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 駐車場に入ると、颯くんの車があった。

「乗れ」

 無理矢理助手席に座らされて、私の気持ち無視のその態度に、反発心がこみ上げる。

 颯くんが運転席に座る前に逃げ出しちゃおうかとか考える。だって沈黙のままに座る助手席は、いつもと違って居心地が悪い。でも何度も乗ったことのあるその場所を手放したくない気持ちが、逃げたい気持ちを押しとどめてしまう。だって私は颯くんと離れたいわけじゃない。気持ちと思っていることがちぐはぐで、どうしたいのかさえわからない。

 運転席に颯くんが滑り込んでくる。バタンと音がしてドアが閉まった。

 車の中は、私と颯くんだけの空間になって、二人っきりの世界に沈黙が訪れると、何の音もしない。

 フロントガラスはぽつぽつと濡れていて、空から小さな白い粒が舞い落ちる度、瞬く間に透明へと色を変える。視界に広がる黒い空は、流れ続ける白い水玉模様だ。

「……誰のせいだと思っている」

 フロントガラス越しの空を見つめていると、ぼそっと声がした。

「え?」

「あのとき、俺はからかわれていたんだよ。照れるぐらいするっつーの」

 突然話し始めた颯くんに目を向けた。むっとした顔は、私の方を向くことなく前をまっすぐに見ている。

 ああ、さっきの照れた顔のことか。突然話を戻されて一瞬頭が追いつかなかったけど、すぐに意味を理解する。同時に、さっきまでのいらだちも戻ってきた。

「……私に関係ないよね、それ」

 何に照れてだかなんか知らないけど、私には全く関係ないことだ。あの女の人の言葉で照れたことには変わりない。

「だから、おまえのせいだって言ってんだよ!」

 眉間にしわを寄せて叫んだ颯くんが、むっとした顔のまま私を見た。怒った顔のまま後部座席に身を乗り出して小さな紙袋を一つとる。

 何をしてるのかと思いながら見ていた私に、それをぐいっと押しつけてきた。

「……なに」

 互いにけんか腰で、にらみ合っている状態だ。これをどうしろというのか。

「プレゼントに決まってるだろ」

「いらない」

「はぁ?」

 馬鹿にされてる気がして拒絶すると、颯くんは片方の眉だけあげてすごい嫌そうな顔をした。

「義理のプレゼントなんかいらない!」

「おまえ、この袋見てそれを言うのか」

 そう言われてちらっと紙袋に目をやる。有名なブランドのロゴが見えた。サイズ的にアクセサリーだろうか。

「どう見ても本命だろうが」

 文句あんのかと言わんばかりににらみつけてくる颯くんの顔に、これは意地になって本命用のプレゼントを私に押しつけて、私に悪かったと言わせようとしているんじゃないかという気がしてくる。こんなうさんくさい本命があるもんか。

「彼女にでもあげれば?」

「だから彼女にするつもりの女にやるっつてんだろうが」

 完全に売り言葉に買い言葉だ。怒鳴りこそしてないけど互いにとげのある応酬に、私は怒り半分、しらける気持ち半分、そしてその裏に哀しい気持ちを隠して颯くんをにらんだ。

「なに、その冗談」

「人が下手に出りゃぁ、人の本気を冗談だと? いい根性してるじゃねぇか」

「どこが下手に出てるのよ! 適当なことばっかり言って! うそつき!!」

 悔しくて、哀しくて涙がにじむ。私の好きな気持ち、こんな売り言葉に買い言葉で適当にごまかされるなんて。

「……ひどいよ」

 つぶやいた声が震えた。

「だから、なんでそうなる!! 先輩にはおまえへのプレゼントで相談に乗って貰ってたから、からかわれたんだろうが! あの人は俺がおまえにこれやるの知ってたんだよ! 俺が恥ずかしい思いをしたのはおまえのせいだろうが! 責任とれ、責任! さっさと受け取れ! 冗談とかいったその口ふさぐぞ、コラ!」

 ぐいぐい押しつけてくる袋と、怒った顔して私をにらんでいる颯くんと。

 なに、言ってんの?

 暗い車の中で浅黒く見える颯くんの顔、これは、もしかして赤くなってるの?

 え?

 私は混乱した。

 もしかして今まで言ったこと、全部ほんと?

 わからない。何が本当のことなのか分からなくて考えるほどに混乱する。うれしくてたまらないけど、勘違いだったらどうしようって思う気持ちもある。

 だって、ずっと片思いだった。叶うことを夢見てたけれど、どうせって思う気持ちも根付いてしまっている。そのくらい長い片思いだったし、五歳の年の差がどれだけ大きいかわかってる。

 私と出会ったとき、颯くんは高校生だった。高校生になってから、五歳年下が、どれだけ恋愛対象にならないのか実感した。十九歳の今の私から見て十四歳の中学生はやっぱり子供だ。長い片思いをしてきて、その間、颯くんにとって私が恋愛対象になり得なかったことを痛感し続ける片思いだった。十八になって、もしかしたらって思った。まだ、颯くんからしたら子供だろうけど、犯罪じみた年齢じゃなくなったよねって。

でも、無理っていわれた。これからだんだん、年齢の差はそれほど問題じゃなくなってくるのはわかっていたけど、もう私は、颯くんと恋人同士になることを期待をしても、実現するとは思えなくなっていた。

 去年振られて、駄目だって気持ちに押しつぶされてしまっていた。

 颯くんの言葉が、私の心に落ちてこない。上っ面を滑るように落ちてゆくだけで、信じることが出来ない。

「うそだよ……絶対、嘘だ。颯くんが私のこと好きなわけないし。どうせ同情かなんかだもん。彼女いないから適当に私で手を打つとかそんな感じに決まってるし」

 ぼそぼそとつぶやくと、袋を私に押しつけたままだった颯くんの手がぴくっと震えた。

「……はぁ? なんなの、おまえ。俺にケンカ売ってんの?」

「ケンカ売ってるのは颯くんの方だよ!」

「なんなのおまえ、意味わかんない」

「わかんないのは颯くんの方だもん!」

「どう聞いても、おまえだろうが」

「颯くんだもん!」

 押しつけてくる紙袋と、それを押し返す私との押し問答を繰り返して、しばらく黙り込んだ後、颯くんがため息をついた。

 颯くんが真顔でじっと見つめてくる。

 私はそれをじっとにらみ返す。なんだって受けて立ってやる、みたいな気持ちを込めて。

 なのに、颯くんはため息交じりの力の抜けた言葉を漏らした。

「この際、それはもういいや」

 あきれたような、あきらめたような呟きは、深いため息と共にこぼれてきた。

 なにそれ。大事なことなのに。どうでも良さそうなその態度にむかっとした。私のことをどうでも良いと言っているみたいで。

「よくない!」

「良いんだよ。……彩さぁ、俺がおまえのこと好きだって言ってるの、わかってる?」

 一瞬息が止まった。唐突すぎる爆弾発言だ。でも、このやる気のなさそうな呟きは、絶対私の望む気持ちはこもってない。にらむ目に力を込めた。涙が出ちゃいそうだ。

「うそだ!」

 颯くんが私のことを好きなわけないって言う気持ちが強くて、もしそれを後で実感したら、きっと苦しくなる、それが本能的にわかっていたのだろう。私はただ颯くんを拒絶することしか思いつかなかった。

 颯くんの言う好きと、私の好きは、絶対に違う。

 涙をこらえながらにらみ続けていると、颯くんはやっぱりため息をついた。

「嘘だって言うけどさ、おまえ。俺の状況わかってる? おまえが今日会いたいって言うから、夜遅くなる仕事を何とか会いに行ってもぎりぎりセーフになるよう、九時過ぎに仕上げてさ、そのためにすっげぇ早朝出勤までしてさぁ、本気で疲れてるのにおまえ捜してこのクソ寒い中走り回ったんだけど? おまえが行きたいって言ってた所、片っ端から思い出して。なのにその俺にそんなこと言う?」

 さとすような淡々としたしゃべりは、少しだけあきれているように響く。

 私はうつむいて言葉を失った。

 そう言われると、私のしたことはひどかったように思えてきた。でも、颯くんが女の人と出てきたし、颯くんは私を相手にしてくれるなんて内心では思ってもいなかった。

「だって」

「だってじゃねぇよ。この期に及んで嘘とかいうのは、あんまりだろ」

 ため息交じりのたしなめる声は、私の反発する言葉を奪ってゆく。


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