5.乾 東悟と神様の転生講座(3)
まだまだ説明会。何故地球人は異世界に行かなければならないのかの説明。
それは異世界があるからだ!!
「概要だけですが、これでわたしの世界がどう言った世界なのかお分かり頂けたでしょうか……?」
「ああ。多分」
俺の今後についてさくらにレクチャーを受ける天界の昼下がり。
『異世界=ファンタジー』であることだけはしっかり把握した俺は、頷くとすっかり温くなった麦茶を飲み干した。
「で、この世界がどう言った世界なのかは何となく分かったが、こっちで第2の人生って、具体的にどうなるんだ?」
異世界がファンタジー風世界なのはいいとして、俺はそこでどうやって第2の人生を始めるのだろう。さくらはなんの説明もなく放流されたらしいが、俺の場合はさくらの様子からすればそこまで無下な扱いは受けなさそうである。
「そうですね……。
では次は、具体的にこちらに第2の生を受けるというのがどういうことか、と言うことをを説明しましょうか」
さくらがそう言って俺の空になったグラスに麦茶を注ぐ。俺が手刀を切って謝意を示すと、いえと頭を下げるさくら。そして自分のグラスにも麦茶を注いだ。
彼女は手の中で揺れる麦茶の水面に視線を向けながら、僅かに逡巡するように口を閉ざした。
「……さくら?」
急に変わったさくらの雰囲気に声を掛ける。するとさくらは「いえ」と答えになっていない答えを返した。そしてぺたん座りを直して綺麗な正座になると、彼女は頭を上げてこう切り出した。
「……では、それを説明するためにまず、『魂』をめぐるシステムについてお話しをしましょう――――」
※ ※ ※
「――――わたしが地球の神様から業務委託を受けているのはお話ししたと思いますが、わたしの仕事は具体的に言うと『その世界の魂的なエネルギーの循環を管理するシステムの保守点検』なんです」
さくらが言うに、人はもとより、生あるありとあらゆるものには『魂的な何か』が宿っており、それが生物と非生物を分ける大要素であるらしい。神自らが語る世界の深奥である。
その魂的エネルギーは基本的に生と死というふたつの状態で行き来しており、世界におけるその総量は常に一定している。つまり、人は肉体に『生』の状態の魂が宿って誕生するがその瞬間から魂は少しずつ「死」状態に移行していく。手持ちの『生』の魂を使い切った時に人は死を迎えるのだが、それはエネルギーの消費ではなく正→負への循環、『死』と言う別の状態への変化に過ぎないと言う仕組みだ。
さらに、世界が持つエネルギーの総量は世界の規模やその『格』に比例している。つまり格上の世界ほどエネルギー総量は多く格下の世界は少ない。極めて単純である。
そしてこのエネルギーには物理法則は作用しないそうで熱力学の第2法則は適用されないらしい。宇宙に終わりは訪れないのか。そう聞くと「熱的終焉を迎えた世界は『死』の状態のエネルギーが満ちた世界と言うだけで、別に『世界そのものの終わり』と言う訳ではありませんからね」とのこと。
とにかく。これら
「生命は世界が持つ魂的エネルギーによって発生する」
「魂的エネルギーは基本的にその世界内を循環し増減しない」
「エネルギーの総量はその世界の「格」の上下に比例している」
という3点が、世界における魂のシステムの大前提なのだそうだ。
で、地球の神様達はその基本的な循環のシステムを自分達の宗派的な解釈でそれぞれ運用している。それはつまり同じパソコンで文章を作ろうとして、Aは一○郎を使いBはW○rdを使いそしてCはメモ帳を使う、といった違いである。過程は違えど出来上がる文章、結果は一緒という理屈だ。
そして神様による仕様の違いは、例えば日本人には分かりやすい輪廻転生であったり、神などいないとばかりになんの山もオチもなく瞬時にエネルギーに変換されたり、また某一神教の場合はいずれ全ての信者を来るべき時に神の国へ導くために魂の中の個人データを膨大なデータバンクに収集しエネルギーだけを循環させていたりしているそうだ。
日本の場合は神道と仏教とキリスト教と無神論やその他諸々の宗教の混交という世界に類を見ない複雑怪奇なシステムを運用しているとか。
「……あの世には天国なんて無かったんだなあ」
「まあイ○ス様のところは全ての信者がそこに至るのを目標にしている訳ですが、まだ実現はしていませんね。お釈迦様のところの極楽も、自力で辿り着いた人はここ千年じゃ数百人程度だって言いますし」
「お。極楽は一応あるのか?」
「さっき乾さんも足を踏み入れたじゃないですか」
「あの白い空間か!」
「極楽って言っても要は神様の住居兼職場ですからね。極楽に至る人って、要するにわたしみたいに「神になった人」ですよ?
有名どころだと日本では空○さんとか○蓮さんとかがいますね。あと乃○のお爺ちゃんも極楽の中にある神域にいます」
神仏習合しているらしい。さすが宗教に無節操な国日本。
「つまり、神ならざる哀れな一般民衆は極楽にも逝けず、延々と生きたり死んだりする訳か。死んでも世知辛いな」
「とは言え極楽に至っても永遠に神様業をするだけですけどね」
「人に安らぎは訪れないのか……?」
「休みが欲しかったら、倒れるまで働かなきゃいけないんです」
「とことん世知辛いな!?」
だからどこのブラック企業だ。
「とにかく、魂というのは状態を変化させながら世界を循環しているんです」
とさくらは生真面目な表情で俺が脱線させた話を戻す。
「それぞれの地域によって担当している神様の違いからその方法はそれぞれですけど、基本的には地球の全ての生命が同じプロセスで生死を繰り返しています。
人が死ぬと魂は死の状態に移行し、死んだ魂は世界を動かしているシステムによって集められ、また生を受けるその時まで貯蔵されます。そしてまた生まれ変わる時に、魂はかつての記憶をほとんど失ってまっさらな状態で生を受けるんです。それを管理しているのは世界を動かしている機構とその管理者である私たちです。
そして今回の場合、システムにエラーが発生してまだ『生』の魂を多く残していた乾さんが本来亡くなるはずだった方の代わりにお亡くなりになってしまい、その時当番だったのがわたしなのです」
「……あー。そこら辺はあの白い空間、極楽だったんだったか? で聞いたわな……」
「そうですね……」
そこでさくらは気まずそうにして顔を少し俯かせた。
「それにしても、まあ現に俺がここにいるんだから今更言ってもどうしようもないのは分かってるんだが、事前にどうにかならないのものなのか?」
だって神様なんだろう? と俺。
間違いがすでに起きている時点で神の無謬性についてはすでに綻びが生じている訳なのだが、それにしたって『うっかり』人を取り間違えて殺すとか、仮にも神を名乗るからにはそれぐらい奇跡のひとつもカマしてちゃちゃっと回避出来ないのだろうか。
だって日本だけで年に数件起こることなんだろう?
多くもないが少なくもない件数起きているのだ。対処の方法ぐらい確立出来ていいはずなのだ。
すると、さくらは上目遣いでいっそう肩身を狭くして、「それがですね」と前置きしつつ言った。
「――――それがですね。
世界を動かしているシステム、と言うのは主神クラスの神様にもその仕組みがよく分かっていないブラックボックスみたいなものでして……。
わたしもそのシステムが、どうやって魂の循環をしているのかとか原理はまったく分からないんです。そんななので、システムのエラーが分かるのはそれこそ事が起こってから、管理してる私たちがシステムの処理したデータを事の終わったあとで見て、はじめて「あ、間違えてる」って分かるような始末なんです……」
俺は思わず鼻から息が抜けた。呆れたのである。さくらの小さな肩もいっそう面積が狭くなった。
「……つまり、間違いが起こったその瞬間まで何が間違いなのかすら分からないって事か?」
「……はい。なので、こう言ったケースではどうしても対処療法にしかならないんです」
それじゃ絶対に回避出来ない訳だ。申し訳なさそうなさくらを眺めながら、俺はそう思った。つまり、システムの管理と言っても、結局は起きてしまった不具合に対処する事しか出来ないのである。
これはアレだ、管理室で防犯カメラを見ている警備員みたいなものなのだ。犯罪の発生を発見することは出来るかも知れないが、起きてしまった犯罪自体は防げないという。そして、それにしても
「――――世界の『システム』って言うのは一体何なんだ?」
神様にすら仕組みが分からないとかどうなんだ。
そもそも世界って大体どんな神話でも神様が創るんじゃないのか。例外はあるだろうが「泥沼に棒突っ込んでからしずくを飛ばして日本列島を創ってやったぜ」とか「6日で創って最後の1日は余裕で休んでやった」とか、神の偉大さのアピールタイムだろう創世神話は。しかし当の神様は、「さあ……」と首を捻るばかり。
「……それは本当によく分かってないんです。
地球でも古株の神様も『我が気が付いた時には世界の雛形とシステム自体はすでに存在しておったわ』って言ってましたし。
神話はともかく、『はじめ世界があってその後に神は生まれる』と言うのが神様仲間の定説です。現にわたしはすでに出来ている世界に生まれた神ですし」
「じゃあこの世界はどうなんだ? ここは前任者の趣味全開で『創られた』世界なんだろう?」
「それにしたって前任者は全くの『無』から世界を創った訳じゃないんです。
前任者はいわばシステムの詰まったパソコンを渡されて、その上でエディターを起動させて世界の上っ面をデザインしただけなんですよ」
――――シム○ティか。
とにかく。
はじめに在るのは神ではなく世界であり、世界は神によって管理されてはいるがその神は必ずしも全知全能ではなく、どんな仕組みなのかよく分からないシステムの監視員に過ぎないと言う訳だ。
世界が不条理に満ちているのも納得である。神が無謬でないのなら世界が不完全であることは当然の帰結であり、つまり不完全な世界に不完全な神は存在を許されるのだ。逆説的に神の存在が証明された瞬間だった。現に目の前にいるんだけどな1柱。
「そう言う訳で、システムのエラーで乾さんは隣の方の代わりにお亡くなりになったことが、事の起こったあとに分かったんです。
以前も言いましたが起きた出来事を無かったことにすることは私たちにも出来ません。私たちに出来るのは、間違えて『死』の状態に変換されてしまった乾さんの魂の分だけ、本来死んでしまうはずだった方に『生』の魂を付け足して魂の総量を予定通りに維持することだけでした」
「表面上の帳尻を合わせたって事か」
ええ、とさくらはゆっくりと頷く。
「その結果、乾さんは『帳尻のあった』世界にあってはならない余分な存在になってしまったんです。わたしは乾さんの意識と魂を循環のシステムとは切り離された日本の極楽に送りました。そのまま放って置けば、乾さんは『生』とも『死』とも付かない世界のルールから外れた存在として、未来永劫世界になにひとつ直接的に影響を与えることなく彷徨うことになったでしょうから」
……それが浮遊霊エンドか。コワイ!
世界を巡る魂の総量は常に一定だという。
しかし俺は予定外の数量の『生』を『死』に変換して死んだ。そのままでは生と死のバランスが崩れるため、さくらは予備として神が持つエネルギーの貯蓄から俺の魂の分だけ引き出して本来死ぬはずだった人に付け足した。
そして世界は俺をひとり取り残して綺麗に釣り合ったのである。俺が入り込む余地がないほどに。
「……なるほどね。本来死ぬはずの人にイスを取られて、もう俺の座るイスは無いって訳だ」
「ですから、そのイスをわたしの世界に用意させて頂こう、と。そう言うことなんです」
「ははあ……」
「今現在、乾さんの魂は『死』の状態で固定されていますが、魂のエネルギーそのものはミーリア天寿を全う出来るだけの量を持っています。
なのでわたしが世界の管理者権限を持って肉体を修復し魂を『生』状態にすることで、乾さんは第2の生を迎えることが出来るようになります」
「? ちょっと待てよ……?」
ついに具体的に俺を生き返らせる方法についてさくらが言及したところで、俺はその話の矛盾に気が付いた。
だって今まで長々と話していた世界の仕組みと理屈が合わないのだ。
魂の総量は一定だという。それは世界の大原則なのだろう。だったら
「それはおかしくないか……?
『魂の総量は常に一定』だからこそ、俺は地球から弾かれたんだろ?
じゃあなんで完全な部外者である俺がミーリアで生き返ることが出来るんだ? ミーリアだって、魂の総量は決まってるんじゃないのか?」
俺が異世界に生まれ変わるって言うことは、俺の魂分だけミーリアでの魂の総量が増える、と言うことにならないのか。『魂の総量は世界の格に比例して増減する』というのが俺の聞いた世界のルールである。地球じゃ俺1人分のイレギュラーも『無かったことには』出来ないのに、ミーリアでは何の脈絡もなく俺を『在ったこと』に出来るというのは矛盾ではないのか……?
俺は疑問を浮かべながらさくらを見た。彼女は僅かに無言になったが、やがてため息を吐くように俺に答えた。
「……まさに、それを説明するために、わたしはいままで魂のシステムについてお話ししていたんですよ……?」
そう言う彼女の表情は平坦に見える。しかし何故か今まで以上にこちらに対する悔恨ののようなものを滲ませているように思えるのは何故なのか。
「地球がミーリアより複雑で洗練された上位世界であることはご説明したと思います。逆にミーリアは地球に較べれば小さく、そしてまだ固まりきっていない若い世界なんです。
……乾さん。わたしみたいな下位世界の小神は他にもたくさん地球で同じような仕事をしているんですが、何故だか分かりますか?」
弱小業者が下請けで泥を被るような何かだろうか。俺は自分の前世で身につまされたシチュエーションを思い浮かべたが特に何も言わなかった。そしてさくらは俺の答えを待つまでもなく、次の言葉を紡ぐ。
「若い世界はこれから『格』を上げて魂の総量を増やしていく世界です。
私たちは普段から格を上げるために世界をきちんと管理し、時間をかけて世界の成長を見守っていますが、手っ取り早く格を上げる方法もあるんです。
地球のように複雑に成熟した上位世界と違って、ミーリアのような世界はシステムに遊びが多いので、人1人分程度の魂を注ぎ込むことは結構簡単なんです。そして魂を世界に注げばその魂の分だけ世界の『格』は逆説的に上がります。何年もかけてじっくり育てなければ高くならない世界の格が、本当に一瞬で上がるんです。そして上位世界の魂は、下位世界ではひとつで人何人分もの輝きを持つ良質なエネルギーなんですよ。
――――乾さん。私のような下位世界の小神は地球の神様と契約を結ぶんです。
業務委託を受ける代わりに、どうしようもなく発生する間違えで生じた『彷徨える魂』を、自分の世界に移住させても構わないって」
俺は何も言わない。ただ、さくらが今まで何度も申し訳なさそうにしていた理由はよく分かった。
「……乾さんに対して申し訳ないという気持ちも、わたしの世界で第2の人生を送ってもらって、出来れば幸せになって頂きたい気持ちも本当です。これはかつて同じ道を辿った人間として、偽りのない気持ちなんです」
でも、とさくらは言葉を濁す。躊躇うように宙を泳ぐ視線。しかしややあって、さくらはひたとまっすぐな視線を俺に向けていた。まったく逃げることなしに。
「――――でも。
それとはまったく別問題に、乾さんをミーリアに送ることは、神であるわたしにとって利益になることなのです。乾さんの存在のおかげで、ミーリアはその分だけ大きくなれるんですから。
ですから乾さん。わたしはまずこの事を説明したかった。
わたしは、恩着せがましくミーリアでの生を勧めながら、あなたの不幸を食い物にして利益を得ていると言うことを。あなたには、わたしを責める理由も資格もどちらもあるんだと言うことを」
りんと背筋を伸ばし、さくらはしっかりとそう言った。
ちなみにさくらの言葉の中に出てきた古株の神様のCVは関○彦です。金ぴかです。塔を60階登ったはいいけど彼女に迎えに来て貰わないと帰れないアイツです。