13話:お前は誰だ?
俺は、レスティケイブで新しく拾った相棒のルークと街の入口で別れると、そのまま馴染みの飲み屋へやって来ていた。
店主と顔をあわせると、くい、と二階の個室をあごで指された。
来客が来ているぞ、ということだ。
俺は目礼して、二階へ上がる。
この飲み屋は若くて綺麗どころの女を揃え、男性客に接待しながら一緒に酒を飲む店だが、金をたくさん落とす特別な常連客にはいかがわしい行為もサービスしている。
そういう常連客になれるのは、たいてい成功を収めた商人か、腕のたつ冒険者だった。
特に冒険者はいつも戦闘や激しいクエストで心身を消耗するため、こういう場所に来て肉体的に癒されなければ、精神的重圧に潰れる奴も多い。
逆に貴族様や王族様は、このような低俗な店には滅多に遊びに来たりしない。
あいつらは自分の豪邸で、いくらでも女と遊べるからな。
そんなわけで俺もここの特別な常連客の一人なわけだが、俺を個室にいきなり呼びつけられるほどの来客は、あいつ一人しかいない。
個室の扉を開けて中に入ると、むわっとした香水の匂いが鼻についた。
そいつは窓際にあるテーブルの椅子に座って、つまらなそうに頬杖をついて外を眺めていた。
「お前に言われたとおり、レスティケイブに落ちてきた男を助けて、育ててやっているぞ。これでいいんだろう?」
俺がそう言うと、金髪ショートカットの女はこちらを見て、淡い微笑を浮かべた。
「えぇ、それで問題ありません」
女の顔には、隠し切れない疲労の色が滲んでいた。
すべてを悟った上で、なにもかも諦めたかのような。
言いようのしれない絶望を、その女は抱えていた。
「それにしても、さすがロイ・エメラルドですね。ルークもこれで早く一人前になれます」
「まぁ、あいつの場合、もともとの素質がいい」
「たしかルークの最初の天職は、低位魔導師ではありませんでしたっけ。高位魔導師ですらないんですよ?」
「そういう分かりやすい才能は、いずれ伸び悩む」
女は面白そうに俺を見て、続きを促した。
「ルークは素直で人の意見もよく聞くし、挫折を受け入れる心の広さもある。自分で考えて実行に移せる能力もあるし、ああいう男は最初は苦労しても、やがては急激に伸びるものだ」
「それは実体験に基づく個人的な理論ですか?」
「ふざけろ。俺様は唯一無二の天才だぞ」
俺の言葉を聞いて、女はくすくすと笑った。
笑う姿一つとっても、疲労を押して笑っている。
そんな印象を、俺はこいつからいつも受ける。
「あなた様が唯一無二の天才であろうにしろ、そうでないにしろ、今のルークを育ててくれるのはあなたしかいません。その調子でお願いします」
「別にお前に言われたからこれからも育てるわけではないがな。あいつを育てるのが面白くなりつつある。……それで、ユメリアの件だが」
俺が本題を切り出すと、女はわざとらしく相槌を打った。
「あぁ、そうでしたね。ルークを助け、育ててくれるという条件と引き換えに、あなたの元恋人・ユメリアの情報を提供する約束でしたね」
「白々しくとぼけるな。それで、ユメリアは生きているんだろうな?」
「生きています」
女は即答した。
「どこにいる? 会わせろ」
「それは難しい相談ですね」
やれやれと言わんばかりに肩をすくめやがった。
「お前……俺を馬鹿にしているのか? この俺を誰だと思っている」
「ウェルリア王国で歴代最高の騎士と呼ばれた、ロイ・エメラルド。
あまりにも強すぎ、歯に衣を着せぬ発言から上級貴族や王族に疎まれ、恋人のユメリアを盾にとられたままレスティケイブのソロ攻略……事実上の極刑を命じられながらも、レスティケイブを最後までソロ攻略しきった、悲劇の天才。
またの名を、剣神ロイ。神の二つ名を背負うことを神々に許された、この世界で最強の剣士。
あなたのことは、よくよく知っています」
「あまり俺を舐めていると、その首が飛ぶぞ」
「それはできないでしょう。私が死ねば、ロイさんはユメリアへの手がかりを失うことになる」
「チッ……足元見やがって。これだから性格の悪い女は嫌いだ」
「あぁ……懐かしい。そういえば、ルークにも性格悪いって言われたっけなぁ……。あれは傷ついたなぁ……」
遠い遠い過去を思い出すかのように、女はつぶやいた。
敬語が崩れたところに、この女の本音をのぞき見た気がした。
「こっちはちゃんとルークを育ててるんだ。約束は守れよ」
「大丈夫ですよ。ルークを守り通してくれれば、必ず貴方の望みは叶えて差し上げます」
「まぁユメリアが生きてると分かっただけで、今は十分だ。このままルークのお守りをしていればいいんだな?」
「はい。お願いします」
こいつがルークの事を語るときは、いつも底知れぬ愛情を感じる。
ルークとの間になにがあったのか聞きたい気持ちにかられるが、依頼人の私情を探っていいことなど一つもない。
「分かった。個人的にもあいつは好きだし、才能あるヤツを育てるのは面白い。まぁこっちはこっちで楽しみながらやらせてもらう」
「では、引き続きよろしくお願いします。また何かあれば連絡します」
外套を深くかぶり直して部屋から出ていこうとする女に、俺は声をかけた。
「なぁ、一つ、聞いていいか」
「私に答えられる範囲なら」
「お前とまったく同じ顔、同じ背丈、同じ名前をした女が、今、ウェルリア王国の騎士団で『聖女』と呼ばれているらしいな?」
「そのようですね」
「リリ。お前、何者だ――?」
「いずれ分かりますよ」
ショートカットの、金髪をした、聖女が。
微笑に哀愁をにじませて、そう振り返った。