14話:異国の街で
冒険者ギルドで魔石を換金した僕は、シリルカの町並みを歩く。
基本的にそう大きな街ではないため、主要商業施設はだいたいが大通りにあって、その裏路地に町民の住宅がひしめいているという感じだ。
僕の取るべき行動は、装備品の購入、魔法の取得、食事の3つの選択肢があったが、とりあえず飯にしようと思う。
レスティケイブに突き落とされて以来、魚か、肉食系魔物の肉か、植物系魔物の葉っぱしか食べていない。
それらはサバイバル能力に長けたロイさんが安全に調理してくれるから体に毒はないのだけど、やっぱり人間うまい飯を食べないとダメな生き物だ。
外看板に描かれたメニューや屋台で食べている人たちのご飯を参考にしながら、入る飯屋を適当に見繕う。
ウェルリア王国では基本的にパンにスープにメインディッシュの肉と野菜という、どちらかと言えば薄味が基本の食生活だった。
しかしどうやらエジンバラでは香辛料や調味料をガンガン入れる調理方法が主流のようで、シリルカの街の大通りは屋台から食欲を刺激する匂いが漂ってきている。
ちら、と少し離れたところから覗いた屋台は、豚肉の細切れと人参と玉葱を黒胡椒で味付けした炒飯が振る舞われていた。
刺激的なスパイスの香りが、僕の鼻孔をくすぐる。
「美味そう……」
「お? 坊主、食っていくかい? 1皿銅貨5枚だよ!」
思わず言葉を漏らした僕に、耳ざとく店主が客引きをする。
「それじゃ、食べさせてもらいます」
「寄ってけ寄ってけ! 特別に大盛りにしてやらあ!」
「お腹が減ってるので嬉しいです」
店主のおじさんはガハハと笑った。
僕はこういう商売トークを本気にするタイプから、僕が商人になったらきっと商談相手の言葉を鵜呑みにして大損をこくだろう
リリにもいつか言われた記憶がある。
『ルークは素直に人の言葉を聞きすぎ! いつか騙されちゃうよ!』
うーん、そうは言ってもこればかりは性格だからなぁ……。
魔物を相手にする冒険者ならそういう人間同士の駆け引きがあまりないから、僕は冒険者として一生を過ごすことにしよう。
人には適材適所というものがある。
しばらく屋台のイスに座って料理が出来上がるのを待つ。
おじさんの鉄鍋のふるいっぷりはさすがにプロで、よくあんなに激しく動かしてこぼれないものだと感心した。
やがて、皿いっぱいに盛りつけられた、黒胡椒で豚肉と野菜と米を炒めた炒飯が出てきた。
「へい、お待ち!」
炒飯を銀のスプーンですくって口に運ぶ。
一口咀嚼すれば、黒胡椒のピリリとした味が口いっぱいに広がった。
「美味い……!」
「ははは。坊主は料理を振るいがいがあるねえ!」
次の客に出す炒飯を作りながら、店主が横目で僕を見て豪快に笑った。
そのまま僕は黒胡椒の炒飯を堪能し、食べ終わると店主に定価を払う。
店主は少しびっくりしていたが、やがて僕を満面の笑みで「また来てくれよ!」と言ってくれた。
僕もお礼を言って屋台をあとにした。
腹もいい感じに膨れたことだし、次は装備と魔法の強化だった。
レスティケイブでの戦闘で学んだ、『出足の早い魔法を覚える』と言う課題内容があった。
現状では、ファイアボールを細かく調整すれば上手く使い分けられるものの、このままでは通用しなくなる状況も出てくるだろう。
上手く行かなくなってから修正する、では遅いのだ。
上手く行っていても、あれちょっと物足りないな、もう少し改善できるな、と感じればすぐにでも修正すること。
たとえ修正して一時的に悪い結果になったとしても、それが長期的な成長につながる。
これも、ロイさんの受け売りの言葉だった。
そうして僕は、まずは新しい魔法を覚えるべく聖教会へと向かった。
この大陸ではだいたいの国に聖教会が広まっていて、だいたいの街に聖教会の支部がある。
初めて僕が祝福の儀を受けた時のように、新しい魔法やスキルを覚えようと思ったら聖教会にお布施して、成長の儀という儀式を受けることだ。
だいたい1レベルぐらい上がると、覚えられる魔法・スキルが2~3つ新しく出現し、その中で希望の魔法やスキルを習得していくという感じだ。
もちろん魔法やスキルの習熟度によっても、覚えられるものは変わってくる。
だから本当に強くなりたい人は、こまめに教会に通い金を払って、成長の儀をやってもらうことになる。
強くなるためにはとにかく金がいるのだ。
聖教会はボロ儲けだろうな。
もちろん聖教会に頼らず、自分で魔法やスキルを本能的に新しく覚えていく人もわずかながらにはいるらしい。
たぶんロイさんは、後者のタイプだろう。
僕は完全に凡人タイプ。前者のタイプなので、教会に行って新しい魔法を覚えさせてもらうことにした。
ウェルリア王国の教会と作りが全く一緒の教会に入り、神父さんに『新しい魔法を覚えたいのですが』と相談すると、彼は破顔した。
「構わないよ。最初の祝福の儀はすでに終わらせているのかね」
「はい。天職は低位魔道士で、レベルは……7です」
鑑定スキルで確認すると、僕のレベルは5から7に上がっていた。
「魔法職か。そのレベルならば、成長の儀は1回、銀貨1枚と銅貨5枚だ」
「おぉ……ギリギリ足ります」
魔石の収入が銀貨2枚と銅貨2枚。
さきほどの黒胡椒炒飯で引くことの銅貨5枚。
残るは銀貨1枚と銅貨7枚。
これを払ってしまったらまともな装備品は買えないし、おそらく宿屋にも泊まれないが、まぁ今回はしょうがあるまい。
僕が金貨袋から銀貨1枚と銅貨5枚を差し出すと、神父さんは「これも神のご意向かもしれんね」と控えめに笑った。
成長の儀に早速とりかかる。
祝福の儀のときのように念入りな儀式ではなく、平服のまま受けることができる。
神父さんの祝詞を聞き復唱すると、神父さんが持っていた水晶に文字が浮かび上がった。
「この水晶に取得可能な魔法とスキルが浮かび上がるのだよ。ご覧になって、どの魔法を覚えたいか決めなさい」
僕は水晶を手渡され、その内容を覗き込んだ。
そこにはこんな文字が浮かんでいた。
【ルーク 取得可能魔法・スキル一覧】
火系統初級魔法 ファイアバレット
威力E 攻撃速度B 魔力消費D
火系統中級魔法 ファイアランス
威力C 攻撃速度D 魔力消費B
火系統中級魔法 バーングラウンド
威力D 攻撃速度D 魔力消費A (※範囲攻撃魔法)
水系統初級魔法 ウォーターバレット
威力F 攻撃速度C 魔力消費E
雷系統初級魔法 サンダーバレット
威力E 攻撃速度A 魔力消費C
取得可能数 1
「おぉ……結構いろいろ覚えられる選択肢があるんですね」
「そうだな。君はどんな魔法を覚えたいのかね」
神父さんが親しげに相談にのってくれる。
聖教会は祝福の儀や成長の儀という魔法儀式を扱っている性質上、いろんな冒険者から頼られ相談を持ちかけられることが多い。
だから僕のようなひよっこ冒険者には、いろいろと教えてくれるのだろう。
「攻撃速度が高い魔法を覚えたかったんです。だから、各系統のバレット魔法がいいのかな」
「そうだね。目的に合致している魔法なら、サンダーバレットがいいだろうね。だが取得可能魔法を見る限り、きみは火系統の魔法習熟度が高いみたいだね」
たしかに。
火系統はこの時点で中級魔法を覚えることができる。
「1系統に絞って習熟度を上げて、覚えていったほうがいいですかね?」
「基本的にはそうおすすめしているけれどね。でもまぁ、1系統の魔法だけに頼っていると、火属性抵抗が高い魔物と戦うときは、非常に苦戦するだろうね。そういう時に弱点を補ってくれるパーティーメンバーがいるなら話は別だが」
そうか、そういうデメリットもあるわけか……。
いつまでもロイさんに守ってもらえるわけではないだろうし、ある程度はソロ冒険者でもやっていける能力が欲しい。
僕は悩んだ末に、今の目的と一番合致している攻撃速度Aの『サンダーバレット』を取得することに決めた。
「では、サンダーバレットでお願いします」
「分かった」
神父さんが神に祈りを捧げて、僕はサンダーバレットの魔法を習得した。
これで手持ちの武器が1つ増えたことになる。
早く実戦で試したい気持ちにかられた。
無事にサンダーバレットを覚えたことを自分に鑑定スキルを使って確かめた僕は、その足で装備品店に向かった。
思ったより成長の儀に金を取られてしまったため、残りの手持ちは銅貨2枚。
たぶん、装備品を買うどころの騒ぎではない気がする。
飯1食が銅貨5枚とかかかるのに、装備品が銅貨2枚で買えるはずもない。
「まぁ、とりあえず冷やかしだけは行ってみるか。どんな装備が売っているのか、目標を見ておくのも悪くないし」
それとこの街で他にやることもなかったからなのだが。
大通りの来た道を戻って、各職業の装備品がまとめて売っている店に入る。
ウェルリア王都やエジンバラの皇都でもない限り、魔導師用の装備専門店というのはなかなか流行らないのだろう。
シリルカの街の装備品店は非常に人生がだるそうなお姉さんが経営しており、僕が店に入っても
「らっしゃーせー……」
というとてもやる気のない態度だった。
まぁ営業にやる気出されて、あれこれ買えないものを押し付けられても困るし、これはこれでいいか。
僕は装備品店の中を見まわっていく。
右手から剣士や近接職用の剣・斧・槍と、バックラーのような防具が置いてあり、店をぐるりと回る感じで職業別に分かれている様子だった。
僕が欲しい魔導師向けの杖やローブは、中央あたりにあってあまり種類は豊富でない。
とりあえずいくつか手にとって見る。
全身を覆うローブ――黒の下地に赤の炎の文様が描かれているローブが、めちゃくちゃかっこよくて欲しかったのだが、商品説明を見ると、
【黒炎竜のローブ】
レッドドラゴンのうろこを素材に使って作られたローブです。
自らが使う魔法全属性ダメージを大幅に向上させる効果があります。
また、敵から受ける火属性ダメージと闇属性ダメージを大幅に軽減する効果があります。
定価 金貨3枚
高。
いやいやいや、無理でしょう。
銀貨2枚稼ぐだけでも結構しんどいものがあったのに、金貨3枚はちょっと……。
銀貨60枚分?
きっついですわー……。
ロイさんと一緒にレスティケイブに潜ってこの稼ぎなのだから、他の冒険者は一体どうやって金策をしているのかと不思議に思った。
あぁ、でも。
他のローブも見てみると、どうやらこの店での最終装備品はこの『黒炎竜のローブ』みたいだし、装備品は壊れない限り一度買うとずっと使えるし、そのぐらいの値ははるか。
ぽんぽんと最終装備が買えたら、みんなすぐに強くなれるだろうしね。
こういうのはコツコツとお金を貯めて、やっと買えるような装備なんだ。
黒炎竜のローブは棚に戻し、他の種類のローブを見てみる。
一番安そうな、銅貨2枚で買えるローブが欲しい。
今は装備効果がなくてもいいから、とにかく魔導師っぽくなりたい。
そう思ってできるだけ薄汚れてボロボロになった見るからに安そうなローブを中心に値段を見ていたが、だいたいは銅貨7枚から8枚が最低ラインだった。
「うーむ……このなんの装備効果もない、ちょっと端が破れてる明らかに中古品のよれよれローブですら銅貨6枚か。手持ちは銅貨2枚しかないし、買えないなー……。いまさらながらに炒飯で銅貨5枚を使ったのは痛かった。でもあれ美味しかったしなぁ、ご飯にはお金使わないと心が荒む……」
「あん? ローブほしいの?」
僕が独り言を漏らしていると、店主のやる気なそうなお姉さんがこちらを見ている。
「あ、はい。魔物と戦う時に使うローブが欲しいんですけど」
「金、足りないの?」
「はい……」
僕がうなだれるようにして言うと、店主のお姉さんはケタケタと笑った。
「そうかそうか。君は駆け出しのひよっこ貧乏冒険者というわけか」
「まぁ、そうですね」
「だったらサービスしてあげるよ。装備効果のないローブなら、銅貨2枚で売ったげるよ」
「いいんですか!?」
僕は彼女の優しさに感激した。
人生がだるそうなお姉さんとか思ってごめんなさい。
いい人だった。
「その代わり、出世して荒稼ぎしたら、そこの黒炎竜のローブを買っておくれよ~~」
にたにた笑いながら、店主のお姉さんは言った。
「ありがとうございます! この恩は必ず返します!」
「いいってことよ、ひよっこ冒険者くん。だいたいみんな値切っていくから、定価は高めにしてるものだしね」
「え……?」
僕は銅貨2枚を店主に渡しながら、凍りつく。
「この国で、定価で物を買ったり、ご飯を食べたりしないほうがいいよ。だいたいみんな交渉して下げるのが常識だから、定価はどこも高めに設定してあるんだ」
「え、そ、そうなんですか……?」
炒飯……炒飯……銅貨5枚……。
「うんうん。交渉による駆け引きは、もはやエジンバラでは日常挨拶だからね」
「じゃ、じゃあ、僕はさっき黒胡椒の炒飯を銅貨5枚で食べたんですけど、それも高かったってことになるんです?」
「あー、ちょっと高いね。4枚か、上手い人は3枚ぐらいまで値切るだろうね」
あぁぁぁぁ……。
これがカルチャーギャップというものか。
ウェルリア王国では、リリがやってたようにかわいい女の子以外が交渉なんてしたら、礼儀がないって思われるものだからな……。
「肝に銘じておきます……」
「君、発音からしてエジンバラの子じゃないね。お行儀よさそうだし、ウェルリアから来たの?」
「そうです。ちょっと事情があって」
「へー。じゃあ最初のうちはいいカモだね。気をつけなよ。この国は交渉ができなきゃ損をするからね」
「あの、交渉とか僕が一番苦手な行為なんですが……」
「まぁ適当に慣れりゃ、なんとかなるよ。コツは、交渉ふっかけて相手に嫌な顔されても、それは相手の演技だから気にしないってことかな」
「はぁ……そうなんですか……」
がっくりと肩を落とす。
僕は、異国の洗礼を受けたのであった。