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15話:その才能

「さて。今晩はどう過ごそうか」


 焦げ茶色の魔導師ローブを買って文字通りお金が銅貨1枚すらなくなった僕は、太陽が水平線の向こうに落ちていく空を見上げながら、どうするべきか思案していた。

 

 率直に言って、宿屋に泊まる金がなくなったのだ。


 レスティケイブでは空白地帯に戻って地面の上で眠ったりしているのだから、魔物のいない安全な街で野宿するなんて余裕以外の物でもない。


「ただ……できれば身体を洗いたかった……」


 何日も水浴びしておらず身体も洗っていないから、このまま野宿生活だと体臭がきつくなる可能性がある。


「リリにこんな姿見られたら、なんて思うかなあの子」


 しかし文句を言っても金は出てこないので、とりあえず今回は野宿するしかない。

 街の中央の広場か何かで、夜を明かそう。

 そう決め込んだ僕は街を歩き始めた。


 空は薄暮(うすぐ)れから漆黒の(とばり)が降りてきていて、街のほとんどの店は営業を終えて戸締まりをし始めていた。

 

 しかし逆にこういう時間になってこそ、煌々(こうこう)と輝き始める人たちもいた。

 夜のお仕事の方々だ。

 

 飲み屋と思われる建物の近くでは、綺麗な女性たちが客引きをしている。

 派手なドレスに身を包み、胸元を惜しまずさらけ出している。


 ロイさんはこういうところに通っているようだったが、一体何が悲しくてお金を払って女性と酒を飲みながらお喋りしなければならないのだろう。


 ただ女の子と話すだけなら、リリと話したほうがずっと楽しい。


「まぁ……もうリリには永遠の片想いになってしまったんだけども」


 自分で選択した道とは言え、やはりリリと同じ人生を歩めなかったのは辛いものがあった。


「今頃、何してるのかなぁ……。僕がいなくて、家事仕事はちゃんとやってるのかな、リリ……。寂しがってないかな、ちゃんと話し相手はいるんだろうか」


 ぼんやりと空を見上げる。

 一番星がちかちかと光って見える。


 夜空にリリの顔を思い浮かべながら、僕はしばらくぼーっとしていたが、やがて真横の飲み屋に入っていく男の人に声をかけられた。


「あ? ルーク、お前こんなところで何やってんだ。お前もついにこういうところの良さが分かったのか?」


 飲み屋に入っていこうとしていた男性は、ロイさんだった。

 顔立ちの整った女の子がロイさんの腰回りにまとわりついている。


 彼女の胸元が空いた薄紫のドレスから、暴力的な乳がのぞいて見えた。

 彼女の大きな胸の谷間には、高価そうなネックレスが沈み込んでいた。


「ロイさん……まさかとは思いますが、その女性に宝石とか(みつ)いだりしていないですよね?」

「必要経費だ」

「ダメ男じゃないですか!!」


 思わず叫んでしまっていた。

 あぁ……戦闘ではあれだけ完璧な男も、やはり女性の前にはひとたまりもないのか……。


 ちょっと、尊敬の念が薄れてしまった。

 でも人間臭いところもあるということだろう。


「んで、お前は女と飲みに来たんじゃないなら、こんなとこで何してんだ」

「ご飯を屋台で食べて、成長の儀を受けて、装備品を買ったらお金がなくなったので、これから野宿でもしようかと」


「街まで来てわざわざ野宿する馬鹿がどこにいるんだよ……。普通、まず宿を取るだろ」


 ロイさんは呆れ返るように、僕に言った。


「しょうがねえ、おいアリス」

「んー?」


 ロイさんにしなだれかかる女性が顔をあげた。


「こいつと宿取るから、ちょっと今日はお店行けないわ」

「えー! 私と一緒にいてくれるって言ったじゃんかー!」


 アリスと呼ばれた女の人が、胸を揺らして抗議した。

 上手い言葉回しだと思った。


『私と一緒にいて(たくさんお金を使って)くれるって言ったじゃんかー!』という風に、大事なところはきちんと隠している。


 女性はいつだって、男なんかより頭が数倍いい。


「悪いな。急用ができた」

「やだやだやだ! ロイと一緒がいい!」


「またあとで埋め合わせするから。だから今日はおとなしくしてろ」


 ロイさんはそう言って、アリスへ口づけを交わした。


「んー……じゃあ今日は我慢するー」

「いい子だ」


 にこりと笑って、ロイさんはアリスという女性の頭を撫でる。

 アリスさんははにかんで、また胸を揺らしてロイにお別れを告げた。


 その光景に、ロイさんは鼻の下を伸ばしてデレッデレの表情をしていた。

 アリスさんはそのまま飲み屋の中へ入っていき、表情を引き締めたロイさんは僕のそばによってくる。


「よし。じゃ、行くか」

「じゃ、行くか、ではないですよ。なに情けない顔してるんですか、みっともない……」


「うるせえ。俺は女の子が大好きなんだよ」


 いっそここまで清々しいと、好感が持てる。


「はぁ……そうですか……。ちなみにロイさんって彼女とか、いるんですか?」


「今は向こうがどう思っているのか知らないが、以前恋人関係だった女はいる」

「アリスさんという女性と一緒にいるのは、その彼女への裏切り行為になるのでは……?」


 僕は凍えた視線をロイさんに向ける。


「ルーク。大人の男女というものにはな、複雑な人間関係があって当然なんだ」

「…………」


 かっこ良く言っているつもりなんだろうが、ただのクズにしか思えなかった。


「ロイさん」

「なんだ」


「僕はロイさんみたいにはなりません」

「おう、そうか。俺もそうすることをオススメする」


 短い男同士の会話を交わし、僕たちは互いに相容れない存在だということを確認し合った。


 僕は……。

 僕は絶対に浮気したりないぞ……。


 たとえリリに嫌われていて、リリと結ばれることがなくったって、一生リリ以外の女の人についていったりしない……。


 とは言うものの、ロイさんのような女遊びに呆けている人に憧れる気持ちも、やっぱり僕も男子だからあった。



 ◇ ◆



 ロイさんと宿で休息を取り、また翌日からはレスティケイブに潜ってひたすらレベル上げ、資金稼ぎを行っていた。


 魔物の群れと遭遇し戦闘に突入している。

 飲み屋の件では呆れ返った思いをしたが、戦闘ではだいぶ僕らも以心伝心の連携が取れるようになっていた。

 

 いつものようにロイさんが敵前衛・中衛のほぼすべての敵対心度(ヘイト)を引きつけているため、僕は冷静に戦況を眺めることができていた。


 敵の後衛はそれほど強くない。

 お馴染みのボーンウィザードで、雷の槍(サンダーランス)風の刃(ウィンドカッター)なんて魔法を使ってくるが、以前戦ったときよりも相手の動きをずっとよく見切れるようになっていた。


 後衛の僕に、雷の槍が飛んでくる。

 それを僕はファイアボールで難なく撃ち落とし、新魔法のサンダーバレットを放つ。


 サンダーバレットは雷の小さな弾丸を速射する魔法だったが、さすがは攻撃速度がウリの魔法。

 出足が速い速い。


 相手の魔法発動を見てから後出しで撃っても、余裕で撃ち合いに勝つことができる。


 数秒は麻痺の追加効果もあるし、消費魔力のことさえ考えなければサンダーバレットは非常に使い勝手がいい。

 この魔法なら楽に戦況優位を作ることができる。


 僕が放ったサンダーバレットはボーンウィザードにことごとく命中し、相手の動きを一時的に封じこめておくことに成功した。


 その余裕のおかげか、前衛で戦っているロイさんに気を配ることも可能になっていて、ロイさんが戦っている姿をちらと確認すると、やや魔物に半包囲状態されていることに気づいた。


 あ……。

 ロイさんに珍しく、ちょっと危なそうな位置取りだった。


 魔物がロイさんを半円状に半包囲している。

 あのまま魔物が位置取りを崩さず連携し、ロイさんの背後に回って包囲網を作り上げれば、死角から攻撃することができる。


 僕が魔物なら、あの空間を効果的に使うだろう。

 ロイさんなら万が一すらないだろうが、一応パーティーメンバーだ援護するか。


 サンダーバレットで敵後衛を牽制しつつ、僕はいつでもフォローのファイアボールが撃てるように準備しておく。


 ロイさんは知ってか知らずか、魔物の攻撃によって徐々に追いつめられていく。

 気づいたときには、ロイさんはどこを向いても魔物に取り囲まれている状態になっていた。


「む」


 ロイさんが小さく唸る。


 ここだ。

 ここで援護攻撃だ!


 おそらくロイさんの回避力なら余裕で切り抜けられる場面だろうが、その負担を少しでも軽減させるために、僕はファイアボールによる援護射撃を放つ。


 火球が火花をちらして飛んでいき、ロイさんを包囲していた魔物の背中に命中。

 魔物が悲鳴を上げる。


 ロイさんが驚いた表情でこちらを振り向き、目を見開いた。

 彼の眼光が鋭く光って、僕を見据(みす)えた。


 しかしそれも一瞬のうち。

 ロイさんは再び動き出して、魔物を斬りつけながら声を張り上げた。


「今のはいい援護だったぞ、ルーク!」

「はい! 今なら包囲から抜けられます」

「あぁ、分かっている」


 僕のファイアボールが創りだした空隙(くうげき)を、ロイさんが広げていく。

 あれよあれよという間に魔物の包囲網は瓦解し、今度は逆にロイさんが各個撃破で魔物を倒していった。


 そのままロイさんが敵前衛を倒し、僕も敵後衛を始末する。


 戦闘がすべて終了すると、僕は日課となった戦闘記録日記をつける。

 ペンを取り出し、戦闘記録日記に何を書くべきか思案する。


 今回の発見は、ロイさんを取り囲む魔物を動きを先読みして、援護を撃てたこと。

 よし、これにしよう。

 

 さらさらと紙にペンを走らせる僕を、ロイさんはじっと見つめていた。


「な、なんですか? 気持ちの悪い……」

「お前、さっきの援護射撃。何を思って撃った」


「え、何をって。……魔物に全方向を包囲されて攻撃されれば、いくらロイさんでも万が一があるかなと思って援護したんですが……。もしかして邪魔でしたか?」

「いや、よくやった」

 

 ロイさんはぶっきらぼうだったが、僕の頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。

 僕はしばらく黙ってそうされていたが、ロイさんはなにやら脳内で納得できる結論を得たらしく、僕を見て一度だけ頷いて言った。


「ルーク、これからはお前が戦闘全体の計画を立て、総指揮をとれ。俺はお前の手駒になって動く」

「えっ……? ぼ、僕がですか!?」


 ロイさんの衝撃的な発言に、面食らってしまう。

 このパーティーは僕とロイさんの2人だけのパーティーだが、それにしたってロイさんのような凄腕剣士の指揮を取れる自信なんてまったくない。


 むしろ足手まといにならないようにするだけで、精一杯だ。


「いや、それはどうでしょう……? ロイさんには自由に動いてもらって、僕はそのお邪魔にならないように援護するだけで精一杯な感じですが……」


「間違えてもいい。失敗してもいい。チャレンジしろ、ルーク」

「僕のような未熟な魔導師が、ロイさんのような凄腕前衛の指揮を取る理由を、聞かせてもらえますか」


「これは俺の勘だが、お前はもしかしたら戦局全体を俯瞰(ふかん)する能力に優れているかもしれない」

俯瞰(ふかん)する能力、ですか……?」


「戦闘の流れを広く見渡して、自身の中衛魔導師としての仕事を行いつつ、仲間に的確な援護射撃を行いながら、戦況全体を支配下に置く。そういう才能を、俺はさっきのお前の行動からわずかに感じとった」


「はぁ。それは、すごいことなんですか?」

「中衛の魔導師としては、これ以上ない才能だ。少なくとも、直感的に魔物と戦っているだけの俺には真似できない」


 それは、ロイさんが口にする、最大級の賛辞だった。

 ロイさんに褒められると嬉しくなる。


「ぼ、僕にそんな才能が本当にあるんでしょうか……?」


「俺の仕事は、お前を一人前の魔導師に育てることだと思ってる。

 お前に戦局全体を俯瞰(ふかん)できる才能がこれから開花する可能性があるのなら、俺はそれを全力で育ててやる。

 お前の指揮でどうしても窮地(きゅうち)におちいるような場合であれば、俺が独断で行動する。

 ふだん多少ミスするぐらいでは怒らないから、とにかくお前が戦闘の計画を立て、指揮をとってみろ」


「わ、分かりました。そこまで言ってくれるのなら、やらせていただきます」

「よし、いい返事だ」


 ロイさんは破顔して頷いた。

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【クリックで先行連載のアルファポリス様に飛びます】使えないと馬鹿にされてた俺が、実は転生者の古代魔法で最強だった
あらすじ
冒険者の主人公・ウェイドは、せっかく苦心して入ったSランクパーティーを解雇され、失意の日々を送っていた。
しかし、あることがきっかけで彼は自分が古代からの転生者である記憶を思い出す。

前世の記憶と古代魔法・古代スキルを取り戻したウェイドは、現代の魔法やスキルは劣化したもので、古代魔法には到底敵わないものであることを悟る。

ウェイドは現代では最強の力である、古代魔法を手にした。
この力で、ウェイドは冒険者の頂点の道を歩み始める……。
+注意+

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