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乾 東悟の行きて帰らざる物語  作者: 高原ポーク
第1章   乾 東悟、死んで神様と出会い異世界ミーリアに降り立つの段
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8.乾 東悟と神様の転生講座(6)

 ヒャア!! 説明回が止まらねぇや!!

 それでもこれで怒濤の説明5連チャンは終了です。お疲れさまでした。

 外の日は落ち、黄昏が色濃く空を染めつつあった。



 お茶の間もすでに電気がつき、蛍光灯の明かりが部屋を明るく照らしている。もうすっかり夕方である。俺が列車に乗っていたのは午前中のことだったが、あれから半日過ぎていると言うことなのだろうか。死んで、異世界の天界に連れてこられて、それでも時間は過ぎているという事実が妙におかしい。俺はどこか熱っぽい頭で、ボンヤリとそんなことを考えた。





「――――ところで、乾さんだったらどちらを選びます?」


 縁側の網戸を閉めに行って戻ってきたさくらは、今すぐ決めて頂かなくても大丈夫ですが、と前置きしてそう聞いてきた。これから一生のことですし、ゆっくり考えて頂いて結構ですよ? とも言ってくれる。


 それに俺はそうだなあ、と腕を組んで唸った。とは言いつつも、実は移住か転生かどちらかについてはすでに腹の中で決まっていたりする。



「まあ……移住か転生かと言われれば、俺は移住しかないんだが……」 

「そうなんですか?」

 ああ、と頷いた。

「どうして、って伺っても?」

 俺は顎を軽く撫でながら、言葉を吟味して言った。


「大した理由でもないんだが……

 なあ、俺がもし転生したとして、本来は別の魂がそこに入っていたはずなんだよな?」

「それは、当然そうなりますが……?」

「……地球で「お前の席はもうねぇから」って追い出されて、じゃあこっちで俺が他人の居場所を奪うのかって思うと、何かが違うんじゃないか、ってなあ」

「はあ……。

 ……でも、肉体に入る前の『死』状態の魂ってなんの感情も無い単なるエネルギーに過ぎない物ですから、『場所を奪う』と言うことにはならないと思いますけど……」

「ああ。別に転生を選んだ奴は酷い奴だとか責めてる訳じゃないさ。ただ、俺はちょっとイヤだって思うだけで」


 そう言う考え方もありますか……、とさくらは少し考えるように言った。

まあこれは俺の個人的趣味みたいなもんだ。さくらは聞いた限り若くして死んだらしいし、思考の立ち位置が俺たち(被害者)側に寄っているからピンと来ないのかも知れない。しかし、生まれてくる子どもの親の立場になれば、俺がイヤな理由が彼女にもきっと分かるんじゃないだろうか。


 例えば可愛い赤ん坊の中にだ。その親達に何の罪科もなく、親にとっては全くの見ず知らずである俺みたいなオッサンの魂が入っていたらそれは悲劇だ。生まれた時から自分達のことを『育ての親だと認識している』実の子どもなんて、どうして授からなきゃいけないって話である。俺が親なら当然「責任者出てこい」って怒り狂う。それは自分が嫌なことは人にしちゃいけません、ってだけの話なのだ。



「ま、そう言う訳だから、俺は移住コースでお願いしたいんだが」

「あ、はい。それはぜんぜん構わないです」


 実のところ、転生の有利不利について質問をしてはいたが、基本的な仕組みを理解した時点で俺は移住コースに決めていた。

 記憶をまっさらにリセットして、心の底から生みの親を真実の親と信じて生きていくのなら転生でも構わないのかも知れないが、俺も35年分の記憶には多少の未練がある。良いことばかりじゃなかったが、死んだ今となってはこれだけが俺の唯一無二の財産なのだ。手放す気にはなれないし、だとすれば俺に移住以外の選択肢はないのだった。





「あとは、特典を決めるのか……?」

「ええ。そうですね」

「……特典、特典なあ……」


 転生か移住かはあっさり決まった。と言うか消去法で移住しかない。あとは貰えるという特典を決めるだけである。


 俺の前に()()へ来た奴は「ズル(チート)」と呼んだらしいが。


 話を聞くに『金運』なんて言う漠然としたものまで貰えるらしい。確かにズルだ。『ギャンブル運』かなんか貰って競馬や株で百万長者……って、中世的世界に競馬や株はないか。いや、そもそもそういう類のズルは魂が腐る。きっとロクな死に方はしない。



「……特典って、例えばどう言うのがあるんだ?」

「うーん。それこそ、この世界と乾さんの魂の濃さで現実可能な範囲なら、何だって可能ですよ?

 不老不死は無理ですけど、種族によっては限りなくそれに近い存在にもなれますし、魔法のある世界ですから魔法の素質なんて言うのは結構皆さん進んで取られてますね」


 一応こう言うのもあります、とさくらは手を振って空中に例の透明ディスプレイを出現させた。そこにはゴシック体で『異世界基本特典セット=10P』と書いてあった。


「なになに……


『1.基本言語パック:ミーリア標準語と魔法語、および12種のその他言語の中のひとつの基本的な読み書きの修得=4P』


『2.一般常識パック:ミーリアの一般常識に地理風土、及び基本レベルの歴史と周辺国の社会情勢の知識の修得=3P』


『3.応用知識パック:ミーリアの動植物の知識、または農業、商業、工業、政治、軍事、法律、芸術、魔術の中から3つ、それらに関する就労に不都合が無い程度の知識を修得=3P』……?」


「特に移住の方にはお奨めしています。これがあればおおよそミーリアに行っても現地住民とコミュニケーションに不便しませんし、多少はその後の生活にも役立ちますから」

「そうか。言葉って日本語じゃないのか。さくらが日本語使ってるからまったく考えていなかった」

前任者(創造神)が日本人ですから神聖語って呼ばれる一部の宗教の神官だけが使う文字は日本語に語感や文法が近いんですけど、標準語はまったく違いますね。だから最低限ミーリア標準語の修得だけはぜひお奨めします」

 そりゃ言葉が通じないんじゃ天涯孤独以前の問題である。例の『基本特典セット』は、それに異世界の基礎知識がワンセットになっている訳か。



「あとは、過去にミーリアに渡った方の選んだ特典を見ることが出来ますけど」

 彼女が言うやディスプレイにさぁーっ、と文字が流れていった。どれどれと、いくつか眺めてみる。


「……『能力(ステータス)確認』『剣術の才能Lv.1』に『魔法の才能Lv.1』って……。ここら辺は本当にゲーム感覚だな。

 あとは『金運』に『商いの才能』、『弁舌の才能』と、…………はあ?」


 次に書いてある言葉はさすがにさくらの前では口に出すのが憚られた。それは『酒池肉林』と『精力絶倫』、そして『ヒモの才能』である。三つ揃えば人すなわちそれをロクデナシという。

 見ていると出るわ出るわ、『第2の人生の恥は書き捨て』とばかりに欲望を剥き出しにした特典の数々が目に痛い。某七つの球を集める漫画に出てくる人民服を着たブタでもあるまいし、中学生(さくら)にどの面下げて『精力絶倫にしておくれ!』なんて願い事を言ったんだろうか。



「……ミーリアは自然も厳しいですし今の日本より社会機構の未熟な世界ですからね。身を守るために最低限の力は必要ですから、腕力・魔力(剣と魔法)系の特典は昔から人気があります。

 あと発展途上の世界ゆえの『成り上がり』も可能ですので、そう言う方向性で能力を取られる方もいますね」

「……成り上がりなあ……」


 だからといってハーレム願望はどうなのか。しかもハーレム・絶倫・ヒモの『ロクデナシ3点セット』でポイントを80P以上使っているんだぞ。まあいっそ潔く漢らしくはあるが。そこに痺れも憧れもしないが。



「乾さんがどんな特典を取られるかは自由ですが、最低限自衛の手段は必要かも知れませんね」


 ぼやぼやしているとファンタジーらしくモンスターライクな驚異の生態系が牙を剥いて襲いかかって来るし、文明圏をいったん離れればそこは世紀末(ヒャッハー)ライクな野盗の跋扈する実力本位で無法の荒野が広がっているという。移住ならなおさらですよ? とさくらが念を押してくる。1人で移住する身には『こうげきりょく』のパラメーターは必須らしい。ううむ、と俺は羅列された特典を見ながら唸った。





「……にしても多いな」

「まあ、数十人以上の方が思い思いに選ばれてますからね」


 ややあって。小さな字を追って疲れた目を解すように眉間を揉む。困ったぞ。一通り、1人につき数個だから100近い前例に目を通したがどうすればいいかなかなか決まらない。まだ目がしょぼしょぼする。


 特典の話を聞いてからどうしたものかとずっと考えているのだが、他人の剥き出しの欲望を見た今だから余計にそう思うのか、必要以上に強力な特典は要らないと思う俺が居る。欲に駆られるとロクな事にならないし、分不相応な持ち物は身を不幸にすると餓鬼の頃から思い知っているのだ。


 もともと濡れ手に粟の特典なのだし、チート(ズル)のような大それた力は俺には必要ない。強烈な天運だの限りなく不死に近い身体だのといった、俺に制御出来ないようなシロモノは単なる身の毒だ。それぐらいならむしろ要らないとすら思う。何か気の利いた、身の丈にあった特典はないものだろうか。

 ……酒池肉林? いい加減にしないと女に後ろから刺されるぞ。



 相変わらずうんうんと唸り続ける俺をさくらが穏やかに見守っている。「すまん。なかなか決まらない」と言うと「だから、急いで決めなくても良いんですよ」とふんわり笑っていた。彼女が言うに中には1週間以上悩んだ奴もいたのだとか。1週間だと?



「って、その間のねぐらとかはどうするんだ」

「もちろん、こちらで用意しますよ」


 こっちが今後の方針を決めるまで、好きなだけここ(天界)に居て良いそうだ。至れり尽くせりでかえって申し訳がない。とは言え死んだ身では「じゃあお(いとま)します」と言ってどこに行ける訳でもなし、厚意に甘える以外にはないのだが。



「本当に気にしなくて良いですから、好きなだけ考えてくださいね」


 さくらがちゃぶ台の上のトウモロコシの皿やグラスを持って立ち上がった。

 「ごゆっくり」と声を掛けて縄のれんをくぐり、隣にあるおそらく台所の方へと消えて行く。1人でじっくり考えろ、と言うことらしい。



「特典、特典……」


 呪詛のように呟いてみても、天啓はやってこない。と言うか天啓をくれる当の神様は隣の台所へ他行中だ。


 どうやら俺は奇妙な運命を辿って異世界で第2の生を送るらしい。

 その生を、どうやって彩るのか選ばせてくれると彼女は言うのだが、実際俺はどうやって生きていきたいのか。いきなり新しい人生と言われても、すぐに出ては来ないのである。俺はつまらない人間なのだろうか。


 そこに縄のれんの向こうから「晩ご飯作りますけど、カレーでも良いですか?」と言うさくらの声が聞こえてきた。晩ご飯! そう言うのもあるのか。

 死んだことがまるで嘘のように思えてくる。そう言えば俺は食事が必要な身体なのか? トウモロコシは食べたし麦茶は飲み過ぎてタポンタポンになったが。



「♪~、♪♪~~」


 どこか聞き覚えのあるメロディの鼻歌交じりに、台所から包丁がまな板を叩く心地よい音が届く。俺が何の気なしにテレビのスイッチを捻ると、なぜかプロ野球の中継がやっていた。しかもこれは読○巨○軍対大洋ホ○ールズ? しかも球場は今は無き後○園球場だ。テレビ番組もさくらの思い出を反映してるのか。

 見ていると野球中継は回と回の間のCMタイムになった。まな板の奏でるリズムと共に酷く懐かしいカセットテープのCMソングが流れる。まるで日曜の夕方のような弛緩した空気。俺はちゃぶ台の下にぐてーっと足を伸ばした。



「……まあ、ゆっくり考えるさ」



 ――――今更ジタバタしたって始まらないのだ。


 さすがに1週間とは言わないが、明日中に決めればいいだろう。今日出来ることは明日にも出来るのだと、俺はさくらがいないのをいいことに古き良き日本のオヤジよろしく()()()()と畳に寝そべった。台所からは夕食の匂い、テレビでは巨○対○洋のナイトゲーム。まさに昭和。和む。そして馴染む。


 あの事故から半日、その後も巡るめく状況の変化に右往左往、こっち(天界)に来てからはずっとさくらと膝付き合わせての事情説明と、正直言って疲れ果てたのである。頭なんてもう電動工具かまされても1㎜だって回らないのだ。


 そのうち良いアイデアも浮かぶだろう。俺は弛緩した空気に身をゆだねるように、纏まらない考えを放棄した。そのうち台所からジャー、という油の跳ねる音と炒め物のいい匂いが漂ってきた。それで俺は、さながら鉱物と生物の中間のような存在の如くもう考えるのをやめた。





 ……後にこの、怠惰の挙げ句に下された決断によって、大いに神様を慌てさせ天界に多大な迷惑を掛けることになることは、その時の俺には知る由もない――――





 取りあえずチート内容の決定を保留した主人公でした。


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