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25話・ユメリア

 範囲魔法を取得した僕は、残ったお金で装備品を改善しようとシャーレさんのお店へと向かった。


 大通りを足早に歩いて、シャーレさんのお店の前までやってくる。


 木製の扉を押して中に入る。

 からんころん、とドアのチャイムが鳴った。


「シャーレさん、こんにち――」


 は、と言いかけた僕は、思わず口をつぐんだ。

 見ればカウンターの前に誰か立っていて、シャーレさんと話をしていた。


 先客だろうか?

 ちら、と様子をうかがってみれば、どうやらまだ年若い女性客のようだった。


 頭から足先まで(おお)う長い外套(がいとう)を羽織っているからスタイルはどうか分からないが、フードのあいだから覗く横顔は素敵な人だった。


 流れ落ちるかのような銀色の髪が、毛先に行くにしたがってウェーブがかっていた。


 僕は邪魔にならないよう、そっと店の奥へ進んで装備品を眺めようとする。


「おや、ルーク君じゃないか。ちょうどいいところに来た」


 僕の姿を目に留めたシャーレさんが、そう声をかけてきた。


「こんにちは、シャーレさん。お邪魔してます」

「ここは装備品店なんだから、いくらでも邪魔していくといいさ」


 くつくつと笑って、彼女は言った。


「商談のお邪魔じゃないかと思ったんですが」

「あぁ、いや。いいんだよ。こちらの女性がある魔導具をお探しでね。レスティケイブに潜っている君にも、心当たりがあるか聞いておきたかったんだ」


「魔導具、ですか?」


 目をパチクリとさせて僕がはてなマークを顔に浮かべると、外套を羽織った女性がはにかんで振り返る。


 銀色の巻き髪が、ゆるやかに揺れた。

 

「えぇ。じつはわたくし、ホロウグラフと言う魔導具を探していますの」

「ホロウグラフ。いえ、全く知らないですね」


 聞き覚えのない魔導具だった。


「そうですか。それは残念です」


 残念そうな素振りをまったく見せず、女性は優雅に微笑みをたたえている。


「レスティケイブに潜る僕に聞いておきたい、ということですから、それはレスティケイブのどこかに存在する魔導具なんですか?」


「わたくしにもよく分かりません。この時代のどこに存在し、誰が所有しているのか。謎に包まれているのです」


 時代がかった物言いだった。

 この時代の。どこに存在し。


 まるで遠い世界からやってきたかのような、彼女の口ぶりからはそんな印象を感じさせる。


「しかし、この時代のどこかにホロウグラフがあることは確定しているのです。もしルークさまがホロウグラフを見つけましたら、ぜひわたくしに譲っていただきたいのです」

「はぁ、それは構いませんが」


 彼女が意図していることが曖昧(あいまい)なまま、僕は首肯した。


「金貨100枚を用意してお待ちしておりますわ」

「き、金貨、百枚!?」


 それだけあれば、1年は何もせずにダラダラ遊んで暮らせる額だった。


「そんなに凄い魔導具なんですか?」


 銀髪ウェーブの女性は、はかなげに頷く。


「とても、とても重要な魔導具です。わたくしは何を置いてもそれを手に入れなければなりません」

「ちなみに……何に使うかお聞きしてもいいですか?」


「とある計画に必要なのです」


 その言葉が、あるひらめきを僕にもたらした。


 何の脈絡もない。

 けれど、ある種の確信を持って。


 僕は言った。


「ノアの……方舟計画……?」


 僕がそう言うと、銀髪の女性は『おや』という表情を見せた。


「よくご存知ですね。そうです、ノアの箱舟計画に必要なのです。そのホロウグラフと言う魔導具が」

「質問ばかりで申し訳ありませんが……一体どういった計画なのですか、ノアの箱舟計画というものは」


 僕が尋ねると、彼女は困ったように笑って言った。


「とても崇高な計画ですよ。人類みなを幸せにする、尊い計画なのです」


 胡散臭(うさんくさ)さが急激に増した気がした。


 人類みなを幸せにするだの、崇高な計画だの。

 そういうのは怪しげな魔術団体が掲げる目標だ。


 ノアの箱舟計画。

 あまり積極的には関わらないほうがよさそうだった。


「……分かりました。ではもし僕がホロウグラフという魔導具を手に入れ、それが悪用されないことが判明したら、あなたにお譲りしようと思います」


「まぁ! それはありがたいです。とても助かります」


 華が咲いたかのように、銀髪の女性は笑った。


「あなたとどうやって連絡を取ればいいですか?」

「あぁ、そうですね。わたくしは所在が点々としておりまして。いつもこの街にいれるとは限りません。……これを」


 そう言いって、銀髪の女性はある装備品を差し出してきた。

 腕輪に見える。


 おそらくただの腕輪ではなく、何らかの魔法付与効果(マジックエンチャント)がかけられているのだろう。


「この腕輪をつけてくだされば、わたくしといつでも連絡が取れるようになっています。なかなか貴重な腕輪ですので、壊したりしないでいただけると助かります」

「はぁ、分かりました」


 僕は腕輪を受け取り、しげしげとそれを眺める。

 淡いブルーの腕輪で、ところどころに魔法的な紋様が彫られている。


「わたくしが腕輪をつけて差し上げますわ」

「え、いや、ちょっと」


 銀髪の女性は戸惑う僕の腕をさっと取り、素早くブルーの腕輪を僕の左手にはめた。

 淡い魔法の光がまたたいて、その腕輪を外そうとしても僕の左手に固定されて動かなかった。


「これで大丈夫です」

「……あの、ちゃんとこの腕輪に悪影響がないか調べてからつけたかったんですが」


「大丈夫ですよ。世界最高の魔導師に、そんなチンケな罠など通用しませんし」

「……?」


 世界最高の魔導師?

 僕が?

 中級魔法をようやく覚えて小躍りしている僕が、なんだって?


「では、わたくしはこれで失礼いたします。わたくしの所在はまちまちですが、この腕輪伝いでいつでも連絡が取れるようにしてありますから。ホロウグラフが手に入ったらぜひともご一報くださいませ」


「……はぁ、分かりましたよ。あ、それと」


 シャーレさんのお店から出て行く銀髪の彼女に、僕は最後の言葉をかけた。


「なんでしょう」


 彼女は振り返らずに口にする。


「そう言えばお名前を聞いてませんね。あなたのお名前は、なんと言うのです?」


 何気なく尋ねた言葉が、衝撃の返答をもたらした。



「――ユメリア、と申します」



 それは、ロイさんの恋人とされていた、失踪したはずの女性の名前だった。



 ◇ ◆



 ユメリアにワケも分からぬまま腕輪をはめさせられた僕は、しばし呆然として店の中で突っ立っていた。

 やがて気を取り直し、ユメリアを追おうとして外に出るも、彼女はすでに雑踏に紛れていなくなってしまっていた。


 やがてシャーレさんが隣に歩み寄ってくる。

 腕輪がはめられた僕の左手を眺めて、嘆息(たんそく)した。


「あちゃー。やられたね、ルークくん」

「やられたって、何がですか」


「この腕輪、一度つけたら聖教会で特殊な儀式を行ってもらわないと、外せないタイプの魔導具だよ」

「えっ……」


 あの女……!


「何か身体に悪影響したりとか、そういう効果があったりするんですか!?」

「んー、見たところそういうのはなさそうだけどね。ただ情報伝達系の魔導具は、片方から一方的に連絡を取れることは(まれ)なんだよね」


「と言うことは、ユメリアが僕に連絡を取ることも、いつでも可能ってわけですか……?」

「そういうことだ」


 うむうむ、と頷きながら、シャーレさんは言った。


「ちくしょう……。ノアの箱舟計画と聞いた時からなんかうさんくさかったんだよな、あの人……」

「さっきも話していたが、なんだいその計画は?」


 シャーレさんの言葉に、僕はゆるく首を振った。

 

「僕も詳しいことどころか、計画の内容すら知りません。ただ、レスティケイブで罠にかかった時、その単語が書かれている紙を発見したんです」

「へぇ……なんだか色々とキナ臭そうだねぇ」


「それに……」


 シャーレさんに言うべきではないのだろうが、ユメリアという女性は、ロイさんの元恋人の名前だ。


「あのユメリアという女性、何者なんですか?」

「私にもよく分からない。ついさっき店に来て大量の魔導具を私に安価で売りつけて、私も『ラッキー、得したなー』って思っていた矢先に、『ところで、ホロウグラフと呼ばれる魔導具をご存知ないですか?』と聞かれて困っていたんだ。そこへルークくんが来たというわけさ」


「なるほど……」


 ホロウグラフ。

 ノアの箱舟計画。

 ユメリア。


 すべてが裏でつながっていて、すべてが謎に包まれている。

 一度、ユメリアの件も含めて、ロイさんと話し合ったほうがいいかもしれない。


「シャーレさん、ちょっと今日はこれで」

「あぁ、ごめんね。変な客と(はち)合わせてしまって」


「いえ。また落ち着いたら装備買いに来るんで」

「待ってるよ~」


 彼女のゆるい別れの挨拶に手を振って応えながら、僕はシャーレさんの店を後にした。


 そのまま大通りを歩いて、僕らがいつも泊まっている宿屋に向かった。

 玄関扉を開けて中に入る。


 右手がカウンターとなっていて、店主のおじさんがボケーっとしながら簿記台帳(ぼきだいちょう)をつけていた。


 中央から左手が食堂となっており、宿屋に泊まっている客たちが食事したり談笑したりしている。


マイクさん(店主さん)。ロイさん、部屋にいますか?」

「いんや。今日は一度宿を取りにきて、またすぐに出て行って、それっきり見てねえぞ」


「そうですか、ありがとうございます。仕方がない……、ロイさんが夜に帰ってくるのを待つか……」


 もしかしたら、いかがわしい店で遊んで朝帰りとかになるかもしれないが。

 その時はその時で、休みながら待つとするか。


 僕はマイク(宿屋の店主)さんに礼を言って2階に上がろうとすると、マイクさんが「あぁ」と言葉を漏らした。


「ロイはまだ帰ってきてねえが、ルークに会いに来た客ならいたぞ」

「僕に、客ですか?」


 ロイさんやロドリゲスさんのような一部の身内を除き、エジンバラ皇国に誰も知り合いがいない僕に、客?


「あぁ。リリ、とかいう女だったな」

「リリ!? えっ、ウェルリア王国の、リリですか!?」


 僕の胸は一気に高鳴った。


「あぁ、そういやウェルリアで流通してるタイプの外套(がいとう)だったかなぁあれは」


「金髪で、ショートカットで、可愛い子でしたか!?」

「そうだそうだ。たしかに金髪で、女の子にしては髪の短い子で、めんこい子だったな。なんだお前さんのコレだったのか」


 間違いない。リリだ!


「用件はなんだったんです!?」

「何やらひどく慌てていた様子で『ルークはここにいますか?』と、聞かれたな。『いや、今は外に出ているが』、と答えたら、『ユメリアに先を越されないといいけど』と訳の分からないことをつぶやいていた」


「…………?」


 僕とユメリアが会っていた事を、リリが知っている?

 僕はロロナ村でリリとずっと過ごしてきたが、ユメリアという女とリリに接点があったとは思えない。


 僕ですらロイさんと出会って初めて彼女のことを知ったのだ。

 もしかしたら僕が去ったあとのウェルリア王都でできたコネクションなのだろうか。


 頭が混乱してきた。

 なんだか今日は、訳の分からないことがよく起こる。


「それとルークが帰ってきたら『これを渡してくれ』と預かっているものがある」


 マイクさんから手渡されたものを受け取ると、それは手紙のようだった。


「ありがとう! すぐに部屋で読みます!」

「お前さん、雰囲気に似合わず女にモテるんだな」

「よしてくださいよ」


 苦笑しながらマイクさんの追及を振り切って、僕は2階の部屋へと急いだ。

 中に入り、誰もいないことを確かめると、手紙の封を切って読む。


 そこにはたった一言、こう書かれていた。



 ホロウグラフを、ユメリアに渡してはいけない。



 一連の裏では何が起こっているのか。

 分からなかった。

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【クリックで先行連載のアルファポリス様に飛びます】使えないと馬鹿にされてた俺が、実は転生者の古代魔法で最強だった
あらすじ
冒険者の主人公・ウェイドは、せっかく苦心して入ったSランクパーティーを解雇され、失意の日々を送っていた。
しかし、あることがきっかけで彼は自分が古代からの転生者である記憶を思い出す。

前世の記憶と古代魔法・古代スキルを取り戻したウェイドは、現代の魔法やスキルは劣化したもので、古代魔法には到底敵わないものであることを悟る。

ウェイドは現代では最強の力である、古代魔法を手にした。
この力で、ウェイドは冒険者の頂点の道を歩み始める……。
+注意+

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