していた。


 そのあいだに、装備を見て回る。

 改善したい魔力不足の問題と、あとは沼地でも安定した移動性の確保。


「魔力不足ってなると、杖を替えるのが一番現実的だろうか……」


 考え込みながら、店内をぐるりと一周する。


「シャーレさん。魔導師が使うブーツのおすすめってどのあたりですか」

「んあー? 魔導師がブーツ?」

 

 エメラルドの宝玉をためつすがめつしていた彼女は、顔をあげて疑問符を浮かべた。


「レスティケイブのダンジョン4階層が湿地帯なんです。足を取られて体力を奪われるので、その対策がしたくて」

「なら、弓が置いてあるコーナーの下段」

「ありがとうございます」


 未だに興奮冷めやらない様子で緋龍褒章を見ている彼女にお礼を言って、剣や盾が置いてあるエリアを横切る。


 弓が陳列(ちんれつ)されているところまで来た。

 その下段の棚には、たしかに弓兵や魔導師のような中~後衛職が使うためのブーツが置いてあるではないか。


 めぼしいものから1つ、2つと手に取って、装備の魔法付与効果(マジックエンチャント)を比較する。

 現在、僕は中位魔導師だから、冒険者全体の中でも中級に属しているだろう。

 中級から上級にかけては、装備の魔法付与効果(マジックエンチャント)がとても重要だ。


 良さそうな魔法付与効果があるブーツを手にとって確かめてみた。




【エルフのブーツ】


 エルフ族が好んで使う風の羽作られたブーツです。

 風の魔法の加護が常時かかり、『攻撃速度・移動速度を中上昇』させます。

 また、遠距離からの弓攻撃・魔法攻撃に、『命中率の上昇補正』がかかります。


 定価 金貨3枚




【妖精の疾き靴】


 天上界に住まう妖精が落とした素材・『天上の羽箒』から作られたと言われているブーツです。

 金色に輝くブーツで、『移動速度が小低下』、『近接戦闘能力が中低下』しますが、『歩いた歩数に比例して魔力が回復』していきます。


 定価 金貨4枚




「すごいなこれ……。歩いた歩数分魔力が回復するのか」


 たしかに値段は高いが、それは問題じゃない。

 どっちの性能を取るかだ。


 湿地帯を速く駆け抜ける移動速度を取るか。

 それとも魔力回復を取るか。


 エルフのブーツは湿地帯を移動するにあたって優位になる移動速度の中上昇補正があるが、ただこれはヘイストでも補うことも可能なところだ。


 4階層を優位にかつ安全に攻略するために最重要なことは、ステータス異常を完全に防ぐ『ウンディーネの加護』を常時切らさないこと。

 そのためには、魔力を回復できる『妖精の疾き靴』が望ましい。

 

「ただこれ、移動速度と近接戦闘能力に低補正がかかるんだよな……」


 今でさえ、ヘイストをかけても移動で体力消費するというのに、妖精の疾き靴でさらに低下補正がかかると、とっさの事態に対応できるかどうか。


「シャーレさん」

「お金たんまり持ってるんでしょ。価格交渉は受け付けないよ」

 

 言う前にピシャリと断られたが、言おうとしていたのはそういうことではない。


「移動速度を落とさずに、魔力回復できる靴はないですか」


 手に持った緋龍褒章から顔を上げたシャーレさんは、これみよがしにため息をついた。


「あのねぇ、ルークくん。そんな神装備があれば、誰だって欲しいに決まっているではないかね」

「お金なら言い値を積みますから、そこをなんとか」


 僕がそう言うと、シャーレ女史は「本当に? 貯め込んだ金貨全部吐き出してくれるの?と目を輝かせた。


「まぁ、それこそ『魔力回復』、『移動速度 大上昇』、『近接戦闘能力 大上昇』みたいな魔法付与効果がついた、最終装備であれば、ですが」

「お金があってそのクラスの装備を目指すんなら、それこそ迷宮の深部で上質の素材を採取して神級の魔石を手に入れて、それで工房ギルドでオーダーメイドで作ってもらったほうがいいと思うけど」


「あそこですか」


 確かに、魔物探知・トラップ探知・習熟度加速という3つの魔法付与効果(マジックエンチャント)がついた杖はいまだに重宝しているが、しかし。


「僕はもう、冒険者ギルドに登録してしまったんですよね」

「ダメ元でお金積んで頼んでみれば? 案外、作ってくれるかもよ? 冒険者ギルドも、使える冒険者を小さなことで切り捨てたりしないでしょ」

「なるほど……」


 彼女の進言に重々しく頷いた。

 オーダーメイドしてもらうことに遠慮があるわけでもないから、今度冒険者ギルドと工房ギルドの両方に話を通しに行ってみよう。


「それはそれで交渉してみるとして、とりあえず、目先の問題を解決できるブーツが欲しいんです」

「んんー、しょうがないなぁ。とっておきのを出してあげよう。あれどこやったっけ」


 などと、彼女はぶつぶつ呟きながらいったん店の奥に引っ込んだ。

 しばらく僕が待っていると、シャーレさんはやがて漆黒のブーツを抱えて戻ってきた。


 黒を基調としたブーツで、ほのかな陽炎のような熱気を立ち上らせているブーツだった。


「なんですか、それ!」

「ブラックオーガのブーツ。魔法攻撃の全属性効果上昇に加えて、敵から受けたダメージを軽減し、魔力に還元して吸収する効果があるんだ。魔法職にとっては、完璧な装備だと思わない? ちなみに定価は銀貨5枚」


「すごい上にめちゃくちゃ安いじゃないですか! どうしてそういう装備を出してくれなかったんですか!?」

「ただし、常に呪われて『狂気』のステータス異常にかかります」


 あ……ダメなやつだそれ……。


「うーん……なかなか難しいですね」


「私も仕入れを頑張ってはいるんだけどね。ルークくんクラスになってくると、やっぱり究極の装備を追求するレベルになっちゃうから、なかなかね。本当に最終的なものを揃えたいって言うんなら、さっき言った工房ギルドでのオーダーメイドか、皇都に行って足を棒にしていろんな店を探し回るしかないかもね」


「分かりました。とりあえず目先の魔力不足について改善したいので、妖精の疾き靴を買います」

「まいどありぃ~」


 金貨4枚を彼女に渡して、僕は魔力回復効果のついた黄金の靴を買った。

 これでマジックポーションの消費もだいぶ抑えられるはずだ。



 装備が強化できたのなら、次は魔法とスキルの改善だ。

 そういうわけで、僕は新しい魔法を覚えるべく、聖教会にやってきていた。


「ふむ……ゾンビボーンドラゴン相手に、魔法が通用しなかった、と」

「えぇ。火力不足だけが問題じゃないと思うんですよね。雷系統聖級のスリヴァーシュトロームが効かなかったわけで、根本的に何か戦闘スタイルを間違っている気がするんです」


 僕のお悩み相談に、神父さんはもっともらしく頷いた。


「そうだな……。ルークくんももう中級から上級の入り口にいると思うし、これからきみが成長していく上で、極めるべき魔導師としてのスタイルを説明しておこうか」

「極めるべきスタイル、ですか?」


 きょとんとした顔で、僕が尋ね返した。

 どういうことなのだろう。

 

 使える魔法を覚えて、それを正しく運用するだけではないということか。


「きみの今の取得は、雷系統の攻撃魔法と、土系統の妨害魔法が多かったね?」

「そうですね」


 うむ、と頷き、神父氏は説明を続ける。


「基本的に、中級から上級に至るまでの後衛魔導師のスタイル別強化方法は大きく分けて4つある。


 1つ目のスタイル、魔物の弱点系統を突いて火力で押す


 これは全系統の上位攻撃魔法の取得を目指して、ひたすらに火力を強化する。

 高度スキルの属性威力ブーストも合わせて取れば圧倒的火力となる。

 そうして魔物の弱点属性に合わせて、属性系統を使い分けて、火力でゴリ押すスタイルだ。


 魔導師なら誰もが憧れる、正統派の火力スタイルとも言えるね」

 

「そう言うからには、別のスタイルもあるわけですよね」

「ある。

 2つ目のスタイル、魔法を連携させて相手に大ダメージを与える」


「魔法を……連携させる……?」

「いわゆる連携魔法コンビネーションスペルスタイルだね。

 たとえば、きみはまだ無系統魔法を取っていないけれど、無系統の初級魔法にスタンプショットというものがある。

 スタンプショット自体には特にダメージを与えられる威力があるわけではないけど、魔物を『ターゲット』という状態にさせることができる」


 聞きなれない単語に、僕は首を傾げた。


「魔物への攻撃なんて、自分で管理することだと思いますけど。ターゲット中にして、何かいいことでもあるんですか?」

「あるよ。水系統の聖級だったかな……? スコールレインという強烈な連続攻撃魔法が、この魔物をターゲット中にしておかないと、発動しない魔法なんだ」

「へぇ……」


 興味深い話だった。


「そしてスコールレインで攻撃した相手は、ダメージを与えられると同時に浸水状態に至る。ここまで言えば、浸水状態から続けて放つ効果的な魔法があることは、分かるよね?」

「雷系統の火力魔法を使えば、大ダメージ……」


「そう。それが連携魔法スタイルだ。状態異常や呪い、低下状態に魔物を意図的に追い込んで、それに続く効果的な魔法で連撃していく、いわゆる魔法でコンボを叩き込むスタイル。これが2つ目」


 僕は神父さんの語る言葉を、じっと聞くことにした。


「3つ目のスタイルが、妨害に徹して、前衛火力の攻撃に魔法をリンクさせて追撃するスタイル。

 これは、豊富な妨害魔法を覚えて、魔物の行動を後衛から封じると同時に、こちらの前衛が与える物理攻撃にリンクして攻撃できる無系統上級の『リンクアタック』というリアクションスペルを覚えて、追加魔法ダメージを与えていくスタイルだ。

 いわゆる、前衛火力を起点としたアシストスタイルかな。


 そして4つ目のスタイルが、遠距離攻撃専門で、後衛から前衛の火力支援に徹する。

 前衛をすり抜けた魔物が近~中距離に入ってくるのは、パッシブ系魔法カウンターを利用して迎え撃つ、カウンタースタイル。


 大きく分けて、中級から上級の魔導師には、この4タイプがあると、私は思う。

 聖級から神級の魔導師にいたれば、この4つの要素すべてを兼ね備えなければならないと思うが、まずはこの中からどれかのスタイルを選んで極めてみたらどうだろうか?」


「なるほど……。色々とスタイルがあって、それに沿った魔法を効率的に取得していかなければならないわけですね」

「そういうことになるね」

「自分に合ったスタイル……。効率的な成長方法……」


 僕はその場で、これまでの戦闘を振り返ってどのスタイルで行くか考え込んだ。

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【クリックで先行連載のアルファポリス様に飛びます】使えないと馬鹿にされてた俺が、実は転生者の古代魔法で最強だった
あらすじ
冒険者の主人公・ウェイドは、せっかく苦心して入ったSランクパーティーを解雇され、失意の日々を送っていた。
しかし、あることがきっかけで彼は自分が古代からの転生者である記憶を思い出す。

前世の記憶と古代魔法・古代スキルを取り戻したウェイドは、現代の魔法やスキルは劣化したもので、古代魔法には到底敵わないものであることを悟る。

ウェイドは現代では最強の力である、古代魔法を手にした。
この力で、ウェイドは冒険者の頂点の道を歩み始める……。
+注意+

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