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乾 東悟の行きて帰らざる物語  作者: 高原ポーク
第1章   乾 東悟、死んで神様と出会い異世界ミーリアに降り立つの段
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6.乾 東悟と神様の転生講座(4)

 まだまだ、俺の説明回はこんなもんじゃない!!

 主人公が何故異世界行きを受け入れたのかの説明回。





 つまり。

 世界の魂的エネルギーは()()()にその世界内を循環し、『格』の向上(レベルアップ)以外では増減しないが、未熟な世界に限り例外的に総量を増やす方法があると言うことらしい。



 魂の総量は世界の格に比例するが、魂をなんとかして増やせば必然として世界はその魂量にふさわしい『格』に上がるのだそうだ。普通コップに容量以上の水を入れたってコップが大きくなることはないだろう。だがまだ若い世界は「自分の格以上の魂を呑んでいる」矛盾を解消するために自分の格を無理矢理に引き上げてしまうらしい。

 世界の決まり事(システム)が未成熟で()()い世界はさながら膨らみかけの風船のように柔らかく余裕もあり、外から魂を引っ張ってきて注ぎ込むとその分膨らむというイメージだ。これが地球の場合、すでにゴムも劣化気味でパンパンになっている風船(世界)は僅かな刺激で大崩壊、という恐ろしい結末が待っているのだとか。


 なので、発展途上の若い世界の小神は自分の世界を向上させるため、そのあぶれた『不幸な魂』を目当てに上位世界の雑用を引き受けるのだ。小神は自分の世界が成長してハッピー、地球はシステムの不具合で生じた世界崩壊の引き金を引きかねないあぶれた魂を処理出来てハッピーと、まさにWinWin関係である。

 その上さくらが言うに地球産の魂は『生きが良い』らしく、一人ぶち込むだけで2~3年分の自然成長と同じ効果が望めるそうで下位世界では引く手あまたなのだった。



 俺とすれば、手違いで死んだ挙げ句に身柄は神様の業務報酬として他の世界に売り渡され、ついには魂の随まで利用されると言うことになるのだろうか?


 人によっては怒り狂ったりもするだろう。しかも利用される以外の選択肢がまったく救われない『浮遊霊コース』しかないのがよりいっそう火に油を注ぎかねない。挙げ句にそれに対する救済処置すら下心に満ちあふれたものなのだと言うのだから、工場火災にガソリンをブチ撒けるようなものだ。大炎上だ。


 さくらも申し訳なさそうにするはずである。しかもさくら自身、かつての当事者だったと言うのだから俺にはなおのことのように思えるのだった。





「…………」

「…………」



 お茶の間には沈黙が舞い降りていた。


 自分を恨めと言い放ったあと、さくらは正座したまま()()と俺に真摯な表情で向かい合っている。今彼女は申し訳なさそうに俯いてはいない。おそらくさくらの矜持が哀れを誘うようなフリで許しを請うことを拒んだのだろうと思う。見た目は中学生だが彼女は神様なのだ。しかも200年ものである。


 とは言え、よく見ると彼女の懊悩は明らかで、ちゃぶ台に隠れたさくらの手は忙しなくエプロンの裾をくしゃくしゃになるまで握りしめていたりする。そうやって内心を隠しながら俺の次の言葉を恐々として待っているのか。それを見ると目の前の神様は、やはり見た目通りの中学生なのじゃないかと思えてしまう。


 つまりどういうことかと言えば、神様だろうが何だろうが、とても怒りをぶつける対象として見ることが出来ないのだった。



「……はあ」

「――――っ」


 俺のため息に可哀想なぐらい敏感に反応する神(200歳)。

 聞いた話じゃ10年に一度、延べ数十人は俺のような連中をこっちの世界に送り込んでいるのだろうに。その都度彼女はこんな風に罪の意識を抱え込んでいるのだろうか。不遜にも神様に対し根本的に向いてないのじゃないかと資質を疑ってしまう。神様が人ひとりの死にいちいち気を揉んでいたら正直やってられないだろう。


 俺はグラスに残った麦茶を一息に呷った。そして呼ぶ。



「――――さくら」

「は、はひゃいっ」

 神様が噛んだ。俺はそれには突っ込まないでやる。優しさである。


「……麦茶」

「…………はい……?」

「麦茶、もう一杯」

「は、はいっ!!」


 俺は居酒屋でビールの追加をするようにグラスを振った。飛び跳ねるようにさくらは麦茶の瓶に飛びついてグラスに麦茶を注ぎ込む。俺は()()()()()()()麦茶をまた一息に呷ってやった。

 寒天で固めたようだった部屋の中の沈黙がそれでようやくほぐれる。止まった時間が動き出した。俺は綺麗な青の切り子グラスを眺めながら、言った。



「――――正直、さほど腹を立ててはいないのさ。俺は」

「――――っ! でも……っ」


 さくらはまるで食って掛かるように俺の言葉に反応した。一方俺はそんなさくらを意に介さなかった。彼女に畳み掛けるように言葉を投げかけてやる。



「なあさくら。確認するけどお前は『地球産の魂』が欲しくて()()と俺を殺した訳じゃないんだろ?」

「っ、そ、それはそうですが……っ!」

「もうひとつ確認だ。本来死ぬはずだった人は、俺の隣りに座ってた人なんだな?」

「え? は、はい。そうです……けど……」

「じゃあ最後の確認。帳尻あわせのために俺の魂の分だけ付け足したのは、その人なんだな?」

「……はい、結果的には死ぬはずだったその方と乾さんを交換したようなもの、ですから……」

「そうか……」


 ああ。これじゃあ本当に恨み言なんて出てこない。目の前の少女を苛めるなんてとんでもなかった。むしろ



「……ありがとうなあ」

「ふ、ふえっ――――?」


 俺の口から転がり出たのは、そんな感謝の言葉だった。

 その言葉にびしり、とさくらが見事に硬直した。それが徐々に解けると今度は顔中にわなわなと困惑が広がっていく。



「実際、マジで感謝したいぐらいだ。よくぞ()()()と間違えて殺してくれたもんだ」

「……え? ええ?」

「神様って、日頃の行いを見ているんだなあ」

「あの、……乾さん……?」

「ああ、悪い。なに言ってるか分からないよな?」

 目に渦巻きを描くように絶賛困惑中のさくらに俺は笑いかける。



「――――何が言いたいかと言えばさ。

 本当に、さくらにはこれっぽっちも文句はない訳よ。むしろその『わたしを責めて』みたいな顔止めろ。中学生苛めてるみたいで気分が悪いわ」

「そ、そんな……、でも、わたしは……」


「あのな。

 ……俺の隣りに座ってた人はさ。実のところ、俺の義理の父親だったんだわ」


「え――――」


 中学生扱いに、さすがに傷ついたような表情を浮かべたさくらは、その言葉に再び()()()と凍り付く。



「……墓参りで田舎の寺に行く途中でな。列車に並んで座ってたんだ。

 俺みたいな男に本当に良くしてくれた人でなあ。まあ、あの人の代わりに死んだんだって言われれば、もうどうしようもないのさ」


 ……本当にいい人だった。()()()がいなくなっても、形だけの義理の息子に本当にそりゃあ良くしてくれたのだ。決して死にたくはなかったが、きっと何よりも俺の死はその義父と義母を悲しませることになるのだろうが、でもあの人の身代わりだったというのなら、本当にどうしようもない。納得するしかないのだ。



「……そう、だったんですか……」

「ああ。だから本当に、さくらに対して文句なんて無いんだ。俺の魂が役に立つって言うのなら好きにしてくれれば良い。むしろお礼に進呈してやる」


 さくらは絞り出すように俺に相づちを打ったきり、また機能停止してしまった。本当に、神様がこんなに打たれ弱くて良いのだろうか。


 萎れているさくらを見ながら、今になって俺は思い出した。確かにあの人は最近淡く笑うことが多かった。義母(かあ)さんも最近の義父(ちち)上は体調が悪いって言っていたし、今思えば、アレが「死相」という奴だったのだろう。あの時の義父上の笑顔には、今にも消えてしまいそうな儚さと清々しさがあった。

 きっとこれまでの人生気苦労は多かったのだろう。なにせ俺みたいなロクデナシが義理の息子だったのだ。そのぶん、出来れば俺の死後必要以上に悲しまないで欲しい。俺が今思うのはそれだけだ。他には特に要望もない。



 隣の人(義父どの)の代わりに死んだ、と聞かされた時から、俺は自分の()()()に納得していたのである――――



「…………」

「…………」

「………………(もじもじ)」

「………………オイ」

「……………………(もじもじもじもじ)」

「♯…………。ホラ、麦茶っ!」

「! ――――ひゃいっ!!」



 さくらの機能不全によってまた硬化した空気を攪拌するように、ちゃぽちゃぽと水が鳴りそうな腹を無視して俺はまたグラスを振って給仕を催促してやった。

 するとさくらはバネ仕掛けのようにビクーンとひときわ大きく震え、わたわたと面白いように狼狽した。慌てて手に取った麦茶の瓶をつるりと取り落としかけ、あわやトウモロコシの皿をたたき割りそうになる。てんやわんやだ。



「……少し落ち着け」

「ふ、ふぁい……!」


 ようやくさくらは大手企業の重役に酌をする下請けの営業のようにぷるぷると震えながらぎこちなく麦茶を注いだ。俺はそれを鷹揚に受けながら、ホントにお前は神様なのか?とわざとらしいくも意地の悪く鼻で笑ってやる。するとさくらは表情を動かして少しだけ恨めしそうに俺の方を上目使いで見た。それでようやく、取り澄ましていた顔に見た目相応の感情の色が僅かながらも滲んで見えるようになった。



 鴨居の柱時計が「ボーン」と鳴る。神界は現在午後4時ジャスト。縁側から差し込む日差しは長くなり、そこには僅かにオレンジ色が混じりはじめていた。





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