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乾 東悟の行きて帰らざる物語  作者: 高原ポーク
第1章   乾 東悟、死んで神様と出会い異世界ミーリアに降り立つの段
25/31

22.乾 東悟の天界通信(1)

 本日投稿2本目。ようやくミーリアでの1日が終わります。長かった。


 しかしものは考えようでして、例えば20年近く掛けて運命の夜の明けない某鷲○麻雀のような例もあります。それに較べれば自分のくどさなんてまだまだ甘っちろいのだと理論武装。倍プッシュだー。





 クナンに案内され、俺は今日のねぐらに辿り着いた。

 彼が「ごゆっくりおやしゅみ(お休み)を」と礼をして扉を閉める。俺はそれを確かめるとぼふん、と寝台の布団のようなものに飛び込んだ。



 部屋は4畳半ほどのこぢんまりとした部屋だった。ゴブリンの家は玄関で靴を脱ぐ作りになっていて、この部屋の床は竹のような植物を板状に切ったものを敷き詰めた上に何枚もの毛皮のカーペットが掛かっていた。歩くと足の裏が毛皮越しに竹の表面の僅かな湾曲をを感じ、まるで足ツボマッサージのようなその感触が面白かった。まごうことなき異文化の香りである。


 家屋は基本木と竹と土で出来ていた。日本家屋の砂壁に似た材質である部屋の壁は一部刳り抜かれていて、そこに置かれた灯明皿から明かりが漏れている。これは昼間山賊達を検分した倉庫と同じ作りである。

 部屋の中はこざっぱりとして家具は文机のような小さな台と低い寝台だけがあった。文机の上には取っ手の付いた灯明皿と木製で風呂桶サイズの手水鉢と小さな水差しが置かれている。寝台に敷かれた布団は布の袋の中に柔らかい草のようなものを入れてあるらしい。

 枕元には俺の愛槍が立てかけられ、背嚢(バックパック)やポーチ諸々と言った俺の装備品が丁寧に置かれてあった。飛び込んだ布団からは新しい畳のような青々とした匂いがする。俺はその布団に顔を埋め、はふぅ、と酒精の篭もった息を吐いた。



 にょろが寝台に上がってきて俺の方を窺ってきた。服の袖をちょいちょいと引っ張るところから俺は彼の意図を読む。



「ああ……着替えはもういいや。今日はこのまま寝て明日着替える……」

「てけり・り!」


 アイアイ、と敬礼を返すにょろ。目を閉じると、彼が寝台からずるりと降りる気配がした。意識がすうーっと遠くなる。このままだと、俺の意識はあっさり眠りの園に落ちていくのだろう。



 そして、――――俺は慌てて体を起こした。









「あー、忘れるところだった……」


 そう一人ごちて俺は酒臭い汗のうっすら浮いた顔を手で拭い、眠気を追いだしにかかった。

 あともうひとつ、最後のお勤めが残っていたことを思い出したのである。



「にょろ、悪い。あとひとつ仕事が残ってる」

「てけり~」


 俺が頭を掻きながら言うと「気にしないで~」という風にいそいそとまた彼が寝台ににじり寄ってきた。そして俺に手水鉢で濡らして絞った手拭いを渡してくる。なんて気の利く不定形生物なんだ。俺はそれを受け取るとごしごしと顔を拭った。多少は眠気が遠ざかる。俺は感謝を込めてにょろの頭を(どこが頭だかよく分からないがニュアンス的に)ぼにょぼにょと撫でた。



「さくらにメールを打つから、準備を頼む」

「てけり・り~。


 ――――天界通信用メールフォーム、『ちぇりーめーる』……起動します」


 俺がそう言うと、にょろはやおらに例の機会音声で俺に答えた。続いて触手を伸ばし『神電波受信モード』に移行、まん丸の目を明滅させる。それにしても『ちぇりーめーる』とか、某郵便局で昔そんな名前のサービスしてなかったか? 登録商標的にセーフなのだろうかこれは。異世界だけどさ。



「――――『天網データバンク』に2級預言者(ユーザー)権限で接続、……接続完了。


 ――――天界通信用メールフォーム『ちぇりーめーる』起動しました。

 …………1件の新着メッセージがあります。再生しますか?」


「ん? ……メッセージって」

「――――今日の、午前12時、19分。宛先:佐藤 さくら、さんです」

「気が早いなぁオイ……」


 俺の口から思わず失笑が漏れた。


 これ、つまり天界通信用メールフォーム『ちぇりーめーる』とは、例の『かみナビ』同様にょろに実装された特典装備のひとつだ。


 その機能はおおよそ1月に1回、天界の神様達の誰かと文通出来るというただそれだけの機能で、預言者の受ける『神の啓示』のシステムを流用しでっち上げた物らしい。宗教の教祖になるつもりはない俺の希望によって機能は限定され、未来予測など俺の()()()()()ような情報を神様に求めたり、またそれを神様が与えることは原則禁止されている。俺が言わないとさくらなんて『恐○新聞』よろしく俺の周りで起こる事件事故を片っ端から警告してきそうなのだ。それは世の中ではズル(チート)という。


 『ちぇりーめーる』とは、要するに神様と近況報告を交わすだけの雑談板の如きシロモノなのである。俺は出立の前、無事こちらに到着したらそのことを報告するようさくらに念を押されていた。つまりこれが俺の今日最後のお勤めなのだった。

 そして眠気に勝って『ちぇりーめーる』を立ち上げてみれば早速の着信1件。俺が天界からミーリアに降り立ったのは今日の正午だ。つまり彼女からのメールは俺と別れてすぐこちらに送られた物と言うことになる。ケータイ依存の中高生でもあるまいに。俺は気の早い神様に苦笑いを浮かべつつ、にょろに再生をお願いした。



 するとにょろからの「メッセージを、再生、します」という声のあとに『ピー』と言う発信音が鳴り、次に『サ――――ッ』と録音時に混じるノイズのような物が流れ出す。留守番電話か。そしてその藁半紙のような乾いたノイズの数瞬のあと。まさに留守番電話の如く肉声とは少し違って聞こえる、今となってはずいぶんと聞き慣れた少女の声が寝室に響いた。





[――――東悟さんお元気ですか? さくらです]






 ※  ※  ※






[――――東悟さんお元気ですか? さくらです]





「……別れて10分後に『お元気ですか』もないだろうに……」


 俺はなんとも締まりのない第一声に思わずそう突っ込んでしまう。



[ええー、お別れして10分ですぐにメールするとか一体何なんだ、と言う声が聞こえてきそうですね。長い付き合いですから、東悟さんの言いそうなことはよく分かります] 


 ……分かっているなら端からするな、と考えていることも分かっているのだろうか。



[でも残念でした!! それでも私はメールするのでした――――!!]

「ああそうかい!!」


 分かった上での計画的犯行だった。



[まあ冗談はさておいて……。

 東悟さんがこのメールを受け取るのはいつ頃になるでしょうか。なるべく早く開けて貰いたいですが、東悟さんはきっと私のお願いした『用事』で忙しいのでそれどころではないかも知れませんね。

 ちゃんとゴブリン達を助けて頂けましたか?

 彼らに感謝されて集落に招待して貰っています?

 もしそうならきっと大宴会でお酒を一杯飲んでいることでしょう。飲んべえの東悟さんとゴブリン達はきっと気が合うと思いますよ? 私の深謀遠慮にさぞ恐れ入ったことでしょう]


 ここで口に出さなければな。



[……でも、東悟さんのためにもなることとは言え、こんな事を押しつけてしまったことが今では心残りです]

「……ああ……?」


 しかし。

 さくらの得意げな声が一転、固い口調でさくらがそう言葉を紡いだ。突っ込み混じりに聞いていた俺は僅かに体を起こし、より深くさくらの声に耳を傾ける。

 さくらの告白は続く。その声には、悔恨の感情が滲んでいるのが今ははっきりと分かった。





[――――東悟さんに助けていただいた人達はゴブリンの集落の未来に重要な人達だったのですが、本来は山賊に襲われてひどい怪我を負ってしまう事になっていました。


 なのでわたしは東悟さんにお願いして、『彼らの運命を変える』という形で東悟さんの特典ポイントを使って彼らの事を助け、東悟さんのミーリアでの貴重な隣人になって貰い、同時にゴブリン集落の未来も救って貰おうと考えたんです。

 これを思い付いた時には「これなら東悟さんにチート言われずに特典を使って貰える!!」って自画自賛しました。東悟さんもわたしもゴブリンもみんな嬉しい冴えたやり方だって浮かれていたんです。だから、あとになるまで気が付かなかった。いざ出発と言う時まで、東悟さんにヒドいことしている事に気が付かなかったんです。


 ただでさえ魂をミーリア発展に利用させて貰っている東悟さんに、こんな事をお願いしちゃいけなかった。わたしが説明した時東悟さんは「一石二鳥だな」って笑ってくれましたけど、考えてみたらわたしはとてもヒドいことをしていたんです。

 東悟さんは不条理に死んでしまったのに、その東悟さんに誰かの運命を変えて人助けをするようにお願いするなんて、こんなヒドい事ないじゃないですか。わたしには東悟さんのことを助けることが出来なかったのに……。


 今となってはもうどうしようもないのですが、それをなるべく早く謝りたくて、面と向かって言うと東悟さんが怒るのでメールで言います。


 ――――東悟さん。ごめんなさい]


「…………」



 ああ。そう言うことか。それでさくらの奴、出がけに例の『用事』についてあんな申し訳なさそうな感じでいたのか。謎が解けた。


 それにしても、まったく細かいことですぐ凹む神様なのだ。俺はちょっとしんみりしてしまう。

 しかし、そんなメランコリックな雰囲気はもたらされた先からあっさり崩壊した。





[――――でもですね!? 東悟さんだって悪いんですよ!?

 東悟さんがなかなか特典を使ってくれないからこんな事を思い付いたんだし、ちょっとでも私が『もう少しよく考えるために出発を延ばしましょう』って言うと『これ以上まだ俺を足止めする気か』ってわたしにコブラツイストかましてくるし!! わたし神様ですよ!? 神様にコブラツイストとか何考えてるんですか神罰ものですよ!? 『神の火』とか行ってみます!?]


 別名『イン○ラの矢』とか言わるアレか。しんみりした雰囲気が一転、尻に火が着いたようにヒートアップするさくらの声。元気に俺に向かって言葉を叩き付けてくる。


[なのでこれで謝るのは終わりです!!

 東悟さんは私の言う通りにゴブリン達をきっちり助けてくださいね!! もうそこから先は自由なんですから、東悟さんの好き勝手に生きればいいんですよ!! 東悟さんなんてちっとも私の言うこと聞いてくれないんだから――――っ!!]

「今度は逆ギレか?」


 相変わらず上がったり下がったり忙しい神様だな。にょろから流れるさくらの声は、俺との馴れ初めから始まっていかに俺が彼女に従わなかったかを延々と愚痴っていた。そんなこと言われても知らんがな。



[……じゃあ、ちゃんと反省のメールを送ってくるように。

 定期報告を忘れたら『神の火』ですからね? 絶対ですよ……?]



 そう言って、ぜいぜいと疲れたような声でさくらは締めた。「あ……あと――――」と、まだ何か言う気だったさくらの声がぴーっ、と言う発信音に掻き消されて終わる。制限時間をいっぱいに使って俺への愚痴を言ったのか。どれだけ溜め込んでいたのだろう。



「……何と言うか……」


 俺への謝罪で始まったさくらのメールは、最終的に俺への反省を促して終わった。これ、こんなでも『神の啓示』の一種なんだよな。神様とは、かくも面倒くさい物なのである。


 しかし相変わらずな神様の様子に俺は思わず吹き出してしまった。青菜に塩をしたようにしおらしく謝ってくるさくらより、最後の面倒くさい彼女の方がよほど俺には好ましい。そもそも面倒くさい物なのだ人間関係というものは。俺は最高神のお言い付け通り、『反省』のメールの文面を頭の中で推敲しはじめた。









[――――別れて10分もしないうちにメールかよ。ドーモ、イヌイ=トーゴ、デス。


 天高く馬肥ゆる秋の候、相変わらずめんどくさいメールをありがとうございます。予定通り無事ゴブリン達は助けたぞ。集落にも入れて貰えたし、しばらく厄介になることも了承して貰えた。そう言えばその関係で『軍神』のオッサンの子孫にあったぞ。オッサンのこと尊敬してるんだって。今度会ったらそれ言ってオッサンを身悶えさせてやってくれ。

 あとさくらの言う通り、本当に宴会好きで俺好みの連中だった。俺の好みまで見越してとか、さすがの深謀遠慮だと感心していた矢先にこのメールだよ。このメールのお陰で感心する気が失せました。本当にありがとうございました。



 さて謝罪の件なのだが、もうこれは馬鹿め、としか言いようがない。そう言われるのが分かっててメールに書いているんだろう? だったら馬鹿というしかないじゃないかこのさくら(馬鹿)め。前から細かいことを気にしすぎだっつうの。


 これに懲りてもう俺に馬鹿めと言われたくなかったら、もっと図太く下々の人間なんか上手いこと利用してやろうと言う気持ちを忘れないこと。俺みたいな自由に使える駒を使わずに他に何を使う気なんだ。200年も神様やってるんだからもっと頑張りましょう。



 あと、何か反省しろとか言っていたので考えてみた。

 確かに、俺にも反省すべき事はあったと思う。俺はもっとさくらの言う事なんて聞かないで、もっと自分に正直になれば良かったんじゃないか、とか……?

 その事に気付かせてくれて本当にありがとうございました。感謝します。





 ――――最後に。

 ……今まで本当にありがとう。心から感謝します。あなたのお陰でいい第2の人生が送れると思います。あなたは俺を助けられなかったと言いましたが、俺はあなたに救われました。それだけは誰が何と言おうと間違いありません。本当にありがとう。あなたのこれからのご多幸を下界からずっとお祈りしています。



 じゃあこれからもしっかり神様業頑張ってください。程々にストレスを抜いて破壊神とかにはならないようにな。

 あと『神の火』とか、お前はせっかく助けたゴブリン達を大陸ごと灰燼に帰する気か。仕方がないからちゃんとメールはしてやるよ。有難く思うように。じゃ、そう言う訳で。他の連中にもよろしく言っておいてくれ――――]






「……ふう。にょろ、メール送信頼むわ。そしたらもう休んでいいぞ」


「――――送信……完了。


 ――――『ちぇりーめーる』終了します。――――お疲れさまでした」

「はい。お疲れ」

「――――てけり・り!!」 



 俺は寝台に身体を倒した。ばふん、と布団が俺の身体を受け止める。しばらく、火照った頬を隠すようにうつぶせで顔を埋めていた。最後の感謝の下りは正直柄ではなかった。照れる。しかし絶対言わなきゃいけないことだった。俺は正しくさくらのお陰でここにいて、第2の人生を送ろうとしているのだった。

 でもさくらと同じように、面と向かっては言いづらい種類の言葉だった。俺も人のことは笑えないのだ。



「……まあ、これでいいだろ……」


 これで今日の仕事は全部終わった。

 さくらにも無事報告メールも打った。あとはもう寝るだけである。



 思えばここまで長かった。列車事故でミンチになり、こっちの天界にやってきて、特典拒否をした俺とさくらは大いに揉めた。その後は妙な使命感に火が着いたさくらによって天界での修行に明け暮れた日々である。あの修行はひどかった。さくら以外の神様も巻き込んでの、文字通り『死ぬほど』つらい修行だったものである。


 だがそのお陰で俺はゴブリン達を助けることが出来、そして今この時があった。

 まあ後半になればなるほどさくら達は俺に遠慮がなくなってきて、『どれだけ上手いこと特典を付けて俺をグレードアップさせるか』みたいなある種ゲーム感覚になっていた。必要以上の力は要らないと言う俺と日々鎬を削ったものである。規格外(チート)な同行者はついに押し切られてしまったが。



 かつての天界の日々を思うとなにやら一抹の寂しさを覚える。地球生まれの俺が過去を思えばあの()()()()天界での暮らしを思い出すのだから奇妙なものだった。そして同時に、これから始まるミーリアでの暮らしを楽しみに思う気持ちもある。俺は今ガラにもなく、新たな旅立ちに出会いと別れの悲喜こもごもを味わっているのだった。





 俺は過去と未来に思いを馳せつつ目を閉じて、静かに眠りに落ちていった。



 異世界第1日目の夜が、静かに更けてゆく――――













 ――――ちなみに。


 俺のメール返信10分後、本来月に一度しか使えないはずの『チェリーメール』に神パワーの不正利用による、やや水っぽく明るい声での「馬鹿って言う方が馬鹿――――っ!!」と言う馬鹿(さくら)の馬鹿な返信のメールが入って来て、眠りに落ちかけた俺を叩き起こしてくれた。


 心の底から面倒くさかった事を、ここに明記しておく。





 次回からまた天界編。そしてあと数話で第1章も終わります。


 明日以降はまた1日1本、正午12時投稿に戻ります。第1章まではストックがあるので毎日投稿が出来るかと思います。よろしくご愛顧の程を。

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