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27話:工房ギルド

 そこは工房ギルドの建物の中。

 ギルドメンバーたちが車座になって落ち込んでいた。


「サイモンさん……このままじゃまずいですよ……」

「うちのメンバーの給料が遅滞してるどころか、今月末支払いの商業手形さえ払うお金ないんすよ」


 工房ギルドの職人メンバーに言い寄られ、サイモンはうっと言葉に詰まった。

 彼らの上司にあたるサイモンは下っ端ギルド員とギルドマスターの板挟みされたまま、何も言えなかった。


 そんな彼の苦労を知ってか知らずか、若いギルドメンバーたちは好き勝手言い出す。


「うちも、こないだ付き合って女に『あんたのお給金低すぎ! 貧乏とかこれ以上無理!』って振られたんスよ。このままじゃうちが潰れちゃいますって!」

「みんなうちに素材や魔石を売りに来てくれないから、うちとしても稼ぎようがないんですよね」


 頭を短髪に刈り上げ白い手ぬぐいを額に巻いた、いかにも職人風の若男たちだった。

 白いシャツの下には、筋骨隆々とした肉体がのぞく。


 一同の年長者であるサイモンが、困ったように頬をかく。


「まぁ、そりゃなぁ。商業ギルドには買い取り価格で負け、冒険者ギルドには支援・育成業務の手厚さで負けている。みんなこのどっちかに売りに行くよな」


「工房ギルドが誇れる利点といえば、武器や防具のオーダーメイド作成なんですけど、それにしたって着手金から作成費用と、金貨クラスで金がかかりますからね……」

「オーダーメイド装備なんて、一介の冒険者にはなかなか手が出ない価格っすよね」


「昔は良かったんだがなぁ……。レスティケイブを攻略するんだーっつ豪気な若手も多くて、うちにガンガン特注の装備の注文が入ってきてた」

「うちでしか作れない装備をつけてる冒険者も多かったんすよね、サイモンさん」


 ありし過去を回想しながら、サイモンは瞳を輝かせて言った。


「そりゃそうだ! 指輪に全ステータス異常を完全抵抗する魔法付与効果(マジックエンチャント)をつけられるのなんて、うち以外にどこもいやしなかったんだぞ!」

「ほかのどのギルドや職人が、杖に魔力吸収なんて神がかった効果をつけられるんだ! 誰がなんと言おうと、うちがナンバーワンなんだよ!」


 年配の職人がサイモンに追従する。


「それじゃ今や、レスティケイブは難攻不落の魔物要塞だってことが判明して、あそこで狩ろうなんて冒険者はもう剣神ロイぐらいしかいねぇもんな」

「それに安価で大量生産できる手法が開発されて、装備のオーダーメイド作成はますます人気がなくなっちまって……」


 古株の職人が言うと、心痛なムードが流れる。


「っすねぇ……。あぁ、そういえばレスティケイブに潜ってるロイが今、ルークとかいう若い魔導師を育ててるみたいですよ」

「へぇ。あの『使えない無能をパーティーに加えるぐらいなら、ソロで十分だ』ってスタイルを貫き通してた他人嫌いのロイがねぇ」


「いや、この際ロイの話なんてどうてもいいんだよ。今はうちの経営難のことだろ、経営難!」

「古いのかなぁ……。客の御用聞きして、特注の装備を作るうちのスタイルが」


 客が閑散(かんさん)とした工房ギルド内で、職人の男たちが消沈する。

 彼らの話題となっているのは、昨今のあまりの工房ギルドからの経営不振の件であった。

 

 工房ギルドは元来、魔石と良質な素材を冒険者から買い取ってオーダーメイドの武器と防具を作り、それを冒険者に売ることによって売却益を得て、ギルドを経営している。


 しかしここ数年は深刻な客離れを起こしていた。

 冒険者はみな素材や魔石を、好待遇で買い取ってくれる冒険者ギルドか商業ギルドに売りに行き、工房ギルドには誰も売りに来てくれない。


 素材がないものだから工房ギルドもロクな装備が作れない。

 それがなおのことますます顧客(こきゃく)がいなくなる現象を引き起こしている。


「それとうちのやり繰りが厳しいのは、こないだ銀髪の女に安価で魔道具を売った件ですよね」


 後輩の言葉に、サイモンは沈黙する。


「サイモンさん。やっぱアレまずかったすよ。いくら先月も手形の支払いに困っていたとは言え、あんないい装備たちを叩き売りしたのは……」

「う、うるせえ。あの時はああするしかなかったんだよ」

 

 工房ギルドは先月も手形の支払いに困っていて、突如としてギルドに来た女に良質の装備たちを叩き売ってしまったのだ。

 それは工房ギルドの虎の子とも言える良質の魔法効果のあった装備で、軽く見積もっても金貨20枚分の価値はあるところを、銀貨数枚という破格値で買い叩かれてしまったのだ。


「あの女、確実に俺らの足元見て買い叩きやがりましたよね」

「可愛い顔して悪魔みたいな女だったよなぁ……」


「なんて言いましたっけ、あの銀髪の女」

「たしか、ユメリア、とか言ってなかったか」


「そうそう。ここらじゃ見ないぐらいに綺麗な女だったから、覚えてる」


 次第に話題は愚痴(ぐち)へと切り替わっていく。


「いや、最近はアレだ。シャーレの店が皇都で大量生産された装備を仕入れてくるし、それがいっそうのこと客離れを加速させてやがるんだ」

「シャーレも一見ダルそうな風貌(ふうぼう)して、案外キッチリと固定客掴んでやがるからなぁ……」


 段々とメンバーの会話は他ギルド、シャーレの装備品店の悪口へと変わっていく。

 本当は自分たち(工房ギルド)の経営努力が足りないだけかもしれないのに、高額買い取りの商業ギルドへいちゃもんをつけ、シャーレの装備品店を目の敵にしてこき下ろす。


「シャーレのとこは、あんなの職人の生き様じゃねえよ! 皇都から仕入れてきた良質装備を、ただそのまま店頭に並べて売ってるだけじゃねえか!」

「プライドっつーもんがないんすかねぇ、あの女は!」


 シャーレもシャーレなりに苦労しているところはあるというのに、彼らは言いたい放題であった。


「まったくだ。いや、俺たちだってな? やればできるんだよ! 注文が来ないだけで、やればできるはずだ」

「工房ギルドの水準に見合った、上質の客がいねえだけなんだよな、上質の客が!」


「そうだ! シリルカ工房ギルドの腕は、皇都エジンバラの職人と比べたって遜色はない! むしろ俺たちのほうが腕はいい」

「それもこれも、うちの営業部のやつらがちゃんと客引っ張って来ねえのが悪いんじゃねえか?」


「それもあるし、マスターもマスターだ。あの人がきっちり資金繰りと営業さえしてくれりゃ、俺たちだって今頃こんな苦労は……」


上司(ギルドマスター)の悪口へと変わる。


 どこの職業ギルドでもそうだった。

 景気が悪くなるとやり玉にあげられるのは、上司と儲かってる同業の他ギルドである。


 一介の職人たちのあいだでは、この会話で数時間は盛り上がれる鉄板の話題だった。


「っつーことで俺らは悪くねぇ! 良質な客さえ掴めれば、一発逆転だってありえるんだ!」

 

 工房ギルドのメンバーは、今日も不運を他人に責任転嫁して、元気に生きている。



 ◇ ◆



 聖教会で成長の儀を経て新魔法を2つ覚えたあと、僕は魔石を売ろうと決意した。

 前回も商業ギルドで売ってお金を稼ぎ、消耗品の類を揃えてもまだ銀貨3枚ほどの(たくわ)えがある。


 そのため、商業ギルドでお金を稼ぐことを、今回はそれほど優先しなくてもいいかもしれない。

 ホロウグラフの情報収集とコネ作りをかねて冒険者ギルドで売るか、まだ行ったことのない工房ギルドか。


 しばらくシリルカの街の大通りの端に突っ立って考え込んでいたが、やがて結論を出した。


「よし。未体験の工房ギルドへ行ってみよう」


 ほんの些細(ささい)な行動の変化だけれど、それがなにかをもたらしてくれるかもしれない。

 いろんなところに顔を出しておけば人脈も作れるかもしれないし。


 そうと決まれば善は急げだった。


 大通りを歩いて工房ギルドへと向かう。

 この街のどこに何があるのかは、もうほとんど覚えている。


 『剣をハンマーで鍛造している』紋章が工房ギルドだ。

 その看板がかかっている建物の前にたどりつき、重厚(じゅうこう)な木の扉を開いて、中へと入る。


 その瞬間、埃っぽいギルド内の雰囲気が凍りついた気がした。

 その場に居合わせた、およそ十五名ほどの男たちが一斉に僕を振り返る。


 彼らの表情が、色めき立ったような気がした。

 30を越える瞳が、僕の一挙手一投足を注視していた。


「あの……こんにちは、冒険者のルークです」


「お、おおっ? おおおおっ!?」

「な、何しにきやがったんだよ、てめぇ!」


「冷やかしなら許さねぇぞコラァ!」

「うちの装備買うまで生かして返さねえぞ!」


 おずおずと挨拶する僕に、彼らはとんでもない言葉を投げかけてくる。


「いや、あの。普通に魔石を売りたいと思ったんですが……。お邪魔のようなら帰ります、すみません……」

「いやいやいや、待て待て待て! 待てよおい!」


 いつの間にか背後に立たれ、がっしりと肩を(つか)まれていた。


「魔石!? 魔石を売りたいの!?」

「はい。そうなんですけど」


「魔石のランクは?」

「レスティケイブ3階層の魔物を倒したんで、ほとんどが中級魔石。2つ上級魔石がありますね」


「レスティケイブで狩ってんのかお前!? あんなとこで狩れんのかよ!」

「そうですけど……。それでちょっと装備も良質なものに新調しようかと思ってたんですが」


 僕が言うと、工房ギルドの職人さんたちは「うぉぉぉぉ」と地鳴りのような声をあげた。


「あの、さっきからなんですか。ちょっと反応が異様じゃないですか」

「いやいやいや、いいんだよ。ゆっくりしてけよ!」


「はぁ……それじゃ、一応商談はさせてもらいます」


 カウンターに無理やり連行された僕の背後を、十名を越えるガタイの良い職人たちが興味津々という様子で取り囲む。

 なんなんだ、このギルド。


 カウンターに売却予定の魔石を広げる。


「で……、えーと中級魔石が32個。上級魔石が2個か」


 カウンター越しに座る職人さんが、僕が出した魔石を鑑定する。

 3日ほどひたすら3階層で狩り続けたため、今回はかなり魔石を入手できていた。


「こりゃかなりの上玉の獲物ですよ、サイモンさん! この土の上級魔石がありゃ、相当な魔法付与効果(マジックエンチャント)を装備につけられますよ!」

「分かってる。こいつは逃さねえぞ」


 なにやら不穏な会話を、カウンターの向こうでしていた。

 サイモンと呼ばれた男は、白いシャツの下から筋肉が盛り上がっているのが見えるほどにマッチョだった。


 いかにも魔法鍛冶の職人、と言った感じだった。

 歳は30代ぐらいで、僕の後ろを取り囲んでいる職人たちの中でもリーダー的存在のようだった。

 

 やがてサイモンさんが顔を上げて言った。


「……うむ。どうやら全部本物の魔石のようだな」

「で。いくらになります?」


 商業ギルドだと中級魔石は1個で銀貨1枚ほどになる。

 中級魔石を32個売って、上級魔石も2個あるのだから、せめて金貨2枚以上でないと割にあわない。


「そうさなぁ……」

 

 わずかな逡巡(しゅんじゅん)を見せたあと、サイモンさんは言った。


「全部で銀貨2枚ってところか」


 帰ろう。

 僕はそう決意した。


「ありがとうございました。またの機会によろしくお願いします」


 素早くテーブルの上の魔石をかき集め、バックパックに入れて帰ろうとする。


「ちょ、ちょっと待てよ! 待て待て待て!」


 しかし出口に向かおうとする僕を、職人たちが取り囲んで帰そうとしない。


「待ってくれ! 俺が悪かった! もうちょっと色つけるから!」

「これ明らかな客への妨害行為なのでは」


 冷ややかな目で、僕はサイモンさんを睥睨(へいげい)した。


「分かった分かった……。じゃあ銀貨4枚でどうだ! これ以上は出せねえぞ!」

「短いあいだでしたがお世話になりました。もう二度と来ることはないと思いますが、これからも頑張ってください」


 そう言って立ち去ろうとする僕を、サイモンさんはテーブルに身を乗り出して、涙目で引き止める。


「ま、待ってくれよぉ……。この魔石がないとうちはもうやっていけねえんだ! 路頭に迷うしかねえんだよ!」

「そう言われましても……。僕も慈善事業で魔石を売ってるわけではないので、ちょっとその値段では売れませんね」


 ぐっと言葉に詰まるサイモンさん。

 冷や汗がだらだらと額から流れ落ちる。


 きっと、僕をどう(だま)して魔石を買い叩こうかと考えているのだろう。


「お、お前は……いや、ルーク様は……、レスティケイブにお潜りになってお狩りしていらっしゃるござるのでしたよね?」

「言葉遣い、明らかにおかしいですけど、普段通りでいいですよ」


「あぁ……すまん。いや、職人やってたら敬語なんて使う機会めったにないからな……」


 恥ずかしそうに、サイモンさんは頬をかいた。

 そこからのぞく笑顔が人の良さを感じさせて、どうやら悪い人というわけではなさそうに思える。


 魔石をありえない価格で買い叩こうとするのは、何かのっぴきならない事情があるのだろう。


「何か、事情がおありなんですか? さすがに中級魔石32個が銀貨3枚は、ありえないでしょう」


 僕がそう尋ねると、サイモンさんは瞳に涙を浮かべ、「き、聞いてくれるか俺たちの話を……!」と工房ギルドが置かれている現状を語りだした。


 彼ら工房ギルドの話を聞くと、要するに魔石や素材を売ってくれる冒険者が激減したため、非常に深刻な経営難におちいっているということだった。


「なるほど……それは僕もなんとかしてあげたいですけど。装備品はシャーレさんのところで買う約束なんですよね」

「あの女は魔女だ! やる気なさげでダルそうにしている顔の裏では、商売敵のうちをきっちり潰そうとする悪魔のような女だぞあいつは!」


 首を振って、サイモンさんは彼女を否定する。


「いや……サイモンさんからしたらそうなのかもしれませんけど、僕からしたらシャーレさんはいい人なんですよ……」


 今持っているトラップ探知の杖も、シャーレさんに安く売ってもらったものだし。

 そう思ってカウンターにかけた杖をちらと見ると、サイモンさんは目を光らせて尋ねてきた。


「それ、シャーレのところで買ったのか」

「はい」


「ちょっと見せてくれるか」

「構いませんよ」


 僕はカウンターの上に、ロッテンツリーという魔物の素材から作られた、僕の身長の半分ほどもある木の杖を置く。

 サイモンさんはそれをしげしげと眺め、鑑定スキルも使って調べ始めた。


 やがてサイモンさんは顔をあげて、にやりと笑って言った。


「ルーク。魔石をうちに安価で卸してくれる代わりに、こいつの魔法付与効果を大幅強化してやるって言ったら、どうする?」

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【クリックで先行連載のアルファポリス様に飛びます】使えないと馬鹿にされてた俺が、実は転生者の古代魔法で最強だった
あらすじ
冒険者の主人公・ウェイドは、せっかく苦心して入ったSランクパーティーを解雇され、失意の日々を送っていた。
しかし、あることがきっかけで彼は自分が古代からの転生者である記憶を思い出す。

前世の記憶と古代魔法・古代スキルを取り戻したウェイドは、現代の魔法やスキルは劣化したもので、古代魔法には到底敵わないものであることを悟る。

ウェイドは現代では最強の力である、古代魔法を手にした。
この力で、ウェイドは冒険者の頂点の道を歩み始める……。
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