2.乾 東悟と神様の転生講座(1)
本作は時系列があっちへ飛んだりこっちへ飛んだりします。上手くいけば効果的な手法なのでしょうが、下手をするとややこしいばかりで話が混乱する手法でもあります。何が言いたいのかと言えば、本作品は素人が面白がって作っている駄文であると言うことです。だってオラ素人だもの! 使ってみたかったんだもの!!
時系列は遡り――――
「この世界に戻ることは出来ませんが、わたしの世界で、第二の人生を送るつもりはありませんか?」
と、見た目中学生の女神様に勧誘された俺は、結局その提案を受け入れることにした。まあ結局のところ、このまま何もしなければ心霊写真の被写体として事故現場に永久就職するしかないとか言われたら、俺には提案を受け入れる以外の選択肢なんて存在していないのだ。
ところで、賢明な読者諸氏の皆様におかれては疑問に思われる向きもあるのではないだろうか。
そう、そもそも神様を名乗る女の子が本当に信用に足る存在なのかという、現状の大前提についてである。
普通に考えれば、自称神様なんてまず当人の正気を疑って然るべきな、いつ霊験あらたかな壺を売りつけてくるかと身構えるレベルの不審人物なのである。
俺は彼女の言うことを、つまりここが死後の世界であること俺には神様(?)の提案に乗る以外に道がないことあるいは現状の全てを疑うべきなのだ。何しろ死後の世界だ。荒唐無稽に過ぎる。
しかし俺はここが死後の世界だと言うことについて、提案を呑んだ時点では半ば信じていた。目の前の少女がちょっとかわいそうなだけの子でもなく、そして現状が少なくとも常軌を逸していることは理解出来たのだ。
まず、それは俺が事情説明を受けている最中のことだった。
彼女が何気なく人差し指を立て、えいやっ、と一声かけるとSFチックな空中に浮く半透明ディスプレイがいきなり現れ、そこに俺が事故にあった瞬間が鮮明に映し出された。
そしてそこに映された事故の様子は真に迫った衝撃のスペクタクルで、謎のSF風ディスプレイも含めどこぞのハリウッドあたりが制作に関わっているんじゃないかという出来である。しかも『主演:俺』による驚愕のパニックムービーだ。当然俺にそんな物への出演オファーがあった記憶はない。
そんなものを見せられれば、少なくともただ事ではないことだけは理解出来るというものだ。これが俺を対象にした壮大なドッキリだとしたらあまりにも大事過ぎて、俺如き一般庶民を嵌めるのにどれだけの金をかけるんだという話になるだろう。
それに、俺はやはりあの事故が、あの死の瞬間が無かったことだとは思えなかった。あの生々しい記憶が幻だったとすれば俺の意識なんてとろろ昆布のようにふわふわで頼りない物になってしまう。
もしあれが現実の出来事であったとして、そして今の俺の状態が誰かの仕組んだ茶番だと仮定すると俺は事故後に連れ去られ、まったく意識を失っているうちに完全に身体を治療され、どこだか分からない真っ白な空間に連れてこられ、そこで唐突に意識を回復した、と言うことになるだろう。何が言いたいのかと言えば、つまりこの死後の世界を仕組まれた茶番だと疑うのもまた荒唐無稽で『有り得ない』のだ。
だからといって死後の世界が全肯定されるという物でもないだろうが、列車事故を真実と考える限り今の俺が死後の俺という荒唐無稽極まる存在であることを『有り得ない』と言い切れもしないのである。
彼女が神様であるかどうか、彼女の言うことが真実かどうかは正直なところ確かめる術を俺は持たない。
しかし現状が常識の埒外にあることだけは確定的で、しがない一般庶民である俺にしてみれば状況の大いなる流れに流される以外に取るべき方法がないのもまた確かなのだった。
だから俺は自称神様の話を取りあえず真実だと逆説的に信じて話を進めたのである。
ちなみに。彼女が見せてくれた自分の死亡シーンなのだが、そりゃあ凄まじい物だった。
白人男性のフライングボディアタックを食らい、首をあさっての方向に曲げながら錐もみしてたまたま開けっ放しだった列車の窓から外に放り出され、横倒しになりかけた車体のパンタグラフに激突し虚空に打ち出され、ぶっ飛ばされた先にあった高圧電線に焼かれて弾かれてさらに飛距離を稼ぎ、放物線を描いて飛翔し線路より数m崖下の護岸用のテトラポッドに頭突きをかましバウンドして海に落下して、最後は波に攫われ沖に流されていって哀れ澪つく海の藻屑になった。合掌。こう言うのをなんて言うんだったかな。ピタゴラ○イッチ?
なんというか、あまりの死に様に俺なんかは逆に笑えてきて「もうひとつぐらいコンボ繋がらないか?」とか思ったりしたのだが、一緒に見ていた神様は顔を青くして呻いていた。確かに我ながら控えめに言ってもグロかった。終盤の方はグッチャグッチャで原形すら留めていない。神すらえずく驚きのヒドさである。これなら死んでもしょうがないと納得せざるを得ない。閑話休題。
そう言う訳で、彼女の話が真実であると前提した上で普通に考えれば、前述した浮遊霊コースは到底受け入れられるものではない。海から現れるスプラッタ幽霊のなるのはゴメンなのだ。なので俺は彼女の提案に首を縦に振ったのだった。
「……では、詳しくご説明するためにわたしの世界にご招待しますね」
と神様。彼女が手をさっ、と左右に振ると足下が眩く光り、次の瞬間には自分のまわりの景色が変わっていた。無機質なイメージだった真っ白な空間は、一瞬で様変わりしている。
飴のように艶やかな光沢を持つ年代物の木の柱、一昔前の日本家屋でよく見る砂壁。蚊遣り豚とうちわが転がっている板敷きの縁側や、古いブラウン管のテレビや羽根が金属で出来た無骨な扇風機。
事故当時の服装だったはずなのに青々とした畳を踏む俺の足はいつの間にか靴を脱いでいて、見れば縁側の下にある平たい石の上に神様の履いていた革のローファーや安っぽい木のサンダルなんかと一緒にそろえて並べられている。
縁側の向こうは小さな庭で、四角く整えられた生け垣に囲まれた中には物干し竿と設置型のバスケットゴールに3m程の高さの柿の木、そして小さな家庭菜園が作られてあった。家庭菜園ではトマトやナスが鈴なりに実り、縁側に吊された風鈴は風に揺れてちりんと鳴いた。
俺が立っていたのは家の中だった。しかもまるで子どもの頃、夏休みに遊びに行った長野の親戚の家のような、酷く郷愁を掻き立てるそれは田舎の古民家なのだった。
瞬間移動。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
新しい畳の心地よい匂いが鼻腔をくすぐる。五感全てが騙されていない限り、ここは絶対にあの白い空間ではないはずだ。
そして「異世界」と聞いて身構えてみたらこの肩すかしである。俺は半ば呆然と日本家屋の居間に馬鹿の如く突っ立っていた。白い空間に続き2度目の茫然自失である。とは言え異世界に行くと言われて連れてこられたのが田舎の家だ。呆然としない方がおかしい。
「ここはわたしの世界の「天界」と呼ばれているところで、一応ここはわたしの家なんですよ」
そして当の神様は、俺のいる部屋、縁側に面した居間へと台所らしい隣の部屋から縄のれんをくぐって現れた。手にはお盆を持ち、その上にはグラスが2つと茶色い液体の入った1リットル瓶(おそらく麦茶だ)と茹でたトウモロコシが乗っている。そこには神様的威厳は1ミクロンも存在しない。あるのは夏の田舎の昼下がりだけだった。
条件反射的に「あ、お構いなく」と恐縮する俺に手で着座を促し、「わたしが作ったんですよ」とトウモロコシとコップをちゃぶ台の上に並べる神様。俺は促されるままにい草で出来た円座にゆっくりと腰を下ろした。手持ちぶさたに部屋の中を見渡すと、鴨居にかけられた年代物の振り子時計がゆらゆらと金色の振り子を揺らしているのが見える。なんだろうこの「天界」と言う単語から光年の単位でかけ離れたノスタルジックな雰囲気は。
しかも目の前の自称神、いつの間にかシンプルなセーラー服の上に水色のエプロンを掛けている。胸にアップリケされた魚のマスコットも愛らしい。田舎の姪っ子かなにかか。いや姪っ子なんていなかったけどイメージ的にな。
今しがたの瞬間移動に「本当に神様だったのか」と驚くべきか、目の前の光景に「本当に神様なのか」と呆れるべきか。思考が過負荷に麻痺しそうだ。
そして俺はずいぶん微妙な顔をしていたのだろう。彼女は「こんな天界があるか、とか思ってます?」と言って苦笑いを浮かべた。図星を突かれた俺は言葉もない。「いや、まあ……」とお茶を濁していると、「わたしも自覚ありますからねー」と俺のシツレイを気にした風もない神様。そして彼女は苦笑いのまま、麦茶をグラスに注いで言った。
「実はわたしも、元は日本出身のただの女の子だったんですよ」
「……は?」
綺麗な切り子細工のグラスに注がれる麦茶に視線を逃がしていた俺は、その言葉に思わず神様を見た。少女は相変わらず苦笑いを貼り付けていた。
「わたしの名前は佐藤 さくら、って言います」
神様は、すごい普通の名前だった。そして日本人だった。
関東某県の○○市に住んでたんですよ、と彼女は自分のことを語りはじめる。俺はその地名に聞き覚えがあった。よく夏になると猛暑日の話題としてその日の最高気温がTVに取り上げられることで有名な内陸の街である。俺がそれを言うと彼女は「そうそう! あそこは夏が暑くって!」と手を合わせて嬉しそうに相づちを打った。
彼女はその夏暑い街で生まれ、その街から離れることなく中学まで暮らしたそうだ。夏になるたびに「暑い、クーラー欲しい」と両親に文句をたれながら。
彼女が死ぬ、その日まで。
「――――わたしの場合は交通事故でした。雨の日の国道で、スピードを出しすぎたトラックがスリップして歩道に突っ込んできたんです。
わたしが最期に見たのは、自分に迫ってくるトラックの銀色のダンパーでしたね。それでばーん、って音がしてすごい衝撃があって目の前が真っ暗になって……。
……で、わたしはこっちの世界に生まれ変わったんですよ」
そのあといろいろあって、今は何故かここで神様やらせて貰ってるんですけどね、と神様は麦茶のコップを弄ぶ。つまり、彼女も俺と同じような境遇だったのだ。
「……あー。ご愁傷様、でした……?」
なので、思わず俺は神様のご冥福をお祈りしてしまった。すると彼女は「ぷっ」と軽く吹き出す。笑い含みに「それはお互い様なんじゃ……」と言った。確かに、死後の世界で死者が死者にお悔やみ申し上げるとか、シュールだ。
俺はふざけて「このたびはとんだことで……」と頭を下げた。すると神様もそれに付き合って「いえいえそちらこそ……」と頭をぺこり。どうやらツボを突いたらしい、彼女はくすくすと小さく笑った。すると居間の空気が少しだけ軽くなったように感じた。
「――――でですね?
ここが天界っぽくないのは、わたしが神様になった時にココを好きにして良いって話だったので、わたしの田舎のお祖母ちゃん家と同じに改造しちゃったからなんです」
「ははあ……」
まさしく田舎の古民家だった訳である。そして家にあふれるレトロチックでノスタルジアなアトモスフィアの正体は、この家が昭○60年代、つまり彼女が知る最後の姿を記憶から写し取られたからなのだ。神様が他界(まさに他界だ)したのはあの懐かしき○成元年。バブル前夜の明るい時代のことだったそうだ。そのとき中学生と言うことはつまり
「……俺と同年代じゃないか神様……(平成25年換算)」
「とは言っても、こっちと地球じゃ時間の流れが違うので実年齢的には私の方がだいぶお婆ちゃんなんですよ?」
「? ……時間の流れが違うとは?」
「わたし、こっちに14の時に来て24の時に死んじゃったんですけど、それから200年くらいは神様業してますから」
「……つまり、地球の1年でこっちは10年ぐらい進んでる、ってことか?」
「そうですね。今はおおよそそんな感じですね」
「でも、神様見た目中学生じゃないか」
「神様ですからね。自分が一番『好ましいと思う』姿になっちゃうんです」
「なるほど。つまり」
「つまり?」
「……つまり、それはロリバb……」
「……はい?」
「…………」
「………………♯(ゴゴゴゴゴゴ)」
軽くなった空気のせいで無防備に口からこぼれた本音に、今度はお茶の間の空気が凍った。なるほど。神様でも女性の年齢に関わる冗談は禁句か。
お下げ髪の中学生から発せられるオーラがもう半端無い。目の色なんか凝っちゃって某腐海にお住まいの例の蟲が怒りに我を忘れた時みたいな色してやがる。おお、神様がお怒りじゃ。大気に怒りが満ちあふれておる。俺は慌てて話題を変えた。
「ごほっ……。
……ところで神様が同郷なのは分かったけど、なんでまた別の世界の神様になんかなったんだ?」
「…………ええと。まあ、いろいろありまして……」
攻撃色に染まった瞳で俺を睨んでいた神様だが、苦し紛れに俺がそう言うと風船が萎むように剣呑な雰囲気が元に戻る。助かったのか? なんといういたわりと友愛の心。そして神様は言葉を選ぶように口をモニョモニョとさせながらそれに答えた。
「……ええと、日本でも有名な人が神様として神社に祀られたりするでしょう?
あんな感じで、わたしもこっちの世界で生前ちょっといろいろありまして、死んだあとになってまあ、……祭り上げられちゃったといいますか、ね……?」
なるほど。菅○道真とか乃○大将と一緒なのか。俺がそう言うと神様は「そんな感じです」と頷いた。そして「○木のお爺ちゃんとはたまにあっちで一緒にお茶飲んだりしますね」とかなんとか。乃○大将と神友とか。世間とはかくも狭いのである。
「……まあ、わたしはそんな訳で人間出身の神様なんですよ。正直日本では庶民もいいところでしたから、神様っぽくないってみんなに言われます」
そう宣い、もしょもしょとトウモロコシに齧り付く神様。小さな前歯を使って丁寧に実を一列ずつプチプチとこそげ取って食べている。ぺたんと畳の上に女の子座りで座って、ハーモニカを吹くようにトウモロコシを左右にスライドさせている様は本当に神様らしくない。彼女の神様仲間がそう言いたくなる気持ちがよく分かる。軍服姿の○木大将に「もう少ししゃんとしなさい」とか懇々と諭されている神様の姿が目に浮かんだ。もちろん、神様は正座でだ。
そんな俺の内面を知らず、この庶民派の神様はリスのように頬をパンパンに膨らませて、幸せそうにトウモロコシを頬張っているのだった。
神様、「面と向かって神様って言われると照れるんで止めましょう?」と神にあるまじきことを言ったので以降『さくら』と呼び捨てにすることになった、は14歳の時、『死ぬはずではなかった』自動車事故でこちらにやって来た。
聞くところによると当時の担当者は相当大雑把だったらしく、さくらになんの説明もなく死後すぐさまに異世界へと放流したという。トラックに轢かれ「あ、死んだ」と思ったら、次の瞬間にはその時着ていたセーラー服のまま傘を片手に異世界の城の中だったらしい。彼女の驚愕と困惑は想像にあまりある。それにしても前任者はロクでもない。俺だったらキレている。ちなみに彼女もあとになって事情を知ってしっかりキレちまったそうだ。そりゃそうだ。
そしてさくら曰く「いろいろあった」挙げ句、彼女は24歳でその若い命を散らしてしまう。異世界ではたった10年の短い生涯だったのだ。
しかしそのたった10年で神様に祭り上げられるとか、いったいどういう一生を送ったのかと思う。それを語る時、彼女が明らかに言葉を濁しているのが分かったので本人には何があったのか聞くことは出来なかった。
たぶん楽しいことばかりじゃなかったのだろうと想像は付く。例えば天神様あたりは祟りを恐れた後世の人がそれを鎮めるために神様に祭り上げた訳で、多くのケースで後世に神様にされるような英雄英傑の類はロクな死に方していないのだ。まあ目の前の少女と『不遇な英雄』のイメージはまったく重なってくれないのだが。
とまれ、さくらは一度死に異世界で全くの孤立無援の中第2の生を受け、後世の人間によって祭り上げられるほどの功績を残して世を去って、今は神様として田舎の古民家に住んでいる、と。……波瀾万丈どころの話ではない。
「……ちなみに、俺たちみたいな『手違い』は頻繁に起こるのか?」
「こっちの時間で言えば10年に1件くらいは起きてますかね。わたしが神になってからは20~30人くらいでしょうか」
「それだと、……地球の時間だと年1~2人か? 多いんだか少ないんだか、判断に苦しむな……」
「わたしは地球では日本の担当でしたけど、日本の1年の死者が最近ではおよそ1200万人ですからねえ……」
「1千万人にひとりの奇病に罹るレベルの運の悪さって訳か……」
まあ、それほどの悪運奇運に愛されて異世界に放り出されれば、波瀾万丈も諾なるかな、と言うべきか。かく言う俺もそのひとりな訳だが。
「俺も、何かのはずみで神様になったりするのかねえ……」
「あはは。天界はいつでも慢性人手不足ですから、その時は是非我が社へ」
「……コキ使われそうな空気がプンプン臭うんだが」
「そんなことありませんよ。ただ泣いたり笑ったり出来なくなるだけですって」
どこのブラック企業なのか。
「――――わたしのことはこれくらいにして、本題に入りましょう」
と。「天界(笑)」の説明からずいぶん脱線した話をさくらが軌道修正した。そう言えば今後の説明を受けるのだったか。
いつの間にか、ずいぶん神様ことさくらとうち解けた自分がいる。彼女が自分と同じように『死ぬべきでなかった』死者であり、そしてなにより同年代だと思うと見た目中学生でも話しやすく感じるんだから不思議だった。神様を自称する割にまったく神様らしくないことも気安さの原因か。
「じゃあ、詳しいお話を始めますからね」
俺は麦茶を一口飲んでそれに頷いた。麦茶は少し甘かった。その事に俺は何故か奇妙な感慨を抱いた。甘い麦茶なんて飲んだのは、本当にいつ以来のことだったろうか。
胡座に組んだ足を崩して、俺は彼女の話に耳を傾けた。
神様ことさくらの出身地は某埼玉県の○谷市です。某熊○直実の出身地としても知られており、作者は数年間そこで過ごしたことがあります。クーラーを発明した人への感謝を新たに出来る街でもあります。だからなんだと言う設定ですが。
そしてトラック転生は神様の方だったというこの事実。本日のだからなんだ第2弾。