100話:包囲殲滅陣、再び
僕らエジンバラ皇国軍が、ウェルリア王国の糧秣地を襲撃した時点にいたって。
エジンバラ皇国内に侵攻中だったウェルリア軍にもその話が伝わった。
彼らは寝耳に水の話だっただろう。
まさかピオネー山脈越えを行い、喉元に剣を突きつけられるとは思ってもみなかった様子だ。
僕らエジンバラ皇国軍は、そのままウェルリア王国の王都を目指した。
「ウェルリア軍、今頃びっくりしてるだろうね」
「かつての故郷と戦わないといけないとはな……」
馬に乗ったまま、リリと話した。
ウェルリア軍の間諜が、たびたび僕らの行動を掴みに周辺を探っていた。
エジンバラ軍に領土を侵されたばかりか、糧秣地まで略奪された怒れる我が祖国。
それを、僕が断続的に放っていた斥候で逆に彼らの行動を掴む。
どうやらウェルリア王国軍は、王都に至る街道で3個師団でもって僕らと会戦をする腹づもりらしい。
「どうするんだ、ルーク。このままウェルリア軍に追いつかれ、数倍の兵力差で戦うのか」
ロイさんが僕に言ってきた。
「さて……どうしましょうか。このまま9千のエジンバラ兵で戦ってもいいですけどね」
懐かしきウェルリア王国の地。
その地図を眺めながら、僕は顎を指でかく。
彼らウェルリア軍の動きを追っていると、3個師団が僕らを王都前で足止めして、兵糧攻めしつつ全滅を狙っていることが分かった。
こちらは物資が必要最小限で構成されているため、兵糧攻めを狙われれば厳しい。
だから、攻撃に出るには物資が豊富な今しかなかった。
「ここは、アレでいきましょうか」
「アレ……?」
「ってなんだ、ルーク」
リリとロイさんが言った。
「最強の戦術――包囲殲滅陣、ですよ」
僕はにやりと笑って、彼らに言った。
◆
僕らはウェルリア王国内のピオネー山脈を背後に望む、ライン地方でウェルリア軍を待ち受けることにした。
兵法の定石からは外れているが、部隊をピオネー山岳を背に置いたところに配置し、そこからは隘路が山に向かって延びているだけだ。
つまり、ここにいれば後背をとられない。
ウェルリア軍に先んじて決戦場を選んだ僕は、半刻ほどの休止をとり、万全の態勢を整えてから戦陣を練り上げていた。
「ルーク。言われたとおりの戦型を作ったけど、これでいいんだよね?」
広い平原に敷いた自軍中央から総指揮を執る僕のもとに、馬に乗って各部隊に細やかな指示を与えていたリリが戻ってきた。
「あぁ、ありがとう、リリ」
「これぐらいなら、いつでも!」
ライン地方に戦型を敷いたエジンバラ軍は、まず中央に歩兵八千を置いている。
中央の重装歩兵団は簡単に敵軍を突破されないよう、八千の兵を二千、三千、三千と分けて、合計三層の多重構造になっている。
部隊の前方が弓形のように前に突き出る感じでふくらませていた。
これにも狙いがある。
そして、右翼と左翼に騎兵部隊が五百ずつ。
魔法の矢で攻撃できる遠距離攻撃部隊も、右翼と左翼に別れてエジンバラ騎兵を後方から援護する形となる。
「これで大丈夫だ。よくやってくれた、きみは右翼で戦いに加わってくれるか? ロイさんが左翼を担っているから」
「うん。私は騎兵だから戦いしかできないから、それでいいけど……。ルーク」
「どうした?」
「私、本当に祖国と戦えるのかな……? つい先日まで、あっちにいたのに」
ポツリと漏れた彼女の弱音を、僕は優しく腕で抱きしめてあげた。
「大丈夫。エジンバラ皇国の皇帝陛下は素晴らしいお方だ。
きっと、この戦いに勝って大陸を平和に導いてくれるはず」
「うん……分かった! ありがとう」
「心配いらないよ。戦闘では機先を制し、主導権を得たものに莫大な恩恵がある。
僕らは地の利を獲り、十分な休息を挟んで鋭気も養った。対して敵軍は僕らの突然の行動に驚き、怒っているだろう。この戦いは必ず勝てる」
「ルーク……なんだか、王国にいた時とは別人みたい……。あの頃からもそうだったけど、ルークはこういう時のほうがうんとカッコ良く見えるよ」
「褒め言葉は勝ってから聞こうか。」
苦笑して肩をすくめた。
「分かった! 私も右翼の戦いに加わってくるね!」
「ご武運を、マイレディ」
「あなたにも、黄金の獅子の栄誉がありますように。ユア・マジェスティ」
そうして、ルークとリリはそれぞれ別の部隊に分かれた。
時を半々刻ほど経ってから、怒れるウェルリア軍のご到着となった。
急いで行軍してきたからか、隊列は乱れ、息も上がっている。
その戦力は3個師団だとしても、統率のとれていない敵軍など、破るに安し。
――ルーク、来たよ!!
リリが視線でそう言っていた。
僕は息を大きく吸い込んで、全軍に通達を行う。
「これより、我が部隊は、ウェルリア王国軍と決死の戦いに挑む!!
これより先は弱者はいらない! ここは敵地の死路である!
生きて祖国の地を踏みたければ、死ぬ気で戦え! それ以外に活路は残されていない!!」
「「「おおっ!!!」」」
全軍が大地を踏みならしながら、言った。
「伝統と、栄光の国!! エジンバラ皇国の名にかけて!!!」
「全軍、突撃――ッ!!!!」
かくして、ここにウェルリア王国内での決戦が開かれることになる。
本来、僕が望んだ形での、山岳を後背において絶対に包囲されない、なおかつ騎兵が有効に動ける地での戦いだった。
これが大陸戦争の決定戦。
ライン地方の戦いだ。