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人生を賭ける

作者: 影峰柚李

手からひらひらと紙が落ちた。

その紙は窓から入る風に流され部屋を出て行ったかと思えば

黒い猫の手によってその旅を終えた。

私はその紙を拾うでもなく、猫にボロボロにされるのを

ただじっと眺める。

その紙が何であるかなど知りもしない猫は爪を立て、引き裂き

ついには散り散りにしてしまった。

そこでようやく私は立ち上がる。

荒れた部屋の中からパイプタバコを探し出し、火をつけて煙をふかす。

くしゃくしゃになってしまった紙を元に戻すことはできない。

紙を使い物にならなくした張本人はとうに飽きてしまったのか

姿を消していた。

紙を拾い上げ状態を確認する。

至る所を引き裂かれ、折れ曲り、とても読めたものではない。

ぐしゃっと丸め、ゴミ箱へとなげいれる。

手紙を保管するほど几帳面な性格はしていない。

最終的にはこうなる予定だったのだ、経緯は関係あるまい。

部屋を出て、ベランダへと移動すると黒い悪戯者が後をついてきた。

彼女はタバコをふかす私の横で丸くなるとそっぽを向いて寝てしまった。

ベランダに置いてある椅子に腰をかけ空を見る。

本来であればこうくつろぐ前に先に手紙の返事を書くべきなのだろうが

今はそんな気分にはならない。

私はこうして一人……いや、彼女がいつもいるが、

こうして、静かに感慨に耽るのが好きなのだ。

それを邪魔されるのは非常に腹立たしい。

そんな私の趣味を侵害する内容の手紙だったのだ。


「お年を召した方に、そのような大きな屋敷を管理するのは

とても大変な事と思われます。こちらでより良い場所を

提供させていただきますので、そちらの邸宅をお譲りいただけないでしょうか。」


こんな失礼な手紙があるだろうか!

今まで半世紀近い歳をここで過ごしてきた。

そこを退けというのだ。

しかも、彼らはこの場を開拓し、新たにものを建設しようとしている。

手紙には書かれていないがそうであると容易に想像できる。

「ふふ、笑える話だ」

ああ、とても可笑しい。

なんだか愉快な気分になってくる。

あんな手紙を書くなんて、初めから私がどかないと思って

一応送ってきたにすぎないんだ。

そこに期待通りの返事をするのはなんだか気が進まない。

かといってここを譲る気もない。

さて、なんと返してやろうか。

条件をつけるか、暗号にして送るか、言語を変えるのもいいかもしれない。

「こんにちはー、誰かいらっしゃいますかー?」

私の思考を遮るような大きな声が玄関の方から聞こえた。

ベランダから下を見下ろすと、きょろきょろと辺りを見回す

女の子が立っていた。

「何か用かね」

声をかけると、嬉しそうにこちらを見た。

「良かった、実は道に迷ってしまって困ってたんです!

宜しければ道を教えていただけませんかー?」

森の奥にあるこの家を訪れてきたというわけではなく

ただの迷子らしい。

その時、私は閃いた。

「ああ、助けてあげよう。少しそこで待っていなさい」

急いで中に戻り、筆を手に取る。

名前も素性も知らない彼女に遺書としてこの家を託してしまえば

彼奴らはこの遺書を見つけることができずに

家の権利者を見失うことになるのだ。

我ながら面白いことを思い付く。

簡潔な遺言書を書き記して、玄関へと向かう。

「お前も来なさい、彼女の案内役を任せたい」

呼びかけると、黒猫は小さく鳴いた。

「さあ、待たせて悪かったね」

玄関を開くと、先程と同じところに立っていた。

封筒に入った遺書を渡すと、彼女は首をかしげる。

「これは?」

「私の遺書だ」

「い、遺書……?」

聞いた瞬間に彼女の手が止まる。

正しい反応だ。

「詳しい説明は省かせてもらうがね、私はある人と賭けをしているんだ。

ここには、この土地を君に譲ると書かれている。

私が死んだらこの土地を好きに使っていい。困るとは思うが、是非頼みたい」

険しい表情を浮かべながらも、彼女は遺書を受け取った。

「ありがとう。さあ、この猫についていくといい。

きっと出口まで連れて行ってくれる」

「猫が、ですか」

黒猫が少し離れたところで少女を見る。

早く来いと言っているのだ。

「置いてかれないよう、しっかりついて行きなさい」

「あ、ありがとうございます」

少女はぺこりとお辞儀をして猫を追いかけて行った。

さあ、急いで返事を書かなければ。

きっと驚くに違いない。

彼女がこの先どんな人生を送るかはわからないが

あの遺書を持っていてくれればそれでいい。

楽しい宝探しだ。


一時間後、猫がしたり顔で帰ってきた。




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