3話:王都へ
ロロナ村が壊滅したという報せだったが、僕の気持ちは未だに整理がつかなかった。
それでも太陽は回っていく。
生きとし生ける物へ、明日は誰にでも平等に訪れる。
僕は呆然としたまま次の朝を迎え、乗り合い馬車に揺られて王都を目指した。
リリはつらい事があった次の日だというのに、いつもの朗らかな表情を崩さなかった。
いつもと変わらない表情で、いつもと変わらない優しさで、彼女はたった一言こう口にした。
「みんな、ルークの事が大好きだからね」
それだけの言葉が、僕の心に染み渡る。
そんな僕の気持ちに寄り添うようなリリの言葉に、なんだか救われる思いがした。
ロロナ村が壊滅し、僕たちは身寄りのない天涯孤独の身になってしまった。
だからこそ、リリだけはなんとしても守り通そう。
社会の厳しさなどろくに知らない甘ったれた子供だけれど、きっと彼女と一緒なら、どこでもいつだって生きていける。
リリを守るんだ。何に変えても。
そうして僕らは乗り合い馬車のあまり愉快ではない振動に揺られ続け、ついに6日後王都に到着した。
「じゃ、2人で銀貨10枚な」
「はい」
ちゃんと王都まで送り届けてくれた馬車主に対し、僕は腰の金貨袋から銀貨を取り出して渡した。
「まいど。またなんか会ったら頼ってくれ」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、彼が去っていくのを見つめていた。
「ルーク。私たちも行かないと」
「あぁ……そうだね」
リリは村が壊滅したと聞いても気丈に振舞っている。
平気なのだろうか。
いや、そんなはずはない。
きっと悲しみを抱えて、それでも笑おうとしているのだ。
強い子だと思った。
そのあり方が、人間的にとても美しいと思った。
そうだ。男の僕がいつまでもグジグジしててはダメだ。
僕は両目を閉じると、両の手で頬を強く叩いた。
パン、パン!
「ど、どうしたのルーク。いきなり」
「いつまでもグジグジ落ち込んでちゃダメだ! アルマさんたちは、きっと僕らに村の将来を託してくれたんだ」
僕がそう言うと、リリは華が咲いたかのように笑った。
「そう。そうだよ、ルーク。私たちが生きてれば、ロロナ村の血は受け継がれるんだから」
「いつかあの村に戻って、僕とリリでロロナ村を再興しよう」
「うんっ」
リリが破顔する。
まるで天使の笑みかのように、どこまでも透き通った笑いだった。
◇ ◆
王都はさすがに人が多い。
サンティコの町ですら目が回りそうだったのに、ロロナ村なんていう辺境の村とは比べ物にならない。
石畳の通りを歩く人々で活気に満ちている。
左右にはゴシック風の建築物が立ち並び、露店や屋台の数も尋常じゃない。
店主の客を呼びこむ声があちこちから上がり、子供が笑いながら走り回っていた。
「ルーク。どこへ行けばいいんだっけ?」
「とりあえずは……民芸品を売らないと」
まずは商業ギルドに赴き、村の民芸品を買い取ってもらうことにした。
商業ギルドの場所さえ分からなかったから、近くの暇そうな人に話を聞くと、大通りを直進した先にあるのだとか。
1番大きな通りを歩き、金貨を模した紋章の看板が掲げられていた。
「あれが商業ギルドか」
「みたいだね」
僕とリリは意を決してその建物の中に入った。
商業ギルドの中は繁雑としており、売り買いの交渉の声が飛び交っていた。
怒声に近い声も多く、このうるさいギルドの中じゃ怒鳴らないと聞こえないだろうなと思う。
「当ギルドに何か御用でしょうか?」
僕とリリが入り口であっけに取られていると、ギルドの従業員らしき人物が声をかけてきた。
「あ……ええと、村で作った民芸品を売却したいのですが」
「こちらへどうぞ」
そのままカウンターに案内され、緊張する僕とリリはギルドの受付のお姉さんと対面した。
「商品を売却ご希望とのことですが、実際に物を拝見させていただいてもよろしいですか」
「もちろんです」
僕は背負った麻の袋から民芸品を取り出す。
木をナイフで掘って作った木こり人形だったり、村の近くでしか取れない特殊な染料で染めた織物だ。
「ほほう……カストーナ地方の民芸品ですね」
「えぇ、まさに僕たちはそこの出身で」
「それは残念と申し上げればいいのか、不幸中の幸いと申し上げればいいのか……」
「大侵攻のことですか」
リリが言うと、受付のお姉さんは寂しそうに笑った。
「えぇ。カストーナ地方の民芸品はかねてより作りが丁寧で人気のものが多くございましてね。高値で売れるものが多々あります。そこへ今回の大侵攻でしょう? 悲劇の主人公だからと申し上げればいいのか、現在の市場ではカストーナ地方の民芸品にプレミアがついてございまして。ふだんよりも倍の高値で売買されているのです」
「そうなんですか……」
リリの表情は暗い。
身内の犠牲でお金を稼いでも、素直に喜べるはずもない。
「えぇ。当ギルドと致しましても、カストーナ地方の方々へせめてもの報いとして、この民芸品は高値で買い取らせていただきます。失礼ですが、他にどこかのギルドに所属していたりとかはありませんか?」
「ないですね」
これには僕が答えた。
「結構でございます。では詳しい鑑定を行いますので、しばし待機所にてお待ちいただけるよう願います」
「分かりました」
結局、ロロナ村の民芸品は全部で金貨3枚弱ほどで売れた。
ふだんは金貨1枚行けば良いほうだから、市場価格が上がっていることをふまえてもかなり色をつけてくれたに違いない。
それから僕とリリは宿屋に向かった。
一泊宿泊して疲れを落とし、翌日に祝福の儀を受けるためだ。
宿屋に入ると、僕らのことを恋人同士かと思った店主が「同じ部屋でいいんだよな?」と聞いてきたが、リリが速攻で断っていた。
ちょっと傷ついた。
宿屋のランクはまぁまぁと言ったところで、簡素なベッドに敷かれている藁とシーツ。
それからテーブルに椅子が備え付けられており、朝夕の食事は有料。
魔物から獲れる水の魔石を利用したシャワー室の利用は、1回銀貨1枚。
高。
僕は店主に桶に水を張ってもらい、手ぬぐいを水にひたし、それで身体を拭くだけにした。
もっとも、リリは当然のようにシャワーを利用していたが、それについて何か言うほど僕も馬鹿ではなかった。
装備品を外し、使い慣れた鉄の剣を手入れすると、僕は部屋のベッドに倒れ込む。
しばらくボーッとしたまま部屋の天井を見上げ、物思いにふけった。
そうしていると、やがてリリが部屋にやってきて、「どうせだったら王都を散策しようよ」と言うので従うことにした。
夕暮れ時の王都を歩く。
「いやー、王都は活気に満ちているねえ」
「王都に活気がなかったらこの国は終わりだからね」
「それもそっか」
僕の軽口に、リリはけらけらと笑った。
しばらく露店や装備品店、装飾品店を2人で冷やかしで巡り、「あれがいい」だの「これがかわいい」だのと、毒にも薬にもならない会話を交わす。
リリの買い物に付き合っているつもりだったのだが、しばらくしてリリが僕に気遣ってくれているのだということに思い至った。
部屋で1人でいると、どうしてもロロナ村のことを思い出してしまうから。
だからこうして連れだしてくれたんだろう。
「リリ……ありがとう」
「んー、なにが?」
「僕が1人で寂しくないように、買い物に誘ってくれたんでしょ」
そう言うと、リリは困ったように笑った。
「別に、本当に王都を遊んで回ってみたかっただけだよ。お金ないからなんにも買えないけど」
「少しくらいならいいよ。僕もお金持ってきてるし」
「ダメダメ。そんな無駄遣いしてる余裕はありません」
「祝福の儀を受けるためにお金必要だしね」
「だね。いい天職とスキルがもらえたらいいね」
「リリならきっと素晴らしい天職がもらえるに違いないよ」
「ルークもね。…………ねぇ、ルーク」
太陽が水平線の向こうに沈むつつある紫色の空を見上げて、リリがぽつりと漏らす。
「私たち、ずっと一緒だよね?」
哀愁をにじませる声音で、リリが言った。
「当たり前だ。祝福の儀を受けて、天職をもらって、2人で冒険者をやって生きていこう。そしてお金をたくさん稼いだら、またロロナ村を復興させるんだ」
「約束だよ。絶対に約束だからね」
「うん」
僕が頷くと、リリは破顔する。
「私を、1人にしないでね……」
それは、天使の願いに似ていた。
◇ ◆
翌朝。
僕とリリは聖教会に向かい、祝福の儀を受けることにした。
大聖堂は王都の中でもひときわ大きくて目立つので、迷うことなくたどり着くことができた。
村のみんなの想いが、金貨が詰まった袋を下げ、大聖堂の荘厳な扉をくぐる。
天井に作られた採光窓から太陽の光が差し込み、ステンドグラスを通して色とりどりの光が降り注いでいた。
パイプオルガンの音と、信者たちが祈りを捧げる姿。
静謐な雰囲気だ。
わずかな言葉すら発するのもためらわれた。
「ルーク……、これ奥に入ってもいいのかな」
「うーん、でもまぁ、行くしかないよね」
リリの言葉に頷き、聖なる輝きに満ちた大聖堂のなかを直進する。
左右の座席から祈りを捧げる信者たちの視線を感じる。
中央奥の祭壇では神官が神への言葉をつぶやきながら、祈祷を行っていた。
そろりそろりと近づく。
声がためらわれるほど集中して祈りを捧げていた神官であったが、やがて面を開けてゆっくりとこちらを振り返った。
「我が聖教会にいかなる御用かな」
「祝福の儀を受けさせて頂きたく思います」
いきなり振り向かれてびっくりしたが、僕が答えた。
「ほう。神の祝福を望むかね。しかし見るところによると、君たちはそれほど裕福ではなさそうだが?」
「村のみんなの期待を背負って、ここまでやってきました」
金貨袋を掲げると、神官は一度だけ重くうなずいた。
「なるほど。周りに愛された子というわけか。名前は?」
「ロロナ村のルークです」
「私はリリです」
「そうか……カストーナ地方の……」
それだけで、神官は何かを察したようだった。
「よろしい、私たちも慈善事業だけでは首がまわらないため報酬はいただくが、なるべく君たちのご希望に添えるよう善処しよう」
「ありがとうございます」
「祝福の儀の用意をしよう。こちらへ来たまえ」
信者たちを修道女に任せた神官は、僕とリリを連れて礼拝堂の奥にある扉をくぐる。
太陽の光が差し込む円柱式の回廊を抜け、神官や女官たちが日常的に使う部屋に通された。
「女性のリリ殿はこちらへ。ルーク殿はこの部屋だ」
僕とリリはそれぞれ部屋に別れ、塩を混ぜて祈祷して作った水――いわゆる聖水で身体を清め、真っ白な修道服に着替えさせられる。
神官に続いて神に捧げる祈りの言葉を復唱し、神に身を捧げる準備が整ったところで、リリと一緒に教会のひときわ奥の部屋に通された。
神秘的な部屋だった。
大聖堂はその性質から、いたるところに太陽の光を採る採光窓が設けられている。
しかしこの1番奥の部屋は採光窓が一切なく、完全に閉じられた部屋で、ただ燭台の炎が燃え盛っているだけだった。
聖教会が崇める神、ヨルハン神の神像が、ゆらゆら燃える炎に照らされていた。
それがいっそうのこと、幻想的だった。
「祝福の儀はこちらで行う。心の準備はいいかね」
「はい」
「……大丈夫です」
どんな天職がもらえるのだろうか。
村のみんなの期待に応えることができる職業か。
不安でいっぱいになっているのだろう。
リリの声音は震えていたから、そっと手を握ってやった。
そうすると、リリはほっとしたような笑みを浮かべて、わずかに舌を出した。
ありがとう。
と、そう言っているのだろう。
「ではこれより神の祝福を与える。汝、ルークよ。その一生を神に捧げることを誓うかね」
「誓います」
リリも同じようにして誓いの言葉を立てると、神官はなにやら水晶のようなものを僕らに手渡してきた。
「祈祷のあいだ、それをずっと抱えていなさい。それが祈祷の最後まで壊れなければ、神が君を受け入れたということだ。もし途中で割れてしまった場合は、残念だが」
「はい。分かりました」
「分かりました」
それから小一時間にも渡る祝詞を復唱させられ、ひたすら神に祈りを捧げる作業を行った。
教会の儀式は退屈というのが相場だが、まったくもってそうだった。
途中、あくびが出そうになるのを何度こらえたことか。
半刻ほどが過ぎた頃、ようやく神官の祝詞が終わる。
「では、これより神の祝福を君たちに与えよう。よく水晶を壊さず頑張ったね。それを掲げなさい」
「はい」
水晶を胸の前に持ち上げた。
ずしりと重い透明色の結晶が、輝きを満たしていく。
「本日この時より、あらたに神の使徒が増える。清く、正しく、人のためになることを成しなさい。おめでとう、君たちに天職とスキルを与えよう」
神官がそう言うと、輝きでいっぱいになった水晶が破裂し、祭壇を神々しい輝きで満たした。
なんだか身体に、不思議な力が湧いてくる気がした。
祝福の儀が終わり、僕とリリに天職とスキルが与えられた。