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乾 東悟の行きて帰らざる物語  作者: 高原ポーク
第1章   乾 東悟、死んで神様と出会い異世界ミーリアに降り立つの段
4/31

3.乾 東悟と仕組まれたお約束



 異世界で第2の人生をスタートさせた俺(とにょろ)。



「……さて、と……」


 俺はそう一人ごちて辺りを見渡した。周囲は深い広葉樹林だ。さほど前世(地球)の植物に詳しかった訳ではないのだが、違和感を覚えるほど奇妙な植物は目に付く限りには見当たらない。「それほど強烈に地球と植生が異なる訳じゃない」と、神界でのレクチャーで聞いていた通りである。それでも、中にはシカやイノシシクラスの動物を補食する食獣(虫じゃない!)植物などもいるそうなのでまったく侮れないのだが。


 今異世界は、秋が深まる仲秋の頃である。地面にはさっき拾ったドングリの類がいっぱいに落ちていて、木々の枝々にはところどころに色づく気配が見えた。梢から覗く空は青々として高く澄んでいる。きっとどこかで馬も肥えているだろう。異世界にも実りの秋は訪れるのだった。



「にょろ。それじゃあサポート頼む」



 ――――さっそく行動を開始しよう。


 俺は隣でふるふると震えているにょろにそう声をかけた。するとにょろは「てけりっ」と例の南極に住む奇妙な鳥の鳴き声のような声で答えて



「――――転生支援システム『かみナビ』、起動します」


 と、それに間髪入れず唐突に言葉を喋り始めた。

 その声は性別を感じさせない中性的な物で抑揚にも乏しかった。そして数本の触手を空に向かって()()()()のように突き出し、まん丸の目はうつろな視線を虚空に彷徨わせている。

 その様は、まるで何かを「受信」しているかのようである。



「――――『天網データバンク』に2級預言者(ユーザー)権限で接続、……接続完了。


 『かみナビ』、起動しました。――――命令を入力してください」


 機械音声のような声色で流暢に言葉を紡ぐにょろ。そして、それと一緒に妙に聞き覚えのあるSE音もにょろから聞こえてきた。

 ……これ、『(ウ○ンド○ズ)』X(ピー)のシステム起動音じゃないか?

 俺は思わず脱力する。


 多分ふざけているんだろう。もちろんにょろが、ではなくにょろにこのシステムを載っけた神様(さくら)が、である。にょろは焦点の定まらない瞳でじっと俺の方を見ている。俺はため息を吐いて気を取り直し、彼に向かってこう言った。



「例の『()()』の場所と、トラブルが起こるまでの時間の猶予を調べて欲しい」



「――――了解しました。

 『例の用事』の発生場所と、発生までの時間的猶予について、検索を開始します」


 立て板に水を流すようにすらすらと答えるにょろ。すると彼は無言になり、その間身体はブヨンブヨンと上下に揺れ動き、瞳はピコピコと赤く明滅を繰り返した。ややあって、約10秒後に彼の震えと明滅が止まる。そして



「――――ととのいましたー」


 と謎かけの回答のようなふざけた事をの(のたま)った。今度はどこかで聞いたことのあるファンファーレのような物が一緒に流れる。この音は、確か『キ○レツ○百科』の発明品紹介の時に流れるジングルだ。徹底的にふざけている。無論にょろには罪はない。にょろは真面目に自分の仕事をしているのだ。全部神様が悪い。



「……対象の位置、……検索。座標確定。現在位置より北北西9°、距離2.12㎞に目的の対象を発見しました。


 ……経路検索、……完了。対象までの移動経路の検索が終了しました。


 『例の用事』によって指定された対象までの所要時間は、徒歩で約28分です。事態発生までの猶予は約20分、対象の()()()()までの制限時間は約36分と推測されます。


 ……移動を開始しますか――――?」


「ああ、頼む」

「――――了解しました。誘導(ナビ)、開始します」



 その言葉のあとに、いままで忘我の境地にあったにょろの瞳に自我の光が戻った。感情の篭もっていない機械音声ではなく「てけり・り!」というお馴染みの声を上げる。天に向かって突き出していた触手も普段通りにょろにょろしている。つまりいつも通りの旅の仲間だった。



「あんまり時間に余裕はないみたいだから、少し急ぐぞ」

「――――てけりっ!!」


 元気良くにょろは俺に答えた。そして彼は答えるとすぐさま触手を数本伸ばし、鎌を振るうように目の前の藪を切り払う。それはもちろん「すぐにキレて暴れる若者たち」とかではなく、彼は目的地、おそらくここから北北西9°距離2.12㎞の地点に向かって森の中に道を造りながら突き進み始めたのだ。

 俺は小走り程度の速さでにょろの後ろに付き従う。彼の先導で進む道はとても走りやすかった。ちなみに黒い触手を振り乱して藪を払い地面をうねるように進む目の前の相棒は、ビジュアル的にどこぞの猪神に取り憑いた祟り神様を彷彿とさせた。コワイ!



フカフカとした腐葉土を蹴って走る。俺は走りながら手に持った棒状の物を手袋に馴染ませるように握り直す。手袋越しに感じるのは硬質で滑らかな感触。それは長さ2mほどの槍だった。


 上質の漆塗りのように艶やかな漆黒の柄。石突や逆輪(穂先と柄の連結部分のこと)は銀色に輝き、そこには丁寧ではあるがきわめて簡素な草木の象嵌が施されていた。穂先の長さは30㎝ほどで今は黒革の鞘が被せられている。華美なところのない実用的な拵えの槍だったが、鞘に下げられた房飾りだけは目が覚めるように鮮やかな赤色をしていた。


 走りながら俺はその槍の感触を確かめる。それは吸い付くように俺の手に馴染んだ。俺は思わず苦笑する。地球だったら槍を片手に野山を走り回るとか、光の速さでご近所の皆さんに通報されるレベルだろう。そして槍以外でも、今の俺の格好は大概だった。


 俺は黒のズボンと綿の鎧下、その上につや消し(マット)加工された黒い帷子鎧(チェインメイル)を着込み、さらに鋲打ちのブーツや籠手などを装備、さらにさらにその上からライダースジャケットに似たダークブラウンの皮の上着を羽織っていた。

 また、腰のベルトに刃渡り50㎝ほどの大鉈を剣呑にたばさみ、腰の後ろには皮のウェストポーチと全長20㎝程度のボウイーナイフ、背中には荷物でパンパンに膨らんだ背嚢を背負っている。それは現代日本的には時代であるとか和洋といったいろいろな物を錯誤した、つまり見事な完全武装であり、今まさに俺の格好は()()()ことなきファンタジーなのであった。お巡りさんレイヤーはこっちです。



 トール○ン先生の歴史的な指輪がアレでソレな小説以降、和洋を問わず好まれ生み出されてきたファンタジーの雰囲気をぷんぷんとさせる鎧を着込んだ(コスプレをした)俺と祟り神様(にょろ)は森の中を走る。

 ジョギング程度の速度を保ち走る俺に呼吸の乱れはまったくない。生前は不摂生と仕事の忙しさにかまけたおかげでだいぶ身体が(なま)っていたのだが、今はまるで()()()()()()()かのように体が軽かった。


 実は、この35歳のおっさんのくせに軽やかに動く体や、ファンタジーのスメル漂う装備一式も全部さくらからの頂き物だった。何よりにょろの同行もにょろ本人の意志と彼女の好意によるものであり、さっきの転生支援システム『かみナビ』にしてもそうなのだ。

 異世界に移り住むにあたり、俺はさくらによって様々な下駄を何足も履かせて貰っているのだ。そして、今俺たちが森の中を走っている理由、つまり『例の用事』というのもそうした下駄の一足である。それは俺が異世界で生活するに当たって、当面の生活を保証するためにさくらが用意した物なのだった。





 どれぐらい走ったろうか。やがて静かだった森に、自然のそれではない物音が響いているのが聞こえてきた。



「てけり・り!!」


 とにょろが触手を指す。その先に目を凝らすと、木々の幹の間、鬱蒼としたそこに見え隠れするいくつもの人の影を俺の目が認めた。ちなみに俺の視力は両目とも2.0だ。これはさくらから貰った下駄ではなく、俺が生前から持っている数少ない優れた点である。

 人影と俺たちとの距離はまだ離れている。俺の目は彼らを捉えたが、彼らはこちらに気が付いた様子はない。そもそも、彼らはよほど近付かない限り俺たちに気付くことはないだろう。きっと向こうはそれどころではないはずだった。


 なにせ、彼らは今まさに()()の真っ最中なのだから。



「キャアアア――――ッ!?」

「この化け物が、死ねぇっ!!」

「グギイイイッ!!」

「――――畜生ッ、腕が切られたッ!!」

「下がれェッ!! 体制を整えろッ!!」

「ギィッ!! ギイィ――――ッ!?」


 近づくにつれ物音は大きくなり、そして意味のある物として聞こえてくるようになった。

 それは怒号であり、悲鳴であり、絶叫である。そしてその音のまにまにかん高い金属の音、剣と剣を打ち付け合う剣戟の響動(とよ)みが梢を揺らすように鋭く響き渡った。眼前で起こっているのはガチな修羅場である。殺陣とか映画の撮影では断じてない正真正銘の殺し合いなのだった。



「!……、もう始まってるみたいだな……っ」

「てけりっ・り!!」


 突然の刃傷沙汰である。普通なら大なり小なり驚愕の思いを抱く物なのだろう。しかし俺はその光景に驚きを抱かない。

 法治国家日本に住む平和ボケした典型的日本人の俺だのに、目の前の暴力沙汰に眉のひとつも動かなかった。それは俺が特別物事に動じない訳ではなく、三度の飯より喧嘩が好きとか言うアウトローな理由でもなかった。

 何故なら俺はこれこそが俺たちの『用事』であることを()()()()()のだ。


 目の前の戦闘に怯むことなく、にょろと俺は速度を上げてその現場に走り寄る。その最中、槍を小さくしごいて鞘を飛ばした。露わになった穂先は日の光を受けギラリと剣呑な光を放つ。俺は刃に流れる冷たい光を確認すると視線を前に向けた。

 俺たちは人影の様子がはっきりと分かるところまで近づいていた。人数は5、6……7人か? 彼らは2つのグループに分かれていた。


 ひとつは俺のように、いかにも(ファンタジー)な皮の胴鎧のような物を身につけた4人のグループ。彼らは手にそれぞれ刃渡り1m前後の物騒な長剣をそれぞれが持ち、中には鉄の鋲打ちがされた直径1mほどある木の丸盾を装備している者もいる。その中には女性らしい人も1人いるのだが、彼女も女だてらに叫声を上げてだんびらを振りかざしていた。

 彼ら4人はもう一方の3人を取り囲んでいた。しかしうち1人が見ているうちに腕を押さえてうずくまり、そして今は3対3になっている。



「つくづくファンタジーだ……!」


 昔やったゲームにこんなシチュエーションがなかったか。俺はついそんな不謹慎なことを考えて悪態を吐いた。


 例えば野盗に襲われる商人の馬車とか、モンスターに襲われる貴族の令嬢とか。それは物語冒頭のいわゆる「お約束」だろう。野盗などや弱いモンスターは主人公の戦闘力を見せるための噛ませ犬であり、また主人公が商人なり貴族を助けることによってその人とのコネを作り、物語を回すための布石なのだ。


 4人組の相手は男2人に女1人の構成だった。

 取り囲まれた連中より彼らは小柄で、体格の良い小学校高学年と言った身長しかない。しかしそのうち男2人の体つきは筋肉もありしっかりしていた。

 男2人は残りの1人の前に立ち、相手の持つ剣よりふた回りも小さい小剣をがむしゃらに振り回している。もう1人はその男たちより頭ひとつ分も身体が小さく、頭をすっぽりと包むフードを被っていた。その素顔を窺うことは出来ないが、体格や手足の細さからその人物が女性だと判断できる。彼女は地面にしゃがみ込み、無言で手当たり次第に落ちている石やら土くれを投げつけていた。


 彼らは、その身体に較べて大きな頭は額が秀でており、耳が大きく先端は尖っていた。目は白目が少なく鼻はつぶれたように低く、小剣を振る腕は自分の膝に届きそうなほど長い。そして何より、灰色がかった緑色(みどりいろ)という、俺の知る有色人種にまったく当てはまらない肌の色をしていて、頭には左右に2本、小さな角のような物が生えていた。

 その姿は、俺が学生時代にちょっと触れたTRPGのルールブックに載っていた、異種族(モンスター)たる『ゴブリン』そのものなのだった。


 眼前に広がる光景は、まさに外国のイラストレーターが描いたバタ臭いイメージイラストそのままに『ゴブリンと戦う冒険者の図』なのである。



 数的には対等になったゴブリンたちは、ぎいぎいと声を上げてしゃにむに小剣を振るっている。その勢いに冒険者風味の4人組は悪態を吐きながらじりじりと、しかし秩序だった動きで後ろに下がっていった。彼らの後退に気を大きくしたらしいゴブリンの男2人は(かさ)()かって声を上げ、素直に下がった分だけ前線を前に押し込んで行く。戦局が動きつつあった。このままでは危ないかも知れない。



「にょろ! 先行してくれ!!」

「てけりりっ!!」


 その言葉ににょろは触手を頭上に勢いよく打ち出す。すると黒い触手は頭上の木の枝に巻き付き、次の瞬間にはにょろは樹上の人となっていた。チンパンジーが雲梯(うんてい)でもするように、長い触手を器用を使って次々と枝を渡っていく不定形生物。そしてすぐに彼は眼前の梢の中に消えて見えなくなった。タツジン!



「神様の『思し召し』だ。きっちりやらせて貰うぞ……っ」


 俺はもう一度槍をしごくと脇に手挟み、身体を前に傾けてさらに速度を上げた。ほんの少しだけ目を瞑り、すぐ開ける。端の方が歪んだりぼやけたりはしていない。視界は良好だった。

 生まれて初めての、()()()()()戦いだ。それなのに俺の心は不思議と落ち着いていた。僅かばかりの興奮と頬を引きつらせる緊張に、口元にはいつの間にか笑みが浮かんでいた。


 ……大丈夫だ。

 何しろ俺は神様にシークレットブーツ並みの下駄を履かせて貰っている。その上、俺の()()()()()なのだ。



 この世界に渡る前。さくらは数多くの物を俺にくれたが、最後に用意してくれたのがこの機会だった。つまり


「物語の主人公のように、冒頭で誰かを助けてその人とのコネを作る」機会である。


 彼女は俺を手違いで殺した負い目からかあるいは同病相哀れむの気持ちからか、本当に親身に俺の身を案じてくれた。最後も「こんな事で償いになるとは思わないのですが」と向こうが恐縮していたぐらいである。

 そして彼女は「いきなり命の危険があるような事をさせてしまうのが本当に心苦しいのですが」とも言っていた。彼女としても命のやりとりを伴いかねないこの「下駄」については最後まで俺に与えるかどうか迷っていたのだが、しかし俺は彼女の気遣いに感謝しつつそれを有難く貰うことにしたのだった。まあそうでもしないとあの神様「やっぱり駄目!! 延期!!」とかぐずり出すのだ。案外過保護なのである。

 それはともかく。天界にコネは多いが地上の世界では天涯孤独の俺だった。そしてこの世界は、だんびら振り回して人が殺し合うような事が普通に起こりえる世界なのだ。そんな世界で生きていくのに、リターンに対する多少のリスクはあってしかるべきだろう。さんざんサービスして貰っているのだ。鉄火場に乗り込むくらいやってやろうというものだった。


 主人公のように人助けをして、厚かましくお礼をせしめるのだ。この機会を上手く利用してこの世界での第一歩を盤石の物にするのである。

 それにまあ、助ける対象に女子どもがいたからな。俺にだって多少は仏心って物がある。



「うおおおおおおっっ!!!」


 俺は腹から力一杯の雄叫びを上げた。

 突然の喊声。すると一斉に冒険者風の連中とゴブリンたちが振り向いた。全員が、まったく同じ方向に、つまり俺の方へ顔を向ける。そして彼ら全員の動きが一時停止のボタンを押したようにぴたりと止まった。当然、彼らの持つ剣の切っ先も動きを止めていた。


 どうやら、間に合いそうだ――――



「ア、アンタはいったい――――!?」

「ギ!? ギイィイイ――――ッ!?」


 最初に声を発したのは冒険者風の連中の1人である女性だった。燃え上がるように鮮やかな赤毛の女性で、年齢は20代の前半に見える。形の整った眉を跳ね上げ、アーモンド型の瞳を怪訝そうにこちらへ向けていた。


 ほかの男たちも、突然の乱入者に目を見開いて驚いている。そしてゴブリンたちは敵の増援が来たと思ったのだろうか、男2人は吼えるような怒りの声をあげた。後ろのフードを被った女ゴブリンの「きぃっ!?」と言う、悲痛さの滲んだ高い悲鳴が空気を引き裂くように響いた。



 全ての視線が俺に突き刺さっている。それを俺はまるで質量を伴った物であるかのように全身で感じた。

 俺は引きつった笑みをなおいっそう深くして、ついに集団のただ中へ、槍を構えて飛び込んでいった。



 異世界生活1日目。自分で決めた事ながら、いきなりのホットスタートである――――





書きだめのおかげで、しばらくは毎日投稿です。

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