34話:迂回機動
覚えたてのヘイストやライト、それから妨害魔法のサンドロックを積極的に使って、習熟度を伸ばしながらレスティケイブの戦闘をこなしていく
経験値取得も緋皇のローブによる加速があるので、体感で5割増しぐらいは成長速度が上がっている。
三階層で出てくる魔物は、基本的に土系統の魔法に耐性が高い。
土系初級の妨害魔法・サンドロックで動きを妨害しようにも、ゴーレム系などにはロックを力づくで外されてしまうことも多い。
だからこそ、他の魔法との連携が重要だった。
サンダーランスやバーングラウンド、ライジングスパークを上手く使い合わせながら、妨害と火力のコンビネーションで攻めていく。
休憩を挟みながらしばらく三階層で狩りを続け、僕のレベルが3つ上がった時点で「一度、街に戻るか」とロイさんに提案されたが、三階層の攻略完了が間近だったためにこの階層を最後まで攻略してから戻ることで合意した。
……と言うわけで、僕たちが目前にするのは、三階層最後の難所であった。
前方に伸びる道しか道路がなく、左右を険しい山脈に挟まれていて前後にしか行動できず、機動性を大幅にそがれている地形。
いわゆる、隘路。山間にたったひとつだけ存在する道、厳しい地形である。
そして最悪なことに、40ヤルドほど先の隘路の出口で魔物の群れが存在しているのが、僕の杖の魔物探知にひっかかっていた。
「どうする、ルーク」
「……これは完全に、待ち伏せされていますね」
ここに来るまでにも隘路内での戦闘は何度もこなしてきたが、出口で徹底的に待ち伏せされるのは初めてのことだった。
最初に隘路で戦った時に僕らが採った戦術を、今度は魔物が採用してきている。
緊要地形である、隘路の出口に戦力を凹状に展開させ、隘路から出てくる僕らに火力を集中させる戦法だ。
迂回しようにも周囲は険しい山脈に囲まれていて、主要道路は僕らが来た道一本しかない。
つまりこの先、四階層へ行こうとするなら、この隘路を通らなくてはならないということだ。
「さて、どうしますか……」
あごに手をあてて、考え込む。
作戦路がこの道一本しかないと言うのなら、ここを通らなければ話にならない。
しかし、罠だと分かっていて無策で突っ込むのは、ただの馬鹿のすることだった。
緊要地形を魔物に奪取されている局面での戦い。
どう組み立てるか。
こういう複雑性の高い地形で戦うには、突破機動か迂回機動が有効な手段となる。
まず突破機動は、文字通りの正面突破だ。
戦場での敵も馬鹿ではないため、いつも包囲陣や背後をかけるとは限らない。
そのような場合、自軍を一極集中させて高速運用することによって、敵の分断と各個撃破を狙う。
相手が敷いた完璧な防御陣地を攻略するというのだから、これはかなり戦況判断力と指揮統率力が必要とされる。
それにこの場合、正面突破は魔物も完全に警戒している。
ここを突破するのは、かなりの労力を要するだろう。
だとするなら、次善策として、迂回機動。
自軍の戦力を主攻と助攻に分けて、主攻が正面を担当しているあいだに、助攻が敵の背後か両翼に回り込んで戦う戦型だ。
背後を攻撃されて優位に立てる者は、そういない。
待ち伏せされている敵には、突破機動より成功する確率の多い作戦だ。
「やっぱり、迂回機動ですかね」
ロイさんにヘイストをかけて、機動力を高める。
常人では進むことが不可能な険しい山脈を登ってもらい、斜面伝いに隘路を迂回。
敵の背後へと降り立つ。
そうして敵の背後連絡線を断っておき、僕が主攻として隘路の中から出口に敵へ向かって火力攻撃を行い、ロイさんが助攻として敵の背後から攻撃。
これで挟撃が成立する。
「ロイさん。作戦を立てました」
「あぁ」
僕が立案した戦術を彼に語ると、ロイさんはわずかに目を見開いた。
「ということは、お前が囮になるということか?」
「囮とはちょっと違うかもしれませんね。正面突破が警戒され、重要地形を相手に獲られているので、それを崩すために部隊を主攻と助攻に分けます」
部隊、と言っても僕とロイさんしかいないペアパーティーなのだが。
僕の言葉に、彼は顔をしかめた。
「それは、お前が普段から言っている、自軍戦力の一極集中に反する戦い方ではないのか」
「ですね。戦術の基本は、自分を集中させ、敵の各個撃破です。
ただこの場合だと、隘路を直進して敵の各個撃破を狙おうとしても、出口から出てきた僕らに魔物からの集中砲火が降り注ぎます。
緊要地形を獲られた戦いは、素直に戦力の一極集中をするだけでは勝てません
なので戦力を2つに分け、迂回のちに挟撃を行います」
「だが、後衛のお前が敵の主力と鉢合わせることになるのだろう? 大丈夫か」
「いつまでも最強前衛の陰に隠れて安全に攻撃しているばかりでは、この先通用しませんから。ここらで超えておかなければならない壁でしょう」
幸いにして三階層の魔物は、火力では十分に押せる相手だ。
魔法二重発動もあることだし、妨害を使って攻める余裕はなくなってしまうが、全力でやれば持ちこたえられるだろう。
それに、と僕は言った。
「おそらく、敵の背後をかくことに成功すれば、相手の陣形も崩れるはずです。
大丈夫です。勝算はあります」
僕が力強く言うと、ロイさんはゆっくりと頷いた。
「分かった、やってみよう。俺だけの力では難しいが、お前のヘイストがあればなんとかなるだろう」
「えぇ、それも計算に入っています。山岳を迂回して、敵の背後をとることに成功したら、なにか合図ください。お願いします」
「任せておけ」
そう語る剣神に、隘路の入り口前でヘイストをかける。
僕の魔法によって彼の機動力が大幅に上がり、ロイさんは一つ頷いてから。
急斜面の険しい岩肌を、足場を確保しながらジャンプを繰り返して駆け上がっていった。
支援魔法をかけたからとは言え、さすがにものすごい機動力だ。
彼の姿が視界から消えると同時に、僕も隘路の中へ身を進めた。
それは直進の道ではなく、曲がりくねった屈折点の多い道だった。
魔法の杖による50ヤルドの魔物探知があるため、奇襲をかけられる可能性は低いが、隠密系のスキルおよび魔法を覚えていない魔物がいないとは限らない。
十分に注意を払って山間路の中を進んでいくと、やがて出口が見えてきた。
岩陰からそっと様子を伺う。
道の終わりに、凹面鏡のように魔物が出口に陣取って、囲いを取っている。
完全に、隘路から出てきた僕に対して、火力を集中させる陣形だった。
あれに真っ向から突撃していって、耐えられる力は今の僕にはない。
だから迂回してくれるロイさんと連携することが重要だ。
しばらく魔物の様子を伺っていると、やがて凹面鏡に位置した魔物の後ろ側から悲鳴があがった。
ロイさんだ。
魔物を奇襲することで、合図としたのだろう。
険しい山岳を登りきり、無事に敵の背後に到着してくれた。
凹面鏡に陣形を敷いた魔物の群れの背後から攻撃が仕掛けられ、魔物の群れは衝撃と困惑を隠せていなかった。
魔物の群れが背後に気を取られているうちに、敵の動揺を利用して僕も戦場に躍り出た。
自分にもヘイストをかけながら、隘路の残り道を素早く駆け抜け、出口へ到達。
魔物から火力集中が来るはずだったが、ロイさんが豪快に立ち回っているおかげで、魔物の群れからの攻撃はなかった。
突如として後ろに現れたロイさんに、完全に意識を奪われている。
そうなれば、僕の範囲魔法が効果的に刺さる。
無防備になっている敵の背中へ向かって、雷の上級魔法・ライジングスパークを発動させる。
虚空に出来する雷球から、雷の鞭が敵へと伸びていく。
出口の三方向に位置している魔物の群れすべてに、雷鞭が叩き落されて魔物の悲鳴があがった。
前から僕に攻められ、後ろからはヘイストがかけられて機動性が大幅に上がった、ロイさんがまたたく間に魔物を倒し続けていく。
挟撃の成立だった。
劣勢を跳ね返す作戦には、すべて奇襲の要素が必要となる。
山岳の斜面越えという作戦は、敵が意図していない方面からの打撃だった。
それによって敵の布陣のバランスを崩すことに成功し、隙ができる。
僕のライジングスパークも安全に放つことができ、出口に陣取った魔物の群れに間断なく雷鞭が叩き落され、混乱に陥った20を超える魔物は、やがて全滅にいたった。
「おつかれさん」
「上手くいきましたね」
ロイさんと合流して、言葉をかわす。
「四階層に行く前に、一度戻るか」
「えぇ。新しい魔法も覚えたいですし」
僕らは無事に3階層を攻略し終えた。