26話:地形戦
シャーレさんの装備品店でユメリアに会ったことを、僕はロイさんに話した。
すると彼は神妙な顔でしばらく黙りこんだあと、こう言った。
「ユメリアに何らかの事情があることは分かった。あいつが俺よりそのノアの箱舟計画とやらを優先するなら、しょうがない」
ほの悲しそうな顔で、ロイさんはそう語る。
「僕の腕輪を通せば、ユメリアと話ができるかもしれませんよ」
「しても仕方がないだろう。あいつはホロウグラフを探していると言ったな?」
「そのようですね。その魔導具の効果も、ノアの箱舟計画もどんな内容か知りませんが」
「なら、俺はレスティケイブを探索しつつ、ホロウグラフを探す。冒険者ギルドにも何人か情報通の知り合いがいるし、情報を集めておく。もしかしたら俺たちが攻略しようとしている、25階層の転移魔法陣の先にあるかもしれん」
彼の言葉に、僕は慎重にうなずいた。
「分かりました。ではこれからの僕たちの方針はレスティケイブを攻略しつつ、ホロウグラフの情報収集および探索という感じで」
「そうだな。それでいこう」
短く応える彼は、すでに気持ちを前向きに切り替えたようだった。
それからまた僕たちはレスティケイブに潜る。
ひたすら魔物を倒しながら金と経験値を稼ぎ、強くなっていく。
変わったことは、範囲攻撃魔法を取得して以来、2階層の狩りがだいぶ楽になった。
「敵襲!」
「はい!」
ロイさんの魔物探知と同時に、僕が前に出てサンダーバレットによる先制攻撃。
有視界外からの僕の攻撃に、魔物が悲鳴を上げる。
そして魔物が視界に入ると同時に、範囲魔法のバーングラウンドを放つ。
バーングラウンドは地表に炎の渦を作り出し、中範囲を燃やし尽くす魔法だ。
いつものように先制攻撃によって魔物の配置構成は乱れており、その間隙を突くようにして豪炎の渦が燃え盛る。
魔物は前衛も後衛も関係なく炎に飲み込まれ、悲鳴を上げながら消滅、魔石へと変わっていく。
あとに残された敵前衛の比較的耐久値があるミドルオークも、続くロイさんの攻撃によって一瞬にして消滅していった。
「ルークのバーングラウンドの取得によって、2階層の狩りはかなり楽になってきたな」
「そうですね」
僕とロイさんは魔石を拾いながら、戦闘後の振り返りをする。
初手で決定的なダメージを与えられるようになったのは大きい。
もともと先制攻撃で敵の隊列を乱すことを主軸に組み立ててきて、さらに戦闘開幕サンダーランスで敵1体を確実に屠ることができていた。
その開幕サンダーランスを範囲魔法のバーングラウンドに切り替えることによって、初手で倒せる魔物の数が多くなった。
「このまま2階層で安全にルークのレベル上げしてもいいが、3階層に行ってみるか?」
「そうですね。新しいことに挑戦して失敗しなければ、成長がありませんし。行きましょう」
「分かった」
ロイさんと短く意思疎通を取ると、僕たちは2階層を抜けて3階層に降りていく。
下の階層につながる長い螺旋階段を降りると、やがて視界が開けた。
3階層は1~2階層の迷宮区とは大きく違って、天井が突き抜けるように高く、視界の先にはひたすら岩肌の山々が広がっている階層だった。
天空を模した天井には、魔法で作られた擬似太陽が輝いていた。
「これは……、1~2階層とはだいぶ違いますね」
「あぁ、俺はこの階層を山岳層と呼んでいる。岩山によってだいぶ地形が入り乱れているから、中衛の魔導師には射界が通りづらくて大変かもしれない」
「なるほど……」
これは地形情報を頭に入れた上で、戦闘を組み立てないと足元をすくわれそうだ。
王国の騎士団に在籍していた時に、仕事としてひたすら読んだ戦術資料の記憶を呼び起こす。
こういう地形が複雑な戦闘区域には、緊要地形という、確保できれば戦う上で非常に有利に傾く地形がある。
たとえば。
見通しがよく、一方的に魔物を狙撃できる地形。
主要な道路が集中する場所。
ふたつ以上の緊要地形を狙い撃つことができる地域。
こういった地形のことを緊要地形と言い、この地形を占領した上で戦闘に突入すれば、戦いが非常に有利になる。
この緊要地形を判断し、確保することがこの階層での僕の仕事だろう。
僕は周囲を注意深く見渡しながら、山岳地帯を進んでいくロイさんに続く。
山岳区はただでさえ登り降りが多くて体力を消耗する。
それに山や岩肌で死角になったところから奇襲がないとも限らない。
周囲警戒にも、非常に神経をすり減らす。
しばらく山岳を歩いていると、山と山の合間を縫うようにして、山間に一本の道路が伸びていた。
ちょうど山と山の底を抜ける道路のことだ。
左右への動きが制限されていて、前と後ろだけにまっすぐ続いている道。
こういう地形のことを、隘路と呼ぶ。
先を通るにはこの道路を通らなければならないのだが、隘路の中では機動性が低く、有効視界も限られており、侵入者にとってここは不利な地形だった。
「ロイさん」
僕は迷わず突き進もうとするロイさんに声をかけた。
彼が振り返る。
「どうした」
「非常に嫌な地形です。ここで魔物に奇襲、あるいは僕らの前後を挟撃されれば、かなり不利な立場で戦わなければなりません」
「ふむ……。たしかにこういう場所で魔物に何度か強襲を受けたことがあるな」
「その時はどうやって突破していたんです?」
「気合いと根性による回避運動」
天才は住んでいる世界が違った。
「まぁたまに致命的なダメージを受けて死にそうになることもあったが」
「そんな戦い方をしていれば、命がいくつあってもたりませんよ……」
「冒険者なんて、基本は出たトコ勝負の運任せだぞ」
「僕は運任せで生き残れるのは自信がないので、少し策を練らせて下さい」
狭い隘路のなかでは戦闘陣形が有効に展開できないことが問題となる。
ならば、逆に魔物を隘路のなかに閉じ込めてしまえば、今度はこちらが魔物に致命的な打撃を与えることが可能となる。
隘路の周辺では、入り口と出口が緊要地形となるのだ。
「どうする。迂回する道を探すか」
「……いえ、そうですね。隘路の中で魔物に襲われたら、地形戦を仕掛けましょう」
「地形戦だと?」
ロイさんの疑問に、僕は首肯する。
「敵襲と同時に、後退射撃を繰り返しながらこの入り口まで素早く戻ってきます。その後、入り口に陣取って、山間の道から出てくる魔物を集中的に叩きます」
「了解した。魔物をあぶり出してここまで釣ってくる、というわけか」
「えぇ」
緊要地形さえ取れば、地形戦では勝ったも同然だ。
「ならば突入するぞ」
「はい!」
ロイさんに応えて、僕らは山間の狭い道へと進んでいく。
しばらく何もなく進んでいたが、やがて山岳のあいだから鳥の魔物たちが強襲してきた。
「敵襲!」
ロイさんの言葉に身構える。
先制のサンダーバレットを放とうとしても、隘路は狭く道がうねっている。
視界の少し先で曲がり角となっていて、先制攻撃ができなかった。
やがて魔物が姿を現す。
敵前衛に硬いサンドゴーレム。
中衛にコンドルとハーピィー。
後衛にサンドウィザード。
コンドルとハーピィーは羽で中空を飛んでいた。
山岳区だけあって飛行可能という、この地形に最適化された魔物だった。
敵前衛の硬いサンドゴーレムに手間取っていると、コンドルとハーピィーに上空を抜けられてバックアタックのちに挟撃される可能性もある。
そうなってしまえば、こちらは著しく不利になる。
「後退します!」
素早くサンダーバレットの射撃を浴びせながら、僕とロイさんは山間の道を戻っていく。
ロイさんがしんがりとなって魔物の敵対度をひきつけてくれ、僕はそれに対して火力支援を行いながら道を引き返す。
サンダーバレットによる速射が、魔物の行動を封じる。
やがて隘路の入り口付近まで戻ってきた。
入り口前にロイさんが陣取り、魔物の出口を潰す。
そして僕が後衛から火力支援。
「このまま入り口に陣取り、敵の出口を塞ぎます。
魔物を山間路の中に閉じ込めたまま、殲滅します。
上空に逃げる魔物は僕が対空迎撃を放って阻止するので、ロイさんは目先の魔物を集中して攻撃してください!」
「おう」
山間の道は横幅が狭く、コンドルとハーピィーが横一列に展開できない。
だから上空へ飛んで、こちら側に抜けてこようとする。
僕は対空迎撃として、上空に向けて弓なりにサンダーランスを次々に放って火力支援を行う。
上空へ抜けようとする魔物たちにサンダーランスが突き刺さり、地に落ちていった。
出口に陣取るロイさんは一体ずつサンドゴーレムをたちを相手取り、斬り伏せていく。
サンドゴレームは3体いたが、でかい図体のために隘路の中で横一列に展開できず、交戦可能なのは1体だけで、あとは後ろでつっかえている状態だった。
戦局を前方だけの1対1に限定すれば、ロイさんは最強の前衛だ。
本来は不利な地形を有効利用した、地形戦だった。
彼はサンドゴレームによる殴打攻撃を左右にステップを刻んで回避し、反撃していく。
僕も僕とて黙って見守っているはずもなく、サンダーランスによる火力支援と対空迎撃を行いながら、ロイさんが危うく被弾しそうなところはウォーターウォールで防御援護する。
そして隙を見て、山間路の中に閉じ込められたサンドゴーレムたちを、バーングラウンドで燃やす。
狭い道の中で炎の渦が舞い上がり、身動きの取れないサンドゴーレムやサンドウィザードに刺さる。
魔物の悲鳴が上がり、消滅し、魔石へと変わっていく。
バーングラウンドを取得してよかったことは、火力のある範囲魔法で殲滅力が大幅に向上したことだ。
やがて魔物すべてを隘路の中に閉じ込めたまま、僕たちは完封勝利を得ることができた。
魔石を拾いながら、ロイさんは僕に声をかける。
「バーングラウンド、使えるな」
「ですね。しばらくはこれメインで戦闘を組み立てます」
そうして僕たちは、ひたすら3階層で地形戦を仕掛けながら狩りに没頭していく。
3階層での戦闘は難度が上がっているから経験値も美味いのか、また着実にレベルが上がっていった。
◇ ◆
2~3日ほどはずっと続けていたレスティケイブ3階層での狩りを終え、僕たちはまた英気充填と装備品・消耗品の類を補充するために、シリルカの街まで戻ってきた。
まずこの街でやるべきことは、聖教会に行って新しい魔法を覚えることだ。
現状ではレスティケイブの3階層での狩りになんら問題はないものの、新しく使える魔法は早く覚えておくに越したことはない。
荘厳な聖教会の中へ入っていき、神父さんに声をかける。
「成長の儀をお願いします」
「またルーク君か。レベルが上がる速度が尋常じゃないね」
神父さんの言葉に、僕は苦笑する。
「レスティケイブでひたすら魔物を狩っているので」
「強くなることは、いいことだ。さて、じゃあ今日もやろうか」
「お願いします」
めんどくさい儀式が終わり、取得可能な魔法が水晶に浮かび上がる。
【ルーク 取得可能魔法・スキル一覧】
<新規取得可能魔法>
炎系統上級魔法 フレア
威力A 攻撃速度B 魔力消費A(※範囲攻撃魔法)
雷系統上級魔法 ライジングスパーク
威力B 攻撃速度A 魔力消費A(※範囲攻撃魔法)
水系統中級魔法 ヘイスト
威力E 攻撃速度A 魔力消費A
(※支援魔法:パーティーメンバーの攻撃速度と移動速度を大幅上昇させます)
中位魔導師固有スキル 魔法二重発動
<既存取得可能魔法>
ファイアバレット
ファイアランス 以下省略……
取得可能数 2
「お。なんか色々とすごいのが出てますね!」
「ルークくんもついに上級魔法を覚えられるようになっているね。凄まじい成長速度じゃないか。よほど魔法を使いこなして習熟度を上げている様子だ」
「レスティケイブ内ではマジックポーション飲んで魔力を補充しながら、ひたすらロイさんと狩りし続けてますから、その影響ですね」
「さて、どれを取る?」
神父さんに言われて、僕は悩む。
現在の僕のメイン魔法は中級魔法のバーングラウンド、それからサンダーランス。
3階層での狩りの現状、火力はすでに足りている。
しかしここでさらに火力を上乗せすれば、4階層、5階層も楽に突破できるだろう。
2つ取得できることだし、1つはメイン魔法の火力の底上げはしておいて、損ではないはずだ。
そうなると炎系統のフレアか、雷系統のライジングスパークか。
どちらも範囲攻撃だし、出足の速いライジングスパークにしておくか。
「では雷系上級魔法のライジングスパークでお願いします」
「了解した」
神聖な光がまたたいて、魔法を習得する。
「それから気になっていたんですが、中位魔導師の固有スキル・魔法二重発動ってなんなんです?」
「それはルークくんが低位魔導師から中位魔導師に天職がランクアップしたから覚えられるようになったスキルで、1度に2つの魔法を同時に扱うことができるスキルだね」
「使えますね」
「そうだね。しかも常時発動型スキルだから、一度取っておけば半永久的に効果が持続する」
取らない手はないように思える。
これがあれば3階層での飛行可能魔物をサンダーランスで上空迎撃しつつ、同時にバーングラウンドを放って歩行型の魔物を倒すことができる。
それか、ロイさんが前衛で戦いに苦しんでいるところを、ウォーターウォールの防御支援を張りながら、後衛から火力支援も可能になる。
使える。非常に使える。
これがあれば戦術の幅が非常に広がる。
水系支援魔法のヘイストも捨てがたいが、とりあえずは魔法二重発動でいいだろう。
「じゃあ、2つめは魔法二重発動で」
「分かった」
こうして、僕は日々、魔法の腕を上げていく。




