42話:つながっていく、点と線 2
リリとユメリアが未来から来ている可能性が高くなってきた今。
僕は気になることを目の前の受付嬢に尋ねることにした。
「一つ、アシュリーに聞きたいことが」
「私でよければなんなりと」
「もし……黒髪の男と金髪の女性が結婚し、子供を産んだとして、銀髪の子供が生まれてくる可能性はあるのかな」
少しびっくりしたようだったが、一呼吸置いて、アシュリーは言った。
「あります。そもそもこの世界の銀髪の子供は両親の髪の遺伝というよりも、突然変異で生まれてくるのであって、そういう子はたいてい何か特別な才能を有しています。
魔法がとても上手く扱えたり、魔法を越えた能力を持っていたりですね。エジンバラ皇国の姫君であるルーン皇女殿下なども銀髪の女性ですが、彼女は限定された状況で未来視ができるようですよ」
未来ではユメリアの母親であると思われるリリは、現時点でも空間を跳躍できる。
なら僕らの子供として、それも銀髪という優秀な遺伝子を持って生まれたユメリアは、時間を越えられても当然なのか?
その時、僕の脳裏に、かつてユメリアと出会った時に交わしたの言葉がひらめいた。
『レスティケイブに潜る僕に聞いておきたい、ということですから、それ(ホロウグラフ)はレスティケイブのどこかに存在する魔導具なんですか?』
『わたくしにもよく分かりません。この時代のどこに存在し、誰が所有しているのか。謎に包まれているのです』
時代がかった物言いだった。
この時代の。どこに存在し。
まるで遠い世界からやってきたかのような、彼女の口ぶりからはそんな印象を感じさせる。
『しかし、この時代のどこかにホロウグラフがあることは確定しているのです。もしルークさまがホロウグラフを見つけましたら、ぜひわたくしに譲っていただきたいのです』
この時代のどこかにホロウグラフがある。
それはまるで、自分が現在の時間に生きる人間ではないかのような口ぶりで。
あの時から少しひっかかっていたが、もう間違いないだろう。
この世界にいるユメリアと第二のリリは、未来から来ているんだ。
「ユメリアはこの時代のどこかにあると言われている、ホロウグラフを探している。それは未来に持ち帰って、ノアの箱舟計画を完遂させるため……」
「断定はできませんが、その可能性は高いでしょう」
そしておそらく、未来の時間軸ではリリとユメリアはホロウグラフをめぐって対立している。
少し前に宿屋に帰った時にもらった、リリからの手紙。
『ユメリアにホロウグラフを渡してはいけない』
なぜリリとユメリアが対立しているのかまでは分からないが、彼女たちが敵対関係にないならば、こんな回りくどいことなどやってないはずだ。
未来から来たリリが僕に接触して「ルーク。ホロウグラフをちょうだい」と直接言わないのは、この世界にリリが2人いてそれぞれが他人に干渉すれば、歴史が変わる可能性があるからだろうか。
「うーん……」
頭の痛くなる話ではあった。
アシュリーは、再び眼鏡をくいと持ち上げて、こう言った。
「そして、ルークさん。ルークさんもこの計画には無関係では、どうやらないようですよ」
「え……?」
どういうことだ。
目線でそう尋ねる僕へ、アシュリーさんは羊皮紙をめくった部分を指差した。
そこには、『ノアの箱舟』に乗せる予定と思われる人物名が書かれていて、その中に、
ルーク・フォリア
リリ・フォリア
ユメリア・フォリア
とあった。
そうか……。
ペンダントの裏に刻まれていた『我が人生を、愛する家族と、ノアの箱舟計画に捧げる』という文章は、やはり僕もこの計画に深く関わっていることを意味するのだ。
もっとも、この世界では貴族しか姓を持つことを許されていないから、今の僕の名前はただの『ルーク』だ。
しかし、ペンダントに入っていた写真と言い、ここまで状況証拠がそろっていて、ここに書かれている『ルーク・フォリア』と『リリ・フォリア』がまったくの別人であるはずがない。
もはや苦笑するしかなかった。
僕の知らないところで、何が動いているのか。
「あの女……本当に何をやらかすつもりだ」
「いずれにせよ。この件は詳しく調べてみる価値がありそうです。時間を超える魔法の使用者を放っておくわけにもいきませんし。ルークさんさえよければ、皇帝陛下に打診して国家的な対策を打ちますが」
「分かった。たしかに時間を超える魔法とあっては、歴史が変わりかねない。国が動くべき案件だと思う」
彼女の言葉に頷いた。
「ありがとうございます。ちょうどエジンバラ皇国の皇女様・ルーン皇女殿下がこの街に訪問なさっているようなので、この機会にルーン殿下に伝えようと思います」
「皇女殿下とあろうものが、なぜ魔物との戦いにおける最前線のシリルカの街なんかに?」
「ルークさんに御用があるみたいですよ」
「皇女殿下が、僕に」
次から次に新しいことが起こるものだ。
「えぇ。先の大侵攻を防いだ功績を称えるとかの名目で。皇女殿下は宿屋でルークさんの帰りをお待ちしているという話ですので、もしよければ私と当ギルドマスターのクロスもルークさんに同行してもよろしいでしょうか? その際に今の話を皇女殿下に上申しようと思いますが」
「そういうことなら、3人で行こう」
新しく衝撃的な情報だらけでふらふらする頭を、頬を叩いてひきしめた。
僕は受付嬢のアシュリーとギルドマスターのクロスさんと一緒に、ルーン皇女殿下の待つ宿屋へ向かった。




