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乾 東悟の行きて帰らざる物語  作者: 高原ポーク
第1章   乾 東悟、死んで神様と出会い異世界ミーリアに降り立つの段
19/31

16.乾 東悟のニエブラ庄探訪(3)

 冤罪を訴える山賊達とそれに対する検察側の攻防。まあそんな大した攻防じゃありませんが。村を訪問しても一向に風情を楽しめない主人公第3話のはじまりです。



「お、俺たちじゃねえ!!

 俺たちはそんなことやってねえ――――――――ッッ!!!」


「…………はあ?」



 全員の間抜けな声のあと、沈黙の降りる室内。やがてそれをぶち壊して




「そ、そうだ!!俺たちは何もやってねえ!!」

「俺たちゃ無実だ!!」

「だからさっき言ったじゃないか!! 私はやってないって!!」


 と、丸盾が叫んでからと言うもの、我も我もと親が帰ってきたひな鳥のように喚き出す山賊一同。丸盾突然の『冤罪宣言』に、狭い石室の中は自分勝手に叫び声を上げる山賊達の声で騒然となった。いやいや。現行犯で取り押さえられて無実主張するとか、どんな腕の良い弁護士だってそれは無理があるだろう? 法廷技術ばかり発達した某お米の国の司法でも、そこまでの無茶は通らないのじゃあるまいか。



 見苦しく騒ぎ立てる山賊達に思わず呆気に取られている俺たち。

 ゴブリン達も巡回騎士殿もぽかーんとしている。しかし真っ先に我に返った人物が、ピーチクパーチク騒ぐ連中を黙らせた。


 それは間抜けた声を出さなかった2人の内の1人。そもそも言葉を喋れないにょろではなく、やおら腰の長剣を鞘走らせ、土間に勢いよく突き立てたポラリア卿その人である。





「次に許可無く口を開いたものは、この剣に掛けて()()()なってもらいます――――」

「「「「…………」」」」



 火でも凍り付きそうな絶対零度の声に、ピタリと山賊達が鳴き止んだ。まさに泣く子も黙るという奴である。それと同時に俺たちも思わず息を飲んで無言になった。……ウルスカル卿。気持ちはわかるが何でアンタが必死になって口を押さえてるんだ……?





「……そこの貴男(あなた)


 冷え切った瞳で山賊達を睨め付けたポラリア卿は一番最初に騒いだ男、つまり丸盾を差した。丸盾は「ひぃっ」と喉の奥に篭もったような小さな悲鳴を上げる。彼女は指ではなく、剣の切っ先で丸盾を差したのである。



「……返り討ちにあった挙げ句に捕まった貴男が、『やってない』とはどう言うつもりで言ったのですか?」


 心して答えなさいね、と口角をつり上げてポラリア卿。急に優しくなったマフィア並みに怖い笑顔である。『心して――――』のあとには『下手なことをほざいたらぬっ殺す』と言う無言の但し書きがはっきりと見えている。しかし丸盾はそれにもへこたれず、ガタガタ震えながら、それでもしどろもどろに彼女のご下問に答えた。思った以上にガッツあるな。





「へ、へい……っ、こ……今回のことについては、い、いまさらい言い逃れはいたしやせん……っ。た、ただ、あっしらは、そ、そちらの騎士様のおっしゃった傭兵団じゃあないんでさ……!!」



「…………はああ!?」


 またゴブリン達とウルスカル卿、俺の声が重なる。



「あ、あっしらは確かに法国から流れ着いた流れ者なんですが、でもそ、その『ぼろもうけ(ジャックポット)』って言うんですか? そんな傭兵団じゃあないし、山賊働きも食い詰めてやった今回が初めてで、獣人族(アニム)のお嬢さんを犯そうとしただとか、商隊を襲ったなんて、身に覚えがないんでさあ――――!!」


 つまり、山賊には違いないが盗賊傭兵団『ぼろもうけ(ジャックポット)』ではない、丸盾はそう主張したいのだろうか。



「――――巫山戯るなあっ!!」


 そこでクナンが堪らずそう叫んだ。許可なく喋ってもポラリア卿は剣には掛けないようだ。そんな冗談はともかく、実際に襲われた彼にしてみれば単なる言い逃れにしか聞こえないのだろう


「貴様らは嬉々として俺たちのことを野獣扱いして襲ってきた!! 食い詰めてはじめて人を襲った!? 冗談を言うな!!」


 憤懣やるかたない様子でそう吐き捨てるクナン。相対した俺にしても、コイツらの雰囲気は明らかに()()()していてあれが初犯とはとても言い難い印象だった。心情的にはクナンに諸手をあげて賛成である。

 しかし考えてみると、確かに彼らが指名手配犯『ぼろもうけ』である証拠は今のところ『法国出身の4人組のならず者』という状況証拠しかないのである。俺はポラリア卿の方を見た。すると彼女は少し不愉快そうに眉根を寄せている。



「……ポラリア卿。手配書には人相や特徴みたいなものは書いてあるんですよね?」

「それはもちろん書いてありますよ。

 ――――盗賊傭兵団『ぼろもうけ』。団長はアンドリュー=グリフィン、ヒト族で41歳、やや大柄で髭面、武器は剣と盾を好む……」


 暗記しているのかポラリア卿は()()で手配書の内容を諳んじて見せた。盾と言えば『丸盾』のことか。アンドリュー=グリフィンとか、まるで主人公みたいな名前してたんだな。似合わない。ちゃんと名字まであるがポラリア卿によると「傭兵が自分に箔を付けるために勝手に家名を名乗るのは良くあること」らしい。俺の名字もこの世界じゃ意味を持たない自称みたいなものだ。まあ、それはいいとして確かに髭面だし年齢も丸盾と同年代に見える。しかし



「俺はそんな名前じゃない!! それに盾を使う40代の髭面の傭兵なんて腐るほどいるじゃねえですか!?」


 当然というか、当たり前のように別人だと主張するアンドリュー=グリフィン(仮)。そうなのだ。写真がある訳ではないミーリアでは、面通しでもしない限り本人かどうかは証明しようもないのである。



「まだそんな言い逃れを!!」


クナンがまた激した。するとポラリア卿がやんわりと彼を制する。


「貴男は別人だと言いますが、手配書にあった特徴と()()()()()が一致するのも偶然だと言いたいんですか……?」

「そ、そうなんでさ!!」

「そうだそうだ!!」

「別人なんだよぉ!!」


 すかさずそう言い募る山賊一同。しかしすぐにポラリア卿の視線に口を噤む。彼女は勝手に口を開いた山賊達に特になにも言わなかった。ただ、楽しげに「すごい偶然があったものですね……」と薄く笑っていた。コワイ!



「……いったい、どうなっておるんだ……?」

「いや……、山賊であることには違いはないだろう……?」


 長老と里長が困惑したように言葉を交わす。果てしなく黒に近い灰色ではあるが、万が一、彼らが『ぼろもうけ』である証拠が出なかった場合はどうなるのだろう。



「――――あっしらはゴブリンの旦那達を確かに襲ったが、結局人死には出ちゃいない!! 『この国(連邦)』の法律じゃ、人死にの出ていない泥棒未遂は3年以下の強制労働刑だったはずですぜ!!」

「殺す気だったくせに何を言う!!」

「でも人死には出てねえよな!?」

「ギィッ!! 言い逃れを……ッ!!」


「……ああ、なるほど。そう言うことか……」


 つまり、減刑狙いの与太話だったのである。

 それにしても連邦の法律に詳しいじゃないか山賊。それでいてゴブリン達を野獣扱いした訳だから余計タチが悪い。その強烈な差別意識はヒト族以外の女の子を奴隷呼ばわりで犯そうとした挙げ句に悪びれなかったメンタリティに近いものを感じる。鉄火場での醜態を見ている身には今更の『旦那』呼ばわりが何とも白々しかった。心情的には真っ黒だ。

 しかし仮にだ、彼らの過去の悪行が立証されず、ただの泥棒未遂として処理されるとすればどうなる。数年後にまた野に放たれるのか? ゴブリン達や俺に恨みを募らせたこの連中が?



「……えーと。ポーラ? 喋っても良いでしょうか……?」


 するとウルスカル卿が、そろっと手を挙げて発言の許可を求めた。


「……ウルスカル様。なんであなたは副官に発言の許可を求めるのでしょうか?」

「アッハイ。ごめんなさい」


 デカい図体を丸めて謝る巡回騎士。何と言うか、ミーリアの身分制度について俺の学んだことに自身を無くしそうな光景である。謝るとますます凄い目で睨まれた彼は、いそいそと咳払いするとさっきまでのように胸を張った。「うむ」なんてわざとらしく頷いて、口を開く。



「……確かに、貴様らが『ぼろもうけ』である証拠はここにはないな」

「!! そ、そうなんでさ!!」

「ウルスカルどの――――!?」


 卿の突然の擁護発言に息巻く丸盾と驚愕のクナン。そして当のウルスカル卿は副官に怯えていたさっきとは一転、どこかのんびりとした調子で「だから落ち着け」とクナンを宥めた。



「……ふうむ、貴様はアンドリューとか言ったか?」

「……っ。……いえ、人違いでさ」

「ああそうか。貴様は『ぼろもうけ』ではないのだったな」


 そうだったそうだったと頷いているウルスカル卿。「じゃあ名前は何と言う?」と続けざまに問うと丸盾は「……ジョンでさ」と慎重に答えた。この世界って、創造神の影響なのか普通に英語の名前や固有名があるんだよな。地球なら偽名の代名詞みたいにありふれた名前だがこっちではどうなんだろう。

 するとウルスカル卿は「そうか、ジョンか。ありきたりだが良い名前だ」と言った。ありきたりな名前ではあるらしい。やおらに名前を褒められた丸盾改めアンドリュー=グリフィン(仮)改めジョンは「……いや、とんでもねえことで……?」と少し不思議そうに畏まる。そして卿は親しげにジョンへと笑いかけた。



「ではジョン。貴様に訪ねるが、貴様は『ぼろもうけ』についてどう思う?」

「は? ……いや、どう思う、と仰いましても……」


 卿の質問の意味が分からず、さらに困惑を顔に貼り付けるジョン。周りも長老達は急に始まったウルスカル卿の尋問?と呼べるかどうか分からない会話に首を傾げているし頭に血が上っているクナンは今にも卿に文句を言いそうだ。

 しかしそんなクナンを視線で押さえているのがポラリア卿だった。彼女は自分の上官の行動に何ら疑問はないのだろうか。俺は彼女の様子を見て取りあえず俺自身の疑問は飲み込んだ。周囲の困惑をよそにマイペースな卿は「ん? どうしたのだ?」と不思議そうにジョンを見る。



「さあどうした。遠慮はいらんぞ? 何か思うところはあるだろう。なにせ今一歩で勘違いされて罪をなすりつけられるところだったのだ。恨み言のひとつは出てくるだろうに」

「!! へ、へい!! そう言うことでしたら……!!」

「他のものはどうだ? 私が許す。皆の存念を言って見ろ」


 そうすると卿の歓心を買うためか、ジョン以外の山賊達も口々に喚き立てた。


「とんでもねえ連中だ!!」

「傭兵の風上にも置けねぇや!!」

獣人族(アニム)の子どもを襲うなんざ、同じ女として許せないね!!」

「そんな奴らは縛り首にでもなれば良いんですよね、騎士の旦那!!」


 奴らは調子に乗って次々と噂の盗賊傭兵団についての悪口雑言を並べ立てる。これでコイツらが『ぼろもうけ』だったらひどい茶番である。それにウルスカル卿はいちいち「うんうん」だの「まさにその通り」だのと丁寧に相づちを打つものだから奴らの勢いは留まることを知らない。



「……本当に、獣人の子どもを犯そうとするなどヒト族のすることとは思えんよなあ……?」

「その通り!!」

「ヒト族と言うより、人間のクズでさあ!! なあみんな!?」

「おお!! そうだそうだ!!」

「クズだ!! クズだ!!」

「そうか、クズか、クズと申すか……!」


 はははは、と笑い会うウルスカル卿と盗賊達。そして愉快げに笑い会う彼らにクナンがついに耐えきれないとばかりに食って掛かろうとしたその瞬間だった。一瞬だけ、ちらりとウルスカル卿が自分の副官に視線を投げたように俺には見えた。


 そして、氷の刃のような女性の声が差し込まれた。





「――――ところで。何で貴男達は被害にあった少女が『獣人族(アニム)の女の子』だと知っているのですか……?」



「…………え?」

「……あ、いや、だって……今、騎士様が……」


 一転、水を打ったように静まりかえる山賊一同。彼女の視線に耐えかねていい訳じみた言葉をへどもどと零す。しかしそんな言葉をポラリア卿は、ばっさりと返す刀で切って捨てた。



「いえ? あなた達はその前にもしっかり言っているのですよ? そこの赤毛の貴女、確かこう言いましたよね?

獣人族(アニム)の子どもを襲うなんざ、同じ女として許せないね』と」


 忘れましたか? と声を荒げることなく紡がれるポラリア卿の言葉は本物の白刃よりも冷たかった。指摘された赤毛は顔を真っ青にして硬直している。そしてそれに喘ぐように反論したのはジョンだ。



「……い、いや!! さっき騎士の旦那が『ぼろもうけ』についてお話しされた時にちゃんと言ってましたよ! その時きっと聞いたんでさあ!!」

「いや? 私はそんなこと一言も言ってはいないぞ?」

「旦那!?」


 はははは、と。ポラリア卿の言葉にも快活な笑いを止めていなかったウルスカル卿がひどくお気楽にそう言った。それに慌てたのはジョンである。


「私は確かに商人のところの下働きの少女が襲われたとは言ったが、獣人族だとは一言も言っていないぞ?」

「だ、だって『ぼろもうけ』の連中は言ったんでやしょう!?

 『薄汚い獣人の奴隷女ぐらいけちけちせずに抱かせろ』って――――!!」

「私はこう言ったぞ?

 『薄汚い()()の奴隷女ぐらいけちけちせずに抱かせろ』と」

「――――あ!!」



「……『ぼろもうけ』ではないはずなのに、襲われた少女の種族を知っていた理由は、()()()()時間を掛けて、教えて貰うとしましょうか。アンドリュー=グリフィン……?」


 ポラリア卿はそう言うと剣を鞘に戻す。丸盾改めアンドリュー=グリフィン改めジョン改め結局本名アンドリュー=グリフィンは、それでようやく自分を偽ることを諦めてがっくりと肩を落とした。自分の言葉尻を取られた赤毛はがたがたと震え、残りの2人が噛み付かんばかりに彼女を罵っている。

 そして俺は話の急展開に付いていくのがやっとだった。しきりに頭の中を疑問符が乱舞している。ポラリア卿が仲間割れをはじめた山賊達を目線で静かにしているうちに、俺は頭の中を整理してようやく言葉を絞り出す。



「ウルスカル卿……。これ、最初から狙ってたんですか……?」

「んん? いやあ、どうだろうか」


 まあ、さっきジョンの奴が自分からうっかり口走っていたからなあ、とウルスカル卿は太い指で頭を掻いた。さっき……? 俺は今までの会話を反芻する。そして



「……ああ、そう言えば……」


 俺はどうにか思い出せた。確か丸盾の奴、自分が『まるもうけ』じゃないと主張する時こう言ったのだ。



『あ、あっしらは確かに法国から流れ着いた流れ者なんですが――――(中略)――――【獣人族(アニム)】のお嬢さんを犯そうとしただとか、商隊を襲ったなんて、身に覚えがないんでさあ――――!!』


 ああ。確かに言っている。ウルスカル卿が『亜人』としか言わなかった『下働きの女の子』を、ばっちり自分から『獣人族(アニム)』って言い換えている。

 俺はぽかーんとして図体の大きな巡回騎士を見た。ゴブリン達も呆然とウルスカル卿を見る。暢気な人柄のように見えて、まるで某ロス市警の殺人課警部のような技(揚げ足取り)を使えるんだな。



「なかなか良い注意力でした。ウルスカル様」

「ああ。ポーラも良いところで援護してくれた」

「副官ですので」


 見苦しく狼狽える山賊達を背景(バック)に暢気に言葉を交わす騎士たち。副官の称賛を受けたウルスカル卿はさほど表情を動かさずに腕を組んでいるが、鼻がピクピク動いていてこころなしか誇らしげだ。褒められて嬉しいのがダダ漏れである。



「おそらく我々に媚を売るために『亜人』という蔑称を使いたくなかったんだろうよ」

 

 だろう? とウルスカル卿が言うと丸盾達がうっ、と息を飲んだ。なるほどな。それでコイツらは種族名を言ってしまった訳だ。『ぼろもうけ』と卿達官憲以外は知るはずのない『亜人の女の子』の種族名を。


「実のところ、この者らが何を言おうがあとで組合で面通しすれば良いだけの話だったんだが、『あ、コイツ今下手打った』って気が付いたからなあ。ま、余興のような物だ」

「確かに。でもこの者達の面の厚さにも少々嫌気が差してましたから、正直いい気味です。これで偽証の件についても、たっぷりと身体に事情を聞くことも出来ますし」

「……うん。そっちはまあ、任せる……」

「ええ。お任せ下さい」


 彼の副官は上官に向かってにっこりと微笑んだ。しかしその笑顔の何と恐ろしいことか。嬉しそうだった卿の顔が副官のサディスティックな有様に引きつっている。何となく隣を見ると同じようにクナンが、振り上げた拳の仕舞いどころに苦慮するような何とも言えない表情を俺に向けていた。そして長老達はようやく理解が追いついてきたようで尊敬の眼差しで騎士達を見ている。

 まあ当たり前なんだが、彼らは端っからこの連中の嘘については考慮すらしていなかったんだろう。ポラリア卿は微笑んだまま『ぼろもうけ』達(確定)をゆっくりと眺めて言った。



「私も貴男方と同意見ですよ? 貴男方が言う通り、貴男方はクズで、傭兵の面汚しで、ヒト族どころか人間とも思えません。出来るなら今すぐ縛り首にしてあげたいんですけどね……?」


 彼らが言ったことをそっくりお返しする彼女。山賊達は顔を青くしたり赤くしたりして絶望をその表情に囲っている。そんな中アンドリュー……長いから丸盾で十分だ、だけは憎悪の凝った未だ力を失わない強い視線を俺とポラリア卿、つまりこの場にいる人間2人に向けていた。唾が垂れるのも気付かずに、こちらに向かって一心に怨嗟の声を垂れ流す。



ヒト族(ウィル)のくせに――――!!」


 それはどろどろと憎悪と悪意にまみれた声だった。俺はその強烈な悪意に少しだけ息を飲んだ。俺は奴らの命脈を絶った張本人だ。それを受ける理由が俺にはあった。そしてそれを一緒に受けたポラリア卿はまったく表情を動かさなかった。まるでそよ風になぶられたように、彼女は笑ったままその悪意を軽く受け流した。



「ええ。私はヒト族ですよ? ですが同じヒト族だからと言って山賊の肩を持つほど正気を失ってはいません」

「この『連邦』のヒトモドキどもが!!

 『魔族』なんぞにケツを振りやがって、ヒト族(ウィル)様が薄汚え小鬼を殺して何が悪い!? 臭え獣人なんざウィル様の奴隷になるために生まれてきた連中なんだ! それを俺たちが可愛がってやろうって言うののどこが悪いってんだ!?」

「キサマ……!! ぬけぬけと……!!」

「ぐぎっ!! 『法国』の馬鹿どもめ――――!!」


 丸盾の口からこぼれ落ちるのは聞くに堪えない悪口雑言だった。事前の勉強でこう言う主義主張の連中がいることは知っていたが、リアルに聞くと真正面から汚泥をぶっかけられたような不快感があった。俺ですらそうなのだから、ゴブリン達を含めこちらの陣営は皆極めて不快げに表情を歪め、温厚そうだった長老や庄長も声を荒げて言い返している。クナンあたりは今にもぶん殴りそうな勢いなのだが、しかしそれが出来ない理由はただひとつだった。それは毒のような丸盾の言葉に相対するポラリア卿の声が、それ以上に冷え切っていたからだ。



「――――おや? その奴隷風情に連戦連敗、今や風前の灯火となった哀れなヒト族様の国があったと私は記憶していますが……?」


 ああ、そう言えば貴男の生国だったのですね? と軽蔑を隠さないポラリア卿の声が石室に底冷えするかのように響く。そんな言葉に、丸盾は「うるせえ!!」と酒場の喧嘩のような意味のない言葉しか返すことは出来なかった。そして


「てめえらみたいな裏切り者がいるからクソ『連邦』がデカイ面してやがるんだ!! ヒト族の面汚し!! 臭え獣人に尻尾を振るこの売女が――――!!」


 しつこく、今度はポラリア卿に罵声の矛先を変える丸盾。すると彼女はわざとらしく鼻に手を当てて見せながら丸盾に言う。彼女は冷静そうな見た目に反してひどく好戦的なのだった。



「……貴男は自分の身体の臭いを嗅いでからものを言ったらどうですか? いったい何日風呂に入っていないと言うのです。連邦なら港湾の荷運び人足達だってあなた達には鼻を摘みますよ」

「臭え魔族の支配するクソ連邦の飼い犬になって鼻が馬鹿になってるんだろうよこのヒトモドキ! てめえもそこのデカブツのナニをしゃぶって金を貰ってるんだろうが!!


 エエ……ッ!? そのケダモノのナニはたいそうデカいんだろぅべェ――――ッ!?」



 丸盾は怨嗟の言葉を言いきることは出来なかった。ポラリア卿の薄い鉄板が張られた厳ついブーツの先が丸盾の前歯に突き刺さり、血しぶきとともに倉庫の土間に歯の欠片をブチ撒いたからである。



「言葉に気を付けなさいケダモノ以下のゴミクズが」


 ぞっとするような声が石室を漂った。顔の下半分を朱に染めて地面を転げ回る丸盾。そして靴の先に付いた血を拭うように彼女はそんな丸盾を容赦なく踏みつける。顎を押さえて呻く丸盾の()()を虫でも踏むように無造作に踏みにじりながら、彼女は婉然と微笑んで言う。



「……だから法国の男どもは頭が湧いているというのです。ヒト族以外の種族を見れば見下すばかり。女と見れば()()絡みの話ばかり。

 『亜人』のくせに、『奴隷』のくせにと、あなた方は誰かを馬鹿にしなければまともな話も出来ないのですか……?」


 そうやって自分達の敵を見下すことしか出来ないから、『法国』は『連邦』に勝つことが出来ないのですよ? と、なにひとつ容赦呵責もなく踏みつぶす勢いで体重を掛ける。


「ぎひぃっ!! い"い"――――ッッ!!?」

「それに、なにを当たり前のことを言ってるんですか貴男は。貴男のこの、萎びた芋の尻尾のような()()と、私のご立派な上官を較べるなんて、それ自体が罪と、知りなさい、ね……?」

「あっ! がっ、グギャアアァアア――――――――ッッ!!!」

「……ええと、ポーラ? そのくらいにしておこうね……?」

「私の上官を侮辱したかどで()()懲罰を執行しただけですよ。それに、前歯やナニが無くても自供は取れます」

「……ああ、うん。ありがとう……」


 綺麗な顔で凄まじいことを言って、彼女はようやく丸盾から足を離した。まるで自分が叱られたように小さくなっている上官に何事もなかったように笑いかけている。丸盾は逆鱗に触れたんだろう。それとよく分かった。この人は笑っている時の方が怖いのだ。


 急所を踏まれた丸盾は、今は胎児のように丸まって痙攣していた。目は白目を剥いて口からは血の混じった泡をぶくぶく吹いている。人間として同情はしないが同性としては心から哀れだ。当然山賊を含め俺たち全員、笑顔の彼女にドン引きである。一番引いているのが彼女の上官なのは笑うところかどうなのか。



「……他に何か言いたいことはありますか……?」

「……っ!! ……っ!!(←首→)」

「では、あなた達が盗賊傭兵団『ぼろもうけ』でよろしいんですね?」

「っ!! っ!!(↓首↑)」

「……そうですか。しかし、後日改めて()()()()尋問を行うので覚悟するように」

「――――っ!? ――――っっ!!!(←←首→→)」


 ポラリア卿の問いかけに、首を左右上下へ必死に振る山賊一同。その様子に満足したように頷いて、彼女が今度はこちらに向き直る。


「長老? 庄長どの? 確かにこの者達は賞金首『ぼろもうけ』でした。明日まではこの倉庫をお借りしますがよろしいでしょうか……?」


「……も、もももちろん!!」

「よろこんで――――っ!!」


 こちらも物凄い速さで胸に拳を当てた長老ゴブリン達。そりゃ是非もないだろうあんなもの見せられて。



「イヌイさん。装備品についてはこのあと兵達に回収させて明日にはお渡ししますので、それでよろしいでしょうか?

 あと、どうやら賞金首で間違いないようなので、捕縛証明書は手続き次第後日必ずお渡しいたします」

「……よ、よろしくお願いします……」

「では。巡回騎士ウルスカル=エクエス=クマンの名において、山賊の捕縛にご協力いただいたイヌイ=トーゴさま、及びニエブラ庄の皆様に感謝を。

 ……さあ、兵達に今後の手順を指示しますよ。ウルスカル様……?」

「え!? あ、はい! わ、わかった!! そのようにしようすぐしよう!?」

「――――御意のままに」


 そう上官の名前で勝手に感謝の意を表して、ポラリア卿はこちらに向き直ると踵を合わせて敬礼した。それを見たウルスカル卿が慌てて続く。その敬礼は指を伸ばしてこめかみに当てる、地球でもお馴染みの敬礼そのものだった。


 彼らの監視はこちらの兵で行いますのでご安心を、と言い置いて、ウルスカル卿を()()()ポラリア卿が石室から出ていく。すると入れ替わりに皮鎧の兵士達が入ってきて、彼らも「あとはこちらにお任せを」と丁寧に言ってくる。俺とゴブリン達は兵士達に促されてぼんやりと表に出た。

 背後から「なんでもするから助けておくれよう!!」という叫びが聞こえて来る。この声は赤毛か? しかしどこか(あだ)っぽい媚の色合いを帯びて聞こえるのは俺の先入観だろうか。すると次の瞬間固い物で肉の塊をぶっ叩いたような凄い物音と悲鳴が後ろから届いてきた。さすが中世的異世界。犯罪者には女だろうが容赦なく肉体言語を使うんだな。


 彼らはおそらく今までの悪行の報いを受けることになるだろう。直接女の悲鳴なんて聞いてしまえば多少哀れを覚えなくもないが、こうなった以上俺は彼らと並び立つことはもう出来ないと割り切るべきだった。命を賭けて敵対した以上死にたくなければ殺すしかないのである。俺は官憲に引き渡したが根本はそう言うことだった。俺は後ろを振り払うように外へ歩いた。


 石室の扉が閉められ、すると2人の兵士が歩哨として脇に立つ。俺が兵士達に軽く頭を下げると、彼らは表情こそ変えないがきびきびとした動作で身体に槍を引きつけてそれに応えてくれた。まさに兵隊さんという感じだった。俺はもう一度だけ扉を見て、そしてもう後ろを振り向く事はなかった。





 俺は外の新鮮な空気を吸って一息吐く。手で顔を拭うと何かどろりとしたものがまとわりついているような気分だ。いろいろなことが起こって頭がボンヤリしている。いままで俺の従者に徹してほとんど自己主張をしなかったにょろが労るように俺の背中をさすった。俺は伸びた触手を手で握って軽く振った。


 どうやら賞金首の引き渡しはこれで終わったようだ。ポラリア卿によると賞金だけでなく山賊の所持品も貰えるという。あんなナリでも多少の金品は持っているだろうし、武器やなんかは街の『ぶきや』にでも持ち込めば元値の4分の3で売れたりするのだろうか。だとすればこれも思わぬ臨時収入だ。命を賭けた結果に付随するリターンとも言えるが、過ぎれば俺もあの山賊のようになるのかも知れない。



「……トーゴどの? どうした?」

「ああ。何でもないよ」

 ボンヤリそんなことを考えていた俺を気遣ってクナンが声を掛けてくる。俺は軽く手を振って答えた。


 なんとなしに視線を彷徨わせると、向こうで巡回騎士とその副官が兵士達に指示を飛ばしている。むしろポラリア卿が矢継ぎ早に飛ばす指示にウルスカル卿が遅れないように相づちを打っているとも言った。はじめは風采のよい立派な騎士のように見えたが、今ではずいぶん印象が違う。もちろん彼の副官についてもだ。俺はふと、気分を変えるように傍らのクナンへ小声でこんな事を言っていた。



「あの巡回騎士様たちは、いつもあんな感じなのか?」


 するとクナンは笑いをかみ殺したような曰く言い難い顔をする。俺はそこで自分がかなり無礼なことを言っていることに気が付いた。俺が忘れてくれと言おうとしたら、聞こえていたのか長老と庄長達までも苦笑いを浮かべている。今度は俺の顔に誤魔化しの笑いが張り付いた。



「あの方は去年騎士叙勲を受けたばかりで、初任務らしいからのお」

「お若いからか、高い身分の方だのに下々にも気安い方だなあ」

「……そう言う方ゆえ、配下の騎士様や兵隊さんもずいぶん……気安いようだの」

「とは言え、副官殿や他の兵隊の方は皆頼りになるし」

「……良い巡回騎士どのだ。是非はない……」


 ゴブリン達は俺の無礼を咎めなかったが、皆一様に苦笑いでそうウルスカル卿を評した。言外に人柄はいいが新米で副官や部下の方が頼りになると言っている。

 良家の新米騎士が、有能な副官と部下を付けられていると言う状況なのだろうか。だが本人の性格も良いようだし、さっきの山賊を嵌めたやりとりを見ていると単なる良いところのおぼっちゃまとも違うのかもしれない。彼らの評は必ずしも侮りに繋がってはいなかった。そこには若い上役に対する「しようがないなあ」という親しみが存在している。それにしても



「……あの方、そんなに若かったんですか?」


 そう俺が訪ねると、長老と庄長が小さく吹き出した。3人を代表して長老が「獣の血の強い獣人族の年齢は分かりづらいですからなあ」と答える。



「ウルスカルどのは、確か今年で16歳だったのではなかったかな」

「16歳!?」


 俺も思わず吹き出した。続けて、あのナリで!? とやはり失礼なことも口走る。確かに声は若い雰囲気だったが、あの言葉遣いだし最低20~30歳ぐらいだろうと思っていたのだ。ゴブリン達は俺の様子に声を出して笑った。我々も最初は驚いたものだと笑い含みに庄長が口添える。


 俺は巡回騎士殿を見た。筋骨逞しい巨躯。鎧の間からのぞく腕は筋肉で膨れあがらんばかりで、そしてそれは短い()()で覆われていた。そして太い首の上には全くの獣の顔がちょこなんと乗っている。それは熊の顔だった。彼は獣人族、人熊族(ワーベア)の若者だったのである。

 2mを越える図体の上にどう猛な肉食動物の顔が乗っているのだ。誰がそれを16歳などと思うだろうか。否だった。


 だが、同時に彼が16歳であるのならあの様子も納得だ。

 今も卿は兵達の中を大きな図体で忙しなく右往左往している。家柄で若くして人の上に否応なしに立ち、ベテランの女騎士に助けられて必死に任務をこなしているのかもしれない。そう思うとあの熊の顔も某柔軟剤のマスコットめいて見えるのだから不思議なものだ。熊と言うより「くま」である。それに俺はあの顔には、親近感のようなものを持たずにはいられないのだった。



「――――そう言えば、ちゃんとした自己紹介はまだでしたの」

「おお、突然のことでロクな挨拶もしておらなんだわ」


 この場にいない騎士殿を肴にひとしきり笑ったあと、多少和んだ空気に長老達が俺に言った。若い騎士殿には申し訳なく思うが、悪意は全くないので許して貰いたい。



「儂はニエブラ庄の長老衆の(おびと)、クリミアの子カロンと申す」

「俺はニエブラ庄の長を務めさせて貰っている、コリンの子コルナン。以後お見知り置きを」


 俺も自己紹介して挨拶を交わす。改めてそれぞれに感謝の言葉を賜りまた尻の辺りがむずむずする感触を味わう。これはもう打算の罰だと割り切った。甘んじて受けよう。俺はウチの田舎の流儀です、と言って彼らと握手を交わした。ゴブリンには握手の風習はないのか、ぎこちない様子で俺の手を握る長老達。しかしクナンは長老達のそれを見て様子を掴んだのかガッチリと俺の手を掴んで「俺たちやニオブを助けていただき、感謝する」と何度目か分からない真摯な感謝の言葉をくれた。俺は少なくとも、奴ら(山賊)彼ら(ゴブリン)を天秤に掛けた行為と自分の結論に後悔はないと思う。



「……そう言えば、こちらも御礼を言っておりませんでした」


 俺も思いだして長老達に頭を下げる。アイツらの護送にはゴブリン達の協力もあったのだ。俺がクナン達を助けたこととは別に、この事について俺は何かの礼をしなければならないだろう。その事を告げると彼らは


「なんの。礼には及ばぬよ。我らの同胞を襲ったにっくき賊だ。我らが打ち据えて引き回すのは当然の事だわ」

「然り。捕らえてたっぷり報いをくれてやれるのだ。なんの問題があるものか」


 と、笑みに身体を揺らしてそう言った。そんなゴブリンの指導者達に俺は頭を下げて感謝を伝える。すると彼らは「律儀なことだ」とますます俺に笑いかけた。



同胞(はらから)の命の恩人に礼を言われては本末転倒よのう」

「その通り。大したお礼は出来ぬかも知れないが、今夜はトーゴ殿も我が庄にご滞在いただきたい。巡回騎士殿もいらっしゃることだしちょうどこの時期は狩猟期で肉も豊富にある。せめてもの心尽くしをいたしますぞ」


 庄長、コルナンが太っ腹を揺すって鷹揚にそう言った。その言葉に大いに頷くのはクナン。長老カロン翁も見事な顎髭をしごいて「宴じゃな。ツノジカの角も無事だったのだし、皆も喜ぼう」と言って呵々と笑う。3人はどこか似通ったところのある人なつっこい笑みを浮かべて俺を見る。3人が似て見えるのは同じゴブリンだからだろうか。俺はその厚意に「ありがとうございます」ともう一度、心から頭を下げた。









「――――ところで、こちらの集落にお招きいただくにあたって、先ほどの集落の皆さん達のご協力の件も含めて、いくつかのお話しとお願いがあるのですが」


 ……恩着せがましくはあるのですけれど、と。



 そして、頭を上げた俺は、こんな事を言っていた。





 ゴブリン達を助けた。相手は賞金首で臨時収入もあった。でもこれでご馳走して貰ってありがとう、で終わらせる訳にはいかないのだった。


 次からが第2ラウンドだ。これからは打算と下心の時間である。



 顔を見合わせ、また3人よく似た表情を浮かべて首を傾げたゴブリン達に、俺は唇を軽く舐めてから、切り出したのだった――――






 中世ですもの。官憲の皆さんは相手が女性だろうと暴力は辞しません。


 次回、多少ゴブリンの風俗に触れます。宴会です。


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